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Happiness  作者: りん
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【Prologue】


 この家では、私は家族じゃなかった。

 ──人間でもなかった、のかもしれない。


 脚の不自由な五歳上の姉が女王様のように君臨する家庭で、私は生まれた時から姉のための存在だった。奉仕者? 奴隷?

 名前は違っても、全部同じよ。

 姉のために生きることを強いられてる、そのためだけに生み出された、私。



【1】


「わか! お腹空いたわ。何か作って」

 両親が出掛けた後の家の中。

 当たり前のように命令する姉のあや。私のことは自分の世話係だとしか思ってないものね。あんただけじゃないけど。

 本来保護者()がすべき筈のことまで、安易に私に押し付けてた。

 所詮、私のすべては姉のためでしかない。両親にとって、『娘』はあやひとりなんだから。


「ちょっと! 何無視してんのよ! 聞こえなかったの? 早く……」

 ドアの前の廊下で待ち構えてたのを黙ってかわして自分の部屋に入ろうとした私に、車椅子の豚が金切り声で喚く。

 うるさいんだよ。

 素早く向き直り、いきなりあやの両腕を掴んで全力で引いた。不意を突かれて身構える暇もなく勢い良く廊下に投げ出され、一瞬我が身に何が起こったかわからなかったみたい。


「な、なに、何すんのよ! お父さんとお母さんが帰って来たら言いつけてやるから! そしたらあんたなん──」

 無言で思い切り腹に蹴りを入れられて、反射的に身体を丸めて咳き込んだあやは信じられないといった表情を浮かべた。

 普段は決して逆らうことなく、ただ親や自分の言いなりの私の豹変に。

 ああ、足の甲が痛いわ。こんな奴のためにバカらしい。


「好きにすれば? あいつらが帰って来るまであんたが持てば、ね。あや(・・)

 初めての呼び捨ての威力か、口の片端を上げた私の笑みに不穏なものを感じたのか。

 廊下に無様に転がったままのあやが不安そうに視線を彷徨わせ始めた。

 助けがなければ逃げ出すことすらできない無力な己にようやく気付いたらしい。ここには、私以外に味方なんて誰もいないことにも。

 相変わらず頭弱いねぇ。


「なんで……、どうしたの? あたしがなに、何を──」

「何を!? 逆に訊きたいわ。あんた、私に好かれるようなことを何か一つでもした? 私が生まれてからの十七年間で」

 無表情で告げた私に、あやは何も返せないようで口を噤んだ。

 今まで、私の行動が『善意』から来るものだと信じていたとでも?

 たまには自分で考えたら? そうやって自堕落に生きてるから、ますます人間から遠ざかって行くんじゃないの?

 あんたがのうのうと生きる意味なんて、何かひとつでもあるなら訊きたいわ。

 ……あるのなら、ね。 


 せめてこの能無しのクズ女が私に「許して」とでも言えたら、ちょっとくらい待ってやってもよかったのに。

 まあ許す気は一切ないから、恐怖が長引くだけなんだけどさ。そのほうが楽しかったなぁ。

 自分が許されないなんて考えたこともないんでしょ? 本能だけで生きてる動物(畜生)も同然だもんね。

 形だけは人間みたい(・・・)だけど。


 血の気の引いたその顔を一瞥し、まず私はすぐ傍の玄関へ行って靴を履く。

 唯一持ってる、スニーカーじゃないしっかりした靴。太いヒールのローファー。


「学校で必要なの。きちんとした席には革靴じゃないとダメで……」

 そう頼んでなんとか買ってもらった。

 本心では私のために金使いたくなんかないだろうけど、『姉に寄り添う優しい妹』が靴も買ってもらえないなんてバレたら外聞悪いもんね。

 そのまま土足で廊下に上がって、わざと高らかに靴音鳴らしながら今度はキッチンを目指す。

 早足で戻ると、あやは腕の力で這いずって車椅子に乗ろうとしているところだった。

 背後から肩に右手を掛けて引き剝がし、再度廊下に叩き付ける。

 半端な体勢だったせいで、力入れる必要もなかったわ。

 車椅子は玄関先へ向かって思い切り蹴り飛ばした。いま左手は塞がってるから。


 もぞもぞと身体の向きを変え、床に両手をついてのっそり顔を上げた女が、私の手にした包丁に目を見開く。叫ばれると鬱陶しいので、間髪入れずに靴底で顔面を蹴りつけた。

 ヒールで歯だか鼻骨だかが折れたかもね。鼻と口から血を流してる、涙でぐちゃぐちゃの顔の見苦しい女。

 胸元を蹴って踏みつけ強引に横たわらせてから、その胸に両手で握り直した包丁を突き立てた。胸だけじゃなく腹にも、幾度となく繰り返し勢いよく刺しては切り裂く。


 あやの口から出るのは、もう言葉にもならない声と吐息。

 血と脂で柄の滑る包丁を適当に放り投げて立ち上がる。血みどろの腹に、私は力の限り何度も(かかと)を落とした。

 耳に届く粘着質な、でも最高に爽快な音。

 高揚した気分で、私はあやの裂かれた腹からはみ出た中身(・・)を両手で掴んで引き千切った。

 とりあえず一息ついた私は、掌の中の臓物を無雑作に足元の床に投げ捨てる。

 びちゃり、と汚らしい音を立てた赤い物体を、すでに血に塗れた靴の底で踏み躙った。


「ふ、ふふ、ふ」

 抑え切れずに身体の奥底から湧き上がって口から漏れる笑い。なんて楽しいんだろ。この家で笑ったことなんかあったっけ?


「ねえ、あいつらが帰って来て、あんたのこの惨めな姿見たらどんな顔するかな? どう思う? ──ああ、もう聞こえない(・・・・・)、かぁ」

 どうやら比喩ではなく、本物の単なる醜い肉塊になり果てたらしい憎い女。その半ば原形をとどめていない顔に、もう一度勢いよく足を下ろした。


 ──殺処分、完了。


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