教会編04:二手に
「わからないんです、冒険者ギルドの使いの方がいらして、至急アンドリュー準司祭と、恐らく面会していらっしゃるゴロー・パインブック様に伝えてくれと言われて」
ゴローとアインスと僕が話をしている中、急いで来賓室に来たシスターは息を切らしながらそう言いました。
成程。
分からないことは分からないと素直に伝えてくれるのは非常に助かります。
辺境国で起こっている昏倒事件。
その現状確認を僕とアインスとゴローで行っているところ、シスター・マザーが昏倒事件の当事者になったということです。シスター・マザーは身内も身内で、血の繋がりはないものの彼女の世話になった教会関係者は数知れず、僕も例外ではありません。
冷静に返したものの、心境は当然穏やかなものではありません。準司祭としての経験が辛うじて唖然としたままになりそうな自分を制御してくれました。
とりあえず、教会にシスター・マザーのことを報せてくれたギルド関係者のもとへ行きます。
教会の入り口に行くと、そこには見慣れた顔がありました。僕たちが絶滅危惧種として冒険者活動をしていたときの、ギルドの受付嬢。
「アンドリューさん、ご無沙汰しています。が、話している時間が勿体無いです。ゴローさんと一緒に、至急ギルドへ」
受付嬢はそう言うと、誰の回答も待たずに教会を出てギルド方面に走り始めます。
ゴローとアインスも後を追って走り始めたけど、率直に言って僕は足が早くないです。場数は踏んでいても、ステータスが上がっても、基本的に運動音痴なんです。
3人とも街中で人通りがそれなりにあるにもかかわらず、全く減速しないばかりか上手く人を避けて走っています。僕はそんなに機敏に動けません。
結局差は開きに開き、僕がギルドに辿り着いた頃には3人ともマザーが眠っている救護室で話をしていました。たぶん、前もって受付嬢から話を聞いている筈。
「ごめん、遅くなった」
「いや、こちらも考慮不足だった。が、とりあえずアインスから話を聞いてほしい。シスター・マザーの様子で思い当たるところがあったらしい」
ゴローとしては、僕の到着が遅くなるのを前提に受付嬢からのヒアリングを実施し、可能ならアインスによる原因特定をある程度進めておくのが合理的だと判断したのでしょう。
僕とゴローはともに冒険者をしていた仲ですし、そもそも彼が異世界転移をして初めに会ったのが僕です。付き合いも長く、彼がそうだと判断したことに口を挟むつもりはありませんし、当然その判断に信頼を置いています。
「まず、この昏倒の症状は魔力欠乏症に伴う意識の混濁によるものに近いですが、少なくとも魔力の欠乏が起因ではないです。体内での魔力の過度な減少は、シスター・マザーにはありません。生気そのものが奪われている状態です」
魔力欠乏症。
特に魔法や法力を使う者なら必ず気をつけなければならない症状。
わかりやすく、限界を超えて魔力や法力を使い過ぎた際に起こるもので、身体中から力が抜け、同時に意識も手放す。魔力や法力の自然治癒を待つしかないが、回復速度が非常に遅く、意識を取り戻すのに数日かかる場合もある。
特に法力を用いて回復系の魔法を使うことを生業としている場合、自分の限界を超えた治癒を行って陥るケースが多い。
女神教は宗教組合の最大派閥ではあるが、そうした宗教の枠組みを超えて治癒師の魔力欠乏症には注意の啓蒙活動を頻繁に行っている。自然治癒で回復するにしても、場合によっては命の危険すらあるためです。
敢えて「生気」と言ったのは、魔力や法力より生命の根幹にある問題だということ。
それが、失った、ではなく、
「奪われている、ということは」
「奪う主体、つまり犯人が存在します。出力や規模的に、魔術師が新たな魔術体系を作って発動させたのではなく、新種の怪異が得た何らかの権能で手当たり次第に獲物の生気を何らかの方法で収集していると見るのが妥当という所感です」
「そいつを探して叩けばいいのか?」
「それだと今後の被害者は出ないでしょう。が、既に被害に遭った方は話が別です。僧侶級ができる治癒方法を検討し施す必要があります。更に言うと生気とは生命力と同義ですので、魔力の過多とは比例しません。例えば潜在的な魔力の塊であるゴローさんを矢面に出しておけば被害を縮小できるというお話ではありません」
「場合によっては俺も作為的に昏倒させられる危険があるってことか」
「仰る通りです。逆に規格外に生命力の強い竜種、そもそも生気が無い怪異なら対抗可能ですし、人種としては竜人種や魔人族のような元々生命力が強めな種族であれば効果を薄くすることができるでしょう。なお、長命種のエルフ族は対象外です。あれは長く生きることができる一方で生命力に秀でているわけではありません」
ということは。
「二手に分かれて対応することにします。アンドリューは回復手段の確立のうえ被害者の救護を。具体的には教会、王室、各ギルドと連携して被害者の特定と今後の被害者への速やかな措置。回復手段の確立は・・・マザーを被験体として良いでしょう。回復魔法の要領を基軸にすれば問題ないと思います」
「ゴローとアインスは」
「便宜上『術者』と呼称しますが、その特定および脅威の排除に動きます。ゴローは戦力としては突出していますし、私は竜種級の生命力を持っていて、ゴローが昏倒した際の回復手段を持っています。本当はマザーを今すぐにでも目覚めさせたいんですけどね」
つまり、僕を含めた回復魔法を使える者が汎用的に昏倒後の被害者に対応する手段を確立できるよう、意図的にマザーの回復を後回しにしたということ。
人道的とは言えないところに女神の俯瞰した価値観が見えなくもないけど、ただアインスはマザーのことを話すときに悔しそうにしているように見えました。
情が沸いたというところだろうか。超越者としてはともかく、人間として生きていくのであれば良い傾向なのだと思います。
「アンドリュー、手を」
アインスは有無を言わさず僕の手を握ります。
掌から法力が流れてきます。僧侶職であれば誰もが知る回復魔法ではありますが、作用するものが何か決定的に違うような感覚があります。
「これが生気に作用する治療魔法です。難易度自体はそこまで高いものではありませんが、いまあなたが感じたものを言語化した上で再現性のあるものにアレンジしてください。それを王都内の僧侶職に流布することで、被害者の魂へのケアは可能になる筈です」
そう。
何かが違うけど、それを言語化できない。
マザーを被験体にして試行錯誤することで言語化した上で、それを流布する。
中々難しい課題だけど、わかりました。
ともあれ、二手に分かれて対応するという方針は決定しました。
アインスは眠ったままのマザーを名残惜しそうに一瞥して救護室を後にし、それをゴローが追いました。
「・・・えっ、アンドリューさんの今の立場って準司祭ですよね?で、あの子はシスター見習い?で、アンドリューさんに一方的に指示するとか、どういう方なんですか?」
と、残された受付嬢さんが聞いてくる。
そりゃ確かに訝しがっても仕方がない。
「確かにシスター見習いですけど、ちょっと特殊な出自で、荒事があったときには内容次第で僕より上位権限がありますね。能力がすっごい凸凹なんですよ」
「そうなんですね。うーん」
「とりあえず、僕は確かに衰弱しているマザーの容体を安定させますので、ギルドマスターをお呼びいただいていいですか?彼女の言っていた各組織の連携について依頼させていただきたいです」
「わかったわ、ただ、今回の対策に追われているから少し確保に時間がかかるかも」
「それでいいです。よろしくお願いします」
結論。
僕は居残り組になったので、この事件の顛末を語る役目は無くなりました。
アインスとゴロー。
女神の端末と、異世界転移者。
この2人が出るのであれば、ありとあらゆる事件が役不足となるでしょうが、何故でしょうか。嫌な予感がしなくもありません。
とりあえず、僕は僕の役目を果たしつつ、2人の無事と事件の早期解決を祈ることとします。




