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黒き邪心に薪をくべろ  作者: XI
28.皇帝の威力
153/160

28-6.

*****


 本国に戻ると、ご当人の自室にて、もう夜の時間であるにもかかわらず、メルは「これからに会います」などと言いだした。怖い表情を浮かべていた。まるでこれから何かやってやるぞという、剣呑な表情――。


「目的は?」

「申し上げないと、わかりませんか?」


 ……わかる。

 危なっかしい顔をしている時点で、じつは理解できるのだ。


「わたしがついていったほうがいいし、もっと言うと、そのほうがより確実だと思うが?」

「これは、わたくしが背負うべき業です」

「ついてくるな、と?」

「失敗した折には盛大に笑ってください。そして、速やかにこの国を出てください」

「まあ、おまえという後ろ盾が消え失せるようであれば、そうさせてもらうより他にないだろうが」

「わたくしの考え方は派手すぎるのでしょうか」

「そうは思わんさ。だからおまえを支持する」


 ありがとう。

 そう言うなり、メルは部屋を出ていった。


 結論はどちらに転ぶかわからないが――否、失敗する確率のほうが高いと思われるのだが――。


 ――四、五十分程度だろうか。

 それが過ぎたのち、メルは彼女の、この私室に戻ってきた。


 事は成ったらしい。


「お父様も昔は武闘派でならしたのですけれど、もはや老人だったようです」


 悲しげな笑み。

 わかりあえなかったという後悔が垣間見える表情。


 先代を殺害した以上、わたくしが皇帝です。


 強い口調で、メルは断言した。



*****


 秘密裏に、メルの兄上にして国の第一皇子であるファラオに呼び出された。理由については見当がつく。要は誘われるのだ、迎え入れるべくのコンタクトなのだ。まったく面倒なことだと考えた次第だが、よりよい身の振り方に巡り合えるのであれば乗らないこともない――のかもしれない。皇国はもはや右往左往している。が、ファラオであればなんなく治めることができるだろう。それだけの逸材だ。彼に任せていれば万事オーケー。稀有な人材と言えるに違いない。


 ファラオの私室である。純白の、まさに貴族の衣装といった上等な生地を爽やかにまとっている彼はシンプルなまあるいテーブルを前にしていた。「どうぞ。座ってくれや」と相変わらず訛りの強い口調で自身の向かいの席にデモンを導いた。


「うちの親父殿を殺したのはメルらしいぞ。ご存知か?」

「当然だろう? わたしは彼女の側近中の側近なんだからな」

「俺らを含めたカウンターパートは、今にあっても混乱してる」

「それはそうだろう。――で、どうするつもりだ? メルを殺すとでも?」

「そうするより他にないやろう?」


 まあ、そうだ。

 そのとおりだ。


「メルが自らを大々的に謳う前にやっつけたらなあかん」

「可能なのかね? メルが自分で殺したんだ。そうである以上、彼女は相応の使い手だと思うのだが?」

「俺の手札にかてただもんやないんはおるさかい。で、や」

「ああ、わかっているさ。わたしがどう振る舞うのかという話だろう?」

「欲しい物はなんでもくれたる。どうか邪魔だけはせんでくれへんかぁ?」

「考えておく」

「信じてもええんかね?」


 そう言われても、そう行動する自信はなかった。


「我が妹ながら、愚かなことや。女のくせにな、皇帝になろうやなんて」

「えらくひんまがった、醜くもある価値観だ。多様性にはうるさい昨今なんだぞ」

「せやけどそれが、俺の考え方や。もっかい言うたる。一歩引けや、女なんやさかい」

「恐らくだが――」

「なんや?」

「メルは味方を見つけられるだけ見つけて、おまえとは敵対するぞ」


 そんなのわかってるわ。

 軽い調子で、ファラオは笑い。


「やっぱりあかんかぁ?」

「だから、見極めたうえで動いてやろうと言っている」


 見つめ合うと言うより、睨み合う。


「おたがいにとって幸せな結論に至るとええな」


 まぁ、そのとおりではある。



*****


 メルティーナは公に暴露した。

 物理的にも論理的にも皇帝の地位に就いた。


 自らが皇帝殺しの犯人であると。

 自らが事を動かすべく動いたのだ、と。


 ざわつく中、デモンはすでに玉座の隣に立っている。


 やがてホールに堂々と入ってきたのはメルティーナである。彼女は奥ゆかしくとことこというより、傲岸にずんずん歩いた。場内が騒然としていても、まっすぐ歩き、くるりと身を翻すと微笑み、親族、親戚――皇族のみなに向かって「喜ばしき日です!」と快哉を叫び、玉座にゆったりと腰掛けた。


 みなさん!


 そんなふうに、メルは声を張った。


「みなさん、そのとおりです! 皇帝を殺したのはこのわたくしです!!」


 じつに気持ちのいい宣言だった。


 高い段――デモンとメルがいる場所から一段低い向こうで笑ったのは、たしか第二王子の何某だったか。

 彼は言ったわけだ、「いけないね、メルティーナ。そんな冗談を言っては」などと日和ったことを述べた。


 デモンは隣に目を落とす。

 メルティーナはらしくもなく、しかし堂に入った皮肉るような、歪んだ笑みを浮かべていた。


「バドーお兄様」ああ、そうだったな、凡庸なこの第二皇子の名前はたしかそうだった。「わたくしが求めているのは議論の余地ではないのです。わたくしに従う、その言葉だけなのです」

「だからね、メル、私はそのきみの考えが間違っていると――」

「デモン」

「なんでしょうか?」とデモンは丁寧な口を利いた。

「バドーおにいさまを殺してください」というのが応えだった。


 あまりに良く通る声だったからだろう、周囲は色めきだったのだ。


「なな、なにを、メルティーナ」

「あんなふうにのたまう、危機感がまるで欠如している兄を殺してください」

「後悔は?」

「するはずがありません」


 ――まあ、ないだろう。


 デモンは右手の人差し指と中指とをくだんの人物に向けた。何をされるかを悟りはしなかったようだが、殺されるものだとは理解したらしい。素早く背後を振り返って走り出した。逃がさない。デモンは斬撃の魔法でもって、その身体をずたずたにしてやった、首と上半身とを切り離し、左右の脚についてもそれぞれ三つに裂いてやった。


 どよめく――あるいは女の高い悲鳴が響き渡る場内、周囲。


 メルティーナは朗らかに、大声で笑った。


 まあ、驚くわな、驚くだろう。

 ここにいる貴族どもからすれば、死など遠い遠い概念でしかないはずだ。


 だからこそ、面白い。

 だが、「もっと殺してやろうか?」と問いかけると、メルは「待ってください」と答えたのである。


「何を待つ必要があるのだね、メル嬢よ」

「あまり殺しすぎるのは、よくありません」

「その理由を聞かせてもらおうか?」

「答えるまでもないと考えます」


 デモンは瞳を上にやり左右させた。

 ま、言うとおりかとも思う。


「しかしだ、おまえの事実、現実を知ったニンゲンを逃がすのもなんだと思うんだが?」

「今、恐らく世界中において、もっとも憎しみを集めているのはここ、この皇国であるはずです」

「だから、それがどうかしたか?」

「デモン。あなたにはわたくしの考えなど、お見通しであるはずです」


 やはりいい勘だ、正しき予言とも言える。


「なにもそこまでする必要はない。わたしなんかは、そう考えるんだがね」

「でも、もう決めたんです。わたくしはわたくしにしかできないことを、わたくしが成したいことを成します」


 尊い考えだな。切なくもある。



*****


 以降、半年経っても、メルティーナは暴虐の限りを尽くしている。とにかくわかりやすく、あからさまに世界中へと悪意を振りまいた。外敵たる因子を徹底的に潰し、自国の貴族制は廃止し連中を排除しながらも自らは皇帝を名乗り――そんなふうに無茶をする理由を知っているものだから、むなしく、また残念な思いにも駆られた。


 メルは信じている。

 そうすることが、またそうあることが、人々が夢見る幸せな未来への道筋である、と――


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