教会組編05:元事務職員、危惧する
後の調査の結果、辺境国王都および周辺で起こった昏倒事件の総被害者数は203名。
総人口約10万人に対し約0.2%。この比率を甚大と見るか軽微と見るかは有識者に任せたいところだが、昏倒の対象になるかどうかは無作為だったとのこと。
俺にせよアンドリューにせよ、運が良かった。治癒の心得を持つ僧侶に被害者がいなかったことも。
とはいえ、早期解決していなければ犠牲者は増え続け、いずれは俺たちも被害の対象になっていたかと思うとぞっとする。
「生気を吸い取るパスのようなものがあります。痕跡がわからないよう隠蔽されていますが、私には誤魔化すことができません。このまま辿れば『術者』に行き着きますが、どういう手合いが相手かはわかりません」
俺とアインスは早足で街中を歩く。
さっきのように走らないのは痕跡を辿っているからだ。目的地は不明。
起点はシスター・マザーが倒れたところ。辺境国王都のランドマークである噴水広場のベンチ。
その生気を吸い取るパスを追うにして、パスが無くなっても生気の残り香のようなものがあるという。それが知っている者のものなら尚更追いやすいという判断だ。
アインスは、マザーが倒れた場所を見ると女神の写し身とは思えない憤怒の表情をしていた。たまにアインスとマザーを街中で見ることがあるが、まるで親子のようにも見えるようにお互い振る舞っている。
超越者とはいえ、思うところがあるのか。
行き着いた先は、王都郊外にある、とある貴族の邸宅。
アインスは玄関を勢いよく蹴り開ける。シスター見習いが貴族の所有物を粗雑に扱うなんて、どういう強権で処罰されるのか分ったものではないが、今回に限ってはそれが大正解だった。
邸宅の中に満ちていた瘴気のようなものが、まるで柏手のように鳴り響いた後で清められたような気がした。
実際、何かが鼻につくような感覚があった。これを長時間吸っていれば命に関わりそうな。
「これは・・・」
瘴気が退けられた邸宅の中には、それこそアインスの言う「生気」というものが感じられない。
「正解ですね。恐らくこの邸宅に住む者たちは真っ先に被害に遭ってます。エリアヒールの要領でいったん応急処置を取りますが、黒幕はその後に追います」
僧侶の超高位魔法とされるエリアヒールを、アインスは事も無げに発動する。スタンピードではこれにお世話になっていたので殊更驚くことではないが、そんなことは些事だと言いたげにアインスにしか分からないパスを追う姿に悪寒がした。
例えば『術者』とやらが人の場合。
また何らかの怪異だった場合。
人も怪異も、パーソナリティは個体差がある。俺が知っていて親交さえもある怪異は吸血鬼で、彼女は危うさこそあれ人と共存というか併存をしている。生物を害さず、夜の空を翔ける、そういった存在。
だが、彼女の前の吸血鬼は正しく吸血鬼で、集落を壊滅させた報復で討伐された。
そうしたパーソナリティ的な善悪、いや、この世界の生物と併存できる人格であるかどうかを問わず、アインスはこの事件の『術者』を討滅するのではないか。
そういう危惧を、アインスから感じた。
「おあつらえ向きに地下室がありますね。パスもそこに続いています。さて、何が出ますかね、楽しみです」
全然楽しみではない。
俺は警戒しているが、そもそもの感覚が違うアインスは警戒すらしていないように見える。
女神のアバター。
管理者が現地の問題を解決するために遣わした存在。
そうした彼女が人間味を帯びることに喜ばしさを感じていたし、特にアンドリューやマザーは強くそう感じていただろうが、ここにきてその人間味が大きな仇になるような予感があった。
『そうねぇ、怪異ってのは決まった形で顕れる訳じゃないと思うわ。アタシは奇しくも世間を騒がせた吸血鬼と類似、前例のある存在だけど、何がどうなって怪異となるのかは全くわからないの。そうそう生まれる存在ではなくても、全く新しい怪異がいつどこで生まれてもおかしくはないのよ』
そんな怪異の言葉が脳内にリフレインした。




