帝国編9:眷属、憂鬱になる
我々は竜種の眷属だ。
眷属というと隷従している、下僕、というイメージがあるが、そんなことはない。
この山麓にある竜種の棲家を守るということが最低条件。竜種からそれ以上は要求されていない。いや、我々の力が市井の者たちより上であっても、竜種には遠く及ばないため、竜種の棲家を守っても竜種そのものを守る必要はない。
必要は無いのだが、力を与えてくださった眷属としての義理と矜持がある。竜種には遠く及ばないにせよ、せめて何かしらの脅威がある場合の露払いはせねばならない。
棲家はかつての皇帝によって建築された。私も現場に立ち会っていた。もう幾年前のことか。目立つわけではないが、広さもあり相当強固
それまで竜種は山麓内の適当なところを気分で根城としていた。眷属であるからには我々は付いて行かなければならなかったが、棲家が出来てからは竜種はそこに定住し、我々には自由が増えた。
我々は3人。私の他には、狼と樹。
持ち回りで竜種の棲家を守る係、自由にする係と分担している。まぁ竜種の棲家を守るというのは、不審者の確認および排除というよりは、棲家や周辺の掃除が主な仕事となる。
定住地を守るのに常時3人居る必要はないのではないか、ということで棲家の守護と自由時間が持ち回りになった。
前置きが長くなったが、私がいま自由時間の持ち回りとなっている。
私は専ら、人里に降りて美味しいものを食べることを楽しんでいる。山麓から一番近い村では帝国の主要産業である畜産で、最も質に力を入れている。
この村のとあるレストランで食べる料理はとても美味しい。長期の自由時間で様々な他国の料理を味わうための旅行をしたが、こと畜産肉でここまで美味しい店は無い。生産量が少なくほぼ地産地消で終わる畜産肉の卸食堂とのことなので、当然か。
肉肉しいステーキも良いが、私のお勧めは醤油スープ煮込みだ。ステーキを整形する際に切り取った端肉を芋や玉ねぎ、人参などの野菜と一緒に醤油スープで煮込んだ料理だ。
上質な野菜の旨みが肉に、上質な肉の旨みが野菜に伝播し、それぞれが相乗効果で美味しくなり、醤油がそれを上手く纏めている。
これとワインが良く合う。ワインも村産のものがあるが、すまないがここは聖王国ブランドの赤を選ぶ。パンは村産の素材を使ったものをいただくので、これで勘弁してほしい。
そんな感じで私は竜種より教わった人化の術を施し頻繁にその店に通っている。人化の術を使った私は鬼人族に近い見た目になるようで、店員には顔を覚えられている。
事件はそこで起こった。
夜、煮込みを肴にワインを楽しんでいると、店外で乱闘騒ぎが始まった。
音からして、殴り合いではなく、刃傷沙汰。
とはいえ、それ自体は私にとって些事だ。人種の揉め事は関知することではない。
その騒ぎ。店内に居る客のうち、2人の女が反応した。
見ると、そこには現皇帝とその近衛兵長。
数年前に即位の儀と称して竜種の棲家に来たときに見た2人だ。気配や魔力の波長も覚えがある。間違いない。
何故ここにいるのかという疑問はあったが、極論を言うとそれも私には些事だ。
皇帝と近衛兵長と一緒に食事をしていて、取り残された男。
中肉中背、覇気のなさそうなぼんやりした顔付き、纏う魔力も平均的。皇帝や近衛兵長と比べて庶民的、一般的なと言うべき雰囲気。
だが、帝国で重要な立場にいる2人と一緒にいるのだ。興味本位で気配を深掘りしてみた。一見しただけではわからない、何かがあるかもしれない、と。
それがいけなかった。
はっきり言って異常だ。
彼は魔力を纏わないだけで、内包する魔力の量や質は桁違い。俗に大魔導士と呼ばれる者たちですら比較にならない。魔力を纏わない理由はわからないが、そう訓練したのか、そういう体質なのか。
竜種に挑もうとした猛者と対峙したこともある。中には我々を撃破して竜種に辿り着いた者もいる。例えば、近衛兵長は力不足だったが、皇帝は我々を撃破して竜種に挑戦できる力を持つ。更に前には凄腕の剣士も居た。
そういった過去の挑戦者たちを遥かに上回る、ややもすると格の違いすら感じさせられるものだ。体から立ち昇る魔力で強さを測るような手合いであれば、あっさりと痛い目に遭うだろう。
「なんか、竜種の用件は後回しになりそうだな」
溜め息を付きながら、そう男は呟いた。
うん、ちょっと待とうか。
もしかしなくても、嫌な予感しかしませんが。
男は残っているステーキ肉を頬張ると、皇帝たちの後を追うように店を出る。
一般的に見れば食い逃げという形になりそうだが、どっこいこの店は皇室御用達。ガイドブックにも載るくらいには有名だけど。
ので、皇帝が皇帝の格好をしていなくても皇帝と認知され、そこにツッコミを入れる店員はいない。
これは不味い。
男の目的は見えないが、少なくとも竜種に関わることは明白。竜種の棲家を知っている皇帝が案内役を申し出たとすれば、何故皇帝がここにいるのかよく分かる。
とすれば。
数日内に彼らは竜種の棲家に来るだろう。
その場合、竜種を守る建前にある我ら眷属は彼らと戦う必要があるが、まず間違いなく手も足も出ない。唯一勝機があるとして近衛兵長くらいだが、以前会ってから強さを増している場合、彼女相手でも止められるか怪しい。皇帝が規格外なだけで、近衛兵長も人種の中ではトップクラスの強さを持っている。
『私だ。誰か応答できるか?』
私は念話を開始した。
相手は私の同僚2人。眷属同士であればどんなに遠距離であろうと意思疎通が可能だ。だからこそ、眷属3人のうち1人が持ち回りで自由時間を確保できている訳だが。
『あれ、どうしたの?アンタが念話なんて珍しいじゃん』
『そうですね。どうしましたか?』
2人はすぐ反応してくれた。助かる。
『いま麓の村にいるんだが、皇帝が近衛兵長をお供にしてここに来ている。それ自体は良いんだが、2人を連れている初見の男がいて、そいつがヤバい』
『ヤバいって?』
『まず間違いなく皇帝より強い』
『待って。皇帝って魔王の次点に人類で強いんじゃなかったでしたか?』
『所感では魔王と対等か、下手をすればそれ以上と見た』
『嘘だろ。とはいえ、それだけなら凄そうなヤツがいるってだけの話だが、わざわざ念話している理由って、もしかして』
『どうやら彼の用件は竜種だ』
『マジですか』
『次は私が自由時間よね?1年ほど留守にするから早く戻ってきて』
『却下だ。が、目的はともあれ2人での守護は荷が勝ちすぎている。微力だが私も戻る』
『あぁ、よかった』
『とりあえず、こっちに戻る前に感覚共有もよろしくお願いします。こちらでも所感を纏めたい』
『心得た。一旦念話を切る』
念話を終えた頃には外の騒ぎも終息していた。皇帝が介入するのであればどういう手合いだろうと制圧は容易だろう。
外の様子を目視で確認すると、皇帝と近衛師団長は男の腕にそれぞれしがみついて、溜め息をついた男は有り余る魔力を使って空を飛んでいた。
理屈として風魔法を応用すれば飛行はできなくもないが、多量に魔力を消費する。
が、男はそれが苦ではない魔力の容量を持つためか、すぐに視界から消え去る勢いで一直線に飛んでいった。
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とりあえず、私は残りの煮込みとワインを引き続き堪能した。これを食べ終わったら、すぐに山麓に戻らないといけない。
奇妙な確信があったが、彼らは間違いなく数日内に竜種の棲家に辿り着く。
竜種の前段階として、我ら眷属は彼らと対峙しなければならない。
決まりきった結果になるにせよ、それが眷属としての役割。竜種に用事があるなら、まずは我々を通してもらうべきだ。
それでも、少なくとも3人のうち2人には確定で負ける。しかし、皇帝と男に勝てるとは思わないし、近衛兵長も怪しい。
負けた後をどうするか。そこの意識合わせをしておかねればならない。
はぁ、まず間違いなくあの3人と戦うことになるのかぁ。
憂鬱だ。
ギリギリ投下間に合いました。帝国編再開します。
誤字脱字わんさかありそうで。。。




