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黒き邪心に薪をくべろ  作者: XI
27.ナメクジVS塩
145/160

27-1.

*****


 ひとつの国家としてえらく栄えているらしいスペースに到着した。懐が深いとでも表現したらいいのか、パスポート一つで入ることができた。図体がデカくて力強いのなら、ままあることだ、ガードはゆるい。「もしわたしが未曽有の被害をもたらす災害クラスのテロリストだったら――」、実際には一部、そうではないのでそんな真似はしない。大勢を敵に回すと楽しい反面、めんどくさいに違いないのだから。


 当該国家「オセロ」に入って以降、のんびり街を歩いている最中に、妙な物言い? 宣伝? の場に行き当たった。色褪せた、黄ばみが目立つ二階建ての建物の屋上で、稀有なまでに轟く演説をしくさっている若い男がいる。ほんとうに大きな声だ。惚れ惚れするとまでは言わないが、大声であってもけっして耳障りでないところがとりあえず素晴らしい。何か特別なスペックを有している――そんなふうに見えた。


 訴えている内容は滑稽に聞こえ、そのいっぽうで物騒だ。ついには男は声高に「愚かな民には平和はおろか、幸せすらゆるされないんです!」などと謳った。そんな危なっかしいことを語ってだいじょうぶか? そんなふうに、デモンとしては、ある種、真逆の意味で感心した。気を揉んだというのかもしれない。思い切ったことを述べる男に興味を持った。


 謳っているのが極めてアグレッシブなネタであるせいか――恐らくよくある主義者の演説とはいえ多少の興味はあるのだろう――ゆえに足を止める市民は少なくない。デモンの隣に中年と思しき頭髪がひどく寂しい男が立った。「マシューめ、そうやって過激なことばかり抜かすから、おまえはまるで泡沫なんだよ」などと憎々しげな響き、口調。舌打ちまでしてから立ち去った。まあ、正論だろう。恐らくくだんの「民」とはこの国「オセロ」のことを指しているのだろうから。にしても、恐らく同じ民族であるニンゲンらをけなす神経がおありなのは珍しい。そこでデモンはメチャクチャデカい声で、「おまえは何者かね!!」と高いところで演説を打っている男に訊ねた。みながデモンのほうを振り向いた。中にはびっくりしたような表情を浮かべる者もいた。問題の男も目を丸くした――遠目にもそうしたように見えたが、それからすぐ「僕はマシューです!!」と返事をした。男は屋上から姿を消した。一階の出入り口より出てくる男が見えた。みなが男に道をあける。


 男はデモンの前まで来ると、右手を差し出してきた。その手を握ってやると、左手を添えてきた。少し、泣きそうな顔をしているように映る。ブルーの瞳はきちんと澄んでいて、そのうえ優しげだ。


「話をさせてください。きっとわかってもらえるはずですから」


 大げさなことだ。

 身勝手な言い分でもある。


 左の肩の上のオミが一つ「カァ」と鳴いた。

 呆れたような色合いを有する、右肩下がりの阿呆な声だった。



*****


 木造りの粗末な椅子に促され、同じく安っぽいテーブルの上に紅茶を出された。香りからして悪い茶だ。それでも口にしてやった。なんと優しいデモン・イーブル女史だろう。


「僕の演説に真剣に耳を傾けてくださった方は、久しぶりなんです」


 いや、真剣ではないのだが?


「よろしければ、ご職業をお聞かせ願えませんか? 只者ではないだろうと睨んでいます」


 いや、教えてやる義理はないのだが?


 まあ、それらは大した事柄ではなく、また隠すようなことでもないので、「“掃除人”だよ」と教えてやった、マシューは驚いた顔をして、それから「すごいすごい!」と子どもみたいに手放しではしゃいでみせた。国や地域によって掃除人の捉え方はまちまちなのだが、やはりとでも述べるべきか、この国「オセロ」においても一般的には好意的に受け止められるらしい、恐れられていると言い換えることもできるのかもしれないが。


「で、マシューよ、おまえは何者なんだ?」

「面と向かって名前を呼んでいただいたのは久しぶりです」――どうやらほんとうに、寂しい人生を送っているらしい。

「おまえは泡沫候補なのだと耳にした。政治家を志しているのか?」

「えっと、それは手段というだけであって」

「だったら、目的は?」


 この国のニンゲンに、目覚めてもらいたいんです。

 マシューはそんなふうに、言ってみればおめでたい希望を言って――。


「主義者なんだろう? そのわりにはまどろっこしい言い方だ。事の次第を述べるにあたって邪魔をする、感情のしっぽが見え隠れする」


 今度はマシュー、目をぱちくりさせた。

 のち、えらく穏やかな顔になった。


「ほんとうにすごいなぁ。あなたの前では隠し事なんてできないんですね」

「市民どもの目を覚ましたい。この国にあって、かつて何かネガティブな事象が起きたんだな?」

「起きたという言い方はヘンなんです。起こしたという表現が正しいんです」

「が、先にわたしが断ったとおり、それを直接的に訴えることはできない?」

「そういうことなんです」マシューは苦笑にも似た表情を浮かべた。


「わたしには事実を話せ。恐らくだが、おまえを軽蔑するような事態には至らんだろう」

「聞いていただけますか?」

「そうしてやると言っている」

「凌辱の檻――二年前にこの国が実行した作戦の名称です」


 恐ろしいながらも何をしたのかがなんとなくわかる、意味を漏れなく内包した優れた作戦名だと感じさせられた――そのへん、デモン・イーブルが冷たいニンゲンであることの証左なのかもしれないが。


「どこを相手に、それをやったんだ?」

「隣国です。小さいながらも、それは彼らは、いまだオセロに抵抗を続けています」

「凌辱の檻――軍のストレス解消みたいなものだった?」

「いえ。隣国――トリノに徹底的な恐怖を植え付けるための作戦でした」

「具体的に訊いてやろう。男や子供は容赦なく殺し、女どもについては凌辱した?」

「心から忌むべき、恐ろしい作戦……いえ、行為でした」


 事実らしいことを聞いて、デモンの中で疑問が湧いた。そもそもそのような作戦なら、軍、ひいては政治屋が頑なに隠そうとするはずだ。いくら自国を愛し、そこに存在できることが幸せでも、事が事なのだから、知ればさすがにみなが侮蔑の念を抱くだろう。


 だから訊ねたのだ。

 どうしておまえはその作戦を知ってるのだ? ――と。


「当時、僕は軍にいたんです。凌辱の檻にも参加する立場でした」


 ああ、なるほどな。

 いっぺんに合点がいった。


「おまえも、平たく言えば人非人な『事』に加わったのか?」

「加わるはずがありません。だから、同僚を殺しまくりました。僕は今になってもその行動には後悔していません」

「だったら、そこいらの旨、はっきりと、市民に伝えてやればいい」

「ですからそれは、あまりにショッキングすぎるでしょう?」

「それはそうなんだよ。ああ、そうだ、そのとおりだ。だが――」

「ええ。直接的な表現を用いないと、ほんとうの意味での支持は得られない」


 かつて、僕には仲間がいました。

 そんなふうに、マシューは前置きして――。


「そいつもまた軍人なのか?」

「はい。フランコといいます」と先を紡いで。「彼も凌辱の檻を忌まわしいものだと理解しています。その……自軍のしでかしている作戦を参加するにあたって、とにかく納得がいかないようでした。彼は彼で、優しい人物なのだと思います。くり返しになりますけれど、当該の行いについては、彼も深く軽蔑していた」


 はたしてそうなのかね。

 ――と、デモンは疑問を呈した。


「それはどういうことでしょうか」低い声のマシュー。

「怒るなよ。それこそわたしは可能性のみを示唆している。おまえだって、そのフランコとやらの動きを始終観察していたわけではないんだろう?」


 デモン・イーブルに対してそれはもう怒っているのだろう。

 いっぽうでその表情には不安の色が見え隠れする。


「もう一度言うぞ。おまえはヒトを信じきるきらいがあるようだ」


 今度は反論してこなかった、マシューである。


「まさか、でも、そんなこと、なんて……」

「なんの罪にも問われない以上、女の乳房も穴も男どものより良い食い物になった、餌食になった。男は女に突っ込むとえらく気持ちがいいらしい。メチャクチャ気持ちがいいらしい。さて、だとすれば、それは違うと言えるかね?」

「だから!!」憤ったのだろう、マシューはメチャクチャ勢いよく立ち上がった。「フランコがまさかそんな真似をするなんてありえません。彼だけではなく、ギア少尉だってブリック大尉だって……。彼らに対する僕の認識は、正しいものでしかないはずだ」

「この世には言いきれる事柄が少ないことからの予想なんだがね。というかマシューは軍人だったんだろう? だったら、間違っても僕だなんていう呼称は使うな。著しく弱く見えるぞ、くそったれめが」


 マシュー殿は、「じつはフランコはギア少尉を、言ってみみれば、その、恋の対象というか……。そしてたぶん、ギア少尉はギア少尉で、ブリック大尉に性別を超えた愛情を抱いているだろうということなんです……」――。


 いきなりマシューがほざいた事実は、自由性が謳われる時代にそうであっていいことなのかもしれない。

 デモンにとってもべつに珍しい話ではなかった、話の内容、筋が、なんとなく読めたのだ。


「この話の展開だ、再確認だ、マシュー、おまえはおまえで、たとえばフランコなんかを愛しているんだな?」

「じつはそうだったりします」と言って浮かべた表情、それは今度こそ苦笑いだろう。「僕は――いえ。自分は確かにフランコ軍曹を愛しています。誰かに叱られるのかもしれませんが、自分の気持ちが彼から離れてしまうことはなくて」


 なるほどな、と思う。マシューは立場的にも役割的にも近しいところがあるフランコのことが好きで、そのフランコはギア少尉のことを愛していて。そしてギアとやらは隊の長らしいブリックなるニンゲンをほかならぬ存在だと考えていて――。


「しかしだな」とデモンは切り出した。「そういったいわゆるコイバナと社会的な地位、立場は、はっきり区別するべきだろう? ゆえに、おまえはなぜ市民への宣伝を続けているんだ? ということになる。黙っていて損はないはずだ――という結論に至る」

「最近のことです。二度目の凌辱の檻を実行するのだと……やっぱりそうなのかな、って……」

「ソースは? たとえばフランコからか?」

「はい」というのは重々しいニュアンスを持つ返事だった。


 対象の国は? デモンがそう訊ねると、「二度目と言いました。やはり東の隣国です。トリノですよ」との答えがあった。言葉尻から考えて、まあそうかと納得する。


「再びとなると、そう簡単にはいかない。わかっているんだろう?」

「我が国の軍を当時の二倍、つぎ込めば済む話です」

「そういう試算が?」

「誰でもわかる話です」

「しかし、無抵抗なわけではあるまい?」

「ええ。向こうは向こうで決死の覚悟で挑んでくるはずです。その先鋒がハウプト大佐とエド中尉です」


 当然、初耳ではあるが――ハウプトにエド。

 なんだか宗教じみた名だなと感じた。


 デモンは顎に手をやり、二度三度と深く頷いた。


「やるんだな? そのハウプトとエドは」

「自分は知りません。ですけど、彼らに抵抗されている旨はよく耳に届きます」

「それこそフランコ軍曹からか?」

「はい」


 デモンは刹那思考したのち、ゆったりとした口調で「会ってみたいな。その御仁らに」と言った。あたりまえのようにマシューは驚いたわけだ。「まさか、い、いいえ、そんなこと、叶うはずが――」。


「話がつけられるかは、わたしにもわからん。が、わたしの実績から言って、顔を合わせることくらいはできるだろう」

「あなたはいったい何者なんですか?」

「だから、掃除人さまだよ。多少、うだつはあがらんかもしれんがな」


 自分のために、ですか?

 そう、マシューは口を利き。


「凌辱の檻は気色が悪い。そうでなくたって、強者が弱者をいじめまくることは気持ちがいいものではないんだよ」

「それは一般論でしょう?」

「おや、わたしはそれを謳うにはふさわしくない非一般人だと?」


 マシューはまた、苦笑いを浮かべ――。


「いったんはいったんです。ですけれど、この機はお任せしても……?」

「そういうんじゃない。――が、おまえを正しい政治家にしてやりたいとは考えている。嘘っぱちかもしれんがな」

「自分は泡沫も泡沫なんですよ?」

「立場や年齢は身分を得るに際してまるで関係がない。そのへんわかっているから、活動を続けているんだろう?」

「あなたには、何かがあるように感じられます」

「そのとおりなのさ。やってやれないことなど何もない」


 マシューは椅子の上で背を正すと、深々と頭を下げた。


 清々しい若者ではないかとの感想を抱く。デモン・イーブルのほうがずっと年下であるのだから、それってずいぶんと上から目線の感じ方、言い方ではあるのだが――。


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