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黒き邪心に薪をくべろ  作者: XI
23.ヤクザ・ストーリー
127/160

23-1.

*****


 右の脇腹の怪我もすっかり癒えたので旅を続けるのである。今日も今日とて干し草を積んだ馬車の荷台で仰向けになっている。モチベーションなど乏しく、ゆえに着地点の詳しいところについてはまだ訊ねていない。うとうとしていたらしい。「お嬢さん、お嬢さん」との呼びかけで目が覚めた。


「なんだね、ご老体」

「もう目的地だ。このあたりにあってはいっとう、大きな街だよ。街の名前は――」

「いや、そのへんはべつにどうだっていい。いいところで降ろしてくれ」

「あいよ。にしてもつくづくお嬢さんは偉そうだな」

「よく言われるよ。根が豪胆なんだろう」



*****


 着替えが入ったバッグを提げているので、今日もまずは宿を探し、見つけた。首尾よくチェックインし、部屋に荷物を置いて、興味本位からあらためて街に出た。新しい土地の散策はそれなりに楽しいものだ。どこに行こうかと考えた末、とりあえず往来を進むことにした。運がいいようなら、何か面白いことはそのうち降ってくるだろうとの思いがあった。しかし、実際のところ、そう簡単に楽しい事象に巡り会えるはずもなく――。カフェでラテを購入し、テラス席にてそれを口にする。いいミルクらしい、うまい。洒落た、いいエリアらしいとつくづく知る。


 すぐ近くからパァンッ、乾いた銃声が聞こえてきたのは、そのときだった。


 多くの客が、あるいは悲鳴を上げながら店の中へと逃げ込む。無論、デモンはそれには倣わない。ようやく降って湧いた、ひょっとしたら興味深いかもしれない出来事だ。デモンは席を立つとすたすた歩いて銃声がしたほうへと歩み進んだ。


 大きな通に行き着いた。見た目なんてどうだっていいから誰にも詳しく語ってやらないが、その四十絡みの男と向き合っていたのは制服らしい着衣に身を包んだ警官と思しき人物だった。両者とも只者ではない。四十絡みはヤクザだろう、しかも幹部クラスだろう、そんな雰囲気がありありと窺える――強者の装いだ。警官らしき――奴さんだってやり手の雰囲気を匂わせる。格好の状況だ。真っ向からぶつかり合った場合、どちらが勝つのか――ちょっとわからないから、わくわくどきどきさせられる。


 ヤクザが踏み込んだ。シュッシュとワンツー、左に右にとパンチを放つ。警官らしき――のほうはかいくぐるようにしてかわし、なんとまあダーティーなことにヤクザの右足の甲を踏みつけた。動けないようにしてから右のフックをはなったのだ。であれば避けられるはずもなく、ヤクザはそれをまともに食らった次第だが、首を左右に振って効いてないアピールをした。互角か? なんにせよ、どちらも、やる。それにしても、警官の危なっかしさったらない。急所ばかりを狙う、容赦のない攻撃をいちいち繰り返す。ホント、じつのところ殺し屋ではないのか。危険なのだ、まるきり、彼は。


 ヤクザは警官、あるいは殺し屋の猛攻を耐えきった。大したものだ。警官は興味を失ったように、ゆったりと身を翻し、引き揚げていった。比較的、若い警官だったなと今更ながらに思う。若いのに大した男だとの思いも新たにする。


 デモンはヤクザに無防備に近づいた。話をしてみたいと考えたのだ。気持ちが高ぶっているだろうから見境のない不意の攻撃は想定していたのだがそれはなく、だからただただ怖い顔と向き合うだけになった。不躾かもしれないが、「おまえ、名前は?」と問うた。「サイラスだ、サイラス・バハートだ」と特に訝しむ様子もなく呆気なく、しかしがらがらと掠れた声で名乗ってくれた。まったく優しい男である。器についてはデカいのかもしれない。


「では、サイラス・バハート、おまえは何者だ?」

「やくざ者だよ」やはりそういうことらしい。「ねえさん、テメェこそ、何者だ?」

「わたしのことはどうだっていいんだよ」デモンは言う。「それなりの立場だとお見受けする」

「違いない」

「相手だった男は誰だ?」

「警官だよ。えらく目を付けられていてな、奴さんは殺し屋だったりもする」

「ほぅ」予想は遠からず――というよりズバリだったらしい。「警察のくせにキラーなのか」


 だから、困ってる。

 サイラスはそう言って――。


「で、ヤクザの、どれくらいの地位なんだ?」

「本家直系の若頭補佐だよ」

「結構な立場だな」

「わかるのか?」

「人生経験は、それなりにあってな」デモンは肩をすくめてみせた。「ヤクザの街らしいことは、もはや知れた。サイラス、おまえが警察の手にかからないことを祈ることにするよ」

「嘘をつくんじゃねーよ。おまえみたいな女にそんな甲斐性があるかよ」

「違いない」デモンはくつくつ笑った。「話を進めようか、サイラス・バハート」


 ぞんなふうに訊ねると、サイラスは馬鹿正直に「なんだ?」と問い返してきた。


「わたしがおまえを殺したら、事態はどんなふうに転ぶかね?」

「なんだと?」


 デモンは口を真一文字に結んで、眉を寄せた。

 皮肉るにあたってはこれ以上にない表情だろう。


「わたしは暇なんだよ」


 デモンは一息に踊るようにして身を回転させ、刀でもってサイラスの首を刎ねたのだった。


 結局のところ、弱い男に用はないということだ。


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