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黒き邪心に薪をくべろ  作者: XI
27.ナメクジVS塩
147/160

27-3.

*****


 結局、やることになったらしい。


 街の名はウル。

 国境を挟んでのド正面を、かつてのごとく、オセロは突いた。


 なにせ夜だ、暗い。

 しかし魔法による爆発が顕著で、だからところどころだ、色鮮やかに明るさを増す。


 正直なところ、まだどちらにつくとも決めていないのだが、前線にまで攻め入ってきて、手頃なところで陣を張ったブリックのもとを、デモン・イーブルは真っ向、訪ねた。真っ向なのだから生真面目すぎる何人かに涅槃を見せるに至ったのだが、そんなの行く手を阻んだ奴さんらが悪いに決まっている。


 陣中、木造りの椅子の上にて脚を組み、膝の上に頬杖をついたのはブリック大尉殿。


「やっぱりあんただったか――と、わかる程度の報告は受けている。どうか邪魔しないでもらえないかね、デモンさんよ」

「現状、わたしはハウプト大佐らに理解的だよ」

「マジかよ」

「ばーか。冗談に決まっているだろうが」


 デモンは高らかに、朗らかに笑い飛ばしてやる。


「そういうことなら、もいっかいになるが、せめて邪魔だけはしてもらえないかねぇ」

「もう一度、凌辱の檻をやると? それはそれで気色の悪い話だと申し上げたつもりなんだが?」

「檻なんてするわけがないだろう? ウルを落として、それでしまいだ。俺はそれ以上、やるつもりはない」

「軍によるトップダウンの捻じ込みは受け流しようがない。シビリアンコントロールとは素敵な言葉だな」


 するとブリックは苦笑のような表情を浮かべ――。


「恐らくだが軍に属したことなんてないんだろう? そのわりには気が回るじゃないか、デモン嬢」

「抜かせ。軍属の実績がないことは事実だが、それ自体は少し感じれば誰にでもわかることだ」

「ぜひとも先方、ハウプト大佐に伝えてくれないか? 俺たちは言ってみればマイルドな作戦を遂行したいだけだ、と」

「だから抜かせ。それは飲めん条件に決まっているだろうが」

「檻になるぞ」

「そうしない、させないために、奴さんらは戦うし、戦っているんだよ」



*****


 ナメクジの大将が、そう?


 自身の詰め所にて言うと、一般的には若造に過ぎないであろうハウプト大佐は醜いまでに顔を歪めて、笑んだ。


「停戦の提案は飲めません。私たちは塩なんですよ? 彼らに対抗する、そのためだけに存在している」

「圧倒的な力に飲み込まれるだけだ。おまえたちは決定的な打撃をこうむることになる」

「折れろとでも?」

「……ないな」


 言って、デモンはふぅと息を吐いた。


「戦闘はとうに始まっている」ハウプトが言う。「我が国の民は上層部も含めて危機感が足りない。だから、私が――」

「国民の目を覚まさせてやろうとでも?」

「いけませんか?」

「死ぬぞ、おまえ」

「死は、恐ろしくない」


 立派な志、覚悟ではないか。


 デモンは「そういった事実を受けて、わたしはどうすると考える?」と問うた。


「私の味方になるか敵になるか……そのどちらかでしょう?」

「いや、違う。もう一つある」

「それは?」

「おまえたち双方の屠ってやるという選択肢だ」


 ああ、あるいはおっしゃると思いましたよ。

 デモン・イーブル、あなたはただの愉快犯だ。


 ハウプトが顎をしゃくってみせた。


 外に出ろ。


 ということらしい。


 もはや、死合うのみだ。


 結果なんてどうでもいいが、それは見るまでもない――。



*****


 左肩の上のオミが、「凌辱の檻、防ぐの?」と不思議そうに訊いてきた。


「意志の問題か? それとも結果論?」

「どちらでもいいんだ。何をしたいかだけを知りたいんだ」

「じき、わかる」

「きみはいつもそればかりなんだ」


 少し不服そうに、オミ。


 ブリックの、白い幕で目隠しがされた陣中にて。


 例によってちんけな木製の椅子の上に、ブリックの姿がある。


「いきなり押し引きがなくなった。手応えも歯応えもなくなっちまった。デモン嬢、何かしたのかね?」

「言わずもがな、そのへんはおまえ自身が言ったとおりだよ、ブリック殿。帰結先が経緯を証明している」

「ならいい。檻を引き合いに出すまでもない。俺たちの作戦は、もうしまいだ」


 デモンは邪に顔を歪め、笑んだ。


「そうもいかんよ、大尉。多様性が謳われる昨今にあっても、悪いがゲイのコミュニティーに興味はない。同性によるコイバナなんかもどうだっていい。わたしはわたしの欲を満たしたいだけなんだよ」


 ブリックは健やかに笑ったわけだ。


「なるほど。俺たちとやりあおうってんだな。デモンさんはとんだ馬鹿野郎だってわけだ」

「ほんとうに、そう思うのかね?」一転、デモンは危険かつ真剣なまなざしを向けてやった。「ナメクジも塩も食らってやろうというんだよ。そんなわたしを軽んじられる理由がまるで見えんな。あるいは愚者なのか、つくづく、おまえは」


 ブリックも真顔になり――。


「とりあえず、今日は帰ってくれないか? どうしてもというのであれば、近いうちに相手になろう。俺を含めた隊員揃って歓迎するよ」

「いい返事が聞けてサイコーだハッピーだ。期待しよう」


 ――陣を出て、八百メートル、いや、一キロ程度は飛行、すいすい進んだだろう。


 後方から細く鋭く尖ったニュアンス、気配。

 デモンは軽く右へと頭部をくいと傾けた。


 ゴッ!! という鈍い轟音とともに、何かが首を耳元をかすめた。

 物理的な一撃――魔法による狙撃だと瞬時に悟る。


 降下し、建物の陰にすぐさま隠れたデモンである。

 いい使い手がいるな、しかもスナイプという行為に慣れている。

 一キロ以上、確実に離れているのだ。

 なのにヘッドショットを狙えるあたり、重ねて、大したものだ。


 しかし、撃たれたことで相手の位置が知れた。

 すでに撤退に移ったことだろう――そうでなければ馬鹿だ、デモン・イーブルの力量が理解できていない。


 狙撃の空気がまるで消えた。

 退かせたのは上官たるブリック大尉だろう、一撃離脱の作戦だったのだ。


 ここで逃がせば面倒なことになる。

 否、面倒事に発展してもかまわないのだが、一つ、釘を刺してやろうじゃあないか。


 デモンは脚力のみで二十メートルほど真上に跳ねた。跳ねた頂点で魔法による翼――漆黒の翼――を、背にまとった。ばっさばっさとホバリング、高度を保ちながら、優秀優良すぎる卓越した視力でくだんの位置――一キロ先に目をやった。なるほど。もういない。はしこいな。つくづく高度な兵であるようだ。


 ――が、相手が悪かったな。


 デモンは黒い翼を存分に使って舞い、ものの数秒で問題の場所に至った。


 勘がいい、勘がいいからこそ、地上にて振り返ってみせた奴さんが手を下したニンゲンだと判断できる。


 右手を鉄砲の形にして、矢のような白い光を放ってきた、二発三発――十発まで連射――居合の要領で刀を抜き、もれなく叩き落としてやった。ぎょっと目を大きくしたのはくだんの浅黒い肌の男。当然、名など知らないが、残念、おまえの命はもう終わる。


 デモンイーブルに右手の人差し指と中指とを向けられたところで、男の命は人生は途絶えた。

 心臓の中心までずたずたに、斬撃の魔法でもって切り裂いてやった。


 なんだなんだ。

 やる気満々じゃないか、ブリック大尉殿。

 面白がるに至るから、感謝するよ、問答無用で早速仕掛けてきてくれたことに――。



*****


 人生そのものに退屈していて、だから事あるごとにサボりたくなるのがデモン・イーブルなのであるが、この日は悪いクスリでも打ったみたいに元気――ハイだった。


「諦めた――とでも申し上げれば見逃してもらえるのかね?」


 デモンは眉間に皺を寄せ、難しい顔をした。

 この場に至るまでに彼女が築いたのは、当然、屍の山だ。


「ブリック大尉はその方向で、わたしに調整しろ、と?」

「ああ。ウチのステークホルダーに会ってくれ、もしくは俺自身がそっちに話を通そうと言っている」

「なるほど。わたしは危険だといよいよ認めたわけだ」

「そういうこったよ。――が」

「知っているよ。『凌辱の檻』はもはや現在進行形だ。望まぬ結果にせよ、手柄じゃないか、ブリック大尉」

「ほんとうにそう?」

「ああ。思っている」


 ブリック大尉はまだ三十路程度であろうにもかかわらず、老獪さを存分に含み孕んだ笑みを浮かべ――。


「なあ、ナメクジの、言ってみれば頭部だなおまえ、ブリック大尉。敵対勢力も含め、貴様の立場や役割を保証する事柄は、もはや何もない」

「だな」軽やかに静かに、ブリックは笑ってみせた。「ああ、ったく、やられちまったよ。ナメクジも塩も、たった一人のくそったれな女に辛酸を舐めさせられちまった」

「ああ、そうだ。その旨、自覚したところで、いったいおまえはどう動く?」

「動くかよ。言っても今は、最大限にひいき目を利かせたところでもウチの勝ちだ」ふんと鼻を鳴らして、ブリックは笑った。「とっととどこかに行っちまえよ、デモンさん。そうしてくれれば、俺たちはアンタを追わずに済むんだからな」


 デモンは「おや」と眉を寄せた。


「聞き捨てならないな。わたしを向こうに回しても、決してひけなどとらぬという物言いじゃあないか」


 苦々しげな表情は見せず、納得したように、ブリックは二度三度と首を縦に振った。


「デモン嬢、どうか出ていってくれ。これ以上、あんたのせいでパワーバランスを崩されるわけにはいかないんだ」


 やれやれ、嫌われてしまったものだ。

 ――などとは言わず、今、この場で、デモンは右手の人差し指と中指とをブリックの眉間に向けた。


 死ね。


 そう告げてやった上で顔面ズタズタに殺してやったのは、せめてもの彼女の優しさゆえ、だ。


 混沌とすればいい。

 世の中なんて、もっと混沌と――。



*****


 粗末な応接セット。

 丸テーブルを挟んで、今日も丸椅子に座っているのは、「オセロ」における選挙戦の泡沫候補、マシューである。


「全部、信じてもいいんですか? ……っていうか、信じるしかありませんね。あなたという存在自体の説得力からして」

「おまえの親友、フランコだったか?」

「彼が、どうかしましたか?」

「殺した」

「えっ」

「事はどうあれ狙われたからな。狙撃の魔法が得意だったらしいからな」

「だったら、彼で間違いありませんね……」


 幾分、マシューは憔悴の顔をしたように見えた。


「この国、あるいは当該国家と言うべきか――と、隣国との争いはつまらんものだった」

「なぜ、そう?」

「若い身空の女に振り回されるだけだったからだ」デモンは笑った。「ナメクジの攻撃、防ぎきれなかった塩――揃って愚かだな。生きている価値など微塵もありはしない」

「言ってみればダサいと?」

「ダサい――いい表現だ。まさにしっくりくる」


 そのうえで、デモンは訊いた。

 マシュー、おまえも殺してやろうか、と。


「お願いしたいところです」マシューは苦笑交じりに。「ですけど、やれることがあるのであれば、やりたいんです」

「やればいいさ」という放り投げるような物言いのとおり、デモンは彼にそれほどの興味がない。「マシューよ、わたしにはたしかに一国をひっくり返すだけの力がある。王の、力がある。それがどれだけ退屈なものなのかわかるかね?」

「わかりかねます」

「いい返事だな、惚れ惚れしてしまう」

「近くを通ることがあれば、ぜひとも訪ねてきてください。アルコールをかわしたい」


 それはそのとおりだな。

 微笑み、そう言うと、デモンは席を立った。


 建物から表に出たところで、待ちかねていたかのように、デモンの左肩にオミの奴が舞い下りた。


「良くないなぁ、良くないなぁ」

「クソガラスめが、何を指して言っているんだ?」

「きみはヒトを殺めることについて、愚かなまでに無感情だよね」

「そうかもしれんが、とはいえ、殺した奴のことは結構、覚えているぞ?」

「だとしたら、そのへんの矛盾は、いつかきみを殺すことにつながるのかもしれないね」


 あまりに生意気なことを抜かしてくれたものだから、デモンは左の肩を多少乱暴に揺すってやった。

 その行動を読み切ったかのごとく、オミの奴はデモンの頭に飛び乗った。


 気分がいいはずがないが、ツーカーに近い存在がそばにあることは決して不愉快ではないから不思議だ――。


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