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Happiness  作者: りん
2/2

【2】


 なんだか自分でも意外なほど、急激に浄化されたみたいに心が澄み渡って行く気がする。

 中まで汚れて不快にぬるつく靴をその場で脱ぎ捨てて、私は廊下に広がる血溜まりを避けずに踏みながら自分の部屋へ向かった。

 用はすぐに済んで、改めて廊下に出ると玄関を目指す。

 ドアを開けて、靴下だけの裸足で家から出た。

 外廊下をまっすぐ進み、マンション一階の一番端にある非常階段を上がる。少しでも上に行かないと。

 最上階まで一気に辿り着いてふと足元を見ると、コンクリートに染みのような掠れた赤黒い跡。汚らしい畜生の血だ。

 ここまで歩いて来た廊下や階段にずっと付いてるのかな。かえってわかりやすくていいかもね。

 目に見えるものが何よりインパクトが強いのよ。

 周りの連中が、今まで気づかなかった、それとも知らん顔してた後ろめたさを誤魔化すのにちょうどいいでしょ?


「これまでは知らなかった。見たこともなかった」って言い訳に使うには最適じゃない?

 正義の味方になりたくてうずうずしてる『普通の人』なんていくらでもいるもの。

 どれだけ汚したって気にする必要もなくなった。

 私はもう掃除しなくていいんだ。あの家の中の血も、肉の塊も。

 実の娘が、姉である娘を殺した。何かの弾みで思わず、なんてものじゃない、まさに惨殺。

 この先、あいつら(両親)に待ってるのは何かしらね。

 身体の不自由な姉を、妹が献身的に支える。理想的な仲良し家族。

 これまで精一杯演出してきたそんな美談が、一瞬にして綺麗さっぱり崩れ去る気分はどう?

 残念だけど、今までみたいに一方的な被害者面はできないわ。

 だって「自分たちが生んで育てた、自分たちの娘」が人殺しなんだから。そのために今を選んだのよ。成人する前に。

 両親に「保護者としての責任」があるうちに、復讐として。絶対に逃がさないから覚悟しなさい。


 どんな策を弄して切り抜けようとしたって無駄だって理解できるかしら。

 私には友達がいるの。あやみたいな歪んで腐った人型の汚物とは違ってね。彼女たちがいくらでも証言してくれるわ。

 私は嘘なんてただの一つも吐いてないんだから。


「見つかったらまた何されるか……。でも書くことで何とか落ち着けるから」

 虐待の証明にもなり得る日記を抱き締めて独り言みたいに呟く私に、向こうから預かるって申し出てくれた。

 優しくて善良なクラスメイト。


「わかちゃん、こんなのおかしいよ。我慢なんてすることない! ……ねぇ、先生に話そう。私も一緒に行くから、ね?」

 あやと親につけられた(あざ)や傷も、相談を装って何人にも見せたのよ。


「──言っても無駄なの。『歩けないお姉ちゃんを悪者にするなんて!』って余計に責められるだけ、だから」

「そんなの……! ひどすぎるじゃん。だったらはっきりした証拠があれば違うかも!」

 心配して泣いて怒ってくれた友達のアドバイス(・・・・・)で、写真だって残してある。

 証言者と、証拠物件。過去の経験から念には念を入れて、ね。

 小学校のとき、「先生なら助けてくれる」って打ち明けたことがあったわ。ただ一つの希望だった。

 だけどそのまま親に連絡した担任は、あいつらのお涙頂戴に丸め込まれたのよ。


今野(こんの)さん、お母さん困ってらしたわよ。ただでさえお姉さんのことで大変なのに。そんな風になんでも自分中心の考えはやめなさい」

 訳知り顔で説教したあの担任にとって、私は完全に『気の毒な姉に嫉妬する虚言癖の厄介な子ども』になった。

 それ以来、私は教師なんて信じない。表向きの我が家の姿にあっさり騙される、そんな自分に酔ってる知能の低い連中ばっかりだって身を持って知ったから。

 普通の状況(・・・・・)なら、ね。

 芯のない大人は都合によって簡単に掌返しすることも、今の私はよーく知ってる。


 家になんか置いといたら証拠隠滅されるのわかりきってるから、前もってぜーんぶ避難させたわ。

 日記は、書き掛けの分は学校のロッカーの中で過去の何冊かは友達に分散して保管してもらってるの。

 私の部屋にあるのはダミーの日記。とはいえ、中身は大して変わんない。

 親が私の持ち物全部ひっくり返して、探し出して読むこと前提で「友達に全部打ち明けていろいろ渡してある」ってしっかり書いてる。

 それが目的なんだから当然ね。


 羨みはしても、妬む気さえ起きないくらい別世界の住人だった。大好きで大切な私の友達。

 彼女たちに迷惑が掛かるかもしれないのだけが申し訳ないな。名前や学校名は表向き報道されなくても、絶対取材とかある筈だし。


 別にみんなが知らん顔貫いても、それはそれで全然いいわ。恨んだりもしない。

 それより、彼女たちには平和に幸せに暮らしてほしいもん。嫌味なんかじゃなくて。

 だってちゃんと、それ以上の『保険』も掛けてるから。

 ネット(・・・)上のSNSにも全部載せてある。このアカウントの存在は誰にも言ってなかったの。友達にもね。

 でも全世界に向けて公開してるし、『事件』が発覚したら絶対見つける人はいるわ。絶対に!


 もう私がいなくなったあとのことなんてどうでもいいから、個人情報も別に隠してない。近所の画像も載せてるわ。わざと。

 単に本名や住所は書いてないってだけ。

 そう、『本名』は、ね。ごく普通に「車椅子の姉のアヤに○○された」って、事実を全部そのまま書いてるの。


《姉のアヤを殺しました。こんな目に合うのは私で最後にしてください。さようなら。ワカ》


 最後の投稿はついさっき、あやの血に汚れたこの手で。それをリアルのアカウントで引用したのよ。

 だから私と繋がってる友人には拡散されるってこと。きっと私が直接知らない人たちにまで届くはずなの。

 特定班なんて大袈裟な人たちじゃなくても、きっと簡単に結びつけられる。両親(あいつら)とあやと。

 それが一番楽しみだわ。

 もうここでは暮らせないよねぇ。

 生きてる限り、ずっと苦しめばいい。生きている、限り。


 ──死んだからって許すわけないけどね。あいつらにそんな勇気あるのかしら。見物だわ。それをこの目で確かめられないのだけが残念かな。


 血や他のものがこびりついてる手を踊り場の手すりについて、私は上体をぐっと乗り出した。

 ここは九階。下には張り出した屋根も何もない。


 私は今、生まれて初めて幸せを感じてる。こんなに清々しいものだなんて知らなかった。

 家では与えられたことなかったからね。これは私が自分の力で手に入れたものよ。

 幸福(Happiness)を身体に心に閉じ込めたまま、笑顔で時を止める。私を虐げ続けた家族を、実際の、あるいは生き地獄に突き落とす。

 それが人生を賭してもいい私の夢なの。二つともなんて贅沢は望んでなかったのに。


 ──十七の今、同時に叶う。


  ~END~


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