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帝国編12:対竜種、それぞれの視点

 生まれはただの亀だった。

 その頃は知力もなく、自分がただの亀だということすら自覚していなかった。亀の本能のままに生き、死ぬ。そうした一般的な生き方をする筈だったのだろう。


 竜の因子で進化を果たしてから、私は私がどういう存在か知覚するに至ることができた。


 私のように竜の因子で進化した生物はそれなりに居る。中には愚かにも自分が運命に選ばれた稀有なる存在だと増長し、世界を統べると嘯く暴君となる者もいたが、私はこの進化を「ただの偶然」と捉えていた。


 増長した者たちは、竜が力を与えた竜人族に屠られた。力を誇示する者は、やがて更に力を持つ者に倒される。

 理外の理すら知ることができるようになったというのに、何故そのような愚かなことをしたのか。彼らに私たちが理解できないように、私たちは彼らを理解できない。


 私を含む現存する竜種は、野心も嗜虐心も持たない植物のようなもの。世界に大きな影響を与えることなく、ただ存在するだけの存在であろうとしている。


 が、当の本人が静かに暮らそうとしても、強大な力には何かが引き寄せられるのが理。

 力試しに来る者。

 話を聞かず私を悪と決めつけ討伐しようとする者。

 私の肉体を何らかの素材とするため屠ろうとせん者。


 その悉くを私は一蹴した。

 いや、語弊があるか。

 あらゆる攻撃は私に通用しない。武器や魔法を駆使して攻撃し続けても何らダメージを負わないことに辟易し、勝手に敗北を認めて結局は立ち去って終わるのだ。


 中には大挙して押し寄せ物量による土魔法で私を密閉し、炎魔法を放ち酸欠を狙う輩もいたが、多少ならば呼吸せずとも通常の行動ができる私にとって、何ら問題ない。さすがにずっと密閉されるのは気分が悪いので、少し身震いして土魔法の壁を打ち破る。


 その集団の首魁が、幾世代前かの若き皇帝。

 集団ではあったものの我が眷属をひとりで正々堂々と降し、私に辿り着いた勇者と呼んでいい存在。


 厳密な勇者とはまた違うが、私を脅威と見做し民の安寧のために立ち上がった名君であることは、後に話をして知ったことだ。故に、私は彼を勇者として扱った。

 かの皇帝は私が脅威とならないと判断すると丁重に謝罪し、詫びとして引き連れていた魔法使いのうち最も優秀な者に、私の棲家を作るよう任命した。


 かの皇帝が老齢となる頃に、私のために造られる棲家が完成した。

 それまで皇帝は執務の傍らたびたび私のもとに訪れ、様々な話をした。子や孫を連れてきたこともあった。結果、眷属以上に私の知識を与えたことになり、しかし乱用はせず当代の治世に役立てたと眷属より報告があった。

 棲家の完成を最も喜んだのは、かの皇帝だった。建築に携わった魔法使いもそれをライフワークとすることに喜びを感じてくれていた。


「竜種との話は我が人生の中で宝というべき有意義なものでしたが、授かった知識を帝国の後世に残すつもりはありません。中には世界の根幹を揺るがすものさえあるのです。が、帝国ひいては私としては、過度に干渉しない程度に後世も竜種とは友好関係でいたいと考えています。これは、その証です」


 年老いた皇帝は、棲家の完成とともにそう私に言った。同じく年老いた魔法使いも同意の様子だった。


 しばらくして、かの皇帝が鬼籍に入ったと報があった。滅多に使うものではない人化の術を使い、管理の名目で棲家の付近に居を構えた魔法使いとともに密かに帝葬に参列したが、かの皇帝の慕われようを感じる厳かながらも幾日も絶えない見事な葬儀だった。

 

 魔法使いは私に丁重な別れを告げた。そのまま帝都に留まり、皇帝の後を追うように息を引き取った。彼は皇帝の幼馴染であり近衛兵であり、非公式では無二の親友だったとのことだ。


 後代の皇帝は、それぞれ各々が定める節目となる頃に棲家に訪れるのが恒例となり、付かず離れずで帝国との友好関係は続いた。

 眷属は頻繁に山を降りるが、そこまで頻繁ではないが私も人化の術を使い人里に行くことが増えた。かの皇帝が愛した帝国の行く末を見届けるために。

 安寧とした治世を敷くには並々ならぬ尽力が求められるが、周辺諸国の力を借りつつもそれを続けてきた歴代皇帝の執政は素晴らしいものだ。


 私はこの棲家を「終の棲家」と定めている。隔絶した種族の差を超えた友が、その生涯をかけて私のために造ったこの棲家はとても心地よい。外観の美、堅牢さは勿論のこと、僅かに暖かく常に一定の温度と湿度に保たれるよう設計・構築したここは、住む者への心配りに満ち溢れている。


 フフ。

 ただの亀がここまで立派な住処を誂えてもらえるなど思わなかったな。


・・

・・・


 かの皇帝の死から長き時を経て、今に至る。


 少し前に即位した幼き女帝が、稀有なる異世界転移者を連れてきたのだ。


 この世界に最適化される異世界転生者と違って、異世界転移者は明らかに異質な存在だ。外見や精神性が人種と似通っていようが、魂や魔力の在り方が明らかに異なっている。


 この異世界転移者は、決意をもってここに来ている。魂から発する色が、そう言っている。


 明確な敵対の意を示さない限り、私はその決意を無碍にはしない。

 だが、私にはとある知的好奇心があった。


 果たして、彼は私を傷つけることができるのか。


 我が眷属は、個性豊かではあるが優秀だ。

 彼が何者であるかをごく短時間で突き止め、私に報告してきた。

 聞けば過去最大級とされるスタンピードで犠牲者を出さずに済んだ立役者の1人。軍を指揮したわけではなく、魔王と戦列を組んで最前線で戦果を挙げた猛者。


 スタンピードは帝国でも何度かその危機に見舞われた。必ず終息までに少なくない犠牲者を出し、時の皇帝が命を落としたこともある。

 私や眷属は密かに戦列に加わったことがある。だからこそ、その脅威は理解している。


 そんなスタンピードで、過去最大級の規模だったにもかかわらず犠牲者を出さなかった立役者の力に、興味があった。

 故に、力を示せと言ったのだ。


「ちょっと聞くが、その甲羅、再生はできるのか?」


 怪訝なことを聞く。

 その問いは、力を見せろと言った私に対し気遣うもの。平たく言うと「俺はお前を傷つけることができるが、それでもいいのか?」と聞いているようなものだ。

 要は気遣われたのだ。竜種という存在が、異世界転移者であるにせよ、あくまでちっぽけな人間に。


「わからんな。そもそも我が甲羅は鉄壁の皮膚をもつ我が肉体を遥かに超える硬度を持つ。壊れたことなど一度たりとも無い」


 故に、気遣いという名の不遜な問いに対し事実で返す。


 全種族の中でもトップクラスと見做して良い剣士の剣戟でさえ、私の首筋にすら傷をつけられなかったのだ。そこの皇帝と呼ばれる、人間種としては規格外に類する少女でも。

 恐らく、たとえ私を進化させた竜であろうと、私の防御力を突破できはしないだろう。

 当然、それは魔法であっても同様。地水火風のみならず、光闇の上位魔法であろうと、私に傷はつけられない。加えて、毒に類するものも私には効果がない。

 かの皇帝のように生物の隙をついた方策ですら、私には通用しなかった。


 こと防御力に関して、私はこの世界において頂点に立っている自負がある。


 そう思っていた矢先。

 背中に生じた違和感。

 それが痛みだと気づくのに時間を要していた。3000年の時を経て私は初めて痛覚を感じたのだ。


「ぐおっ」


「ストーンバレットを風魔法の勢いでブーストさせて落とした。俺の魔法の威力は弱いが、工夫して上位魔法に相当する破壊力を持たせることができるし、そもそも俺の魔法は貫通効果があるから防御の類に意味がない」


「な、なんだと」


「アンタとは相性最悪なんだよ、悪いな」


 貫通。

 10のうち8を防御できる場合でも、その防御効果を無視して10のダメージを与えることができるスキル。

 この世界の各種族は種族特性こそあるが、固有の特別なスキルを持つ者は非常に限られている。かつて私のもとを訪れた魔王は例外的に「解析」と「自己治癒」をスキルとして有していたが、普通は汎用的な技術をそれぞれカスタマイズして擬似的なスキルにしているというのがほどんど。


 この異世界転移者は、魔王と同じように純然たるスキルを持っている。そして、魔王ですら成し得なかった「私の体を傷つける」という偉業を成し遂げたのだ。


 横でそのやりとりを見ていた皇帝と近衛兵長も唖然としている。彼女たちも、かつて私に傷をつけられなかったのだから。


「こ、皇帝よ、いま私の体はどうなっている?」


「・・・我々の拳大の石飛礫が甲羅を貫通しています。血の匂いもしますので、礫は恐らく皮膚に食い込んでいると思われます」


「そうか・・・どうやら私の体は再生能力がありそうなのでそこは問題ないが、しかし私は勝負に負けたと言うことか」


「仰る通りです」


 宣言通り、私は負けを認めた。

 彼に宿る魔力は膨大だ。それは承知している。だから、その魔力に任せた何らかの攻撃を期待していた。

 彼は敢えて一撃しか放たなかったが、これを私の全方位に魔法を展開させることもできるだろう。やるかやらないかはともかく。

 しかし、やっていたとしたら、私はその猛攻に耐えきれず死んでいただろう。そう思えるような一撃だった。


 痛いという感触。

 この形態はもとより、人化してスタンピードに対応していた時すら感じえなかったもの。

 フフ、成程。

 精神衛生上よろしくない筈なものだが、何故だか心地良い。それら、私の防御力を突破できる者がいるということへの賛辞なのだろう。


 故に、私は彼を認めねばならない。


・・

・・・


 私は戦慄していた。


 竜種が力を見せろと言ったことでもない。


 その結果、ゴローさんが竜種の防御力を突破してダメージを与えたことでもない。


 いや、それはそれで驚愕すべきことだが、それ以上に躊躇いなく攻撃に移った判断の早さの異常さに戦慄していた。


 竜種が甲羅の硬さを誇り終わったその瞬間、祭壇の遥か高い天井付近に石飛礫が生成された。

 ノーモーション。手も体も口さえも特別な動きは全くしていない。なのに、生成して落下をはじめた石飛礫が明らかに数段階加速したのだ。それこそゴローさんの言葉では風魔法での加速。圧縮した空気を作り出して、石飛礫に当て続けたのか。


 石飛礫はものの見事に竜種の甲羅を貫通した。途中で止まったかと思ったが、途端に血の匂いがし始めたので、石飛礫は甲羅を貫通し、更には私たちでは傷つけられない堅牢な皮膚に傷を付けたのだろう。

 恐らく、そのうち私たちは竜種の血を視認することになる。


 膨大な魔力。

 ゴローさんが言った「貫通」。

 それを十全に活かすであろう異常な判断の早さ。

 私はその「判断」にこそ戦慄したのだ。


 私とシアと戦った時には魔法を使わなかった。

 牧場主の屋敷に乗り込んだ時にも攻撃目的で魔法を使わなかった。

 つまり、これが魔法使いとしての彼の本領の一端。しかも、本気であるかどうかも疑わしい。


 竜種は勿論、私たちへのプレゼンテーションとしてはこの上ない。


「勝てないなぁ」


「えっ?」


 思わず私はそう呟き、シアは突然の呟きに怪訝な声を出した。

 シアは何が起こったのか気付いていない。それは仕方がない。一連の動きは本当に一瞬のことだったから。

 そして、驚くべきことに竜種は自分が傷つけられたことにまだ気付いていない。強固な躰を持つため痛みとは無縁の生を送っていたからだろうか。違和感があったとしてそれを痛みであると自覚するのに時間を要しているのか。


「ぐおっ」


 私が石飛礫の落下を見届けた数秒後。

 竜種は悲鳴を上げた。

 ゴローさんはいとも簡単に、私でも突破できなかった竜種の試練を突破したのだった。


・・

・・・


 上手く行った。


 まず感想はそこだった。


 俺は確かに貫通能力を持っているが、それは防具や魔法障壁の類を無効化するということでしかなく、素の防御力の高さを無効化するものではない。


 外気に触れる皮膚は頑強なのだろう。

 甲羅は更にその上を行く。

 しかし、2点疑問があった。


 甲羅ははたして竜種の体の一部と認識するのだろうか。

 そして、甲羅を貫通させた先の皮膚は他の表皮に比べて脆弱なのではないか。


 試行の結果、甲羅は竜種の体の一部ではなく一種の防具と認識されて魔法は貫通し、どうやら甲羅で守られた躰は他の皮膚に比べて硬度が低かったようだ。


 繰り返す。上手く行った。


 甲羅が体の一部として見做されて貫通の対象外となったとしても、甲羅で守られた皮膚が他と同じ硬度だったとしても、試練を突破する算段はいくらでもあるが、最も労力が少ない手段で突破できた。


 にしても、竜種の回復力は凄まじい。

 甲羅は既に直っている。血も竜種の体躯から見れば少量流れはしたものの、既に新しく血は流れていないようだ。


 もし本格的に生死を問わず戦うことになるなら、同様の攻撃を無数に・・・


 いや、こういうところだ。

 竜種に聞くべきことは色々あるが、最優先すべきはそこなのだ。


「・・・力は示したぞ竜種。これで俺は認められたか?」


 そう言うのが精一杯だった。

 これ以上は迂闊になりかねない。

 もっと言うと、歯止めが効かなくなる。

 だから、本来はひとりで来たかったのだ。いや、複数人いたからこそ歯止めが効いていると考えるべきか。


 傷の癒えた竜種は、本人にとってはなるべく小さな声で、しかしはっきりと告げる。


「皇帝たちよ、席を外してくれぬか。私は彼と1対1で話をせねばならぬ」


「・・・畏まりました」


 竜種の言葉に、リャンとシアユンは来た道を戻る。2人が見えなくなったことを確認すると、竜種は人化の術を使った。

単純な強さだけならリャン>かの皇帝です

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