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黒き邪心に薪をくべろ  作者: XI
28.皇帝の威力
148/160

28-1.

*****


 ここ、「皇国」に入ってから、すっかり一年もの時間が経過した。そのあいだ伸ばしっぱなしだったものだから、今、ちょうど切ってもらっているところである、城下にある、高級感漂う美容室において髪を――の話だ。べつに現住所の近所の床屋でもいっこうにかまわなかったのだが、高給取りは高給取りらしく金を使う――というか、ばらまいてやらなければならない。世の中を生きるにあたっての理、正しさとはすなわちそういうことだ。経済を回転させてやろうという思いくらいはある――抜かせ、嘘だ、冗談だよ、馬鹿が。


 若すぎるくらい若い女性――小柄な美容師が「あの」とご機嫌を窺うような声を発した。灰色のカットクロス姿のデモンは「なんだ?」と訊ねた次第である。


「ほんとうに切ってしまっていいんですか? こんなに綺麗な髪なのに……」

「切る機会を逸していたというだけだ。うなじがすっきりしていたほうが気持ちがいいんだよ」

「えっと、あの、まあ、そのほうがすごく似合うような気もするんですけれど……」

「わたしとおまえの価値観、あるいは美意識は一致している。だからこそ、だったらとっとと切れ」

「は、はいっ」


 弾かれたようにして背をぴんと正した当該美容師はいざハサミを握り直してこくりと頷くと、案外気持ち良く切ってくれた。そうでなくちゃなと思う。客のわかりにくい、不可視の要望に応えてこその第三次産業だ。どの場所においても、どの時間においててもどの価値観においてもそれはまごうことなき真実なのだ。


「ところで、なんですけれど」と、多少言いにくそうに美容師が発した。


 短気なものだから、だからなかばぴしゃりといった具合に「なんだ?」と問いかけたわけである。


「お名前はなんとおっしゃるんですか?」

「デモンだ。デモン・イーブルだよ」

「えっ、ほんとうにそう? 嘘じゃありませんよね?」


 などと意外そうな感想を漏らしながらもハサミを止めない点には好感が持てた。


「意外かね? それとも不吉だとでも感じるのかね?」

「いえ、そういうんじゃありません」鏡に映る、彼女の笑顔。「なんだか安心しました」

「安心? どうしてだ?」

「カッコいい名前だなって思って、てへっ」

「言ってろ」

「てへへ」


 ところでと述べた上で、デモンは「この皇国での暮らしも長くなったんだよ」と告げた。「居心地がいいんですね」と笑んだ上で、それから美容師は「ということは、ずっと旅のヒトだったとか?」と察したようなことを言い――。


「じつはそうなんだよ」

「ふるさとは? よろしければ教えてください」

「ニケーだ」

「えっ」

「そうだ。おまえが驚くのもおかしくない、悪名高き、あのニケーだよ」

「悪名高きではないですよ。だって、善悪なんて度外視の、世界最強という話ですから」

「その点は否定しないさ。人口自体は少ないながらも、そのじつ、メチャクチャ筋肉質な集団だからな」


 興が乗ってきたとでも言うべきか、ハサミを動かすその手がスムーズさを増してきた。


「そのくらいスゴい国で、たとえば軍人をやっていれば、多額の収入が得られると思います」

「どこにあろうと金銭を稼ぐことは困難ではない。そうである以上、とどまる理由が、わたしにはなかった」

「わあぁ、カッコいいなぁ」

「そうだよ、わたしはカッコいいんだ」


 それで、今は何をなさっているんですか? ――職業のことだろう。


「メルティーナという女をご存じかね? おそらくこの国で最も有名なメルティーナだ。若いわたしよりさらに若いミソラの十代の娘っこだ。もっと言うとブルーの瞳とブルーの髪が美しく愛おしく、白い貴族衣装も堂に入ってる」


 えっ!

 美容師は今日一番、驚いたふうな声をあげた。


「まさか、あのメルティーナ様ですか?」

「ああ、そうだ。わたしはそのメルティーナの部下なんだよ、しかもひどく近しい」

「え、えぇっと、初めて知りました、驚きです」

「べつに宣伝するようなことでもないしな。知っているニンゲンは一部であるに違いないんだ」

「いつから、えっと、任に? 就かれたんですか?」

「だから、限りなく一年に近いほど以前だ。ひょんなことから、見出されてな」

「ひょんなこと?」


 そのへんはどうでもいいんだよ。

 とにかくわたしは雇われることを良しとしたんだ。


 つくづく、そうとしか言いようがないのである。


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