帝国編:閑話:シア、慮る
帝国近衛兵長のシアユンです。
さて、閑話ではありますが、皇帝のことを少しお話しさせていただければと思います。
皇帝が先帝の急死により幼くして即位し、そこから帝政や暗殺との対峙や国内のあらゆる負の温床との戦いといった波乱万丈の人生を歩まれていたことは以前申し上げたとおりです。
その合間に帝政が執れるよう知識を蓄えたり、自身で身が守れるよう武を納めたり、つまるところスケジュールが過密なんです。体調を崩しては元も子もないですからちゃんと睡眠時刻は確保するとなると、その過密さは常人には計り知れません。
今でこそ自己研鑽に割く時間は減ったものの、忙しいということは変わりありません。
そんな多忙な日々を乗り切るために、週に一度、皇帝はとあることをやっています。
その際は必ず私がいなければなりません。私はどんなに忙しくても、その時間だけは必ず確保しています。
「それが、これ?」
ええ魔王様。そのとおりです。
サミット控室のソファベッドに寝転び、
着る毛布に包まれて、
しかし目は半開きで寝ている訳ではない。
魔王様がいらしたことに気づいていません。
が、どこをどう見てもそこには威厳ある女皇帝の姿はなく、だらしない年頃の娘が極限まで脱力する姿があるだけです。
移動の最中だとか、そういうのも全くない、ただ空いた時間というのを1時間ほど確保します。
必ずしも無音であることはないですが、なるべく静かな個室が望ましいです。
必須なのは大きめのソファがあることです。皇帝が纏っていらっしゃる着る毛布は帝室に常備していますし、こういった長期間の外遊となる場合には私が持参しています。
そう、過密スケジュールをこなすために、皇帝は極限までリラックスした状態で放心する時間を設けています。
寝ているわけではないんですよ。で、外部の音が聞こえないというわけでもない。なんですが、それに反応しない状態を作っています。自我という自我を意図的に放棄した、と言っても良いです。
それでも緊急事態が起こってどうしても対応しなければならないことがありますから、いくつかのサインで放心状態が解除されるようご自身に刷り込んでいるようです。私が特定の方法で呼びかけるのもそのサインのひとつです。
まぁ基本的には1時間きっかりで元に戻りますけど。
「傍目から見ると単純にだらしない状態ではあるが、え、これ私が見て良かったヤツ?」
基本NGというか私が全力で守っていますけど、魔王様と聖王様ならOKと仰せつかってます。まぁある意味では信頼の証のようなものです。
私は近衛兵長ではありますが、本来的には皇帝の世話役だった者です。この営みは初回参加のサミット以降に始まったもので、私はこの状態をずっと見ていました。
「自分は最も信頼されている、と?」
自惚れで結構ですが、そうあって欲しいと思いますね。率直に言ってあの状態の皇帝は完全無防備。あらゆる警戒要素を排除していますからね。
故に、私は逆に臨戦体制です。放心している皇帝は、国内の敵を排除したとはいっても残党が命を狙いに来ないとも限りません。聖王都および各国重鎮にそれぞれ用意された控室のあるこの施設を信用していないわけではないですが、万が一に備えて十全の警戒をするのが私の仕事です。
皇帝を刺激しないよう殺気や警戒心を放たず、それでも万が一を警戒する。そうした技能が自然と身に付きました。
今?
仮に魔王様が皇帝を害そうとした場合、当然抵抗は試みますが、力量差で無駄に終わることは分かりきっています。
私より遥かな高みの強さを持つ皇帝。それを更に凌駕するのが魔王様です。
逆に言えば、この場でどこぞの輩が襲撃してきたにせよ、魔王様がいれば対処は容易です。丸投げでも良いかもしれません。
私が100%の力で取り組まなければならないことを、この方は微力で済ませてしまわれます。魔王様の規格外さはよく理解しています。
「まぁ確かに私がここにいると知って襲撃をかけるなんて命知らずもいいとこだけどね。うーん、しかし、起きるまでここで待っていてもいいものなの?さすがに悪い気がするけど」
居ていただいて構いませんよ。
皇帝が容認している上に、そろそろ起きる時間です。甘茶を用意いたしますので、魔王様もご多忙な日々を過ごされてる中、しばしお寛ぎいただければと思います。
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「そういう状態が、今のリャンってことですか?」
「そうですね。あ、ゴローさんにもこの状態を見られて良いと仰せつかってます」
「うーん、2日目の行動に入りたいんだが、まぁ少し待つとしますか」
早めの時間に朝食を軽く食べ終えたリャンは、意図的に自分が極限にリラックスする状況を作り出しました。
分かりやすい形でゴローさんへの信頼を見せる意図もあるのでしょうが、そもそも前回この状態になってからそろそろ1週間経ちますし、恐らくこれからの行程を見込んで一度リフレッシュをしたいという意図もあったのでしょう。
さて、このゴロー・パインブックという男。
直接お会いしてまだ1日経ったくらいですが、あの魔王様が評価するのも納得する規格外さを持っています。
見た目は中肉中背の、どこにでもいそうな庶民の男。覇気など全く感じない人畜無害そうな感じですが、成程立ち振る舞いの何もかもに隙が無い。
言ってしまえば常時臨戦態勢にあるというところ。立ち上る気配から強さを算出しがちな並の武芸者であれば気付かないだろう。私もそこで判断することもあるので、良い教訓となる。
「あ、ゴローさん、いらっしゃってたんですね」
リャンはリラックスモードから戻ってきたようです。硬めのソファから軽快に起き上がって、手を開いたり閉じたりして血流を全身に循環させます。
「シアさんから入って構わないと言われたから入ったけど」
「あー、週イチで1時間くらい起きながら寝ているような状態になるんです。すっごいだらしない顔になっていたと思いますけど、オフレコでお願いしますね」
「お、おう」
ゴローさんの指摘を先回りした答え。こういうので主導権を握るあたりはリャンらしいですね。
起きていながら何も考えていない状態は、ある意味では睡眠よりもリフレッシュできるものなのでしょう。寝ていても、見る夢次第では起きている時より疲れる目覚めになるかもしれませんし。
そのためか、リャンの一挙手一投足に力強さというか、瑞々しさを感じます。ちゃんとリフレッシュはできたようです。
「まぁ仕事の長めの休憩中に、似たような事をやっていた子がいるから分かるには分かるよ。寝る以上に何も考えない時間は必要だよね」
と。
ゴローさんの言葉にリャンがびっくりしたような表情をしました。
どんなに意表を突くようなことを言われても持ち前の聡明さで何らかのリアクションをするリャンですが、まるで思考停止してしまったかのような間でした。
「そ、そうなんですよ。皇帝ってのは大変ですからね。たまーに何も考えない時間ってのが必要なんです。そうしてリフレッシュして、またお仕事に臨むんです」
これも珍しく焦って逆に早口になっています。ゴローさんとの会話では終始リャンが主導権を握っていましたが、いまそれを手放しそうになっています。
「リャン、もうリラックスタイムは終わりましたし、ゴローさんの予定もありますから、ゴローさんには一旦席を外してもらって私たちも出る準備をしましょう」
「お、んじゃ俺は俺で準備の確認をしておくから、ロビーで集合にしようか」
「そうですね、うん、そうしましょう」
率直に言いましょう。
照れてますねアレは。
魔王様や聖王様にすら、あのような表情を向けたことは私の知る限りありません。
リャンはそそくさと奥の部屋に入り、それを見たゴローさんは少し首を傾げたあとに部屋をあとにします。
リャンの浮かれ具合はそれはそれはで大事件ですが、そもそも私たちが帯同するゴローさんの目的は帝国にいる竜種を探す事。
とはいえ、竜種と帝室は密接な関わりがあります。良くも悪くも。
故に、リャンおよび直属の部下である私は竜種の棲家を把握しています。
だからこそ、少なくとも表向きは「魔王様や聖王様が信頼を置いている民間人に竜種の棲家を案内する」ために私たちはゴローさんに帯同しています。
「リャン、大丈夫ですか?」
私は彼女に問います。
理由は明白です。竜種の棲家を把握しているとはいえ道のりは険しいだけではなく、山麓には竜種の眷属がいます。下手な侵入者は排除の対象となる危険な地です。
眷属と対峙するにして強さは問題ないにせよ、万が一ということもありえます。
「あ、う、うん、大丈夫。不意に驚いちゃっただけだから、少ししたらちゃんと戻るよ」
本当に珍しいです。
リフレッシュして思考がクリアになったにもかかわらず、すぐに調子を戻さないなんて。
まぁ臣下ではありますが私も女ですから、何故こうなっているか理解を示さなくはないです。だから、これ以上無粋なことを聞きませんし、問いもしません。
リャンがそう言っているのですから、待てば調子を取り戻すのでしょう。
であれば、私は私で準備を済ませておくこととしましょう。とはいえ、事前にほぼ済ませ終わっていますので、最終的な荷物の確認と、こちらも僅かな時間ですがのんびり過ごすとしましょう。
私の想定通りなら、リャンが調子を取り戻すにしても多少なりとも時間を要すでしょうから。うん、アレは仕方ないです。




