閑話:元事務職員、久しぶりに家に帰る
俺はゴロー・パインブック。
異世界転移者だ。
元の名前は「松本五郎」だが、この世界で生きていくにあたって改名した。ゴロー・マツモトでも良かったが、そこはまぁ気分ということで。
この世界に来てからは異世界よろしく冒険者をやっていたが、今は引退して商業に身を置いている。
商会を立ち上げ、この世界にはなかった風呂の文化を広げる事業をしている。様々な事情もありこの文化は世界に好意的に受け止められている。そのため事業は非常に好調であり俺や妻はそれぞれ多忙に多忙を極め、世界中を飛び回っている。
つまり、せっかく建てた家にもそう帰れていない。人材の補充も行なっているものの全く追いつかず、一応登記上の本社はあるものの、行く先々で人材募集のうえ支社を作っているので本社が本社として機能していない。
なので、辺境国王都に建てた一軒家に数ヶ月ぶりに帰ってやることは、まず軽い掃除なのだ。
辺境国において風呂の普及は国家事業となったため、その一環として自宅の定期的な清掃は国がやってくれている。元々家にそんなに物を置いてはいないので、国が行う公共清掃事業の中に個人邸宅の清掃を含んだとしても稼働に大きな影響はない。むしろ、それで俺たちのご機嫌を取れるなら安いものという認識だし、そのご厚意には甘えている。
「よし、と」
台所の簡単な清掃を終えた後に、荷物を取り出す。ひとつは塊肉。もうひとつは肉の塊を挽肉にするミートミンサー。肉をスペースに入れて、ハンドルを回すことでミンチされた肉が出てくる機械だ。
テレビで見て憧れがあったが、現代日本では一般家庭で使うより市販の挽肉を買ったほうが手っ取り早い。興味はあっても買うどころか使う機会もなかったミートミンサーだが、この世界にも同じ機械があったので、ついつい買ってしまった。
たまに家に帰ってやることは料理。
今は遠い昔のように思える、転移前の事務職員だった頃のささやかな趣味。
とはいえ、専門家ではないのであくまで素人の手習でしかないが、良い気分転換にはなる。それでなくても外では当然外食がほとんど。たまには自分で作った飯を食べたくなる。
肉を保冷庫に入れ、近くの八百屋にニンジンと玉ねぎを買いに行く。バターとソースは冒険者時代の馴染みの店で購入済み。
そう。
ハンバーグを作るのだ。
転移前もたまに作っていたから、わざわざレシピを調べる必要もない。
家に戻って、程よく冷えた塊肉を粗く角切りにしてスペースに入れる。ゆっくりハンドルを回すと、穴の空いたプレートから挽肉が出てくる。
この様相が見たくてミートミンサーを買ったと言っても過言ではない。頻繁に使うものではないだろうが、妻だとか、もし子供ができたらこれを使って何かを作るのも良いかもしれない。それこそ、調理法をちゃんと学んだ上で腸詰を作ってみたいものだ。
挽き終わった肉をボウルに入れて、塩胡椒をして、練る。
パン粉や牛乳は使わない。面倒だというものあるが、使っている肉が帝国産の高級肉なのだ。そのままステーキにしても充分美味しいが、どうしてもハンバーグを食べたい気分だったのだ。
程よく粘り気が出来てきたので、楕円形に整形する。整形した肉をパッドに置いたところで、家の外に気配を感じた。
「たっだいまー!」
ゴブリン族の少女が家のドアを勢いよく開けて入ってくる。年齢的にはもう少女とは言えないのだが、見た目や種族特性で幼さを残した俺の妻は、多忙や移動による疲労感を全く見せない活発さがあった。
「ん、久しぶりってのを奥さんに言うのも変な話だけど、久しぶり」
「いやー私もここまで忙しくなるとは思わなかったけど、そろそろいったん落ち着いて事業を総括したほうがいいかなと思っていたから、ちょうど良かったよ」
右肩上がりすぎの事業だが、遠隔での打ち合わせで1ヶ月ほど俺たちの稼働を保留させようということになった。
それは事業の基幹を本社に集約させたほうが良いので体制を整えるというのと、単純に休暇を取らないとさすがにやっていけないという事情によるものだった。
なので、最初の2週間は休暇想定。
その間、各支社で進められることは進めてもらうものの、高度な意思決定や判断が必要な場合は保留ということになる。
その休暇の最初にやることが、夫婦水入らずで食事をすることだった。俺がやっていたのは、その準備。
「主食の準備は出来たし、あとは焼くだけ。一応付け合わせは準備したし、ワインは国に用意してもらっているから大丈夫とは思うけど、他に何かいるものがあれば買いに行く?」
「うーん、いいよ。お酒と、久々の君の料理があれば他はいらないかな」
「オッケー、じゃあもう調理しちゃうね」
妻にはソファで寛いでもらって、ニンジンのグラッセを仕込み、玉ねぎをソテーする。
この世界ではキッチンの類はあるものの、調理時の燃料には複数の種類がある。
原始的に薪で火を焚べる場合と、特性がある場合は炎魔法を使うこと。
俺は適性があるので炎魔法を使う。調整は難しくなく、火加減がつけやすい。マルチタスクもできるので、グラッセは弱火で、玉ねぎのソテーは中火。だけではなく、別枠でハンバーグをフライパンに入れて強火にかける。
バターと玉ねぎと肉の、それぞれ加熱された香りがリビングにも届いているだろう。妻はゴブリン族の中でも有数の大食漢なので、ちゃんと満足してもらえるように今のうちから量を多く焼いておいたほうがいい。
ふとリビングを見ると、ソファに寝転びながらもこっちを楽しみに見ている妻の姿があった。
こういう、まったりとした時間もいいな。
竹串でハンバーグを刺すと、透明な肉汁が刺した穴から出てくる。塩梅としては丁度いいだろう。玉ねぎのソテーは出来上がっていて、グラッセも頃合い熱が通っているだろう。
まずはハンバーグとワインを妻と一緒に楽しもう。それから色々と話をして、のんびりと休暇を楽しもう。
ハンバーグを皿に盛り付けながら、久々の夫婦水入らずの青写真を描いていた。




