元事務職員、異世界で死にかけて冒険者になる
〜あらすじ〜
平凡な事務職員だった松本五郎は死後、女神の誘いで異世界に転移。森の中を彷徨っていたらオークの青年と友達になり、その後魔獣に襲われた。
突然の会敵に驚いたが、対応するにしても油断は微塵もしていなかった。
ただ、デスベアーと呼ばれる危険度の高い魔獣と、自分との戦力差が大きすぎた。
元の世界でも、素手で熊を倒す人間なんてファンタジーの存在。そもそもの基本性能で大きな差があり、まとめサイトで記述されている獣害の内容を読んでも素手で立ち向かえるような存在ではない。
そんな熊を数段階危険にしたようなウォーベアーという魔獣がいて、それを更に数段階危険にしたようなデスベアーと交戦して、結果的にでも死ななかったのは運がよかったと言わざるをえない。
事実、アンドリューが出会ったばかりの俺を背負って治癒魔法をかけながら逃げ、たまたま逃げた先にいたベテランの冒険者がポーションを振りかけてくれなければ、俺は山森から出ることもできずに死んでいただろう。
目覚めたときにはベッドの上。
周りを見渡すと小さな部屋の中にいるようだった。前の世界の病室の雰囲気と酷似している。とりあえず、助かったのか。
と、体が上手く動かせない。もしかしたら後遺症があるのかもしれない。確認できないが、四肢の欠損もありえる。
だが、生きている。アンドリューたちが死力を尽くしてくれたのだろう。大きな借りができたが、感謝してもしきれない。
「おっと、目が覚めたのか」
開いたドアから、緑色の肌をした小柄な女の子が入ってくる。色みで爬虫類っぽい印象はあるけど、かわいい。
「五日間くらい寝ていたんだよ君。あぁ、君をそんな目に遭わせたデスベアーの討伐は完了しているから安心していい。アンドリューさんも無事だし、君も五体満足だ。実際動かせるかどうかはわからないけどね」
アンドリューは無事だったか。よかった。
「まぁ倒したのは私たちだけど、デスベアーもそこそこに弱ってはいたんだよ。記憶喪失だって聞いているけど、何をやったの?」
何をやったんだっけか。
突然襲ってきたから一目散に逃げるより咄嗟に立ち向かうことを選択したけど、どう考えても真正面からだと勝てる相手じゃないから、とりあえず関節部分なら通じるかなと思って膝あたりを何度か蹴って、その最中に結局爪で攻撃されてこの有様だってのは覚えているんだけど。
「蹴っ・・・?うーん、うん?そっか、ふむふむ、なるほど、わかった」
曰く、本来数人がかりで対処しなければならないデスベアーに単独で立ち向かうのは極めて無謀が過ぎるが、その結果デスベアーが膝を痛めて、機動力をだいぶ失ったため討伐が思ったより簡単に終わったとのことだった。
攻撃を避けて避けて執拗に膝関節を攻撃した甲斐はあったということか。討伐に寄与したとは言い難いが、もしこれで四肢のどこかに後遺症が残ったとしても救われる気がした。
・
・・
・・・
幸運なことに、後遺症はなかった。
アンドリューもそこを特に心配してくれていたようで、伝えるとほっとしてくれていた。
緑色の肌をした女の子・・・ゴブリン族のアークの手引きで、俺は冒険者ギルドに所属することになった。アンドリューが配慮してくれたようで、俺は転移者ではなく記憶喪失と周りに認識されている。
配慮に甘えて話を合わせつつ、冒険者ギルドの主催するチュートリアルカリキュラムを履修した。担当は俺にポーションを振りかけてくれた年配の冒険者。彼の適切な処置がなければ後遺症が残っていたかもしれないとのことで非常に感謝しているが、それ以上に教え方が上手くて様々なことを無理なく沢山吸収できた。
「適性を見たところ、お前は前線で戦うより魔法を使うほうが合っているだろうな」
魔法。
デスベアーとの戦いでは無我夢中で全く意識していなかったが、この世界では魔法の存在はごく一般的なものだ。
地水火風の4属性が基本で、うち2つ使えたらエリートという中で、チュートリアルを進めていくと俺は全ての属性に適性があるものの、初級魔法しか使えないことがわかった。
「それも使い方次第だ。デスベアーとの戦いではとにかく膝を蹴ってダメージを与えていたそうだが、蹴るんじゃなくて石礫や地面の隆起、あと風でバランスを崩させて、同じかそれ以上の結果を出しうるだろう?」
成程。
大火球とか巨大な氷柱はロマンがあるが、実用性を考えるなら別に大魔法を使える必要はない。基本的なことができればあとは応用の世界。敢えて難しいことをせず、簡単なものを組み合わせて成果が出せればそれでいい。
悲しいことに、身体能力は恵まれていないようだった。
厳密にいうと、身体能力が低いわけではない。若返ったことで腰痛や肩凝りなどの体の不調から解放されて、動きも良くなったものの、所詮は一般人に毛が生えたくらいの身体能力でしかないようだった。
事実、チュートリアルに同席してくれたアークより腕力も体力も走る速さも劣っている。彼女はE〜A級で区画されるランクでAに匹敵するエリートとのことだが、腕力でさえ勝てないことには地味にショックを受けていた。
「でも、たぶん目はすごく良いと思うよ。デスベアー相手に足場が悪い山森で膝にダメージを与えるくらい蹴り続けるって、割と正気の沙汰じゃないからね」
デスベアーは腕力のみならず上位のシーフの動きも捉えるほど動きが速いとのこと。無我夢中で戦って結局攻撃を食らったにせよ、並の冒険者ができる芸等ではないそうだ。
チュートリアルカリキュラムを経て、俺はアンドリューとアークと行動を共にすることが多くなった。二人が気にしてくれていることに強く感謝している。
そしてカリキュラムの最終日、実戦ということでB級冒険者のアークの監督のもとウォーベア討伐に向かったが、そこで出会したのはなんとデスベアーだった。
どうやら先のデスベアーと番だったようで、後々聞いたところギルドとしても想定外だったようだ。アークは脂汗を滲ませ、対応をどうするか思案しているようだった。
が、俺にとっては好都合。
デスベアーの存在が今後のトラウマにならないよう、討伐することにした。
明らかに交戦的な雰囲気のデスベアー。その膝に魔法で無数の石礫を当てて機動力を削ぎ、発火で牽制、攻撃力のない水魔法を四方八方から浴びせることで混乱を誘発し、更に傷んだ膝にチマチマと弱い真空波を当てて壊し、完全に機動力を剥奪する。
「え、えげつなぁ・・・」
アークはそう呟くが、恐らくこれが今後の自分の戦い方のスタンダードになるのだろう。
魔法を使う方が適性があるとのことなので、魔力・・・いわゆるMPは標準以上。であれば、こうした地水火風の4属性の基礎魔法を組み合わせて敵の無力化を図るのが、俺の特性を鑑みた戦い方としては合理的だ。
が、それだと攻撃力の不足は否めないので、今回のトドメはアークに任せる。デスベアーは抵抗しようとするもののアークのロングブレードで心臓を貫かれて呆気なく絶命する。
自分より遥かに基礎能力の高い相手をどう合理的に、かつ省エネで無力化、魔獣相手ならどう絶命させるかという課題が生じた。
アークが冒険者ギルドに顛末を報告すると、ギルド内は騒然とした。デスベアー1頭でも大事件なのに、2頭目となると異常事態であり山森の徹底調査が行われることとなった。
また、単独ではないもののチュートリアルの段階でデスベアーを倒したことで冒険者ランクが通常EからスタートのところBランクスタートとなった。単独討伐でないのに高評価を得たことに納得していなかったが、アークが強く推薦したとのことなので受け入れることにした。
こうしてチュートリアルカリキュラムを終え、俺は冒険者としての免許を得るに至ったのだった。