28-2.
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オレンジ色のランプ一つの薄暗い部屋――メルティーナ様の私室にて居場所をたまわった。黒いズボンはきちんと身に着けているものの、上半身は黒くて薄くて頼りない肌着一枚だ。毎度のごとく「デカい乳」がこぼれ落ちそうなわけだが、そんな事象、デモンもメルティーナも気にしない。デモンはデモンでロッキングチェアをゆったりぎーこぎーこと揺らしている。「おまえにレズビアンのきらいがあると良かったんだがな」と申し上げても、ベッドの端に座るメルティーナは「なんのことでしょう?」などと優雅に悪戯っぽく返してくるだけだ。ふざけたり、聞こえなかったフリをしているのではない。根が天然なのだ。多様性うんぬんを議論する余地すらないのである。
メルティーナ様は――皇位継承権の詳しいところについてはデモンにはさほど知識もないのだが、とりあえずは――父上殿は性欲旺盛らしく、ゆえに第十一皇女であり、年齢だって十七歳とまだまだ若いのだが、とまあゆえにだ、次期皇帝陛下などとささやかれることはまずない。有能ではあるのだが、まだまだ男性社会だという背景もある――ということの証左なのかもしれない。が、そんなことはフツウにうっちゃっておいてもいいと言えるくらい卓越しているのがメルティーナで――だからまあ、そんなんだから、どんな事情、事柄すらともかくとして、依頼――否、懇願されたが最後、彼女の騎士を務めてやろうと決めたことはまごうことなき本意であり――。メルティーナの清らかさ、高潔さと、ある種の横柄さが気に入ったから役割を担ってやることを決めたのだ。命令されたが最後、断ることができない、そこには威力、迫力があったことも事実だった。阿呆みたいに優れた少女、すなわち才女――皇女――途方もなき逸材と言えた。これまで会ったニンゲンの中ではお世辞抜きにして五本の指に入る愉快な人格、豊かな人間性だ。
「メルティーナ様よ、今日はおたがいにとって身になるであろう興味深い話題を持ち出そう。周囲の国家を飲み込む格好であちこちを平定、植民地化する――その行為も、もはや済んだように見えるんだが、違うかね?」
「違いはありません。ここ一帯は、とても平和です。平和ですけれど――」
「わたし自身、他者でしかないヒトが住まう国家をどうでもいいかたちでラベリングしていることに意義を感じている。ああ、そうだ。敗北者にはテキトーな識別子さえあればそれでいい」
「識別子は識別子ではありますが」
「名前は重要だと?」
「そうです。そのとおりです」
なんともまあ、なんだか上から目線の物言いではないか。
ほんとうに、ナチュラルに高い身分の女だな、高貴な皇女でなければ献身的な聖女だろう。
「我が皇国は優れているからこそ、周囲の国家を飲み込みつづけてきたのです」
そんなこと今さら強調されることでもないので、デモンはただ首をかしげた。
「王の願望を叶える土壌としての領地の拡大――何も悪いことなどないだろう?」
「ですが、デモンさん――」
「おまえはわたしの主人だ。呼び捨てでいい。何度言わせる」
「ごめんなさい、デモン。あなたが述べたとおり、植民地化を進めた結果として皇国は良いとはされていないでしょう?」
「それはそうだろうさ。タイパとコスパの話をしている。皇国は強大なファクターとして、その存在だけでここらへんの憎しみを集めているわけだ。そこにあるのは誰かの総意の集合体に違いない。この皇国は究極的にはポピュリズムの塊だと言えなくもない。無慈悲な大国とはそういうものだ。これからも凌辱するだけ凌辱して、一部の選ばれたニンゲンのみで甘い汁をすすればいい」
どことなく悲しげに、メルティーナは下方に視線を落とし――。
「この国、皇国のせいで苦しんでいるニンゲンは、決して少なくないはずです」
「だからそれは当然の事実だと言っている。その上で、それは悪くはない現象だと謳っている。戦術的な戦闘、戦略的な戦争――それはそういうことでそういうものだ」
メルティーナがデモンの目を見つめてきた。
難しい顔というより、とにかく真剣な眼差しだ。
まあ、こいつの場合、いつもまじめくさっているのだが。
「世界を変えられるとは言いません。ですが、わたくしはせめて身の回りの不幸だけはなんとかしたいんです」
「どうやって?」
「見込みはついています」穏やかに、メルティーナは笑んだ。「やる気になれば誰もができうることなんだろうな、って」
「本気か?」
「もちろんです」
強い言葉を吐くガキであり、しかも強気さを前面に押し出す意見も確かな女であるものだから、デモンはメルティーナのことが嫌いではない。
「それにしても、ふと見せる弱気な表情は良くないな」
「強気なことを述べているつもりです」
「述べているというだけだ。甘えてくれたっていいんだぞ?」
「しません」
「どうしてだ?」
「わたくしだって皇女だからです」
メルティーナ、この女の判断は、逐一、まったくもって正しいと評価することができる。
しかし、言いたいことくらいはあって――。
「メルティーナ嬢よ、おまえの考えは至極面白いものだが、気づいているのか? おまえの言うことはいちいち、自らら、皇族批判に該当するんだぞ?」
「果ては天に立つのではないかと?」
「そうなのか?」
「らしくないですね。今、デモンは驚かれました」
なるほど。
そこらへん笑みを交えて言うあたり、やはり大したお姫様なのだろう。