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黒き邪心に薪をくべろ  作者: XI
25.ディザスター・レッサーヴァンパイア
139/160

25-5.

*****


 今夜もデモンはレッサーヴァンパイアと宿の一室で向き合っていた。デモン個人としては会う場所は明るいカフェでも暗いバーでもいっさいの問題はないのだが、それなりにリサーチした結果として得られたのはレッサーヴァンパイアはそれなりに有名であるらしく――まあそんなの当たり前なのだが――だから極力人目につかないところで話をしたいらしいことは言わずもがな、簡単に知れた。


 レッサーヴァンパイアは今日も国の市民を殺したのだという。いくら国だと言ってもせいぜい三十と五万人程度しかいないわけだ。奴さんが攻撃、あるいは襲撃を続けていては、そのうちコミュニティーは破壊されてしまうことだろう。


 どんな感情もさておき、それを成し遂げたいのがレッサーヴァンパイアではないのか。

 だとしたら、とことんまでドラスティックにやればいい。

 弱肉強食の理とはそんなものだろう?


 小さなランプの灯が照らしだすだけの空間において、デモンはまず「レッサーヴァンパイアよ」と呼びかけるかたちで切り出したのだった。それから魔王の豪快さで低い笑い声を、漏らすようにして放ったのだった。


「デモン・イーブル、何がおかしいんだ?」

「おまえが妙に悩んでいるっぽいところが笑い種なのさ。憎いならどうして一気に焼き払わないんだ? ひょっとして、おまえが愛した女がニンゲンだから、おまえは心のどこかでニンゲンを信用しているんじゃあないのか?」

「そんなわけ、あるはずが……」レッサーヴァンパイアは下を向いた。「そんなことはないはずだ……」

「べつにそのへん、恥ずべき箇所でもないと思うがな」

「……黙れ」

「おや、どうしてそんなふうに言うんだ?」

「黙れと言ったんだっ」と多少声を荒らげたレッサーヴァンパイアである。


 彼がもたらすそんな渦中にあって、デモンは優雅にグラスに口をつけた、シングルモルトのウイスキー――。


「神視点な発言を用いるとだな」

「神視点?」

「まあ聞け。言ってみれば、物語を俯瞰するような物言いをすれば、きっとおまえとカーター家と密な関係があったほうが美談になるのだろうと思うんだよ。――が、まるで繰り返しになってしまうが、レッサーヴァンパイアよ、おまえはヒトを殺めすぎた」


 レッサーヴァンパイアは妖しくにわかに片方の口角を上げるようにしていびつに笑い――。


「僕が悪いのだとしても、ヒトに謝るつもりなんて微塵もない」

「そのへんの強い感情は買えるんだよ。ただしおまえは、二流だな」

「なんだと……?」


 レッサーヴァンパイアの「おこ」な表情はラブリーと言えた。


「だって、そうだろう? ヒトを殺めることだけを考えて、そのことだけに執着しているんだ。そうである以上、小さい人物だと言い表してなんの間違いが?」

「……僕は」

「僕は、なんだ?」

「はたして、ほんとうのところで、ニンゲンを愛しているのだろうか……」


 デモンは皮肉に顔を歪め、嘲笑した。


「まったく馬鹿を言ってくれる。そんなことくらいおまえが決めろ。他者に問うようなことじゃあない」

「おまえだって、ニンゲンだろう?」

「ああ、そうだ。おかげで気分良く生きているよ」


 表に出ろ。

 と、レッサーヴァンパイアは顎をしゃくってみせた。


 大げさなジェスチャーだな――と思う。残念だなぁとも思う。どうしてかって? さあ、どうしてだろうな。



*****


 どこにでもあるような街の通り。

 周囲には誰もいない。


 細身の体に似つかわしくない、のっしのっしと表に出向いた極悪吸血鬼の姿を見て、みながみな、逃げたのだろう。


 レッサーヴァンパイアは腰を深く沈め構え、敵対心も露わに睨みつけてきた。


「僕がおまえを殺したら、この国はこのままでいられるはずなんだ」


 なんとも腑抜けた物言いだ。

 笑ってやるしかないではないか。


 レッサーヴァンパイアはやり手だ、立ち姿から判断できる。

 昨今にあっては、最も面白いレベルの果たし合いになるのではないか。


「いつ、仕掛けてもらってかまわんぞ」デモンはハッハッハと笑った。「どうかわたしを慌てさせてもらいたい。おまえにはそれだけの膂力があるように感じている」

「舐めたらしまいだ」

「舐めとらんよ」

「舐めている」

「だから――」


 物申し上げている途中で、突っ込んできた。

 鋭い――右手の爪による鋭い一撃。


 刀で防がれると見るや否や、さっと退いて、頭上でぱちっと指を鳴らした。

 途端、降り注ぐ、金色の光の矢。

 デモンはそのいっさいを、紫色のバリアで遮ってやった。


 レッサーヴァンパイアが距離をとるような格好で離れた。

 いくらでも面白がってやるつもりだから、いくらでもかかってこいと思う。

 ――が、なぜだろう、レッサーヴァンパイアはどこかとてもつらそうで苦しげで。


「僕の生きる時間は、ボナミィを亡くした時点で終わったんだ」

「むなしげな顔をするなよ。意志が鈍る」

「ニンゲンのすべてをぶち殺してやれば、気が済むかなとも考えた」

「気が済むかもしれんぞ? やってみないうちは、なんとも言えないだろう?」


 気づいたんだ、ニンゲンを相手にするうちに。

 ――というのが、レッサーヴァンパイアの前置きだった。


「じつはそんなことはなかったんだ。いきものだから、だろうな。すべてのヒトを憎むことは、僕には難しかったんだ」


 その優しさゆえに、苦しみ抜いてきたのだろう。かつて、心の底から愛した女を、足元から火炙りにされたのだ。それでも、ヒトに輝かしさ、明るさ、優しさを見たから攻め抜くことはできなかった……。


「頼む、デモン・イーブル。どうか僕を終わらせてくれ」

「断る」デモンは右手を「しっし」と払うように動かした。「弱音を吐く奴は嫌いだ。ニンゲンだろうと、吸血鬼だろうとな」

「だったら」

「ああ、向かってこい。敵とあらば切り捨てることはやぶさかでじゃあない」


 ほんとうに、向かってきた。

 潔い――としか言えなかった。


 ズバッと首から上と身体とを斬撃でもって斬りはなしてやった。

 さすがは吸血鬼、生命力があるというかなんとうか、すぐには事切れない。


 レッサーヴァンパイアの首から上を見下ろし、デモンは「不幸だとは思う。おまえがフツウのニンゲンだったら、フツウの事象しか起こらなかったんだろうからな」と言った。


「僕自身、もう……もう、ニンゲンが好きなのか嫌いなのか、わからないんだ……」ここにきて、両の目尻から涙を伝わせたレッサーヴァンパイア――瞳は青い空を見上げている。「でも、ボナミィのことは好きなんだ、今もなお、愛している。だったらだったで、答えはもう、出ているようにも思うんだ」


 もはや何をほざいたところで無駄だし、何をほざかれたところで意味などないのだから、デモンは刀の、その切っ先で、レッサーヴァンパイアの眉間を貫いた。今際の際にあって「おまえはやっぱり死神だ」などと述べられたものだから、なんだかメチャクチャ気分が良かった。ホント、サイコーだ。おまえはニンゲンの敵だったんだよ、吸血鬼殿。だったらだったで、だからとことんまで憎たらしく死んでいけばいいんだよ、いいところ、常識的な部分なんて微塵も見せずに、な。


 ――今際の際とは言ったが、レッサー殿は一つ、今度は呟くように言った。「今の言葉を『彼女』に伝えてほしい」ということだった。まったく面倒な話である。――が、知らされてしまった以上、知らせてやる必要があるだろう。


 やれやれ。

 デモン・イーブルときたら、甘ちゃんなことである。



*****


 興味深いことが、生じていた。


 カーター家を訪ね、迎え入れてもらったのだが――すると、リビングダイニングでミライがうつ伏せに倒れているのを見つけたわけだ。背にはいくつも刺し傷があり、それ相応に白いシャツが血に染まっている。


 後ろから、「姉さんが悪いんです」との絞り出すような声――。

 カイ・カーターのそれ、だ。


「悪いとは?」

「僕ほど姉さんを愛している男はいないんだ」

「それはわかっている――が、ゆえに殺したと?」

「そうですよ。この期に及んで、姉さんはレッサーヴァンパイアに会いにいくとか言い出すんですから」

「それだけの理由でやっつけるかね」

「じゅうぶんな理由だと思います」


 もういい、飽いた。

 言ってデモンは、玄関に向かうべく踵を返そうとした。


 ――と。


 まあわかりきっていたことなのだが、振り向きざまに刀でナイフを受けた。

 言わずもがな、カイが襲いかかってきたのだ。


 半身の状態、カイは意外と力が強く、ゆえにぎりぎりとした鍔迫り合いのような状況――。


「僕と一緒に死んでください、デモンさん」

「おまえがわたしに価値を見ているらしいことは光栄だが、お断りだね」

「僕にはもう何もない。愛する姉さんを殺してしまった以上、何も……っ」


 一人で死ねよと言ったんだよ。

 それは、彼女の無慈悲なセリフ。


 身を翻し、そのままの勢いで、カイの首元を左手で掴み上げる。胸を、腹を、股間を、順繰りに刺した。性器までをも傷つけられるとは予想していなかったのだろう、ひどく醜悪な悲鳴をあげた、ゆえにだ、デモンは面白がってついつい大笑いしてしまった。


「わたしはね、カイ、フィジカルにおいてもメンタルにおいても、わたしより強い他者に会ったことがないんだよ。おまえも弱者のうちの一匹に過ぎないということだ。残念だったな、ああ、残念だった。これもまた、つまらん帰結だ」

「くそっ、くそ、くそ……っ」

「そうだよ、その意気だ。死後の世界で、また会おう」


 カイの痩せた腹を切り裂き、はらわたを引きずりだしてやった。

 生身の臓物の腐った匂いは嫌いじゃあない。


 どこの国、世界にも、恋という概念は露骨なまでに一直線だ。

 同種であろうと、異種間であろうと、そこには確かな「愛」が芽生えるようだ。


 経験則から、そう言える。


 恋は尊く、愛は不変か?


 どうでもいいな、そんなこと。

 どの概念も脆く柔らかいものだから、いつ溶け落ちるかわからない。


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