教会組編エピローグ:怪異、旅に出る
私は人に育てられた『怪異』です。
どんなに人に近くても、怪異は怪異です。
肉体年齢は人間族に換算して16歳。私の記憶は10歳からしかありませんが、それから今まで色々な人にとても良くしてもらったと思います。
原初の記憶は、姉に抱きしめられていた光景。怪異として完成するまでの私の記憶はもやがかかっているように不鮮明ですが、これだけは鮮明です。とても印象的な出来事だったのでしょう。私の人生はここから始まりました。
保護された私は、まず沢山の料理を飲み食いしました。最初はお粥でしたが、それをあっさり平らげ、食べる勢いは簡単に止まらず、パインブック邸の決して少なくない食料を備蓄分含めて全て食べ、飲み尽くしました。
まるでどこぞの女若社長のようだと苦笑されたのを覚えています。
これは生前の死亡理由が栄養失調だったせいでしょう。それまで不足していた栄養を補ったことで、5〜6歳に見えていた体が本来的な年齢まで急成長し、同時に怪異として持っていた『飢え』の本能と、それに纏わる権能が失われる実感がありました。
以来、あれほど食べることはありません。人並みにしか食べません。アークさんのアレと比べるなんて無理ですって。対抗するつもりもありません。
私が育った教会で、私が怪異であることを知るのはごく少数。姉と、兄と、母の3人のみ。
当然、私は怪異ですので本当の家族ではありません。ですが、私の家族はこの3人です。
皆は私が怪異であることを気付かせまいと振る舞っていましたが、私は私が怪異である自覚を持っています。人と併存ではなく共存していることが奇跡だということも。そして、この体が本来の自分のものでないことも当然承知しています。
隠そうとすることは優しさから来るものです。それを否定するつもりは毛頭ありません。
ただ、私は私の出自が気になりました。
そうして訪れた、聖王国王都の郊外にあった、とある貴族の邸宅跡。
あくまで跡地ですが、とはいえそれを見ても特に感慨は湧きませんでした。
怪異になる前の私は、邸宅跡の主であった貴族の娘でした。生前の私はどうやら家族や使用人から酷い虐待され、地下牢で衰弱して獄中死し、更には遺骸を放置されていたようです。
貴族とその家族はその後も順風満帆な生活をしていたようですが、私が怪異として完成する前に起こしてしまった事件により、生前の私を虐待死させていたことが発覚。裁判により悪質で人道にもとる犯罪と見做され、爵位および財産剥奪のうえ国外追放される末路となったようです。
昏倒事件の経緯や裁判の記録を見ることでこの邸宅に行き着けましたが、やはり何の感慨も沸かず、むしろ私の家族は教会の3人であると再認識しました。
次に、生前の私の遺骸が葬られている墓地へ行きました。
私の遺骸は放置され、肉や臓器は液状化して蒸発し、骨だけになっていたそうです。ご丁寧に消臭の魔法をかけたまま。
そうした私の遺骸は無縁仏の墓に葬られたようです。私の生前のファーストネームが刻まれているそれが、私の墓。
たとえば私が来たことにより炎に焼かれ灰となった遺骨が反応して何かが起こるとか、そういうことは特にありませんでした。
つまり。
生前は生前。
怪異は怪異。
とのことでしょう。
もしかすると、私は生前の私そのものではなく、生きたいと願った想いが独立しただけで本質的には別人かもしれません。本来の私の魂は浄化され、既に輪廻の巡りに入っているというのであれば、それはそれで
良いことです。
とまぁ、そのように出自巡りをしましたが、それには理由があります。
私は今日から、姉の妹とともに旅に出ます。
彼女は世界中を飛び回っています。ええ、姉が神造聖女だということは知っています。いちシスターの身でありながら、仮にも司祭級の兄を有事に顎で使う光景を見たら疑わざるを得ませんし、調べてみたら想定以上の正体で非常に驚きました。
だから、単独で私を怪異として完成させることが出来たんだと納得するくらいに。
ともあれ、出立の挨拶は済ませたので、合流までの間に出自巡りをしました。
結果「私は私で良いんだ」という実感と「あの3人に育てられた私はとても幸せだった」という再確認が得られました。
さて、神造聖女には及ばないにせよ、私も武には相応の心得があり、強さとしてはA級冒険者相当となっています。そうですね、デスベアーであれば多少時間がかかりつつも安定して倒せるくらいです。
「あぁ、来ましたね。同行者はいらしていて、そちらでお待ちになっています」
受付のギルドマスター夫人の指差す先には、大きな串焼きを頬張る姉に似た冒険者の姿。
さて、神造聖女と怪異の旅がどんなものになるのか、とても楽しみです。
怪異の権能は失われたわけではなく、置き換わりました。神造聖女との旅で、その正体は明らかになるでしょう。
怪異はもう飢えることはありません。
だから権能は必要なくなりました。
仮に今後飢えることがあったとしても、大地から僅かに恵みを受け取ることで飢えから逃れることができます。あ、正体言ってしまった。




