悪役令嬢事変閑話:モブ貴族学生、昇格する
僕は聖王国のとある弱小貴族の嫡男です。
当家の管理する領地も広いものではなく、かといって産業が何か栄えているわけでもない。歴史はあっても目立った功績や権力があるわけでもなく、両親の立ち位置も貴族の中では平凡。
そんな弱小貴族の長男です。
僕も多分の例に漏れず平凡。
運動神経は可もなく不可もなく。剣術も同様で貴族として最低限の教養レベルの強さしかない。
頭脳もお世辞にも優れているわけではなく、一応は貴族だからと貴族学校に通ってはいるものの、成績は中の中、入った派閥で頭角を顕すような策謀を巡らせることができない。
さて。
そんな平々凡々な僕だけど、一方で貴族学校の同期が軒並みヤバかった。
次期聖王と目される王太子。
その婚約者。
更には次代の聖王国を支えるであろう数々の大臣の息子たち。
極めつけは、庶民の生まれでありながら聖王様と同じ光の力を持つとされる聖女。
聖王国の未来を担う次世代が一堂に介すという、まるで何かの物語かのような人材が集まってしまっていた。
いずれも文武両道、当然成績はトップクラス。はっきり言って、彼らが眩し過ぎて僕は脇役にすらなれていない。
その筈なのだが。
少なくとも意味のあるモブにはなれたらしい。
貴族学校は一般的な学校に比べて特徴的なことが色々とあるのだが、そのひとつに図書館の蔵書が非常に充実しているという点がある。
本を読むのが好きな僕は、ここに竜王伝説の初版の複製版があることを知り、コンシェルジュに頼んでそれを借りて読んでいた。
竜王伝説の研究は僕にとって趣味でもありライフワークでもある。版を重ねるごとにドラマチックな描写となり娯楽書の様相を呈するようになっていくのだが、元々は事実のみが書かれた記録書でしかなく、初版は本当に簡素な事実しか書かれていない。
余計な描写もなく、事実が淡々と記載されているこの本を読み進めていると、
「そこのあなた」
声をかけてきたのはガーランド侯爵令嬢のエリス様。王太子の婚約者だ。
十把一絡げの制服を身に纏っていても、整った体型や美貌を超越したオーラのようなものに圧倒されて、顔を向けるとしばらく呆然としてしまっていた。
「それは竜王伝説の原書の複製版ですか?あなたが読み終わった後にでも読ませていただきたいのですが、よろしくて?」
つまり、読み終わったらエリス様にお待ちしろということなのだが、とはいえ実は本書を読むのはこれが初めてではない。
ので、そのことを説明してすぐお渡しした。と、今度はエリス様が一瞬きょとんとした。
「私とはしては助かりますけど、本当によろしくて?」
その言葉に今度は僕が一瞬きょとんとしてしまった。
侯爵家の威光を使えば強制的に本を取ることも可能だ。だが、あくまで僕の意思決定を問うその言葉の意外性に好感が持てた。
「竜王伝説は単位に影響するものでも、貴族の教養になるものでもありませんが、エリス様は興味がおありなのですか?」
「ええ、現代に流布している書籍はどれも演出過多な印象があります。脚色が過ぎる、とも。故あって竜王伝説を辿る必要があるので、まず初版がどういう内容なのか把握するところをスタートラインにしたいと考えています」
成程。
エリス様は単純に竜王伝説に興味があるというより、歴史を紐解こうとしているような印象を受けた。
それは、竜王伝説に惹かれて研究を始めた僕とはアプローチが異なるものの、ここも好感が持てるものだ。
そして。
大体週に1度くらいの頻度で僕らは図書館で会っては、竜王伝説やそれに纏わる様々な物事に侃侃諤諤の議論を交わすようになった。
僕が何年もかけて得た知識や知見を、エリス様は物の数週間で持ち合わせるようになった。さすが学年でもトップクラスの成績を納める才女だと感服していると、
「あなたという先達が居たからこそです。散逸していた情報をわかりやすく纏めていたから、私は情報を探すという作業がオミットされた状態でインプットできました。同じ条件ならもっと時間がかかっていたでしょう。強く感謝していますわ」
そう言ってくれた。
貴族学校において生徒は平等であるという建前だが、あくまで建前。学校内の派閥や親の関係で権力的な意味での上下関係が確かに存在する。僕が王太子や大臣の嫡子に話かけるなど言語道断だ。
だが、ここでは僕とエリス様はただの学徒として接している。
そして知ったことだが、エリス様は色々な意味で規格外が過ぎる。
成績に関しては前述の通りだが、主に魔法や剣術といった武の面が飛び抜けすぎている。
剣術のみの模擬戦で将来は聖王騎士団入りが確定しているほどの強さを持つ生徒を一蹴している。
魔力に関しても一級で、入学時の魔力測定でSランクを叩き出した上で、在学中に数々の上位魔法を会得している。
もはや戦闘技術については教員さえ舌を巻くレベルに達していて、武術系の授業は免除されているという。ばかりか、印象としては全力を出していないように感じた。
貴族学校での学びは、あくまで目的を達成するための通過点でしかないように思える。
とはいえ、時間の制約が発生するのは仕方がないようで、その空いた時間で校内を中心に竜王伝説を含むあらゆる歴史を紐解いているという。
時を重ねて、更にそして。
「聖王国郊外の山麓、ここに竜王が眠っている可能性が高い」
エリス様との研究の末、僕らは伝説とされる竜王の居場所を推定した。
ただ興味本位で歴史を知ることができればよかった僕とは違い、エリス様の目的はもっと別のところにあった。
エリス様は聖王国王太子殿下と婚約しているが、仲が険悪なことは校内周知の事実だ。そんな中、校内のほとんどの生徒を掌握している王太子の派閥の規模的に、エリス様のほうが立場は劣勢。
彼女の気質としてそんなことはないと思うが、もしかして竜王を手にして殿下に叛逆しようとでもしているのか、という疑念が過った。
「エリス様、竜王と会って一体何を・・・」
そんなことはないと、そう思いながらも僕はその疑念をエリス様にぶつけた。
と、エリス様は今までにない不敵な笑みを浮かべてこう答えた。
「何って、手合わせですよ。私は私の運命を覆すため、今まで鍛えに鍛え抜いてきました。その集大成として、この世界における最大戦力を倒し、来るべき日に備えなければなりません」
・・・え?
竜王を倒す?
竜王は暴虐の限りを尽くした初代魔王に誅罰を下したとされる。初代魔王は強さだけなら以降の歴代魔王の誰もが及ばないとされる絶対的な強者として知られている。その初代魔王を倒した竜王を、倒す??
「裏ボスであるインフィニティカイザードラゴンは、表ボスの悪役令嬢より圧倒的に強いとされていますからね。その設定をぶち壊しにするという意味も込めています」
待って待って。
いやいや、エリス様が異世界転生者で、ゲームの結末を覆すためにあれこれ調べているのはお聞きしましたけど、えー。戦いたいというのは初耳ですよ。
「だって、言ったら絶対に居場所特定に力を貸してくれなかったでしょう?」
そりゃあ!そうですよ!!
ここが物語の世界だということもはっきり言ってまだちゃんと飲み込めていませんがね!
あぁでも言い出したら聞かないこともわかっています。止めはしませんが、必ず、無事で帰ってきてくださいよ。
「わかりましたわ」
まったく。
武術面において僕は露ほどの助けにならない。聖女とエリス様の模擬戦でエリス様の本気を垣間見たけど、聖女とエリス様は共に規格外だ。聖王国の最大戦力とされる聖王騎士団長どころか、世界の最大戦力とされる魔王も敵わないのではないかと直感するほどに。
竜王伝説を追う対価としてエリス様直々に訓練をしていただいていて、学内でも上位陣に食い込めるくらいには強くなったが、当然彼女には到底及ばない。
よって、男の甲斐性とかを論ずる以前に、彼女を止めることは僕にはできない。
ただ、悔しいが無事に帰ってきてくれることを祈るのみだった。
悔しい?
あぁ、そうか、僕は悔しいのか。
平凡な僕が、あらゆることに諦めていて、好きなことに没頭しているだけの僕が、悔しいと思っているのか。
こういう感情を、僕は抱けるのだな。それこそ、物語の中の話とばかり思っていたよ。
・
・・
・・・
週明け。
エリス様は無事戻ってきた。まるで隣町に行って帰って来たかのような気軽さで。
しかし、壮絶な戦いだったのだろう。僕に報告に来る前に別所で着替え、法力使いによって傷を癒やされたのだろうが、それでも相対した敵の強大な気配の残滓が感じられる。
「完敗だ」
エリス様に連れられて来た少年はそう言った。
10歳くらいの少年、子供にしか見えない。だが、彼こそが竜王本人であり、人化の術?というもので人を形取り、かつ気配を限りなく抑えていると聞いて仰天した。
「奴は魔力を用いず徒手空拳のみで我を打ち破った。もはや神の域に居ると言っても過言ではない。そのような奴が、魔力込みの全戦力を用いて挑むことがあるという。一体どのようなことなのか想像もつかんがな」
やはりエリス様は規格外だった。
いやいや、初代魔王を倒したという竜王にここまで言わせるとか。
とはいえ、本当に心配しなければならないのは少し先に開催される学生主催の夜会。
エリス様の仰る通りであれば、ここが彼女の正念場。
武力としては極地にいるであろう。
知力も比類なし。
ただ、王太子とは圧倒的な人脈の差がある。人徳とは敢えて言わない。何故なら、その人脈は王家だからこそのものであるし、更にはシナリオの呪縛とやらの影響が無いとも言い切れない。王太子本来の魅力は高いが、それだけではない。
そして、人は人の力に弱い。
貴族の戦いは政治だ。武力に訴えることもあるが、それはあくまで最終手段であり平時に発揮させるものではない。
個として圧倒的な存在であるエリス様が、政治の場で狡猾な政治力に屈することもありえる。そうなれば、エリス様が仰った断罪を彼女は受けねばならなくなる。
そうした、正念場。
後日談として、僕も貴族の末席として夜会に参加して、その断罪の場で唐突に始まったエリス様と聖女の一騎打ちの余波で会場は徹底的な破壊の憂き目に遭い、同じく夜会のアクシデントを警戒した王室や王宮騎士団の面々と被害の拡大を防ぐ側に回ることになった。
そして、エリス様は本来辿ると思われたシナリオを脱却し、自由になった。
更に言うと聖女は何故か竜王とともに放浪の旅に出て、大臣の嫡子は王立学園を退学し実家で半軟禁の隠遁生活を送らざるを得なくなり、更には王太子は王位継承権を剥奪のうえ聖王国から追放となった。
特に王太子の追放は夜会での騒動も込みで国を沸かす大スキャンダルとなったが、僕個人としてはどうでもいいことだ。
夜会がきっかけで王室との繋がりを持つこととなり、しかも何故か第5王女から、ばかりかエリス様のお兄様にあたる次期ガーランド家当主から高い評価をいただいた。
それによって、本来あるべき地位からは考えられない要職に就くやもしれなかったが、そこも僕個人としてはどうでもいい。
夜会の後も貴族学園に留まることを選択した僕とエリス様は、堂々とカフェテリアでお茶を楽しみながら、歴史談話をしている。
ある意味ではイレギュラーな存在だった僕とエリス様が一緒にいることで、王太子をはじめとした敵側に不要な刺激を与えるかもしれない。ややもすると、僕も取り込まれてエリス様の敵になっていたかもしれない。
そうした懸念が全て払拭されたのだ。
卒業後、僕たちがどういう道を歩むのかまだ分からないが、こうした当たり前だが得難かった日常や学園生活を、しばらくは満喫しようと思っている。
ゲーム本編では図書室に常駐し、プレイヤーに話しかけられると「ここは図書室です」と返すだけのNPCです。
聖王国はゲーム本編の舞台に沿うよう迂遠な誘導を受けて発展しているので、ゲーム内でのNPCに当てがわれた人間は当然思考能力があり、自分の価値観準拠に行動します。
が、シナリオの呪縛のアバターと化した王太子と一定以上関わると、そうした自律心がなくなり王太子に利するよう行動原理がすり替わります。爵位の低さから王太子と関わらず、図書室という退避場所にいたからこそ、彼はただのシナリオを構成するNPCのひとりではなく、悪役令嬢の数少ない味方の学生で居続けることができました。
聖女は身に宿す力が強大なため、王太子と深く関わっても意志を奪われることはありませんでした。が、もし夜会で悪役令嬢の断罪が成功した場合、呪縛は更に力を増し、聖女を取り込んでしまっていたでしょう。




