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閑話:竜種女将

 やあやあ、よく来たな。

 それにしても、こんな辺鄙な場所に来る物好きも増えたものだ。まぁ確かに苦労に見合うリターンはあるからな。これも我が弟の関わった事業の影響か。


 以前はここに人が来るなど数十年に一度あれば良いくらいだったのだよ。

 大体が己が強さを極限に突き詰めた上での腕試しだ。いわば私は裏ボスのようなものでな。


 ここに辿り着くには本来、道中の強力な野良魔獣を倒し、険しい道中を乗り越え、更には少なくとも2人以上の眷属に在り方を認められなければならなかったからな。


 今ではここまで来るだけなら道路もそれなりに整えられているが、昔は荒れ果てたものだったよ。いや、自然のままだったという方が正しいな。とにかく、道という道がなかった。


 うむ、本来的に私を倒せる者は少ない。

 観測範囲内では、既に目覚めて久しき竜と、我が弟、あとは聖女と某侯爵夫人くらいのものだな。

 意外か?我が弟は強いぞ。恐らく今でも聖女や某侯爵夫人の全盛期を上回っている。温和に仕事をしている姿しか見たことがないから、イメージは付かないか。いずれ手合わせをしてみるといい。


 昔はいなかったのだよ、私を倒すことはおろか、傷つけるような者すら。あの女帝すら無理だった。時代の急激な変化を感じるよ。

 遥かなる過去ではそうさな、初代魔王が私を倒しえていた。私より格上の竜と対等に渡り合ったのだ。当然のことだな。

 おっと、ここは聖王秘話には描写がないところ。知らなくても無理はない。とはいえ、歴史的には秘匿の流れになっていたが、竜も聖王もそこは本来気にしていないそうだぞ。


 そうさな。

 お前は竜種がどんな存在か知っていよう。

 様々な生物が偶然、竜の因子を取り込み、短期間で独自進化した存在を指す。数は非常に少ないが、私もそのうちの1人ではある。


 種というが種族ではない。源流が全く違う生き物の総称だ。かくいう私も本来はただの亀だったのだから。

 まぁ進化によって外面だけでなく内腑も大きく変化した実感はあるから、特徴を残しながらも亀とも全く違う生物ではある。


 本来の姿を見てみたい?であれば、眷属に認められた上で廟に来るがいい。私の本体がそこに鎮座している。そこは様式に則るべきだろう。興味があるなら試してみるといい。我が弟の血を引くなら、あるいはな。


 そう、この私は分体なのだ。更に言うと、分体は人化の術がデフォルトで施された状態が故に、本来の姿に戻るというより変身しなければならないのがネックではある。

 我が弟たちはともかく、お前たち兄妹は私の本体を見たことはないのだよ。驚いたか?いや、そこまでへこまなくてもいいと思うのだが・・・


 神の分霊というのを聞いたことがあるか?

 それと似たようなものなんだよ。デグレードさせた自分の複製物に分割した意識を共有させ、実質的に自分がもう1人いる状態にする。

 神であれば1人どころではなく分霊を作ることができるが、私は神ではないからな。1人が限界だし、それ以上を必要としない。


 よく気付いたな。私はかなり前から本体は廟に鎮座したまま、分体は世界を飛び回っている。私の他の竜種ともいくらか面識がある。様々な竜種と会った結論としては、竜種としてのスペックをフルに活かしている私は、竜種としてはかなり異端だということだ。


 私以外の竜種は正しく隠遁している。かつて思い上がった竜種たちが、竜の因子を得た竜人族に粛清された話は我が弟より聞いたことがあろう。粛清を免れた竜種は元々内向的ではあったが、この出来事がトラウマで更に内向的になったのだ。それ自体は仕方のないことだが。


 まぁ知識としての世界と、実際に体験する世界というのは合致しているものとあれば大きく乖離しているものもある。そういうものを発見していく旅は楽しい。私の旅は、そういうものだった。

 そして、それが一段落したからこそ、分体としての私がいまここにいるのだ。


 旅の出来事として一番大きかったのは、やはり黄金郷だろうな。真相を掴めたとしてもこの世界の生物である私は解決できない。あらゆる手段を試してなお棚上げせざるを得なかった。長時間居座ると、かの不死王が如く黄金郷に取り込まれてしまうが故にな。


 あとは、そうした旅を続けていても知ることすらも出来なかった超強力な修正機構があったことか。うむ、過去形だ。

 異世界から偶発的に生まれて潜り込んだそれは、迂遠な形で世界を整えて舞台を作り、そして本来この世界を滅ぼす厄災となる筈だった。神とは別の埒外の力を持つ機構は、しかし同じく偶発的に生まれた人の力の拮抗によって気付かぬうちに消滅させられ、解決した。


 全てが終わった後、その事実にふと気付いて痕跡を辿ったが、身震いしたよ。ある意味、あらゆる歴史の流れがその修正機構によるものだったと言えるのだからな。ある一点に集約させるという目的のためだけに。


 あぁ、心配しなくていい。そもそも人の意思はそこまで薄弱なものではないし、言ってしまえばお前が存在していることがその呪縛に打ち克った証であるとも言える。


 おっと、長話が過ぎたか。

 そもそも今回お前が来た用件は何なのだ?

 いつもは家族で来ているだろう?1人で来るなど珍しい。


 ほう、家出?

 このままだとなし崩しに両親の跡を継ぐことになりそうだから、自分は自分の道を歩みたい?

 だから、まずは自分自身を見直すためにしばらく滞在したいと。うむ、歓迎するし、別に滞在費を要求するつもりは無いが、お前がここにいることは我が弟には伝えるぞ。


 そう警戒するな。

 安心しろ。伝えても連れ戻しに来ることはなかろうな。我が弟も、その妻も、お前の年頃には独立して冒険者をしていたくらいだ。レールから外れているにせよ、これもある意味ではあるが、お前は両親の道を辿っているとも言えるぞ。


 そう苦い顔をするな。

 結局は自分が何を為すかだ。その為すことに納得感を得られたら良い話なのだ。両親と同じ道を進もうが、違う道を進もうが、成功しようが失敗しようが。

 それを見つけるために滞在するというなら全く問題はない。とはいえ、当旅館の経営は手伝ってもらうがな。なぁに、そうそう客も来れないところだ。言うほどの負担感はない。


 まぁまずは一風呂浴びて疲れを癒すがいい。道が整ったとはいえ馬車が使えない長い道を徒歩で来たのだ。

 当旅館は源泉掛け流し、この地域には長いこと竜種が居た影響で、湧き出る湯は疲労回復に多大な効果がある。


 ゆっくり湯に浸かり、何も考えない時間を堪能するといい。悩むのは頭がさっぱりした後のほうが良いからな。上がったら麦茶でも用意してやろう。

「お父さん、今日鬼さんと会ったんだけど、お兄ちゃんは叔母さんのところにいるみたいだよ」

「へー、あの子いま姉さんのとこにいるって」

「そうなの?心配するような育て方はしていないけど、それならなお安心ね」

「そういえば次の出張は?」

「共和国。何かあったら随時連絡よろしく」

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