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黒き邪心に薪をくべろ  作者: XI
27.ナメクジVS塩
146/160

27-2.

*****


 せっかちなのが、デモン・イーブル様だ。翌朝には向かい、昼になる前には入国した。入国――「オセロ」から見て東にあたる「トリノ」に、だ。――が、目当ての人物にはどう通してもらったものか、そのへんは行き当たりばったりだった、普段着どおり、いつもどおりだ。べつに誰でも良かった――と言えばそのとおりなのだが、街を行く中、老婆とその老婆に因縁をつけている見た目も中身すらも醜悪に違いない青年とに出会った。腹が立ったわけではない、どれだけ理不尽なことだろうと見逃す自信があった。――が、目的の人物に会うことまでは考えていなかった自分に対してなんだか腹が立ったという一面もあり、だからフラストレーションの捌け口として事に介入してやった。現場につかつか近づき、特に断ることもなく、青年の頭をぽかっと叩いてやったのである。それから腹に右の前蹴りを見舞って地面に転がしてやった。元から臆病な野郎だったのだろう。肝の据わった奴ならデモンほどの美女を前にしてとんずらなんてこくはずが――。


 老婆がしきりに頭を下げる、「ありがとうございます、ありがとうございます」と。両手を合わせて拝むのは何か宗教からくるしきたりじみた行為だろうか。まあ、そんなことはいっさいどうでもよく、だからといってこんなどこにでもいるババア――もとい、老婆から何か情報が得られるとは考えづらいのだが。とりあえず、話を振った。「ハウプト大佐をご存知ないかね? ずいぶんと有名人であるようなんだが」と伝えた。すると老婆は目を丸くして、「ハウプト様は私がお仕えしている家のご当主さまであらせられます」となんとも簡単な事実をなんとも大げさに述べてくれた――まったくもってツイているではないか、このへんは生来持ちえた運だな、うん。


「ああ、たぶん、そいつ――いや、わたしが目当てとする男性はその人物だ。どうか案内してもらえんかね?」

「あ、いえ、しかし、私はただ仕えるだけの身分で――」

「底なしの美人が会いたいと言っている――と申し上げても無理かね?」

「好色な方ではありません」老婆はむっとしたようだ。「でもあなたの行動をお話しすれば、お目通しくらいは――」

「だったら、お願いしよう」


 デモンはにこりと全知全能の女神のごとく穏やかに笑んだのである。



*****


 軍人の詰め所とは決まって愛想がなく、また汗臭いものだ。当該もそれにたがわず。なのに、そんな現場に似つかわしくなく、えらく香りのいい紅茶が丸テーブルの上に置かれた。「ハウプトです。この国、『トリノ』の大佐です」と挨拶をしたグリーンアイの若者は学生くらいに若く、もっと言えば幼く見えた。しかし薄い、軽快さを強調するプロテクターのような茶色い鎧は似合い、立ち居振る舞いは堂に入る。別格の(つわもの)、としてもなんの問題も生じない。


「ハウプト大佐はずいぶんと若いな」念押しするような思いで、デモンは訊ねた。

「よく言われます」とハウプトは笑んだ。


 まったく嫌味の感じられない、清々しい笑顔だった。


「なんの遠慮もせず、なんの礼儀も果たさず、ただ会ってくれ――では無礼だったかな」

「いえ。どうあれ会うと言ったのは私ですから」

「わたしは何者に見える?」


 ハウプトは笑みを深め――。

 話をしましょう――とだけ言って、椅子の上からまっすぐな視線を寄越してきて。


「凌辱の檻は二度目だと聞いたぞ。ゆるすのかね?」

「いっそ仮にそうあるのだとすれば、私は何も苦にしませんよ」


 なるほど、立派な物言いだ。

 そんじょそこらの若造にはない静謐なる意気込みを知る。


「ナメクジというんです。先方の部隊の名は」

「ああ、それはどこかで耳にしたな」

「彼らに限っては、乱暴を働いた事実はないと言われています。我々を攻撃するにしても、彼らだけは紳士的だった――。しかし、だからといって彼らはくだんの軍の一員なのですから、ゆるせるはずがないでしょう?」


 ああ、それはもっともだ。

 もっともだよ、ハウプト大佐。


「大佐、か。おまえは二十歳そこそこに見える。ゆえに、あらためてにはなるが、結構な身分だとお見受けする」


 ハウプトは苦笑じみた表情を浮かべ、「そこにある事実については、ご想像がゆくのでは?」と訊ねてきた。「人材不足なんだろう?」と指摘してやると「そのとおりです」と返してきた。「だからこそ、そこには過剰な評価が存在する」と苦々しげに答えた。


「だがな、ハウプト、そんな背景がなくとも、おまえはたいした人物であるように見えるぞ」

「恐れ入ります」ハウプトは微笑むと、ぺこりと頭を下げてみせた。「それで、マシューさん、でしたか」

「ああ、そうだ。マシューだよ。それがどうかしたか?」

「会ってみたいです」

「会えんよ。そも、どうやって会う?」


 わかっています。

 ハウプトはそう言って。


「聞くにマシューさんは就活中の一人にすぎないようですけれど、だから私は本質的に、翻って、もっと突っ込んだところをお話すると、それすなわち、ナメクジの隊長に会いたいんです」


 デモンは眉を寄せた。寄せて、「話が飛躍した。そして、会ってどうする?」と訊ねた。


「隊長殿と合意を得るに至れば、二度目の『檻』など、ありえないでしょう?」


 それは早計が過ぎ、また軽率な判断だなと思わされた。


「現場レベルで話をつけたところでなんになる? トップダウンで捻じ込まれてはどうしようもないぞ」

「先方の担当者は? ブリック大尉でしたか?」

「ああ、そのとおりだよ」

「しかし、私に彼との接点はない。それを構築するのは簡単なことではないでしょう」


 嫌な――と言うほどでもない、妙な予感がした。


「その旨を理解している上で、おまえは何が言いたいんだ?」


 それこそ、現場レベルで握っていれば、絶対に間違いは起こらない。

 ああ、やっぱりそうきたかと感じた――。


「デモンさん、マシューさんと私の思いを前提に、ブリック大尉にお会いいただけませんか?」

「おやおや、まあまあ、どこの馬の骨とも知れんただの女――しかし途方もない美女に、その願い、託すのかね?」

「うまくやっていただけると信じています」

「まあいいさ。請け合おう」デモンは小さく頷いた。「どうにもわたしが本気だと知るとわかってくれるニンゲンは少なくなくてな。である以上、わたしはやはり、ブリック大尉にも話を通せるんだろうさ。――が」

「が?」

「やはり、事は起こってしまうのかもしれない」


 その折には再び戦うまでです。

 力強い宣言だった――。



*****


 紆余曲折あって、しかしどうあれブリック大尉にお目通しがかなった。軍――隊の詰め所である。やはりどこにあってもむさくるしく、また汗臭い一室である。部屋自体は小奇麗で――それでも窓際の花瓶に無造作に活けられた水仙には場違いさを感じざるを得なかった。


 おたがいに椅子の上にあり、ブリック大尉と向き合っていて、彼は無精ひげの顎を右手でさすりながら値踏みをするような目を寄越してきて、「ハウプト大佐が? ほんとうかね?」と訊いてきた。


「嘘を述べる立場にない」デモンは敢然と――。「正直言って、わたしは『檻』の話なんてどうでもいいんだよ」

「だったら、どうして他人様のために奉仕しているのかね?」

「馬鹿は馬鹿なりに死ねばいいとしか思っていないからだよ」


 下から下から、睨みつけてくるような目を向けてくるブリック大尉。

 ――が、まあ、そんなこと、どうだっていいな、いいんだよ。


「さあ、わたしは手の内を明かしたぞ。おまえはなんとするね、ブリック大尉」


 ブリック大尉は胸を大きく上下させると、目を閉じ、吐息をついた。


「ソルト、だったか」

「ああ、そうだよ、大尉、おまえたちがナメクジを名乗る以上、それがトリノのカウンターパートだ」

「ああ、そうだ、俺たちが憎いからこそ、向こうさんはそれを設けた」

「そのトップが、ハウプト大佐というわけだな」

「若いって聞くよ。先方がいくら人材難にあろうが、やはりそれなりの逸材なんだろう。だがなぁデモンさんよ、そもそもの話なんだ」

「と、いうと?」

「俺たちみたいな戦争屋が戦争を否定されて、面白いわけがないだろう?」


 まるで納得がいきすぎる私見、あるいは意見だった。


「だったら、やり遂げると?」

「その場、その時になってみないと、わからん。――ただ、間違いは起こさん。誓おう」

「期待しているよ。おまえは斬ってみたいがな」

「その折はその折だ。相手になろう」

「死ぬぞ?」

「誰でもいつかは負ける。その相手があんたなら――」



*****


 マシューに話を持ち帰った。

 まったく、義理堅いことだ、デモン・イーブルというニンゲンは。


 小さな丸テーブルを前に、丸椅子の上で向き合いながら――。


「そうですか。ブリック大尉はそんなことを……」


 デモンは「どうあれ二度目の『檻』は、やるんだろう?」と、訊ねた。


「情報は入っています。明日の夜をもって、確かに。現状、時間についてはやや不確定ではありますが」

「事の性質上、そのへん、少し曖昧であるのかもしれんな。のんびりやろうということだ」

「我が軍の先鋒は第二魔法小隊です」

「やはりナメクジ、か」

「そうです。相手はそれを駆逐すべくのソルト」

「気が利いた対峙だと思うよ」デモンは朗らかに笑った。「さぁて、どう転ぶかね」


 作戦自体が完全なる機密事項です。

 ――と、マシューは言って。


「マシュー、おまえはどうしたい?」

「えっ?」

「どうしたいかと訊いたんだ」

「それは……それは決まっています。僕は、自分は誰にも不幸になってほしくない」

「まるで綺麗事だな。そう考えることが楽だとも言える」

「ですからそれは――」


 声高に指摘、あるいは期待されようと、そんなの面倒でしかない。


「事への介入を続ければ、また何か、おまえさんへの報告事項をこしらえることができるだろう」

「つまるところ、あなたは親切なんですか?」

「馬鹿を言え。興味深いから首を突っ込んでいるだけだ」

「だけど、ありがとう」

「言ってろ、愚か者めが」


 馬鹿にも祝福はあっていい。

 強者に斜陽があってもいい。


 そこにある自然の流れを見守ることが、デモンは好きだ。


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