閑話:怪異と、怪異と対峙する者
「成程、お前が報告にあった怪異か」
びっくりしたわよ。
いつものように夜の空を飛び回っていたらふと察知した強力な殺気。
その発信元を遠視してみたら、とても懐かしい顔。どれくらい時が経ったかはわからないかど、生前の上司。
アタシに殺気が向けられているより興味が勝って、地上に降り立って対峙。その男は臨戦体制だったけど、アタシの顔を見たら構えは解かないものの驚いた表情をした。
「騎士団長じゃない。お元気してた?さすがにちょっと老けたわねぇ」
聖王騎士団の騎士団長。
軽量のプレートメイルに片手剣。私が知る以前でさえ、様々な功績を上げ武名が讃えられていた、言ってしまえば超強い武人。
立場もあるので単独で事に当たることなど滅多にないのに、今ここには彼しかいない。伏兵の存在も感じ取れない。
「報告では休暇中に不慮の事故で亡くなり、遺体は魔獣や野生の獣に食べられたと聞いてはいたが・・・まさか怪異化していたとはな」
アタシの顔、体つきは生前のまま。
とはいえ、背中には大きな異形の羽根が生えているし、そもそもアタシは血ではなく魔力の巡りによって生きているから、存在の方法が普通の人間と大きく異なっている。
まぁ行方不明というか、状況証拠的に死んだと思われるように雑に工作していたから、怪異が死んだと思っていたアタシとは思わなかったでしょうね。
ともあれ普通に会話していても警戒を解かない騎士団長は正しい。アタシは在り方が人類の敵に思われても仕方がないのだから。
「そうね。アタシも自分は死んだと思っていたから、生き返ったのは望外よ。ただ、人の形をとっているけど人と明らかに違う存在になっちゃったんだから、人の世界は戻れないでしょ?」
「それはそうだが、当時お前の師団の者はとても悲しんでいたぞ」
「怪異が栄誉ある聖王騎士団に所属したり、友好的に接したり、そんなの世論が許さないわよ」
「反論できんな。いや、口論では元々勝ち目はないか」
さて。
騎士団長とアタシが対決したらどうなるか。
近接戦では勝ち目は無いわね。元々聖王騎士団は魔獣や怪異に強い。その組織の騎士団長であり、私の生前でさえ世界最高峰の剣士と謳われた彼には、怪異化して身体能力が跳ね上がった程度では歯が立たない。
が、魔法や中遠距離攻撃もアリだとすれば形勢は逆転する。アタシの心臓は魔力タンクで純度も高いし、そもそもアタシの専門は魔法。皇帝のような飛び抜けた超人の域に達しているならともかく、世界最高峰の彼もそこには及ばない。
「さて吸血鬼よ、貴様は今まで何人の命を奪った?」
「100より先は覚えていないと言いたいところだけど、0人よ。たぶん、伝承の吸血鬼とは違う怪異化をしたんでしょうね。吸血衝動は全くないし、強いて言えば夜空を飛び回った後に飲むお水が美味しくて、それだけで生きていられるわね」
「証明できるのか?」
「できないわよ。怪異化したアタシが言っていることを信用してもらう他ないわね」
そうね。
不死王を名乗った吸血鬼は、かつて確かにいた。
その吸血鬼の見た目の特徴は、いまのアタシと同じ。
だから騎士団長は警戒を解かない。何故なら、その吸血鬼を倒したのは被害に遭った遺族の結集された力だけど、最終的に追い詰めたのはかつての聖王騎士団の力があってこそ。
ということを知っていたから、聖王騎士団の誰にもアタシが蘇ったことを悟られたくはなかったんだけど、じゃあ夜空を飛ぶことをしなければよかったと言われたら、それこそ無理。
たぶん、かつての吸血鬼が本能で様々な生物の血を吸っていたように、アタシは夜空を飛ぶことが本能。それをやるなというなら、もはや討伐されるしかないくらい、アタシにとっては大切なこと。抗えない、本能。
「ところで、だ」
「?」
「吸血鬼が人の血を吸うことを本能としているように、私にも抗えぬ反応がある。故に、単独でこのように行動しているのだが」
あー、
言わんとしていることがわかってしまった。
アタシの生前、騎士団長と師団長という間柄だったので一般団員よりは彼の本質を知っている。
品行方正、騎士道精神の規範というのは表向き。その本質は重篤な戦闘中毒者。
いま向けられているその戦闘意欲が、怪異に対するものか、かつての同僚に対するものなのかはわからないが、これを袖にするのは可哀想な気がしてきた。
「怪異化したとはいえ、魔法なしじゃキツいから魔法は使わせてもらうわよ」
「魔法と言えば、私相手に魔法無しであっさり制圧した魔法使いもいたな」
「・・・うっそでしょ。アタシなんかよりそっちの方が圧倒的に在り方が怪異じゃない。もはや人間をやめてるわよ。ありえないわ」
「そいつは規格外の規格外だ。更に成長し、今や魔王と同格なくらいには。ともかく、私の性格を知っているなら少々付き合ってもらうぞ」
生前のアタシなら魔法ありでも騎士団長には勝てない。
だけど、今は怪異化した魔力タンク。身体能力は格段に上がり、魔法の威力も増し精度も上がっている。
時間は要したけど、最終的にアタシは騎士団長を制圧した。にしても、魔法を発動する隙を踏み込んで攻撃して中断させたり、人の域を超越した身体能力でのこちらの攻撃を易々といなしたり、騎士団長も十分に埒外だったわ。
「勝てなかったか。私より強い者がどんどん出てくるな。故に、武の道はやめられん」
「ホント、戦闘中毒ねぇ」
「しかし、怪異化したとはいえ壮健だということがわかって良かった。私との戦いも致命傷にならないよう気遣っているのはわかった。それ自体は悔しいが、心が怪物になっておらず討伐の対象たりえない存在であることは、かつての上司としては僥倖だ」
戦闘中毒者は戦闘中毒者なりのアプローチでアタシを見極めたようだった。そう認識してもらえると助かるし、アタシも人類と敵対するつもりは毛頭ない。
「夜空を飛ぶのは楽しいか?」
「そうね、晴れの日も雨の日も、どんな日でもアタシは夜空を飛ぶ。楽しいし、アタシにとっては吸血に代わる本能のようなもの。それをしないと、生きていけないのよ」
「そうか、わかった」
自分より強い者がどんどん出てくると嘆く騎士団長も、十分な埒外。
元々の卓越した戦闘能力だけでなく、3つの属性魔法を使い、微弱ながらも法力まで備えているので、私が負わせたダメージはいつの間にか回復していた。
「また、会えるか?」
「ここを飛んでいたのはただの偶然だけど、今日と同じようなヒリつく殺気は覚えておくわ。またの偶然に期待するなら、会えるかもしれないわね」
「了解した」
当初はアタシを退治するつもりだっただろう騎士団長は、あっさりとアタシを見逃した。
怪異化したアタシは、定められた本能から逃れられない。そして、不死者だからほぼ間違いなく寿命の楔からも解き放たれている。
だから、人とアタシという怪異のお互いの領域を冒すことはなくても、手を取り合うという選択肢はまずないだろう。
が、こうした逢瀬も今後はあるかもしれない。
ひょっとしたら、飛行速度や高度が限られる有翼人とは別の、竜種や魔王のような飛行に関しても規格外の存在が空を飛ぶかもしれない。
もしかしたら、何かの発明で技術革新が起こって、空を道路とした移動手段が人類のスタンダードになるかもしれない。
アタシの本能はそれを許容するのか、拒絶するのか、はたまた敵対するのか。
それはその時が来なければ分からないが、少なくも今は稀なる今後の逢瀬を楽しみにしつつ、今日も明日も夜空を飛ぼうか。
2日に1話、0時を目標に投稿しておりましたが、ここ最近本来のお仕事がいきなり多忙になって、投稿ペースが崩れてしまいました。
とはいえ、今後も投稿を続けていきますので、何卒お付き合いいただけますと幸いです。
強さのバロメーター扱いされる騎士団長に焦点を当てて書きました。




