閑話:或る異世界転移者の末路
あれ?
ここはどこだ?
帰ってネトゲやろうと思っていたのに。
ん?帰るって、どこにだっけ?
あはは、わかんねーや。
そもそも俺は誰だっけな。
「いたぞ、あいつだ!」
「気をつけろ。見た目は人間族だがこれまでBランク冒険者を何人も殺している。スリーマンセルで連携を重視して攻める!」
「あの剣・・・サイ様の愛剣か!?ってことは・・・」
「行くぞ!弔い合戦だ!!」
3匹の犬男が剣を持って襲ってくる。
出会う奴らがどれもモンスター。どいつもこいつも俺を殺そうとしてくるから、鬱陶しい事この上ないんだよなぁ。
よっこらせっと。
角男が持っていた剣は切れ味が鋭いなぁ。あっさりと3匹の犬男を殺せちゃった。
ここがゲームの世界なら経験値がそこそこ溜まったんじゃないかな。どれくらいレベルアップしてるんだろ。
ステータスオープンできればいいのになぁ。異世界も中々不便。
喋るモンスターと喋らないモンスターがいるけど、人間には全然会えないなぁ。
魔法は使えるみたいだけど、MPを消費しているからか疲れる。元々RPGで魔法は魔法使いの切り札みたいなものだから、基本的には剣を使ってた方が楽だな。身体能力もバチクソ上がってるみたいだし。
ははっ、次は喋らないモンスターだ。
喋るモンスターに比べたら強いけど、大体1頭だけで行動しているからすぐ終わっちゃうんだよなぁ。
よっし、細切れっと。
うん、この感触だよ。楽しいなぁ。
そういえば何日も何も食べてないのに腹が減らないし喉も渇かない。バーチャルな世界に迷い込んだのか、チート能力をもって異世界転生でもしたのかな?
何にせよ、意味なく襲ってくるエネミーを無双するのは楽しい。斬り捨てている感触もやけにリアルで楽しい。喋るモンスターも喋らないモンスターも断末魔を上げることが多くて楽しい。
女型の喋るモンスターもいたなぁ。ケモ耳で全身に毛が生えている感じの。面白そうだったから致命傷一歩手前にして色々聞いてやろうと思ったら毒を飲んで体ごと消滅して死んだけど、残念だったなぁ。
「成程、こいつか」
おっと、ちょっと雰囲気の違う喋る系のエネミーだ。体が黒っぽくて、男だか女だか分からない外見だが、ボスみたいな風格がある。
「無辜の民間人や生活を守る兵士達、更には止めようとした数々の冒険者の命を奪った罪、この魔王が精算する」
魔王!?
ボスかラスボスか!?
ってことは俺は勇者なのか!
こいつを倒せばレベルアップすんのかな?
レアアイテムでもドロップすんのかな?
特殊な称号でも得られるのかな?
とりあえず、ちょっと気構えて剣を振り下ろす。脳天から真っ二つになるヤツだ。
「遅い」
魔王は素手で簡単に剣を弾き返した。
おっほ、強えよ。やっぱボスだわ。今までの雑魚どもとはレベルが違う。
こいつなら剣じゃなくて魔法だな。
勇者様の魔法は特殊なんだよ。
右手と左手で、それぞれ超重い鉄球を生み出して自在に操作する。
急停止も急加速も、上下左右斜め全方位への攻撃も思いのまま。そうそう、最初の頃はこれをつかって無双していたんだわ。剣よりよっぽど便利で攻撃力も高い。
MPをかなり使うのが難点だな。1時間もすれば鉄球は消えてしまう。最初の頃はそれがわからなくて、だから襲いかかってきた角頭から手に入れた剣を使っていたんだ。
おらよっと。
「むっ・・・」
魔王は鉄球の片方を両手で受け止めた。
やるな。
だが背中がガラ空きだ!
もう片方の鉄球で魔王の背中を強襲!直撃!!
「がはっ」
いやー背骨ボッキボキに折れたんじゃねーかな?いい音したぜ。
これで脳天に鉄球落としたら魔王討伐完了だな。ついでにダメ押しで背中にもぶつけて
「シッ!」
え。
何か風切りの音?声?
あれ。
腕を動かしている感覚がない。
見てみると、腕が下に落ちていた。
かっ、回復魔法は。
薬草はっ!いや、こんなんじゃ間に合わないからエリクサーとかラストエリクサーとか!
アイテム欄はどうやったら見れるんだ!?
「終わりだ」
背骨ボキボキだった筈の魔王が、何もなかったかのように立っている。
すごい目付きで睨んでる。
な、なんだよこれ、すげぇ怖い。
もしかして、俺死ぬのか?
殺されるのか?
何で?
魔王の手からどデカい火の玉が向かってきて、避けなきゃと思ったら足がいつの間にかズタズタになっていて、
あ、火の玉が
・
・・
・・・
悲痛な面持ちの側近。
俺はというと、悪漢に砕かれた背骨は治り、傷一つない。
「民間人の死傷者が124人、魔王軍配下の死傷者が84人、うち1人が四天王オーガ族のサイ様です。国外に出る前に決着を付けられたのは僥倖でしたが、無視できない尊い犠牲です」
「俺が不在の時にこんなインシデントが起こるとはな・・・むしろ、ここまで食い止めてくれたことに感謝してもしきれない。被害者家族には充分な補償を」
「かしこまりました」
魔王という職種は予定内外の外遊が多く、魔王領では魔王不在で不測の事態に対応することが多い。
しかし、屈強なる四天王、世代によっては魔王に匹敵する強さを持つ彼らすら手に負えない事態はまず無いといっていい。そんな四天王の一角が容易に崩された不測の事態を含む今回の事件は、魔王領にとっては未曾有の脅威だった。
「魔王様、あの男は一体何だったのですか?勇者とも名乗っていましたが・・・」
側近は悪漢が消し炭となった跡を見て恐る恐る聞く。誤解しないでほしいが、俺に問うことに恐れているのではない。俺と悪漢との戦闘を見て、俺を一瞬でも追い詰めたことに恐怖している。
俺には明確な答えがあった。
「アイツは異世界転移者だ。言動を見る限りそれは間違いないし、恐らく俺の前世の世界から偶然迷い込んだと見るのが正しい。そしてこれは確信を持って言えるが、奴は勇者なんかじゃない」
そう。
あの男はゲーム感覚で領民や領兵を殺していた。
この世界は様々な種族が魔獣という脅威によって団結を得ている世界だ。亜人種のいない前の世界の住人が、亜人種を敵と見做して攻撃するのは分かる。
分かるが、繰り返すがあの男は本当にゲーム感覚で殺戮をしていた。俺との会敵でもそれは明白。奴はこの世界の敵と見做すべき案件だった。
異世界転生者は何らかのチートを宿す。
異世界転移者は管理者たる神の介入によって引き継ぐチートに制限がかかる。
異世界転移そのものが異世界転生よりはるかにレアケースだが、神の介入のない転移は更にレアケースだ。
その場合、制限のないチートが付与される。身体能力であったり、特殊能力であったり。まぁ過分な能力を身に宿しているため、体への負担は甚大。脳は現実と虚構を正しく認識しなくなり、体はいずれ限界を超えて破滅する。
異世界転生者や正規の異世界転移者はちゃんと力を磨く。力に振り回されない器があってこそ、力をコントロールし、十全に発揮できる。
力に振り回される異世界転移者に、歴代魔王の何人かが対応に追われた。
記録にも残っているが、何百年に一度起こるかどうかというもの。異世界の存在が秘匿されているこの世界、まさか俺の代で起こるとは思わなかった。
「こいつが異世界転移者だってことは、すまんが墓場まで持っていってくれ。俺も記録には残すが、基本的には魔王以外の者が閲覧できないものに残すことになる」
「承知しました。何にせよ、ご無事で本当によかったです」
そう。
思考と肉体を犠牲にするため、魔王に匹敵しかねない強さを持つのがリミッターの外れた異世界転移者。
俺も文献上でしか知らないが、下手をしたら初代魔王級の脅威たりえる。
だから、なるべく早い段階でその可能性を摘むため、魔王が処理すべき最優先案件のひとつとなっている。
無事でよかった。側近の言う通りだ。
潜在的な危険度としては、魔王でさえ荷が重い。竜種ですら危うい。管理者が直接取り除くべきバグの類だと俺は思っている。
五郎は正規の異世界転移者だが、チートは四大魔法を使えるだけ。しかも初級魔法しか使えない。あそこまで強くなったのは、彼が異世界転移者である以上に元々持っていた素質を裏技気味に、しかし正しく開花させたからだ。
肉体に影響して精神が若返っているにせよ、彼が善性を保っているのは彼自身が善き人間だからだ。彼のような転移者ばかりとは限らないから、魔王は警戒しなければならない。
「サイの後釜に関しては2年間の空白を前提として、魔王軍から抜擢するか外部から招聘するかは要検討とする。空白の間は残りの四天王と俺とで持ち回りで埋めるものとする」
「かしこまりました」
とりあえず、脅威は排除した。
五郎やアーク嬢がこのことを知ることはないだろう。教えるつもりもない。無用な情報を共有して無用な懸念をさせるわけにはいかない。彼らは俺の大切な友人なのだから。
それにしても、今は帝国に滞在しているらしいと聞いた五郎に、後のことを任せるなんてことにならなくて本当に良かった。
亡くなった魔王領の民に鎮魂の意を捧げつつ、俺はそう思った。
この転移者は自分が何者なのか、どこにいるのかの認識が出来なくなっています。異世界にいること、ゲームの世界にいることがごちゃまぜになっています。
つまり考え方や認識は支離滅裂で、数秒前のことを忘れることもあれば、いつまでも覚えていることもあります。非正規の異世界転移のショックで意識は混濁し、道徳心や倫理観は破壊されて、異世界にいるにもかかわらず非常にリアリティのあるアクションゲームをやっているように錯覚しています。
転移先が亜人種ばかりの魔王領だということも大きいでしょう。誰も彼もをエネミー判定していました。
比較的人間種の多い帝国なら少しは違っていたかもしれません。近距離戦はもとより、遠距離からの様々な狙撃にもバッチリ対応するため、常人にとっては脅威に他なりません。
彼は戦う時だけそれなりに頭がクリアになりますが、それ以外の時は廃人に限りなく近い状態となります。
誰と話すわけでもなく楽しそうにブツブツ独り言を言っていて、彼をあらゆる行動を理屈で止めるのは不可能です。破壊の限りを尽くしてやがて力に耐えきれず心身が完全に崩壊するか、凶行を止められる力がある者が止めるしかありません。
非正規の転移者が全員このように脅威となるわけではありません。素性を上手く隠して相応の功績を得た転移者もいれば、記録に残らずひっそり健全に異世界を楽しんだ転移者もいます。
なお、今回の脅威度はノーマルスタンピードより下でした。過去最大級とされる聖王国のスタンピードでは幸運なことに死者こそ出ませんでしたが、それはパターンに嵌めたことと五郎たちの奮闘のおかげであり、通常のものでも多数どころではない死傷者が出ます。
魔獣がいるからこそ保たれている世界平和ですが、だからこそ魔獣は全種族にとって命にかかわる日常的な脅威となっています。




