悪役令嬢事変閑話:元王太子、その後と現在を語る
短いです。
私はかつて聖王国にて王太子と呼ばれた者。
む、そう見えぬと?
宮廷生活から離れて久しいからな。そう見えても仕方がない。
元々居た国からここまでは遠い。
後ろ盾無くば身一つで生計を立てねばならぬ。幸い、宮廷生活で習熟した剣術や魔法がある。冒険者じみたことを長くやっていた。まぁギルドに所属することは物理的にも制度的にも不可能だったから、そこは大変だったがな。
厳しい環境下で生きてきたのだ。もはや貴族らしさは見えぬ風貌になっているであろうよ。
ふむ。
うち、君は貴族出身だな。相応の家柄もあろう。見てくれは問題ではない。佇まいから細かい所作に、貴族特有の臭いがプンプンする。それこそ、私がかつて居た国の、な。
他は平民か。
しかし、いずれも冒険者基準では高い練度を秘めている。そこに至るまで相当な努力を重ねてきたのだろう。その点、賞賛に値する。
君たちの素性、当たりか。
すまんな、これくらいしか私の戯言を正当化する材料はない。王太子というかつての立場上、観察眼だけは無駄に肥えてしまっていてな。まぁ信用するかしないかは自由だ。
年若い君たちも御伽話くらいに聞いたことがあるだろう。
聖王国の愚かな王太子の話を。
とある令嬢を断罪しようとして、結果的には私が断罪されることになってしまった。そんな話だ。
あの頃の私はひどく増長していた。
周囲は私を盲目的に礼賛し、行動の何もかもが正当化され、そこに私も何の疑念も抱かなかった。
貴族ならば派閥争いを例示に分かるだろう。どんなに巨大な勢力であろうと反対派は少なからず存在するものだ。
だが、そうした反対派は私と対峙することで私の派閥に鞍替えしていった。そうならなかったのが、あの令嬢のみだったのだ。
奴と私は敵対関係にあった。
私は理由なく、本能的に、奴を相入れぬ不倶戴天の敵と認識していた。敵対し、最後に断罪することが宿命であり正しい世界の在り方だと盲信していた。今となっては何故あそこまで憎んでいたのか不思議でたまらないのだがな。
そう、不思議なのだ。
断罪返しをされ、意識を失い、目を醒ましたときには、何をしても消えぬと思っていた憎しみが霧散していたのだ。
王位継承権を剥奪され、廃嫡となり、追放される憂き目に遭ったが、その頃の出来事はまるで他人事のように思えた。
私のほとんどを形成していた憎しみが無くなったのだ。憎しみが無くなった私は、私ではなくなったのだ。
故こそに他人事。あの頃の私は空っぽだったのだ。
両腕の腱を切られ、法力を永久に封じられ、この孤島に流されたのが10年前。
幸いにも雨露をしのぐ洞窟があり、野生動物もいて、食用植物も自生、飲料に適した露も確保でき、最低限の食住はある環境だった。
衣に関しては、ふむ、理由は後述するが問題は全くなかった。
二度と剣は握れないと思っていたし、そういう処置をされた筈だが、憎しみの変わりに本能的な生きる気力が満ちていくにつれ、何故か腕は少しずつ動くようになっていた。
わかるだろう?そう、今は完治している。
恐らくは、憎しみに満ちた私は人間を辞めてしまっていたのだ。軽度の怪異化をしていたと言っても良いだろう。だから治ったのだ。
この島で暮らすにつれ、私はここがただの見捨てられた孤島なのではなく、何かが封じられた地であることを突き止めた。
因果なのだろうな。よもやここが初代魔王の生み出した闇の宝玉の封印地とはな。
闇の宝玉は魔獣とは異なる怪物を作り出す力を持つ。これを使えば、使用者の魔力次第で強力な軍勢を構成することが可能になる。
恐らく、父は知らなかったのであろう。知っていたら、最重要の危険人物である私を、初代魔王と力の親和性の高い私を、こんなところに島流しにする筈がない。
私は法力を永久に封じられた筈が、半怪異化の影響で法力をまた使えるようになった。とはいえ、これも半怪異化の影響で出力は微々たるものだが、洗浄魔法で体や衣類の汚れを浄化するには問題がない感じのものだ。
闇の宝玉に微力ながら法力という毒を流し込み、長い時をかけて破壊する。もし私の生きている間に破壊できなくとも、限りなく無力化する。
追放されたが、聖王家の嫡子だった私が唯一、国にできることが、これなのだよ。
さて。
私が何故ここにいるかということを理解いただけたかな闖入者諸君。
父はここに闇の宝玉があることを恐らく知らぬが、邪教徒はその限りでもないだろう。
宝玉を守りつつ破壊を試み、お前たちのような邪教徒の侵入をさせない。
それが、私の出来る償いだ。
私はこういう時に容赦はしない。
この話を冥土の土産話がわりにして、君が引き連れていた平民の信者たちの後を追うがいい。
さらばだ、貴族の邪教徒よ。
ざっくり時系列
五郎が異世界転移
→悪役令嬢事変(約10年後)
→初代魔王を祀る邪教徒の動きが活発になる(約10年後)
王太子は本来的には高潔かつ非常に優秀な人材で、真相を知らないまでも自分が何かに操られて正常でなかったこと、それが初代魔王と類似したケースであることを直感で理解していました。
王太子は半怪異化したことで、結果的にシナリオの呪縛のアバターとなっていた頃より強くなっていますが、それでも騎士団長と同格であり、エリスやゴローには遠く及びません。
邪教徒は初代魔王に代わる「何か」を生み出すため、初代魔王ゆかりの遺物を世界各国で回収しようと試み、独自の情報源から闇の宝玉の場所を推測し、精鋭を派遣しました。
教団は何らかの邪魔者、ないしは守護者がいる可能性を鑑みての人選でしたが、元王太子の強さは彼らにとって尋常ではない差があり、敢えなく全滅の結果となりました。
その1年後、思ったより早く闇の宝玉は力を完全に失い、破壊されました。それから元王太子は祠の守人として孤島での生活を継続していましたが、やがて思いがけぬ人物と邂逅することになります。




