推しの聖女に殴られたら私が大聖女になった
ドゴッ!!!
聖女様の拳が私の頬に直撃し、見事に波立つように頬が揺れた…
(はぁ…なんでこんなことに…)
30時間前。
ワーラ村の人々は活気に満ちていた。
「いよいよ明日ね!噂通りの慈悲深い方なのかしら?」
「どんな病や傷も治せて、枯れた農地を蘇らせるらしいじゃないか。」
「おまけにすっごい美人らしいよ!王太子様と並ぶと美男美女カップルすぎて卒倒する人がいるぐらいだって!!」
村人たちは道端に落ちているヤギの糞や泥を掃除し、散髪をし、服を洗っている。明日は、待ちに待った聖女様のご来訪の日なのである。
ユギニスカ王国の王都から北の山を二つ超えたところにあるワーラ村は、植物の病害で不作が続き、村人たちの生活は困窮していた。特に被害が大きいこの村は、特別に聖女様から直接祈祷を受けることになった。
村人たちは大喜びし、聖女様を歓迎する準備を急いでいる。
「聖女様かぁ…憧れるなぁ…」
そう呟くのは村娘の1人、イルヴェーナ。赤子の時に親を亡くした孤児で、村人たちがみんなで育てたワーラ村の看板娘である。今年で16歳の、短いバターブロンドの髪と黒くて大きな瞳が美しい少女だ。
「イルちゃんも聖女様のファンなのかい?」
「そうよ、ナナーおばあちゃん!だって、すごいと思わない? 200年に一度しか現れない超レアな聖女様がよりによって絶世の美女!しかも同い年で、王太子の婚約者で、性格もよくて、最強で…
あー!!もう、最高ー!早くお目にかかりたいわー!」
推しの聖女のことになると饒舌になるイルヴェーナを見て苦笑する村人たち。キラキラと目を輝かせたイルヴェーナはせっせと牛の糞を片付けた。
そして翌朝…
パンパカパーン
「神の愛し子、聖女様のご到着だ!皆の者、平伏せよ!!」
金色の豪華な馬車が森から姿を現し、村の前に停車した。騎士が扉を開けると、中から美しいプラチナブロンドの長髪に黄金の瞳の女性が現れた。
(す、すごい…!想像した通り、いや、それ以上の美しさ…!!!)
平伏しながらニヤニヤが止まらないイルヴェーナ。
聖女はその愛らしい口を開けると
「はぁ、クッソめんどくさいわ。王、死ね!!!」
と暴言を吐いた。
「あーあ、まじで村って臭いな。住んでる人も汚い平民なら、村も汚いはずよね。うわ、あの子供、鼻水出してて汚ねぇー、子供嫌いなんだよなぁ」
イルヴェーナと村人たちは豆鉄砲を食らった鳩のようにポカンと口を開ける。
(せ、聖女さま…!さすがにマズいですって!! 貴方様は信仰の対象なのに村人たち引いちゃってますよ!!!)
大神官が慌てて耳打ちすると、
「うるせーんだよ!!!神官ごときが聖女様の私に指図すんな!!!くそじじい」
この聖女、性格が最悪である。
名はアイナミャータ・ウィスタリスカ。元は色んな男に手を出し、社交界で悪評が絶えなかった伯爵家の令嬢だが、神の啓示により聖女となった。性悪女が聖女と広まれば信仰が揺らぎかねないと危惧した王家と聖教会は「聖女様!イメージ改革運動」を開始。新聞、大衆小説、吟遊詩人、ギルドと、あらゆる方面で「外見も内面も美しい稀代の聖女様」というプロパガンダを流した。
無類の男好きである聖女様の言動もなんとか制御できた。見目麗しく、国民的人気がある王太子をあてがったところ、大層お気に召したのか、彼の前ではまるで無垢でいたいけな少女のように振る舞った。これでなんとか王太子がいる王都では聖女らしい振る舞いをしてくれた。
しかし、今回は王太子から遠く離れた山奥の村での祈祷活動である。嫌々連れてこられた聖女の態度はどんどん悪くなっている。王命のため、逆らうことはできないが、付き添いの騎士や神官たちも勘弁してくれという気持ちである。
王も本当は性悪聖女を外に出したくない。ただし、今回は神の啓示があったのだ。「山奥にあるワーラ村に聖女を送らないと未来に待つものは災厄のみ。」こんな啓示、無視できるわけがない。
悪態をつき、村人に聞こえるように嫌味を言いながらだが、聖女が手をかざすと確かに枯れた作物が瑞々しく蘇った。
一通り祈祷を終えると、村人たちは深々と頭を下げ、礼を言いながら村の特産品であるカサブランカの花束を聖女に差し出したが…
「ねぇ、あんたたちさ、本当にその汚い手で育てた雑草もどきをお礼の品にしようとしてる?」
焦った大神官が聖女の前に立ち諫める。
「聖女様!そのようなことは仰ってはなりません。この百合は彼らが命をかけて立派に育てたものですぞ。
それに、祈祷は神の意思の代行。謝礼などもらってはいけないのです。」
「はぁ?こっちはわざわざ王都から山道超えてやってきてやってんのよ?もし王都にいたら今頃アウスヴェルダ殿下と王宮で最高級のお茶を飲んでいるわ…
まぁ…こんな貧乏くさい村に最初から金品なんて期待してなかったけど。その代わりにね…」
聖女の視線が斜め横にいるユグリルに向けられる。ユグリルは今年20歳になったばかりの村長の息子で、雪山で育った白い肌と、林業で鍛え程よく筋肉がついた美男である。同じ村で育った幼馴染の女性と来月結婚する予定だ。
「ふーん、こんな村でも結構いい男がいるじゃない。
ちょうどいいわ、その男を一晩差し出しなさい。体を洗って私のテントで待機させて。」
村人たちは眉を顰め騒めき、ユグリルは真っ青な顔で婚約者の方を見ながら困惑する。
「せ、聖女様…私には婚約者がおります。それに、聖女様のお相手など務まりませんので、どうかお考えなおしいただけ…」
「シッ!私はこの国唯一の聖女よ!たかが村人が私に逆らうつもり?
ふふふ、ちょうどよかったわ〜、アウスヴェルダ殿下は素敵だけど、貞操が固い方なのよねぇ…
昔の男達とも会えないせいで最近全然ご無沙汰しちゃってるし…ちょうどいい機会だから思いっきり遊んじゃお!」
「お、おやめください、聖女様!」
流石に神官や騎士たちも彼女の横暴さに声を上げた。
「何?逆らうなら明日からの祈祷はしないわよ?!
わかったらさっさとその男を準備させなさい!!」
悔しい顔をしながら、騎士たちは嫌がるユグリルの腕を掴んだ。その時だった。
「やめて!!!!!」
村人たちの後ろから出てきたイルヴェーナがユグリルと騎士たちの間に立ち、聖女に言う
「聖女様、あなたが使う力の源は民の祈りです。 なのに、その民を蔑ろにし、辱めるような行為は神への冒涜でもあります…!
あなたは…美しいのは見た目だけですか…?」
「な…!ううううるさいうるさいうるさい!!!たかが村娘が私に説教だなんて!!!」
逆鱗に触れたみたいで、逆上した聖女の拳がイルヴェーナめがけて飛んでくる。騎士達や神官の制止する手も届かず、拳はイルヴェーナにめがけて…
ドゴッ
勢いよく殴られて地面に倒れたと思ったら、次の瞬間、イルヴェーナとアイナミャータの間に眩い光が放たれた。光は村全体を覆い、あまりの眩しさに全員が目を慌てて閉じる。
イルヴェーナはゆっくりと目を開けた。
(何かが視界を邪魔するな…って、えええ?!?!!)
バターブロンドで短髪だった彼女の髪の毛は、長く伸び、プラチナ色に美しく艶めいていた。顔を上げると…
神官達は息を呑む。イルヴェーナの黒だった瞳が黄金に輝いていた。
聖女の方を見ると、そこにはボサボサの金髪に黒目の少女がいる。服装でやっとアイナミャータだとわかった。混乱したアイナミャータは叫ぶ。
「な、なにが起きているの!?! そしてなんでその女が聖女の瞳を有してるわけ??!」
「聖女の…瞳…?」
ポカンとしてると、急に体の奥から温かな力が湧いてくるのを感じ、その力をそっと背後の農地に向けてみた。 すると瞬く間にあたり一体が緑で囲まれ、花達が咲き乱れた。曇っていた空から雲が消えていき、太陽が現れると共に光の粒が降ってくる。その光の粒に触れた村人や聖女の従者達は、傷が塞がり、痛みが消え、力が漲った。
「これは素晴らしい…!こんな力、見たことありませんぞ…!!!」
大神官は目を見開き、感動のあまり涙を流した。
「間違いありません、これは大聖女の力です…! 貴方様は、大聖女様では…?!」
イルヴェーナの手を優しく取り、ゆっくりと起き上がるのを手伝う大神官は泣きながら言う。
「ちょ、、ちょっと待ちなさいよ!!! 聖女は私でしょ?!神の啓示はウィスタリスカ伯爵家の娘に聖女の儀を行えだって、王も言ってたわ…!!!」
確かにウィスタリスカ伯爵家には娘が1人しかいない。しかし、それは正妻についての話である。ウィスタリスカ伯爵は娘のアイナミャータと同様に性に奔放な男で、正妻の目を盗んでは嫌がるメイド達に無理やり手を出していた。 そのメイドの1人はイルヴェーナの母親であった。彼女が身籠っていることを知り激怒した正妻は身重のイルヴェーナの母親を真冬に伯爵邸から追い出した。 彼女は子供を守るために、なんとか山奥の村まで歩いて辿り着き、驚いた村人たちに介抱されながら息を引き取った。それがこのワーラ村である。
信心深く、清らかな心を持っていた母親と、彼女の心を受け継いだイルヴェーナに聖女の魂は呼応した。 そして王は啓示を受けた、「ウィスタリスカ伯爵家の娘に聖女の儀を行え」、と。しかし、その結果、間違って聖女の儀が行われたのは正妻の娘、アイナミャータの方だった。
自分たちの力が正しくない者に与えられたことを知った神々は、聖女の魂がイルヴェーナの元へ運ばれるように王に啓示を与えた… 「山奥のワーラ村に聖女を送れ。」そう啓示を受けた王はアイナミャータを派遣させた。
これらの真相は神官達の調べですぐに明るみに出た。アイナミャータは聖女である為に見逃されていた罪や、聖女の公職中に犯した数々の横暴な振る舞いを咎められ、離島の修道院に送還された。ウィスタリスカ伯爵家も、伯爵夫妻の今までの行いが知れ渡り、焦った伯爵は早々に家督を長男に譲って妻と共に田舎に身を潜めるようにして逃れた。
そして、今日は大聖女イルヴェーナの就任式である。 ローブに身を纏い、イルヴェーナは大勢の前で手を合わせた。
「今回の聖女の儀式は、その、随分と地味だな …?」
「ああ、前回の例の性悪聖女の時は宝石やら金やら、随分と豪勢に着飾っていたからな。 聞いたところによると、イルヴェーナ様はあえて簡素な儀式を希望したそうだ。そして、余った予算は全て孤児院や貧しい人々の福祉に使うんだってよ」
「アイナミャータ様とは大違いだな…なんて素晴らしい大聖女様なんだ…」
イルヴェーナが聖者の儀式を終え、聖堂を出ると大広場は大衆の歓喜と声援に包まれた。
ワーラ村の人々も彼女の元に集まり、涙を流して喜んだ。
(まさか私が聖女になるなんて…)
推しだった聖女様に自分がなってしまい、戸惑いを隠せないイルヴェーナだった。
完