閑話:魔王たちは異世界転移して古民家カフェを経営しているようです
さて。
あれから一年は過ぎただろうか。
俺たちは日本という国にいる。
具体的には東京都内の某区にある古民家を改築し、そこに住んでいる。
戸籍については思ったより簡単に得ることができた。説明して真似されると困るので割愛するが、合法とは言えないまでも非人道的な手段を用いたわけではないことを申し添えよう。
おっと、その前に。
俺は魔王。
まぁこっちの世界の人間が想像するような悪辣で世界征服を目論むようなものではない。武闘派揃いとはいえ善良と言っていい魔人族を中心とした魔王領に住む者たちの首魁と思ってもらっていい。有り体に言えばただの領主だった者だ。
女神のアバター、竜種、その2人に協力する形で開いてしまった「扉」を内側から閉じたが、その影響で落とされた異世界が日本という国だったということ。
そう、俺たちは異世界人だ。
分かりやすく言うと、剣と魔法の世界の住人だった。
うん、さっき俺たちと言ったよな。
そう、3人で生活しているんだ。
異世界転移にあたって強力な魔力や身体能力は失ったが、知能がデグレードしたわけではないし、元々人間族をベースにした女神はともかく、魔人族だった俺と竜種はこの世界の人間と類似した見た目になっている。そういう世界の修正力が働いてくれたのか。ともかく都合が良かった。
古民家カフェを経営するイケメン、と思われたいところだが、実態としては若夫婦と子供のセットとして周囲から見られている。まぁカモフラージュというわけでもないし、俺たちもその設定が気に入っているので問題ないが。
戸籍を手に入れて、元手を株取引で増やして、少なくとも俺たちが生涯困らないであろう資産を形成してから古民家を買取り、そこを住居兼カフェに改築して、多くもなければ少なくもない客をさばいて悠々自適に毎日を過ごしている。
いわば念願のスローライフ。いずれは田舎に引っ込んで農業をやるでも良いかもしれないな。
「マスター、ほうじ茶ラテおかわり」
「あいよー」
住宅地にポツンと建っていて、かつ平日日中にしか開けていないので、固定客のほとんどは周辺住人。たまにSNSで小規模に話題となることはあるが、かといって行列ができることはまずない。そうなるように上手くコントロールしているからな。
パソコンをカタカタ打っている青年の卓に、ほうじ茶ラテとサービスの自家製クッキーを置く。女神のアバターはお菓子作りにハマったらしく、普段は店を手伝っているが今日は料理教室に出掛けている。
「いやぁ、ここは本当に穴場だよ。雰囲気もよくて集中できて、飲み物も美味しい。マスターには悪いけど有名になってほしくないな」
「ははは、俺も忙しく切り盛りするのは得意じゃないから、のんびりお仕事している今くらいが丁度いいよ」
青年はちょっと特殊なクリエイターだ。
俺も詳しく知っている訳ではないが、彼は突然居眠りをしてしまう疾患があるらしい。居眠り病、ナルコレプシーというものだそうだが、なのでごく一般的な勤め人のような生活を送ることができない。
薬である程度コントロールできるとのことだが、とはいえその疾患のため勤務時間に縛りのある勤め人ではなく融通をきかせられるフリーランスを選択したそうだ。
だから起きている間に近所でなるべく集中して作業のできる環境を探していたところ、ウチが最も適しているという結論に至ったそうだ。タスクを限りなく短時間で済ませ、いつ眠ってしまっても問題ないようにできるここの環境は彼にとっては有難いようで、ちょっと目を離したら眠っていた。
店の端の4人座れる卓は、半ば彼専用になっている。1人で独占している形になるが、客もまばらに来る現状ではさして問題はない。
むしろ繁盛したら困るのだ。
卓の稼働率は30%くらいでいい。客単価は考える必要がない。ワンオペでのんびり捌ける程度で、厄介な客が来ず、カフェのマスターをやっている雰囲気を味わえれば俺としてはそれでいい。
「20代の経営者が新興のカフェでSNSやってないってのも珍しいわよ。ま、繁盛させたくないってことでしょうし、私としてはその方が都合が良いですけど」
とはそれこそ20代前半あたりの女性。毎日ではないものの頻繁に通ってくれている。
コンサルだかをやっているらしく、訪れるときにはコーヒーを飲みながら1時間ほどノートPCをカタカタさせてから帰る。インフルエンサーでもあるが、ある意味で俺が客数を伸ばさない理由を理解してくれていて、ウチをSNSで取り上げたことは1回もない。
「あ、そうだ。喫茶店にこれあげるのも変な話ですけど、神戸土産のプリン詰め合わせです。よかったらお子さんとどうぞ」
「おぉ、食べてみたいとは思ってたんだ。有難くいただくよ」
という感じで、地方出張のお土産をくれるお客さんでもある。謝礼をしようとしたら「ここにいる時間がとても有意義なので、そのお返しと思ってください」とのことで固辞された。
とまぁ、ウチの店に対して理解のある個性的なお客さんを相手にして、夕方あたりからは疑似家族と楽しく団欒するという非常に俺にとって理想的な生活を送っている。
女神のアバターである妻が料理教室から戻り、子供の姿になり小学校に通っている元竜種も帰宅して、18時には閉店。
そう、竜種はこの世界に来るにあたり姿が激変した。子供になったのでそれまでの質量が嘘のように無くなった。
話し方や精神性も身体にひっぱられて、相当幼くなった。とはいえ、自身が竜種とだという自覚もあり、たまに大人びることもあるが、基本的には食欲旺盛な子だ。しかもこの1年で体が少し成長しているので、いつまでも子供のままということにはならなそうだ。
魔王たちは異世界転移して古民家カフェを経営しているようです、と言うべき状況かな。
稀にトラブルに巻き込まれて、魔王の頃の経験を活かして解決するようなこともあるが、その話はまた別の機会に披露するかもしれないな。
ま、後続の魔王は優秀な人材を推薦したので、それが通っているなら問題なくあちらの世界は回るだろう。
というわけで、拝啓かつての世界の者たちよ、俺たちは平和な時を満喫させてもらっているぞ、と。
そろそろ新編に移りたいですが、次回も閑話になっていたらお察しください




