閑話:秘密結社総帥、甘く見ていた
甘く見ていた。
俺の敗因はコレに尽きる。
闇に潜む秘密結社の総帥という血統。
その歴史は聖王や魔王の称号に匹敵する由緒正しきもの。
奴らが表世界の王であるならば、我らは裏世界の王と言うべきもの。
来たるべき日に備え、我らは世代を経て少しずつ少しずつ準備を重ねてきたのだ。3000年もの間。
世界中のありとあらゆるコミュニティに、それと気付かれぬ楔を打ってきた。
聖王国も。
魔王領も。
帝国も。
共和国も。
ゴブリンネットワークも。
近年、勢力を伸ばしてきている辺境国も。
唯一の例外はエルフ。奴らはその存在すら定かではなく、ごく少数が人里に降り、あの絶滅危惧種のパーティメンバーが一躍エルフの存在感を世界に示し、それに呼応するようにエルフの里が国家として台頭するようになった。あそこに楔を打つにはあと10年は要するだろう。
闇の秘密結社の不幸は、凡俗であり小心者の私が後継者であり、現党首であることだ。
強いリーダーシップを持たない。
強い力を持たない。
更には知略も人並み。
悪いことばかりではない。小物であり小心者であるということは、翻せば行動には慎重になるということ。あらゆるリスクを想定し、側近にも想定させ、そのリスクに抵触しそうなことには手を出さない。それは、闇に潜み続けるには必要な要素であると言える。
不幸な要因は、俺の代で行動に移さねばならなかったこと。闇に潜むことを止めて、初代魔王の力の残滓に生贄を捧げ、擬似的な初代魔王を復活させること。つまり、邪教の悲願を俺の代で果たさなければならなくなったのだ。
故に。
あらゆる勢力を警戒した。
特に、俺たちの阻害をしてくるであろう女神教会、聖王国、魔王領。特に聖王騎士団と、魔王軍。魔王軍については世界最高の特記戦力である魔王も含まれる。
元々、俺は俺の素養故に過剰なまでに敵勢力を警戒して、それを部下にも徹底させていた。
その上で、
甘く見ていた。
俺の敗因はコレに尽きる。
聖王国は何とか出し抜けた。
出し抜けたが、想定外の戦力があり、そのせいで敗北を喫した。まさか、それが単純戦力で魔王をも超える規格外とは。
女神教会も同様で、我々が裏で自由に動ける前提で組織力は互角だったものの、均衡を破る存在が多数いた。その筆頭が、オークの司祭が要する聖女。まさか、古代の御伽話の存在がこの現代に蘇るとは。聖王伝説の再来とでも言うのか。
魔王領はそうした想定外の存在こそ居なかったが、現魔王がそもそも規格外だった。それを念頭に置いて魔王領に挑んだが、僅かな違和感を悉く潰すことで、魔王領に潜ませた内通者は機能不全に陥ってしまっていた。ここは確実に組織力の敗北。
そればかりではない。
対世界において一番問題だったのはゴロー・パインブックという単独戦力の存在。
奴は世界に於いて最上の生命体である竜種と懇意にし、その竜種のネットワークを用いて我々が世界に蒔いた混沌の種を次々に切除していた。
そのひとつひとつが、成長したら国家単位の脅威となるべきもの。中には既に脅威のひとつとして成長していたネクロマンサーを、単独で討伐していた。初代魔王復活の触媒候補のほとんどは、奴によって討滅させられてしまった。
更に言うなら、対組織戦においては奴の妻が代表を務めるパインブック商会のバックアップがあった。
新興企業が、どんなに勢力を伸ばしたとはいえ、国家や世界規模の組織を補佐しうるほどの力を持つなどイレギュラーにも程がある。
我々が管理していた初代魔王の力の残滓は、もはや管理しきれないほどに膨張していた。
にもかかわらず、復活に必要な生贄は不足し、触媒候補は潰されてしまった。
組織は組織としての体を成さなくなった。
慎重に動いていたつもりが、何もできていない。結果的に、甘く見ていたという結論に至らざるをえない。
残されていたのは最後の手段。
初代魔王の安定した降臨のために必要な生贄を使わず、また降臨に適するようチューニングされた訳ではない媒体を使う。
つまり、俺が生贄なしの媒体となること。
覚悟はできていない。
俺は小心者で小物なのだ。
だが、もはや道はなく、やるしかない。
永きに渡る封印で内側の膨張により破壊されそうになっている封魔の壺。
その栓を開ける。
甘く見ていたというのは、相対的なもの。
どんなに慎重を期していたとしても、結果がその想定を上回ったのであれば「甘く見ていた」と結論づけざるを得ない。
だから。
生贄というクッションを経ず、チューニングされていない媒介に初代魔王の力を降臨させるということについて。
俺は甘く見ていたと、俺という存在の意識が、3000年続いた邪教という秘密結社の存在意義が、この世から消え去る一瞬で悟らざるを得なかった。
そもそも、生贄があろうが、媒介を仕立てようが、大差は無いのだ。
初代魔王の力、残滓とはいえそのスケールは我々の常識で測るにはあまりにもーーー
短いですが久々の投稿。
新年度からここまで忙しくなるとは・・・
ネタは溜めてますが形にする時間を確保できず、振り絞って今回の投稿。
初代魔王を崇拝する邪教=秘密結社の現総帥の話です。
邪教には経典があり、信徒は信徒なりの信念をもって活動をしていますが、現総帥はそういったものを持っておらず、世襲の義務感のみで役割を演じています。
裏世界の王というのも、矜持を持って言っている訳ではなく、3000年も表舞台に出ず暗躍している組織の長である事実としてしか捉えていません。
ある意味で狂信者の集まりの中で唯一の常識人と言えなくもないですが、小心者で小物と自認していること、邪教の総帥の血統であることに誇りはないが責任は持っていることから、狂信者をまとめつづける道を選びました。
初代魔王の力の残滓の封印が限界を迎えていたので、邪教の悲願となる行動をせざるを得ませんでしたが、そうでなければ何となく邪教を運営してつつがなく次代に託していたでしょう。
自己評価は低いものの、組織をまとめあげる手腕は確かなもので、かつ思考力も高く、彼は彼で最適解を常に選び続けてきました。イレギュラーを全て把握して対応しろというのが無茶な話な訳で、イレギュラーなしで敗北した魔王領に関してのみ組織の長として魔王を上回れませんでした。
能力が高く、しかし小物で小心者という自己評価故に慎重を期する戦略を立てる彼は、秘密結社の長として非常に高い適性を持っていたと言えます。そんな彼だからこそ、十全の策を練った上での敗北を「仕方ない」と諦めるのではなく「甘く見ていた」と反省する思考を持っていました。
ゴローの異世界転移はこの世界におけるシンギュラリティの特異点となりますが、もしその前に彼が生まれ総帥となって、邪教の長として積極的な行動をしていたら、生贄を十分に用意した上で適正素養のある媒体に初代魔王の力を降臨させられていたかもしれません。
とはいえ、生贄と媒体を用意すれば初代魔王を適切な形で降臨させられるというのがそもそもの見当違いではあるのですが。




