悪役令嬢事変閑話:聖王国第四王女、懐古する
悪役令嬢事変閑話は、短編および2話「ゴブリン族の女社長は、婚約破棄される悪役令嬢の断罪式に居合わせていました」に関連する閑話集です。
私はかつて聖王国第四王女だった者です。
聖王国とは歴史ある由緒正しい世界最大の王国を指し、同時に経済的にも諸国列強の中で最大の力を持っております。
その国の王家の中、兄弟姉妹が沢山いるので政治力のない私の王位継承権は無いに等しいもの。いずれ政略結婚してどこかの貴族に降嫁することになるのでしょう。
まったくクソ喰らえな人生です。
まぁ降嫁するまでは比較的自由を満喫できます。そりゃ王女らしい振る舞いだとか、舞踏会といった政治的な場に出なければいけないだとか、一定の制約はありますが、巨大な資本を持つ家で家督を継ぐ身でなければ降嫁までのモラトリアムを満喫することができます。ドラ娘と言い換えても良いでしょう。
モラトリアムが終わればその限りではありません。どういう家に嫁ぐことなるのかは未定です。王位継承順位の高い兄姉はともかく、低い場合はその時勢で最も力を持つ家に順に嫁がされるのが通例です。
そうする理屈を理解してはいますが、はっきり言って恐怖でしかありません。自由恋愛が無いことは仕方ないにせよ、変わり者が多い貴族の中には密やかに嗜虐心を持っている者もいるかもしれず、外面で権謀術数を巡らせる社交場ではどうしても内面を測るのは難しいのです。
だからこそ、降嫁後の我が身を守るために私が選んだ道は。
「待って、無理です、もう体が限界を超えました!」
「タイマンで勝てるか!相手は第四王女だ!スリーマンセル、いや、フォーマンセルで四方から攻撃を仕掛けろ!これは演習ではない!実戦である!少なくともその気で!!」
「騎士団長を!騎士団長を呼んで来い!もうとっくに我々で相手にできる次元にないぞ姫様は!!」
「だから嫌なんだよ姫様との修練は!魔獣相手のほうが断然楽な王族っておかしいって!!」
「ぎゃああああ!!!!」
武の道でした。
考え方は至極単純。基本的に降嫁先は自分の意思で選べません。政略結婚なんですから。
降嫁先の相手が私の意に沿わない、というより私を理不尽に虐げようとするのであれば、武力で反抗すれば良いのです。
「お姉様は愚鈍ですわね。権謀術数こそ我が身を守る手段ですわよ」
とは第五王女の言。
うっせぇ愚妹。私の頭が悪いことは自覚してるんだよ。だから逆張りしか選択肢が無いんだよ、と。
とはいえ、もし武力でもどうにもできないなら、その時はその時です。最低限、自分の身のを物理的に守れるくらいになっていれば、降嫁後の扱いも悪くはならないでしょうという見込みです。抑止力は大事。
正直、貴族社会は伏魔殿。その権謀術数が渦巻く貴族社会で同じ土俵に立とうとしても、太刀打ちできない可能性が高いのです。少なくとも私にはその資質が全くありません。
それよりは、まだ武力のほうが太刀打ちできそうですし。ほら、兄姉弟妹たちだって優秀とされる騎士団の手解きを受けておきながら、強いかって言われると、微妙でしょう?
そこらの冒険者の方々のほうがよっぽど手練ですよ。愚弟愚妹たちが環境を活かせていない証左とも言えます。
実際、王侯貴族学校に入ってその認識が更に確かなものになりました。
貴族にとって武術は基礎教養の域を出ないもの。授業でもそこまで熱を入れて受ける方はいません。むしろ一緒に入学する従者の方々が護衛スキル向上のために頑張る傾向にあります。
それよりも、授業に何ら関係のない派閥作りに腐心し、他人を貶め蹴落とすことばかり考えているようです。
ただまぁ、そういう派閥作りが効果を発揮する時も無きにも非ず。つまり集団で何かをやる時ですわね。
例えば集団演習。多対多で武術なり知力のなりの成績を競うアレです。そういう時は大体派閥に入らなかった溢れ者とチームを組むことがほとんどです。
とはいえ、私が武力を求められる場合は大体ひとりでどうにかなるんですよね。
知力の場合も群から溢れた生徒が実は頭が良いってことが多いですし、私を含めた溢れ者で勉強するなりしていますが、その溢れ者の方が良い成績を納めることが多いんですよね。
「姫様のリーダーシップは素晴らしいです。付いていきます」
・・・その溢れ者たちに懐かれて、結果的に派閥が出来てしまったのが悩みの種ですが。
溢れるだけあってクセが強いんですが、揃いも揃って優秀という。うーん。
さて、王侯貴族学校は初等部、中等部、高等部に分かれており、高等部は16歳からとなっています。
中等部までは男女分かれているんですが、高等部になって合流します。個人的には逆のほうが良いと思うんですけど、成人前の社交場の意味合いを兼ねているのであれば反論できません。
何にせよ、高等部に進学した時は「女のネチネチした権謀術数だけでなく、男の威圧的な権謀術数にも曝されることになるのかぁ」とゲンナリしていましたが、
面白そうな人材がいました。
地方領の跡取り、家柄の格としては中堅どころで政治的には安定しているという、貴族としては比較的凡庸な出自の方ですが・・・
聞けば領地の乗っ取りを画策していたならず物に襲われた際、現領主とともに七万六臂の活躍をして制圧したとのこと。実際に武術演習での動きを見ると他を圧倒していて、強さ面で初めて尊敬できる方に出会いました。
どうにも好奇心を抑えられず手合わせを願いでましたが、王宮騎士団を圧倒する私をも制圧する見事な腕前。見た目は優男ですが、折れない芯のようなものを感じる強さに私は虜になりました。
「いや、王女様も十分にお強いですよ。僕は凡庸ですけど、環境が環境だったんで強くならざるを得なかったというか」
? 仰っていることがよくわかりませんでしたが、強さを得るだけの環境、事情があったということでしょう。それが具体的に何なのかは教えてくれませんでしたが、演習場を使った自主練をともに行う仲にはなれました。
形式的な剣術ではあるものの、どこか生存戦略に重きを置いている印象の剣捌きは、打ち合っていてとても勉強になりますし、魅力的でした。
ほどなく。
王太子とされる弟の婚約発表がありました。
それは父である聖王が取り決めた、ある意味で絶対的なもので、不祥事でも起こらない限り破棄されることのない強制力を持つもの。
彼は本来は王位継承権が上のはずである兄や姉を差し置けるほどの能力を持っています。貴族学校では文武ともにトップクラス、人身掌握にも長けて学年の最高派閥を形成、また姉の贔屓目ではないですが見た目も良い。
その王太子の婚約者が、彼の妹だと聴きました。
婚約が決まった直後に王太子に会いました。
能力の高さ、派閥の長であることから尊大になっているであろう彼が婚約にどういう感想を持っているのかという軽い興味本位でしたが、王太子の様子は想像を絶していました。
「こんなことがあってたまるか!姉上!私は奴との婚約を絶対に認めない!必ず!どんな手段を使おうともこの婚約を破棄し、奴を惨めたらしく処断してくれる!!」
私は絶句しました。
王太子のみならず、今までの人生の中でここまでの激情に駆られた人そのものを、私は見たことがありませんでした。
武の分野では弟を上回る私が圧倒され、何も言えなくなる強い衝撃。権力者がその強大な権力をバックボーンに怒気を最大限露わにすると、ここまでの威圧感を持つのか。と畏怖さえしました。
が、翌日会った王太子からは昨日の修羅のごとき形相はどこへやらといった様子で他の兄弟たちと楽しく談笑していました。
その落差が更に恐ろしく、私は王太子のことを彼に話しました。
「やはりか」
と神妙な面持ちで考え込む姿には、普段の穏やかな雰囲気はありません。
「お願いしたいことがある」
「何でしょう?」
「王太子が言っていたこと、まず間違いなく本音だ。王太子殿下は君にとっても大切な弟だろうが、僕にとっても妹は大切な妹だ。王太子殿下に今以上の異変のようなものがあれば、できれば僕にも教えて欲しい」
多分、私はこの時点で彼に惹かれるどころか恋をしていたのでしょうね。
王家の人間として身内の情報を横流しにするなどあってはならないことですが、二つ返事で了承しました。そんなに即断されるとは思っていなかった彼はしばらくポカンとしながら、少し泣きそうになりつつも取り繕ったように「感謝するよ」と返してくれました。
お互いの弟、妹が婚約したことで、私と彼が結ばれることはないでしょう。が、それでも何かの絆が確かにあったと、信じていたかったのです。
それから時が経ち、彼の妹と王太子が高等部に進学しました。
王太子は婚約者を蔑ろにする一方、一向に振り向かない特定の一般女生徒に執心している様子。それだけならまだ良かったのですが、彼の派閥が問題でした。
中等部までに築いた彼の派閥は、少人数ながらもその全てが現聖王政における大臣級の息子ばかりという強大なもの。血統や親の地位、のみならず優秀さも飛び抜けた人材揃い。
周囲は黄金世代と持ち上げているようですが、王太子の恐ろしい様子を知る私からは極めて危険な派閥にしか思えませんでした。
何かあるごとに王太子は婚約者に辛辣な言葉を投げかけ、派閥のメンバー含め不自然なまでにその一般女生徒を持ち上げる。
私もその様子を見たことがありましたが、吐き気を催すものでしたし、あまりにも不自然極まりないものでした。
どうして誰も異を唱えないのか。いくら民主的な度合いが強いとはいえ、ここ聖王国は王政であり、その権力の頂点である王家のみならず、取り巻きも大臣級の息子ばかり。学生の身とはいえ一般貴族が言葉を差し挟むのは命を賭す勇気が必要なのでしょう。
見ている筈の教師陣も何も言わない。ややもすると、王太子側が正しいという考えに凝り固まっているのかもしれません。
王太子を咎めようとした私を、彼が止めます。それを妹が望んでいないから、と。大丈夫、妹は僕なんかよりずっと強いから、と。
なのに、とても悔しく悲しそうな顔をしている彼を、私はどう慰めて良いか分からず、一緒に悔しく悲しい気持ちになりました。
「夜会?」
「そうだよ。俺はそこであいつに婚約破棄を宣言して処断する。婚約は父上が取り決めたことだけど、絶対に上手くいく。そういうふうに世の中が出来ているんだ」
王宮で久しぶりに会った王太子が、嬉しそうに私に話します。もはや狂気さえ感じる不気味な笑顔で。
絶対的権力者である聖王のお父様が取り決めたことを独断で破棄なんでできる筈もないのに、妙に自信のある物言い。
そして、不思議なことにそれが実現できてしまう妙な予感が私にもありました。まるで、そうなるのが予定調和であるかのような。
「そっか、王太子はそんなことを言っていたのか」
当然、私はそのことを彼に伝えました。
「今まで僕のことを色々気にかけて仲良くしてくれてありがとう。もし、その夜会で万が一のことがあれば、僕は兄として妹を何としてでも助けなければならない。立ち回り次第では反逆者扱いされてお家断絶の処断をされてしまうだろう。だから、君とはここで縁を切るべきだ」
彼は震えていました。
王政のトップである王家に反逆するということは、一般貴族にとってあってはならないことです。その場で無礼打ちされても文句は言えないほどの。
それでも、万が一の場合に次期領主として妹を切り捨てるのではなく、全てを投げ打ってでも味方になるという高潔な想いに、私がこの方に想いを寄せていたことが正しかったのだと、そう思いました。
「私は聖王国王家第四王女であるとともに、あなたに惹かれた者です。故に、あなたが反逆者になるなら私も反逆者になります」
私は理不尽な暴力から己の身を守るために強さを求めました。
権力を傘に掛け誰かを虐げようとする王太子は、まさに理不尽な暴力を振るおうとする者です。
私の彼に対する想いと、私が抗いたかったもの。私が弟の味方をする理由はありません。
だから「ありがとう」「申し訳ない」と泣きじゃくる彼に、私は寄り添うのでした。
夜会の日、私は参加者ではありませんでした。が、彼とともに袖に控え、万が一に備えていました。お互い、破滅の覚悟はできていました。
でも、今まで磨いてきた武力、理不尽を退けるために彼と振るうのであれば、何が相手でも怖くないと、そう思いました。
・
・・
・・・
「成程、そんなことがあったんだね」
応接室の卓の前に座るエルフの女性。
音に聞く伝説の冒険者パーティのひとりが領内にいらっしゃると聞き、執事に無理にお願いして連れてきていただきました。
今では国際的な場に出ることがあるものの、本来隠れ里に住むエルフ族は気難しい性格をしていると言われていますが、彼女は私の急なお呼び出しに快く応じてくださいました。
エルフの話をお聞きしていると思いましたが、彼女はとても聞き上手で、いつの間にか主人との馴れ初めを話すようになりました。
「ええ。結局、私たちの出番はありませんでしたし、むしろ社交会場の崩壊に巻き込まれそうになったのでそれどころじゃなくなりましたけど」
夜会では王太子による令嬢の断罪式が始まりました。
私はあくまで夜会の全容が伺えない舞台裏で様子を伺っていましたが、結果的に始まったのは令嬢と、王太子と共に居た一般女生徒、つまり聖女との格闘戦。
明らかに社交場に相応しくない強烈な炸裂音がしたので見てみたら、そこで繰り広げられていたのはキャットファイトなんて可愛いものではなく、まるで2柱の破壊神が己の身体能力と魔力を相手にぶつけ合っているかのような、戦場すら生温い修羅場でした。
私は己の強さに相応の自信を持っていましたが、2人の戦う光景を見てその自信を失いました。全く以て尋常なものではありませんでした。
王太子である弟は格闘戦の余波で吹き飛ばされ、壁に激突して気を失っていました。
社交場となった会場は竜種の攻撃にも耐えうると名高いシェルターとしての役割を持っていましたが、2人の戦いのエネルギーが尋常でなく、最終的には更地となっていました。
あの後、嫡廃が決まった弟に会いましたが、まるで魂が抜けたかのような、糸が切れたかのような呆けた表情で何かブツブツ言っていて、全く会話になりませんでした。
ともあれ、主人の妹は婚約破棄が成立した上で何か咎められることはなく、高等部を卒業してからは見聞を広めるために世界を回っているようです。夜会を台無しにしただけではなく、どうやってか由緒ある社交会場を破壊したのだから、聖女ともども何かしらの罰があってもおかしくない筈なのですが。
「しかし、うん、そうか、そういうことがあったのか、成程ね・・・」
エルフの方は呟きながら何か考えているようでしたが、すぐに私のほうに視線を戻します。
「申し訳ございません・・・色々とお話しをお伺いしたくて呼びつけてしまいましたのに、逆に私のことばかり話してしまいまして・・・」
「何、構わないさ。君が許してくれるならまた何かの機会に来させてもらうよ。その時に、度の話をするさ。それに・・・」
「?」
「君が次期領主の第一子を懐妊された。その喜ばしい報を彩る、貴重な馴れ初めの話を聞かせてもらったんだ。むしろこちらが礼を言うべきだよ」
美形のエルフは可愛らしくウインクしました。
そう、私のお腹の中には彼の子供が宿っています。それなりに大きくなり、運動は剣を振るうのではなく邸宅内を歩く程度。
元王太子の婚約が破棄され、かつ嫡廃が決まった直後、私は彼と婚約したいとお父様に進言しました。
お父様は少し首を傾げて考え込んでいましたが、結局は二つ返事で承知してくださいました。
彼はまさしく理不尽を振るわない理想的な降嫁先です。もはや来世でしか結ばれるしかないと思っていた私は、これこそ好機とお父様への進言に躊躇しませんでした。
「さて、陽も落ちてきたし頃合いお暇とさせてもらうよ。元王女殿下には些か無礼だが、私と君は友人になれたと思っている」
「そう思ってくださいますと嬉しいですわ」
「ありがとう。私はこれから魔王領に行こうと思っていてね、順当にいけば次に会えるのはお腹の子供が元気に走り回るあたりになるが、その時にはアポを取らせてもらうよ」
「かしこまりましたわ。良き旅を」
「そちらこそ、無事の出産を。もし義妹さんに会ったら酒の肴にするくらいは許してくれよ?」
そう言い去っていった彼女と入れ違いに、どうやら街を視察に出ていた主人が戻ってきたようです。
色々と私を大切にしてくれて「無理をしてはいけないよ」と言われてはいますが、お出迎えするくらいは許してほしいところです。
第四王女は王太子より強いです。
王太子は才能に溢れ、かつ〓〓〓〓〓〓〓の補正効果の恩恵によりあらゆる面で他の兄弟姉妹を上回っていますが、唯一武力だけ第四王女に及びません。
第四王女の夫は第四王女より強く、聖王騎士団長より弱いですが、かなり近い領域の強さを持つに至っています。
さしたる才能もなく、しかも規格外オブ規格外の妹がいるという環境で、腐ることなく、かつ妹を守るため愚直に鍛錬を続けていった結果です。
第四王女は政略結婚自体に嫌悪感を持って最大限に警戒していましたが、歴代の王位継承しなかった王族は、対貴族という縛りはあるものの学校や職場をはじめとした様々な場で相手を見つけ、交際ののち嫁入り・婿入りするのが定例です。
もっというと庶民と結婚して完全に王家から離れるケースもあり、聖女は爵位を放棄した王族の子孫でもあります。
ある意味で第四王女は順当に王族の想定する着地点に落ち着いたケースと言えますが、そこに至るまでの経緯や思考のぶっ飛び具合は王族でも例の少ないケースです。
閑話という名の設定殴り書きはまだまだ続きそうです。




