閑話:魔王領の怠惰を望む平民、次期魔王候補となる
魔王というものは称号であり職種だ。
あらゆる物事がそうであろうが、こと魔王の場合はその重さが違う。
何せ、世界の守護者とならなければならないのだ。冒険者ギルドの特別顧問を兼任せねばならず、ギルドの手に負えない案件を引き取って解決させることも多数ある。
過去の魔王には黄金郷に行き帰って来なかった者もいる。故に、黄金郷は唯一解決できないアンタッチャブルな案件となったが、魔獣ひいてはスタンピード、怪異、果てには究極と目される竜種といったものに歴代魔王は対応してきた。
そうした役目が生まれたのは、暴虐に暴虐を重ねて世界を破壊し尽くそうとした初代魔王の存在が背景にある。
当時の二代目魔王を名乗った魔人族の青年は、初代魔王の行いを糾弾し、二度と初代魔王のような存在を生まないよう、またその暴虐の償いを種族や領土全体で取り組むよう、国ではなく領地として国家級のコミュニティを運営していくと、魔王および魔王領の存在意義を再定義した。
つまり、魔王領とは巨大な治安維持組織であり、魔王とはその最高責任者である。
当然、そうした世界的な自警団としての意味合いのみならず、領地としての文化、産業、といった対外に誇れる特性によって成長していってはいるが、あくまで魔王領および魔王の根本は治安維持なのだ。
そのため、魔王には何はなくとも「強さ」が求められる。魔王は世襲制ではなく襲名制なので、必ずしも魔人族が就任するわけではない。
当代の最強が善き心を持っているとは限らない。だが、驚くべきことに魔王に就任した者は、どんな粗忽な性格であったにせよ、時が経つにつれ人格者になっていく。
先代魔王はその典型だった。魔人族や竜人族の猛者を凌ぐ強大な力を持つ突然変異の鬼人族で、周囲は乱暴者と見做していたが、魔王に就任してからはそのナリは潜め、やがて組織を率いるに足る人格者へと成長した。
それは彼の先代の魔王の先見の明によるものともされているが、こと魔王という称号は特筆すべき強さと人格を求められる極めて特殊なものだ。
「そんな先代魔王様を、あなたは真正面から叩き潰したんですよね」
「人聞きの悪い。ただ力を示しただけのこと」
奥方の指摘にムスっと答える現魔王。
現魔王が魔王に就任したのは20年以上前。俺が産まれる前で、当時の記事で写真を見ても今と変わらない線の細さ、女性と見紛う美貌だ。
だが、そんな闘いから掛け離れた容姿から考えられない戦闘力を彼は持つ。
俺もそれなりに場数を踏んできた筈だが、あらゆる状況、あらゆる個人、あらゆる集団を相手取るにしても彼1人が突出した危険を感じる。
まるで、伝説に聞く竜種と対峙したらこんな感じなのだろうかと納得してしまえるくらいには。
そのくらい、次元が違う。
影の使い手であり、かつて四天王をも上回ると言われた奥方でさえ、彼と比較すると数段階劣るのだろう。
「さて、君にここに来てもらったのは他でもない。お願い事があってだな」
ここは魔王城の玉座の間。
初代魔王が初代聖王やその仲間達と最初に対峙したと言われる決戦の場を模し、今では正しく魔王が公的に誰かと接するときに使われる厳正なる場だ。
そこに、俺は拉致された。
具体的には、魔王の奥方の影魔法に引き摺り込まれた。魔力の差からか全く抵抗することが出来ず、影から解放された先がここだった。
「あぁ、心配せずとも君を処すためにここへ連行した訳ではない。もっと言うと、君がどういう意図で何をしていたかの把握はしているし、君に差し向けられた刺客はとっくに無力化している。今では我が配下によって、君の敵対組織は壊滅している頃じゃないかな」
そう。
俺はとある事情で敵対組織の刺客に襲われていた。
暗殺に特化した複数人の手練れ。宿屋で寝ていたところを急襲され、僅かに不穏な気配を察知して起き上がって応戦することになったが、暗殺者のチームワークに苦慮していたところを拉致された。
完全に終わったと思ったが、すぐに別勢力であることに気付いた。気付いたにせよ、別勢力への心当たりがなく、しかも一向に攻撃される気配が無いため困惑していた矢先、解放されたところが魔王城。
そして、目の前には魔王と、その奥方。
奥方が希少な闇魔法の、しかも影を使った術法を得意とすることを知っていて納得はした。
が、その理由が分からない。
その理由を、魔王は明らかにしようとしている。
「君を次期魔王に推薦したい。ひいては、君が今抱えている案件を魔王軍が引き取り、解決することを約束しよう」
「魔王領に密かに侵食するように勢力を広めている邪教を単独で察知、突き止め、孤軍奮闘するその才覚と勇気。現段階で私を下回っているにせよ、遠からず私が及ばない力を持つことになるでしょう。故に、次期魔王への推薦とともに現魔王の側近を提案させていただきます」
これは、ヘッドハンティングか。
確かに俺はどこかに所属しているわけではない。反魔王派というのもあるが、それは他国における与党と野党の関係のようなもので、実質的には国を運営する協力体制に他ならない。
そういったものに属していない。
むしろ、属する必要がない。ある意味で、魔王の言った「邪教」を追っていた理由は非常に個人的なもので、目的は極めて個人的な、身勝手とも言えるものだ。
「俺の周りで不審な動きをしている奴らがいて、そのせいで怠惰な生活が送れなさそうだから、要因を突き止めて排除しようとしていただけなんですけどね」
かくして、俺は次期魔王候補として現魔王の下に就くことになった。
図らずも職を得たといってもいい。
同時に、俺が追っていた邪教の案件は魔王軍が引き取ることになり、かつ俺はその対策本部副長という形になった。
俺が魔王に言った「怠惰な生活を送りたい」というのは紛れもない本音だ。だが、こうなったのなら仕方ないので、とりあえずは手を抜かず本気で取り組んで、自分の周囲の万難を排し終わったら怠惰な生活に戻ろう。
もっとも、それかなり先の話になりそうな気もするが、俺が魔王になると確約したわけではないし、俺よりもっと優秀な人材がこの先現れるかもしれない。
とはいえ、この「邪教」とやらは本当に根深く、これを追うことが現魔王の最後の仕事となることを、この時の俺は知る由はなかった。
まぁ、いつ怠惰な生活に戻れるかはわからないが、やれることはやっていこう。怠惰な生活を送るために、万難を排することは全力で取り組まねば。
末尾に添えたように、この次期魔王候補の行動理念は「怠惰な生活を送るために、周囲の環境を整えることは全力で取り組む」です。
正義感で行動するわけではありませんが、その行動は結果的に環境が良くなる方向に向かいます。自分が気にする問題を放置すれば、それはやがて更に大きな問題となって自分や周囲を害するようになる、と認識しています。
彼は非常に優秀なので魔王軍が掌握しきれない「邪教」にある程度踏み込めましたが、その邪教は魔王領に侵食するように食い込んでいるので、個の力でどうにかするには限界があり、いずれどこかのタイミングで組織(魔王軍)にバトンタッチする必要があります。
現魔王はバトンを半ば強制的に奪い、また次期魔王候補の確保に成功しました。
ただ、現魔王は「邪教」を強く危険視し、また全容や首魁を把握しきれているわけでもないので、魔王領ひいては世界を危機に陥れかねない本組織の妥当に骨を折ることになり、邪教への対応が現魔王にとって最後の仕事となります。
なお、「邪教」の信望する神とは管理者ではなく◼︎◼︎◼︎◼︎であり、当然のことながら女神教とは敵対しますが、表立って対立しているわけではなく女神教も邪教を認識できているわけではありません。




