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黒き邪心に薪をくべろ  作者: XI
24.よくあるひとつのこと
134/160

24-4.

*****


 国とライズとの接触に、うまい妥協点は見出せそうになかった。ライズは「国を寄越せ」と言っているに等しいし、だったらそんな物言いに応えるなんてことは国にはできないからだ。なんとも楽しいことになってきたではないか。多くの民が知らないところでこの国、ヴォイドはなんとなぁくの危機にある。アズラエルの奴が一つ花火を打ち上げればいよいよみなの目は覚めてしまうというものだろうが――。


 いつどこで動き弾けようか……そのタイミングを計っている段である。ライズがなくなったっていいし、ヴォイドが死んだとしてもべつにどうだっていいし――。どうあれば最も面白いのか、その点にだけ注視するのだ――結果が得られるまではこの街にとどまろうと考えている。今日は昼間からコーヒーののち、ビールだ、ジョッキをぐびぐび。大きなげっぷまですると周りにヒかれることは間違いないのだが、手持無沙汰なのは苦痛でしかないから普段どおり自由に振る舞おうと思う。


 表のデッキ席、従業員が食器を片づけてくれたところで、そのテーブルの上にデモンは両足をどかんとのせた。横柄かつ無礼に違いないが、なにせ暇なのだ。態度くらい、大きくもなる。まもなくして、知った赤髪男子。四人の共の者を連れたのは美男極まりない赤髪のギラト青年ではないか。デモンはふんぞり返ったまま、「何か用かね?」とそっけなく訊ねたのだった。


「調子に乗るなよ、売女」

「いきなりえらい非礼だ。眉間のしわも顕著だしな。愛しの大佐に怒られてしまうぞ?」

「大佐は思い違いをしておられる。貴様みたいな女に、いったいなんの価値が……」

「だから、そういう物言いをすると叱られるぞと言っている」デモンは邪に顔を歪め、笑った。


 不愉快ならとっとと立ち去ればいいのに、ギラトは向かいの席に腰を下ろした。なんらか、用向きがあるらしい。


「我々に正義があるのは知っているな?」

「いや、知らんぞ、ギラト。そうなのか?」

「貴様ぁ」

「怒るなよ。ほんとうに知らんのだからな」


 この国もしょせんは踏み台に過ぎない。

 いわく、そういうことらしい。


「大佐はニンゲンを束ね、世界を統べられる御方だ」

「あるいはそうなのかもしれんが。それだけのスケール感を覚えるしな」

「誰にも邪魔はさせない」

「言ったか? 私が邪魔をするなどと」


 奴さんはとことん気に入らないらしい。

 えらく醜悪に笑むと、「死んじゃえよ、おまえ」などと子どもっぽい口を利いた。


 上空に気配を感じたのは、次の瞬間のことだった。


 極度の熱を感じさせる炎と、極限の寒さを思わせる氷が勢いよく降ってきたのだ。察知できた以上、バリアで遮るのは簡単だった。炎も氷も雨のように降りしきる。一通りが経過したところで立ち上がった。まだ目の前にあるギラトについては、その首根っこを掴んで死地に晒してやってもよかったのだが、面白みを追求するのならそれは妙手とは言えない。目下の敵を蹴散らそう。そんなふうに思い、立ち上がった。ぴゅんっと風を切って舞い上がり、一息に敵勢を目指す。途中で抜刀、首を刈るべく狙う。が、最初の太刀はかわされた。つい驚き、おっと目を大きくする。ただの兵隊さんではないらしい。きちんと訓練くらいは受けているらしい。デモンはぐんぐんと自身の高度を上げ、一足飛びに突っかかってやろうと考える。どんどん宙を蹴り、どんどん命を狙う。当然、頬は邪悪にゆがむ。自分にとって多くのヒトとは退屈なニンゲンだなと思い知らされる。誰も互角に渡り合ってはくれないからだ。ほんとうに、ヒトを殺すのは簡単すぎる。退屈でもある。しかし、他にやることもないのだから――。


 ギラトは逃げおおせた。

 見逃してやったというだけだ。



*****


 大衆的な食堂の夜、青髪の美男、ガスケといる。気持ちよく物をたいらげる御仁らしい、一心不乱と言ってもいいくらいの勢いで、肉も魚もばくばく食べる。


「家族なんです、ここにいる、みなさんは」


 唐突にガスケがそんなふうに言ったものだから、デモンはくりっと首をかしげ、「なんの話だ?」と訊ねた次第だ。


「家族と表現した以上、それ以上の表現が?」

「ないな」と言って、デモンは肩を揺らし、笑った。「で、だ。ギラトはどうやらやる気らしいぞ」

「ギラト・ハインリヒ氏、ですね?」

「ああ、そうだ。ファミリーネームも偉そうな並びだったな」

「ぶち殺すのは簡単だと?」

「それは下品な表現だよ、ガスケ・ガスパール。誰が相手であろうと、もう少し、敬意をもってかかるべきだ」


 デモンの忠告など気にするところもなくガスケは言った、「あなたに傾倒する理由がない」と。「俺は私は、その限りだと」と続けた。


「俺、私、一人称くらいははっきりしてもらいたいものだ」

「そんなことはともかく、AAは――」

「AAは?」

「たぶん、俺が、私たちがたばになってかかっても、どうにもならないような輩なのでしょうね」

「その見解は正しいぞ」言って、デモンは「くはは」と軽んじるように笑った。「いっそ国はくれてやれ。そのほうが、隙も生まれるというものだ」

「しかし、そうあるわけにも――」

「そりゃそうだ。せいぜい、迎え撃つことだ」


 どうでもいいことなので、デモンの回答はいい加減だ。


「にしてもだ、なあ、ガスパール、この国は、おまえが命を賭すような国なのかね」

「私はこの国で育ちました」

「そんなことはどうだっていい。価値ある国なのかという話だ」


 ガスパールは目を伏せ、それから「価値があるかはわかりません」と応えた。「しかし、AAどもに明け渡してしまっては、きっとより多くの犠牲が生まれる」とも口にした。


 デモンはにわかに眉を寄せ、それから「果たしてそうかね?」と疑問を呈した。「それって案外違うように思うがな。だって、AAを受け入れる国民も少なくないはずだからな」と意見を述べた。


「しかし――」

「しかし、なんだ?」

「国をテロリストに乗っ取られるだなんて、いいはずがありません。違いますか?」

「違わん――が、その祈りを、願いを成すだけの力があるのかと訊いている」

「ない、かもしれません」

「だったらだから、くれてやったほうが幾分、安全だ」

「だとしても俺は戦います」

「やはり、テロリストは排除すべきだと?」

「いけませんか?」


 いけないなどということはないから、黙ってやりすごした。


 AAがラディカルで、ガスパールが真面目である以上、決戦のときは近いのだろう。

 ――しょうもない話である。



*****


 デモン・イーブル。彼女からしても、いい加減、飽きていたのだ。どれほど有能な人物であれ、そいつが男である以上、どこかのタイミングで興味を失う。AAにしたってその範疇を出ない。町はもはや瓦礫の山だ。AAだろう、奴さんが降らした物理の魔法によってずたずたにされた。どれだけのニンゲンが死したのかはわからないが、きっとほとんど死んだことだろう。まったく気持ちのいい手合いだ。AAについてはつくづくそう言える。しかし、いささか小物の所業であるようにも映る。街を焼くこと自体はアリだが、奇襲をするなら王の住まいを対象とすべきだったのではないのか。――まあいい。名うての強国に仕掛けるAAはやはり大したタマだ。人生を面白がろうとしている。美しいことだなと思う。尊いとすら――やはり言える。


 AAの奴はあっちに飛んでゆく。追いかけようかとも考えたのだが、お楽しみはまだ先なのかもしれないと思い、捨て置いた。かわりに相手をしてくれるのはAAの最側近、ギラト・ハインリヒであるらしい。ぴょんぴょんと足場のように宙を蹴って、デモンは空中でギラトと向き合った。ギラトの目線には侮蔑の色しかない。軽んじてくれているのだ。もはやぶっ殺してやるしかないし、ぶち殺してやろう――と決めるのだが、そのへんさておき、やる気たっぷりなギラトを前にするとなんだか愉快でしょうがない。ギラト、若者だ、彼は、デモン・イーブルと同じくらいの――。


「なあギラト、やめておいたほうがいいぞ。何もその若さで命を散らせることもない」

「黙れ、魔女めが。おまえは今、ここで私が殺してやる」

「無理だよ、それは」

「殺すっ!!」


 ギラトが突っかかってきた。右へ左へと薙ぎ払うように剣を振るい、次々に突進してくる。そのへんの気合いや意気込みは買えるのだが、到底、命中するはずもない。ギラト――ほんとうに弱いわけではないのだが、今、この現状、デモンが・イーブル相手とあっては、かなり分が悪いのだ。


「退け、ギラト。おまえにはまだ、やることがあるはずだ」

「そうかもしれない――が、なによりおまえを屠るが先だ!」


 物分かりが悪い男である。


 いよいよ突っかかってこられたので、受け流し、それから踏み込み、背を斬った、背の傷は剣士の恥だ、それがわかっているからだろう、最後の瞬間、ギラトはくるりと身体を翻し、真正面から、デモンに斬られた――嘘だ。あまりに潔い姿だったから、デモンは一刀両断にはしなかった。傷一つすらつけなかった、そんなの当然だ。ギラトは「この期に及んで情けをかけようというのか!!」と声を荒らげた。デモンは「やかましいな」と応え、「そうだよ、ギラト。わたしはおまえを生かした」と正直に言った。


「俺を殺せ、デモン・イーブル……っ!!」

「殺さんよ。そうしたところで、なんの愉悦も得られんからな」

「貴様ぁ、貴様はほんとうに……っ」

「AAについてはこちらで探そう。おまえはもう引っ込んでいるがいいぞ、ギラト・ハインリヒ」


 跪き、それからギラトは大粒の涙をこぼして――。


「ギラトは泣き虫だな」

「くそ、くそっ、くそっ……っ!!」

「わたしが敗れればおまえらの勝ちだ。楽しませてもらうよ。AAとの貴重な一時を」



*****


 空から索敵、AAのことを探る。現状見当たらないが、そのうち見つけられるだろう。ギラトまでもが前線に出張っていることから考えても、もはや奴さんはやりきるつもりであるはずだ。今日、この場で、AAらの立場ははっきりする。楽しめるだろう。AAの魔手は、ヴォイドの王の首筋にまで、もはや届いている。宙から見下ろしていても、AAの姿は確認できない。――見つけた。目がいいデモンは、塔のように高い城からAAが出てくるのを認めた。全然遠目すぎるのだが、AAが笑ってみせたのがわかった。ああそうかと思う。どうやらAAは王を殺してご帰還なさったらしい。


 AAはびゅんと飛翔し、デモンの正面にまで一瞬で至った。宙において向き合う。宙において、向かい合う。


「王については? きっちり殺したのかね?」

「ああ。簡単な話だった」

「あとは市民に自治を譲るだけだと?」

「いけないかな?」

「いや。一貫した行動ですばらしいと考える」

「であれば、きみが私と敵対する理由はないはずだ」


 AAの言い分は至極ごもっとも。

 ――が、世の中には面白くないこともあってだな。


 AAが「私を殺すのか? デモン・イーブル」と威厳のある声で言った。「きみになら、それが成せるとも考えるが」と笑みを浮かべ、続けた。


「死合おう、AA]

「何が得られる、と?」

「わたしはおまえをぶち殺したい」

「十分すぎる理由だな。わかった。受け合おう」


 油断していい相手ではない。何より先に、デモンは右手の人差し指と中指とをAAに向けた。得意とする斬撃の魔法である。あまり気が利いておらず、ほんとうにただただ斬りつけるだけの攻撃なのだが、視覚で明確に追えないぶん、使い勝手は良しと言える。フツウは切り刻まれてくれる――が、このたびはそうもいかないらしく、AAは軽々と避けてみせた。動きがちょっと速い。異常なはしこさ、素早さだ、AAは。すぐさま目の前に顔を覗かせるとにぃと笑み、すぐさま退いてみせた。なるほど。というか、見た目に秀でたニンゲンは戦闘においてもなかなかやるというわけだ。デモンが宙に浮いている最中、下から下から攻めてくるAAはなんともいやらしい。隙のない攻めとも言える。なかなかに強い。やるなぁ、AA。最近にあってはずいぶんと面白い手合いと言える。


 高い位置にある太陽を背にして、両腕を広げたAA。突っ込んできた。もはや武器の類いは身に着けていない。両手に宿した獣のそれのような巨大な爪でもって襲いかかってくる。デモンは二刀――それぞれ、爪を受けた――受けたまま、顔をぐいっとAAに近づける。「もう終わりだ、AA殿」、「まだ負けてはいない」、「負けだよ」、「負けてはいない」――。


 鍔迫り合い。AAは引かない。なかなかの膂力――否、デモン・イーブルと渡り合うのだから相当な力業だ。そろそろぶち殺してやりたいし、ぶち殺してやらなければならない。相手を遠ざけるようにして、デモンはAAを向こうへと押しやった。飛びかかるようにしてガッと宙を蹴った。接近するのは簡単だった。懐に入り込むのも容易だった。切っ先でもって胸の真ん中を貫いてやって、それから刀を引いてゆっくり抜いた。


 AAはすぐには落ちない。興味深い事象だと考え、デモンは「おまえはもう死んでいるんだがな」と伝えた。


「ふむ。残念だ」

「何がだ?」

「もっと殺し合いたかった」

「だいじょうぶだ。死んだらそんな欲求も消えて失せる」


 それなりに愉快だった。そんなふうに微笑んで、AAは宙から落下した。地面に落ちたときには、その身体は変なかたちにゆがんでいた。残念だよ、AA。おまえとなら、もっと楽しめると思っていた。美しい死を迎えられるかもしれないとも考えていた。



*****


 全然若人のガスケ・ガスパールとカフェのデッキ席で会っていた。向こうから訪ねてきたのだ。若いとはいえ国軍の司令官の一人であり、だから周囲には警戒の色が感ぜられる。ボディガードの気配というわけである。しかし、ガスケが右手をひょいと上げると、空気が一変した。警備のニンゲンが消えたのだ。どうやら安全だと思われているらしい。悪い気はしない。だって事実として何をするつもりもないのだから。


「AAの死体は回収――確認済みです。その上で……申し上げてもいいでしょうか?」

「いかんという理由がないな。どうせギラトのことだろう?」

「はい。彼については、わかりやすく言えば生け捕りにしたのですが」

「が、AAの死をいよいよ突きつけられるや否や、否や舌を噛んだ」

「どうしてそこまで勘が働くのですか?」

「結果はと訊いている」

「はい。正解です」


 つまらん結果だが、ギラトからすれば、そんなふうに転ぶしかなかったのだと思う。


「ミス・イーブル、まったく知らない仲ではなかったと聞いています」

「だからそれは違わんよ。奴さんらは友人に近いのかもしれない」

「一点、悔やまれる点が」

「それは?」

「AAのような存在を引き入れることができれば、我が国の土台はより盤石なものになったのではないかと」


 デモンは紅茶をすすってカップをテーブルに置いてから、小さく肩をすくめてみせた。


「それをさせないからこそのAAだったんだよ。奴との戦闘を、戦闘として、わたしは久しぶりに楽しむことができた。それ以上でもないし、それ以下でもない。奴さんは稀有な存在だった。その表現だけでもう、最大限の賞賛ではないのかね」


 そうですね。

 ガスケは苦笑のような表情を浮かべた。


「デモンさんはもう出国されるのですか?」

「ああ。腰が重いいっぽうで、飽きっぽくもあるんでな」

「幸運を」

「言われるまでもない」


 デモンは席を立った。


「AAとはもう少し、遊べるものだと思っていた。あっけなさは残念だ」

「でも、こちらの立場からすれば、ありがたい結果です」


 だろうな。

 デモンはあらためて肩をすくめると、着衣が入ったバッグを手にした。


「幸運を」

「やかましい、それはもう聞いた」


 今日中に街を出ることに決めている。


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