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黒き邪心に薪をくべろ  作者: XI
26.彼らは気分良く生きた
140/160

26-1.

*****


 客観的な視点を持ち、その上であっけらかんと表してしまうと、オミの奴がどこぞの屋敷の主と話をつけてきたことに間違いはないようだ。ひょんなことから出会ったらしい。ひょっとしたら知性にあふれ、かつ柔軟な人物なのではないかと感じ取り、だからつい、オミは人語を話してしまったのかもしれない。それもやはり好意的に観察すればという話ではあるが。賢明そうに見えて人間くさい感覚を持ち合わせているカラスなのだ、オミにはそういった側面がある。迂闊な真似には事欠かない。過失が多いということだ。


 オミの奴の言い分――その一言一句から評価して、くだんの主人に会ってみようと考えた。最近、次へ次へと国や街を渡り歩いてきたので、ここいらでいっとう心地の良いところに長居をしたいと考えていた。宿では気が利いていないし経費がかかるわけだから、ちょうど誰か他愛のない市民の家に転がり込むことができればこれ幸いと思っていたのだ。自分勝手な願望ではあるが、願望とは元来、そういうものだ。とにかく、カラスと話しても不思議そうな顔一つしなかったらしい御仁にはやはり興味が湧く。あるいは仲良くできるのではないか――現状、顔はおろか詳しい特徴も知らないが、通じ合うものが得られるような気がしてならない。オミがしきりに言うその「ナイスミドル」を訪ねてやろうではないか。楽しみである。



*****


 デモンの左肩の上にはハシボソガラスのオミの姿。彼の話す人語――アドバイスのままに石畳の街中を進み、やがて閑静な住宅街に。そのうち坂道の途中の、白いレンガ造りのなんとも立派な三階建ての家屋に出くわした。白いレンガとのとおり、ほんとうに白い屋敷だ。毎日程度の頻度で清掃が行われていると聞かされても疑いようがない。いい暮らしをしているのだろう。社会的な地位も高いのだろう。でなければこんな頑強そうな建物を寝床にすることなんてできないだろう。


 口を大きく開けた獅子の口――ドアノッカーをコンコンコンと静かに鳴らした。ほんとうに「いい家」ならそれだけで手伝いのニンゲンが反応するはずだ――うん、つくづくいい家らしい、まもなくして、白いエプロン姿の白髪の老婆が姿を現したのだった。にこりと人懐こい笑み。なるほど、いい笑顔だ、外見はババア極まりないが、実のところはかなりハイクォリティなメイドだ。


「まあまあ、どなたでいらっしゃるのでしょう。美人さんですね」


 ババアよ、言われるまでもない。

 デモン・イーブルはたしかに美人さんではあるが――。


「一定の経緯はある。――が、ともかく主人に会わせてもらいたい。肝心な話は彼とする」


 まったくもって無礼で、先方からすれば謎めいた言い分に違いないのだが、メイドのババアは「わかりました。客間にご案内いたします」となかば好意的な物言いをした。なかなかのものだ。安全を嗅ぎとる能力がある。高尚であり、また尊いスキルだ、底なしのポテンシャルすら感じさせる――まるで大げさだな、すなわちとことん笑える。



*****


 今の時間、手伝いの者はくだんの老婆以外にいないらしい。客間に通された。適度なクッションの二人掛けのソファ。デモンの左隣では足を折って座り、むくむくになっているオミがいる。


 ふいにオミが立ち上がって、ガラスの天板のテーブルの上に飛び乗り、デモンのほうを見上げた。くりっと首を傾けてみせると、次に「くあぁ」とあくびをした。カラスがあくびをするだなんて、オミに会うまでデモンは知らなかった。


 デモンはテーブルから小さなカップを手にし、優雅に紅茶を楽しんだ。


「ぼくはあぶらが欲しいなぁ。ラードがいいなぁ」

「いきなりそんなものを寄越す従者なんていやしない。迎え入れてもらえたことだけに感謝すべきだ」

「紅茶は? おいしい?」

「まずい」

「ここは嘘でもうまいと言うべき場面だと思うけど?」

「やかましいなクソガラス、死んでしまえ」


 ただいまーっ!! ――と、大きな声がした、女の声だ、うら若き乙女のそれに違いない。そのうち客間に姿を見せたのは、桃色の髪の女だった、長髪、二十歳そこそこではなかろうか。瞳がくりくりと大きく、表情自体は大人のそれ、しかし、どことなく幼さの残る顔立ちだ。はっきり言って、かわいげがある。好みだ。ぜひともベッドの上で喘がせてみたい。


「おぉ、御客様じゃん」桃色髪は早速? あるいは突拍子もなく? 「私はマチだよ」と名乗った。「美人さんだなぁ」と高評価を寄越してくれた。


 いきなりオミが「ぼくはオミなんだ。ぼくはぼくで男前なんだっ」などと語尾上げで口を利いた。ぎょっとはしない、しかしデモンは眉を寄せるくらいはした。無防備かつ無鉄砲すぎる対応ではないか。カラスがしゃべるなとつくづく思う。まあ、それくらいのスキルがなければ、一緒に旅などしていないのかもしれないが――きっとそうだろう、そうに違いない。


「カラスがしゃべったように見えた。夢かな、これは」と、マチ。

「ぼくは健やかで賢いんだ」と、オミ。


 マチは朗らかに笑った。笑って笑って大笑いして、「ほんとうにカラスがしゃべるのかぁ。スゴい時代だなぁ」と殊の外、感心したようだった。


「それで、オミくんはウチになんの用なのかな?」

「面白いヒトの家で少しゆっくりしたいんだ――というのは、ぼくの相棒の願望なんだけど」

「そうなの?」


 「そちらが相棒?」とデモンを見て、マチが首をかしげてみせた。


「お名前は?」

「デモン・イーブルだ」

「デモンさんは貧乏しているのかな?」

「字義のとおりではない。貧乏してはいないんだ。宿に金を払い続けるのが、ときどき馬鹿らしくなるというだけだ」

「泊まるとか泊まらないとか、そのへんのうんぬんについては、私としてはべつにいいよ、任せるよ」


 おかしそうに、くすくす笑ったマチである。


「わたしの面倒を見る見ないの判断は、マチ、おまえができるのか?」

「できるけど、パパに伝えてもらったほうが助かるかな。そのほうが手っ取り早いから」

「おおむねわかった。では、お父上が帰宅するまでのあいだ、おまえに話し相手になってもらおうかね」


 すると「残念、ダメ」とマチは頬を弛緩させ。


「こう見えても、私は忙しいんだぁ。今も着替えを取りに戻ってきただけなんだ」

「立場は?」デモンは訊く。「図抜けた才女であるらしい旨は、もはや知れているんだが」

「嬉しいな」とマチは微笑んだ。「私は総理大臣の第一秘書なんだ」

「ほぉ、大したものだ」

「でしょ?」今度は悪戯っぽい笑みを浮かべた、マチ。「そして、さらに王族の王太子――公爵様のフィアンセでもある」


 さすがのデモンも目を丸くした。


「ド派手な背景じゃあないか。やはりここは名家なんだな」

「明日には勤務も明けるから。そしたらデモンさん、私としゃべってもらえる?」

「いいさ。小娘の戯言に耳を傾けるのも一興だ」

「年、そんなに変わらないと思うけど?」


 デモンは肩をすくめるにとどめた。


 結局ソファにつくことすらしないまま、右手をひらひら振りながらマチは姿を消した。間違いなく彼女は有能だ。面白い人物だなとも感じさせられた。ゆえに、この国、この街は案外興味深い土地なのかもしれない、などと思い――そうであることを祈る。


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