帝国編8:それぞれの戦い(後編)
「1F、制圧完了しました!」
シアユンの大声が屋敷に鳴り響く。
それは地下のリャンの仕事を終えた気配を察してのことだろうか。2Fのテロリスト2人は未だ意識を取り戻さず、俺は老婆と対峙する膠着状態。伏兵が出てくる気配はない。
「地下、制圧して要救護者を救助済みです!2Fはいかがですか!?」
リャンの声とともに、膠着状態にあった老婆が走り出した。行方を塞ごうとしたが俺に全く眼中がなかったようで、老体故に決して早くなく、それでも全力で駆け出し、一目散に階段を駆け降りる。
「坊ちゃま!!」
リャンの横には、まだ幼さの残る男の子が立っている。老婆はその男の子に抱きつく。リャンもシアユンも、それを止めようとはしなかった。
「えっと、2Fも制圧済みだ。伏兵は警戒しないといけないけど、一段落ではあるかな」
警戒しつつのんびり階段を降りつつ、既に1Fに集まった2人にそう言うと、安堵の表情をしていた。
「お疲れ様でした。テロリストの全容は明らかになっていませんが、少なくともこの屋敷の主と、行方不明とされていた従業員の安全確保はできました。主力は潰したので、残党処理などは東北ギルドと乱気流の仕事ですね」
なるほど、この老婆が屋敷ひいては牧場の主で、この男の子が行方不明とされた従業員ということなのか。
念のため警戒はするが、害意はなさそうだ。
後に聞いたところ、この男の子はリャンを陥れようとした元宰相の隠し子で、彼の母親は息子に危害が及ばないように元宰相から逃げ出し、牧場に潜んでいたとのことだった。
牧場主はその事情を知っていて、男の子には愛情を持って接しつつも、素性が表沙汰にならないようにあくまで使用人の子供として扱っていた。だから「坊ちゃん」と呼ばれて一番驚いたのは、その男の子だった。
母親が病で亡くなり、ひょんなことでこの男の子が元宰相の子であることがテロリストに発覚し、帝国に反旗を翻す旗印の傀儡とする前段階で牧場を制圧したというのが真相らしい。
屋敷は広く、また村の中心部からは離れているので潜伏先としては適切で、下手に子供を連れて動くよりは屋敷を拠点化したほうが都合が良いということだったそうな。
そのテロリストの首魁は、飲食店前でリャンが倒した2人と、同じくリャンが地下で倒した先々代の近衛兵長の計3人で確定とのこと。取り巻きも名の知れた武闘派組織に所属していた経験のある危険人物だったらしい。少数精鋭と言えば聞こえが良い。
皇帝の地位を確立させたとき、人命を優先しつつも可能な限り反乱の芽は摘んだが、それでもこういうこともあり得ることは想定していたとのこと。
それを加味してギルドの動きも考えると、これ、俺はテロリスト鎮圧の駒として帝国に上手いこと使われた可能性があるなぁ。
まぁ皇帝にとって遺恨のある元宰相の血縁者とはいえ、将来を担う若者の助けになれたのであれば、手駒となったこともやぶさかではない。転移前は40歳のおっさんだったんだから、そう思っても不思議ではないだろう。とはいえ、肉体年齢に精神年齢が引っ張られている感じはあるが。
「ありがとうございます、皇帝様」
「知ってしまったんだね、出生を」
「皇帝様。それには何の思い入れもありません。お母さんがいて、ご主人様がいて、この牧場が僕の全てです。できることなら、僕はこのままこの牧場で生きていきたいです」
「坊ちゃま・・・」
牧場主である老婆は少年の言葉に号泣していた。
そもそも彼の母は没落した貴族の出で、老婆はそれ由来の繋がりがあったこともあり彼らを受け入れたそうだ。
老婆は子供が独立して後を継がなかったこともあり、貴族社会には関わらせず、ゆくゆくは経営を引き継いで跡取りとなって欲しかったとのこと。そして、これを機に素性が明らかになったからそういう経営教育に手加減しなくてもよくなったと、これも後に聞いた話だ。
俺としてはとりあえず、この場ではテロリストは鎮圧。男の子と老婆は感動の再会ができた。くらいの認識だ。うん、よかったよホントに。ハッピーエンドは良いものだ。
ギルドの人員とともに駆けつけた乱気流パーティに後を託して、俺たちは村の市街地に戻った。村の市街地。そういう表現で合ってる。
「にしても、ゴローさん流石でしたね。一番最初に階層制圧したでしょ?」
帰り道というか、行きと同じように風魔法による飛行で両腕を掴まれながら、左腕を掴んでいるリャンが楽しそうに言う。
「そうですね。私も同じく相手が2人でしたが、制圧の速度は圧倒的にゴローさんが上、まさしく瞬殺でした。1合すら撃ち合っていませんでしたね」
まるで見てきたかのように言う。
そういう能力でもあるのか?
「訓練というか、世界を縦横無尽に駆け回る冒険者とは違って、私たちの戦場は宮殿などの屋内であることが多いです。ですから、ある程度の屋内の出来事は音の反響で判断します。そういうのを知っている敵もいますから、雑音や意図的に発せられた音をどう差っ引いて判断するかが重要な、生きるための術です」
凄いな。
そういうことをしないと為政者にはなれなかったってことか。
「あはは・・・私の場合は特に敵が多かったですからね。ここまで徹底して技術を身に付けた例はそうないですよ。それこそ父なんかは典型的な文官でしたし。シアユンはそれに着いてきてくれたからこそ近衛兵長になれましたし、はっきり言って過去最強の近衛兵長です」
「リャンには勝てないですし、ゴローさんにも惨敗しましたけどね」
感想は「為政者って大変だな」くらいに留めておこう。深入りすると戻るのも大変そうだし、そもそも強さの在り方が俺と違う。
むしろ、こういうのとやりあっている聖王や魔王に頭が下がる。強さだけじゃやっていけない世界なんだな。
とはいえ、それは俺も同じ。
旗印はアークだが、ビジネスの世界に足を突っ込むことになるんだ。物理的な強さ以外の強さを頼みに生きていくことになる。それこそ、女神様が本来俺に望んでいたことを果たすために。
帝国の反乱の芽は摘まれ、少年と老婆は助かった。それはよかった。
が、元々の目的はビジネス。
今日のことは今日のことと切り替えて、明日の本題に取り組まないとな。
「え、お姉さん誰?」
「皇帝だよ」
「??」
「信じられないって顔してるね。あ、外にいた見張りの連中?は倒して動けないようにしてるから、心配ないよ」
助けられた少年はリャンが皇帝ということを信じられずにいましたが、書籍で見た肖像画に極めて似ていることと、見張りを倒したということで、信じることにしました。
安心するには早いとは思ったものの、何にせよ助かったことには変わりはないので。




