閑話:亀の竜種と、土地神と
私はとある土地神の分霊の転生体です。
えと、どういうことかというと。
以前全世界的に起こったとある大規模インシデントの影響で私の本体が管轄する区域がこの世界に転移してしまったことがあります。
ええ、黄金郷がそれです。えっ、そんなに驚く事でしたか?神の力に近しいものを感じていたが、その出所がわからなかった?
まぁそういうことです。理外の理を理解しているあなたにならそこを話しても問題ないと判断しました。
黄金郷の呪いとは転移した土地に住まう人たちを守るためのコーティングのようなものです。約2000年もの間、呪いの力で黄金郷の時間を止めていました。
何故それをしたかというと、まず普通の人間は転移に耐えられないからです。土地ごと時を止めてしまえば、生物も同じく時を止められますからね。解決できない問題に対する先延ばしでしかありませんが、そうするしかありませんでした。
次に、神の承認を得ない転移は往々にして異常をきたします。この世界を基準にわかりやすく言えば、聖王都や帝都クラスの土地の転移です。もし呪いを解いてしまえば、土地に居る者たちが崩壊するだけでなく、土地単位での転移の影響がこの世界を包み込んでしまって、生態系が狂ったり物理法則すら変化してしまったりと、神の管理やデバッグが追いつかない埒外の影響が及んでいたでしょう。
黄金郷の呪いは世界を蝕みましたが、それでも転移の影響を最小限にする措置にはなりました。この措置の妥当性はこの世界の神も認めるものです。とはいえ、管理者の目に見えないバグが長期間残地していたこと自体は非常によろしくないことですが。
話を戻しますね。
黄金郷の置かれた状況は、正規の異世界転移者の行動によって女神がようやく認知できることになり、その後、結果的に解決しました。黄金郷の消失がそれです。女神の手によって黄金郷は正しく元の世界に再転移されました。
長らく黄金郷があった区域は土地の恵みが失われた状態でしたので、それを解消すべく土地神は分霊を生み出して土地の恵みを取り戻す営みをさせました。要するに後始末役ですね。
どうやったのかって?
土地神というのは居るだけで土地に恵みを齎すものなのです。本来は信仰があるに越したことはないですが、私の場合は本体が元の世界でかなりの力を持つ土地神でしたので、この世界での信仰がなくともそれなりに強い力を持つことができました。
恵みを齎す任期は1年。
本体も女神も「任期後は自由にしていい」というスタンスでしたので、任期後は黄金郷解放の立役者の魂と同化し、その人の子として産まれることで転生をしようと試みました。
ということであれば、先に産まれた兄の方に魂が寄るのではないか、との疑問は仰るとおりですね。
何故か出来なかったんですよ。理由はわかりません。先約がいた、とも考えられませんし。ともあれ第二子として産まれていなければ転生はできませんから、その兆しがなければ新たな転生先を探さなければならなかったですね。
長くなりましたが、私が土地神の分霊の転生体というのはそういうことです。
あ、本体とのパスはとっくに切れてますので、元に戻った土地がどうなっているのかはわかりませんよ。あと、両親には秘密にしておいてくださいね。察しているかもしれませんが、わざわざ口に出す必要はないですから。
というのが承前です。
私はそうしたイレギュラーな存在で、それを自覚しています。まぁ何か神通力を持っているかというとそんなことはありません。神力に少し敏感なくらいです。
そして、ここからが本題です。
そんな私だからこそ感じていますが、兄は得体の知れない存在です。
人格だとか、善悪がどうとか、そういうことではありません。ヘタレなところもありますが、基本的には優しくて良いお兄ちゃんです。好きか嫌いかで問われれば圧倒的に好き側です。
ただ、分霊とはいえ神の転生に割り込むというか、神託受胎に係る何にも優先される私の出生に対し、更に優先順位が上になる出生だったことには疑問が残ります。
奇しくも今この時代はあらゆるイレギュラーが存在しています。
正規の異世界転移者である私の父、純粋なこの世界の住人であり尋常でないスペックを持つ母、女神の分霊、歴代魔王の中でも飛び抜けて優秀で異世界転生者である前魔王、不死王、吸血鬼、あと神に近しい者として初代聖王もこの時代に転生していますし、魂が浄化された初代魔王も実は転生を果たしています。
あぁ、警戒させました。初代魔王の転生体のことは心配いりません。
過去に暴虐を尽くした魔人ではありますが、本来的に彼の魂は善良だったんです。これもご存知のとおり意図的に加工された経緯があり、だからこそ本来歩むべきだった平凡で慎ましやかな人生を歩もうとしているだけですので、脅威は全くありませんよ。
そう、あらゆるイレギュラーが存在しているからこそ、兄の得体の知れなさの心当たりがないんですよ。それこそ、存在が神に近しい初代の魔王や聖王や竜が転生するというなら、私の転生より優先されるのは格としても納得はするのですが。
兄が何なのか、わからない。
そういうお話です。
もしかしたら未来の英傑ないしは悪漢となる運命であるが故に過去の心当たりとは合致しないだけということも考えられますね。
それなら神の介入があると考えるのが自然ですが、兄からは神力など微塵も感じませんし、秘めたる力にそういうものはありません。両親譲りの武の才能はありますけど。
これが、お伝えしたいことの本題です。
「お前が黄金郷の土地神の分霊の転生体ということも含めて中々衝撃的なこともあるが、うむ、懸念は承知した」
さすがは竜種、理解が早くて助かります。
「とはいえ、一代で大事業を成功させて巨万の富を得た両親、それに負けず劣らずの超優秀な妹の板挟みになっているメンタル凡骨のあやつが、そうした出生や輪廻に係る特殊性があるとは全く思えんがな」
そう、いま家族の中で相対的に見れば劣っていて、それをコンプレックスに感じていますが、ポテンシャルは高いですし、家の外に出れば能力は高いのが兄です。例えば戦いとなると今の状態でも兄はあなたの眷属より上でしょうし。
「うむ、とはいえ、我が眷属も優秀な筈なんだがな、性格は少々問題あるが」
あっと、いえ、あなたの眷属を低評価しているつもりはないですよ。世が世なら彼女たちが覇権を握っていてもおかしくないです。
そんな彼女たちを上回る存在が相応数いるということが問題ではあります。私の父母や先代魔王はともかく、皇帝やノーライフキング、それこそ転生した聖王など、イレギュラーな存在が本当に多いんですよこの時代は。挙げればキリがありません。
そして、兄もそのイレギュラーの括りに入り得ます。
奇しくもあなたが仰ったようにメンタル凡骨ですから才気は発揮されていませんが、何がきっかけで覚醒するかはわかりません。
それだけならまだ良いのですが、仮にも神と扱われる私の転生体よりも優先される兄の特殊性が何なのか、それが不明だということ。才能が発揮されることで、それが何にどう影響するのか全く読めない。
兄と接するにあたり、これを問題と捉えておいてほしい。
というのが今回のお話の主題です。
「うむ、心に留めておこう。しかし成程、思った以上にお前は兄を慕っているのだな」
慕っている?
いいえ、ひとりの男性として好いています。
ですが、血筋的に私は兄と一緒になることはできませんからね。せめて兄が懸念なく幸せな人生を送れるよう手を回すのは当然のことでしょう。
今回私があなたにこんな話をしているのも、種別の壁を勘案せず兄があなたを女性として慕っている節があると見做したからです。血筋の問題がなければあなたは私の最大のライバルたりえます。そりゃ転生した神とはいえ人と竜種との隔絶した格の差はありますし、強さのみならず知識や家事のスキルでもあなたには構いませんけど、そんなの知ったことではありませんね。本心としては全心全力全霊を以て勝負を挑むところです。それができないからこそ私が抱いている懸念の全てをお伝えし託させていただくわけです。そもそも私が来ていることを兄に察知されるのはまずいですからね。こうしてひっそり来ているわけです。兄は小心的なところはありますが私には本当に、本当にとても優しくて、頼りにならないところもありますが自分のやれることをやろうと果敢に課題に立ち向かってくれます。兄が慕っているのはあなたですが、一緒にいる時間は私の方が圧倒的に
「わかったわかった、奴の好意もちゃんと認識しておる。今後のことも色々考えているが故に、そのように熱くならなくても良い。わかっておる」
ん、そうですね、熱くなりました。
わかってくだされば結構です。
ん?
今後のこと、というのは、内容をお伺いしても?
「聖女は竜と番いになるのだろう。しかし竜と人とでは寿命が違う。竜種も同様だ。平たく言えば思惑は一致しているが故、膨大な魔力を用いた禁術の使用を考えている」
お、おう?
ちょっと想定を遥かに超えてましたね。
「必要となる魔力量もそうだが、大前提として魂レベルでお互いが同意していなければ使えない禁術の中の禁術よ。知れば必ず悪用する輩が出てくる故にな。そのセーフティを設けた異世界の禁術の開発者も、色々思うところがあったのだろう」
ええ、うん、それはそうですが、焚き付けた私が言うべきセリフではありませんが、本当にそれでいいのですか?
「私も相応に熟考した。早晩その選択肢を選ぶのであれば、早いに越したことはないだろう。そもそも私は肉体年齢を作用させることは可能だが、人の身の聖女はそうでもない。ならば意思決定は早い方がいいだろう」
で、でも兄からちゃんと気持ちを聞いたわけではありませんよね?流石に見切り発車が過ぎるのでは?
「これ以上は野暮だ。お前は、私がお前の利となる行動をすることを僥倖に思えば良い。まぁ魔力を溜める必要があるので、決行は半年後あたりだ」
そ、そうですか。
わかりました。
思慮深き竜種であるあなたの決断です。それを尊重しない理由はありません。
とはいえ、釘を刺すつもりが逆に反撃を食らった気分です。うん、安心ではあるんですけど、さすがに重過ぎないですかね?
「うむ、お前が言うな」
ごもっともでした。
それじゃお兄ちゃんが勘付く前に私は帰りますね。見つかっちゃうと悲しい目をされちゃいそうですし。あの目を見ちゃうと罪悪感でゾクゾクしちゃうんですよね。
では!
「父親譲りのクソデカ魔力と転移門で帰りよったか。さて、色々やることはあるが、聖女に腹積りが出来たことを伝えねばならんな」
設定を書き散らすの楽しいです




