帝国編7:それぞれの戦い(前編)
屋敷は思ったより広い。
少なくとも辺境国の冒険者ギルドよりは建物面積が広い。
屋敷の外に見張りがいると周囲から怪しまれるという判断だろうか、入口内に見張りを待機させていたようで、俺たちが屋敷に入った瞬間に迷いなく2人の男が剣を横薙ぎに払った。
見切るほどではないが、万全を期して俺は見切りを発動させて回避。
リャンも跳躍して回避。俺たちの真ん中にいたシアユンが籠手で剣を受け止めた。
1Fはシアユンが担当する。
追撃できなくもないが、各々の担当階層の制圧のため俺は正面の螺旋階段を飛び登る。
リャンも同じ考え方だからか、シアユンを一瞥すらしないで真っ直ぐ地下への階段を降りる。
登った先の2F廊下に、更に2人。
武装しているのでテロリスト一味と判断。
とはいえ突入して10秒も経っていないのに臨戦態勢を取っているのは敵ながら評価できる。入口の2人もそうだった。
訓練されている。不意打ちが不意打ちとして機能していない証左、手練れなのだろう。
そして、これも問答無用で斬りかかってきた。躊躇は一切感じられない。優秀だ。
が、斬撃が振り下ろされる前に当身で両手足の関節を外して無力化させ、その上で顎を軽く殴って脳震盪を起こさせ気絶させる。
幾つか部屋があり、ひとつずつ調査すべきではあるが、物音に驚いたのか奥の部屋から出てきた老婆が絶句していた。十中八九、この牧場の主なのだろうが、敵か味方かを判断することは出来なかった。
老婆は動かなかった。敵か味方かも明言しなかった。俺を見定めているのか、迂闊に話をしたとしても敵か味方かを証明することができない、信用できないと判断してくれているのか。
この膠着は俺にとっては都合がよかった。
下手に信用して連れて行って後ろから攻撃されても困る。まぁ対応できるだろうが。
階下は2人が処理してくれるだろう。周囲を十分に警戒して伏兵に備えつつ、老婆との膠着状態が継続される。あとは階下の制圧が終わるまで待てばいいし、不測の自体が起こればそれはその時。
とりあえず、2Fのミッションは驚くほど短時間で終わった。
・
・・
・・・
お二人はそのまま目的の階層に向かいましたね。
さて、伏兵やトラップの可能性を考慮しつつ、挟撃してきた2人と対峙します。
「なるほど、確かあなたたちは双蛇と呼ばれていましたね」
痩身巨躯の双子。見覚えがあります。
まだ皇帝が手を入れていなかった頃の貧民街で台頭していたアウトロー。
何の気まぐれか帝国兵入団試験を受けていました。実力そのものは確かだったものの、模擬戦での過剰な暴力と、その凶暴性が隠しきれず観覧していた私にまで襲いかかってきました。
まぁ結局は返り討ちにして放逐しましたけど。
片足の腱を斬った筈ですが、腕のいい治癒魔法を受けたのでしょうか、そういった足をかばうような構えをしてはいません。
どういう経緯でここにいるかはともかく、私のことを覚えているのでしょう。強い殺気を向けてきます。
二刀流。
それが2人。
正面に集中しつつ周囲への気配察知を試みましたが、どうやら伏兵はいなさそうです。これで伏兵がいたとしたら、素直に褒めるしかないです。
腰飾りに紛れさせていた2つの棍棒を私も持って構えます。奇しくも同じ二刀流ですね。
膨れ上がった殺気を爆発させるかのように、2人は突撃してきました。しかも、タイミングを計りづらくするためか、1人はワンテンポ遅れます。
それなりに考えての連携ですが、そういった小細工は想定内。むしろ既定路線です。こちらも意表をつくため、先に仕掛けてきたほうは実質無視して、強く踏み込んで遅れて仕掛けたほうと撃ち合います。こういう場合は主導権を取らせてはなりません。
撃ち合いは一度で十分。
同格であれば懐に入ることは困難なリーチの差。しかし私と彼らは同格ではありませんし、そもそも剣と剣を交差させるのにそんなことは瑣末なものです。
遠心力を乗せた私の攻撃が相手の片方の剣を吹き飛ばします。更にその勢いで棍棒を杖代わりの支柱にして遠心力で顔面を蹴り、もう片方の棍棒で脇腹を叩きつけます。恐らく肋骨は粉々になっているでしょう。
「太刀筋からして以前より腕は上げたようですね。しかし、近衛兵筆頭の舞棍流に敵うと思っているなら思い上がりも甚だしい」
特に会話するつもりはありませんが、一方的にそう言い放ちます。
まぁゴローさんやリャンには勝てないにせよ、私とて相応に腕を磨いてきた自負があります。
さて、双から片方が欠けました。彼らは連携を前提としているので私が負けることはないでしょうが、残った片方が覚醒して窮鼠となることも有り得ます。更には伏兵の可能性もありますから、油断せず戦い、さっさと終わらせて待機することにしましょう。
・
・・
・・・
因縁。
私の頭をよぎった言葉は、まさにそれでした。
皇帝の娘として産まれ、帝位継承の第一となり、父の崩御から波乱の人生を送ることになる。
禍根は全て潰えさせたと思っていましたが、甘さは甘さ。肉親であろうと罪を犯していない者の処断はしていませんでした。
民からの信頼が得られない。
臣下から恐れられる。
それ以上に、私の信念を曲げるようで、怖かったのです。
だから、もしそれを利用するような輩がいるなら真正面から潰す。
そういう決意が、今試されているんだと痛感しました。
そういった因縁。
地下物置前にいるこの男。
先々代の近衛兵長です。
引退後は悠々自適な晴耕雨読の生活を地方で営んでると聞いていましたが、なるほど彼も元宰相派だったのですか。退役し民間人となった者は調査の範囲外でした。賢帝とか言われても、つくづく穴だらけでイヤになりますね。
見張りであろう2人の男を加え、計3人。
彼が黒幕であるかは後で確認すればよろしい。今は彼らを無力化して、物置の中を確認する。
と一瞬思っていたら、先々代の近衛兵長は判断が早い。問答無用の姿勢でまず床に煙玉を叩きつけます。広さはあるとはいえ屋敷内、あっという間に地下室は煙で充満されます。
どうやら毒素は無いようですが、そもそもどういうわけか私には毒は有効ではありません。即位したての頃は食事に毒を入れた暗殺が何度も試みられましたが、いずれも摂取のうえ失敗に終わっています。そういう体質改善を父上主導で施してくれていたんでしょうか。
つまり、単純に目眩し。
そのまま逃げるか、煙に乗じて襲いかかるか。
どうやら後者を選択したようですね。気配で丸わかりです。
強くなるための訓練は色々とやってきました。視覚を封じられ、更には過度な雑音で聴覚、更には室内であれば移動時に生じる僅かな振動を感じ取る触覚。そういったもので撹乱された場合でも、正確に敵を把握して倒す術は比較的初期段階に習得しました。何かに乗じた暗殺の可能性もあるわけですしね。
先々代は、そうした技術を私が習得している可能性に思い至らないくらい、耄碌しているのでしょう。もしくはそこまで徹底する筈がない、いかに武勇で名を馳せていても小娘にそこまで鍛錬するほどの度胸は無いとでも思っているのでしょうか。
見込みが外れて残念ですが、五感を頼らない状態であろうと、私は十全の力を発揮することが可能です。
「がっ・・・」
首筋に峰打ち。
殺しはしませんが、相応の強さで振り下ろしたので、首の骨が欠けているかもしれませんね。打ち跡が一生残るように打ち込んだので、斬首代わりに不名誉な傷を背負って生きてください。元々老い先は長くなさそうですが。
残り2人はレザーアーマーの上から鳩尾に剣の柄を強く突き刺して終わり。具体的には剣の柄をレザーアーマーに軽く当てて、零距離で一気に強く押し込む感じですね。ワンインチパンチと呼ばれる技術の武器版。
防具越しにでも衝撃が内部に浸透して、まず強い痛みですぐ気絶したようですが、起きたら内臓が悲鳴を上げていることでしょう。
さて、初級の風魔法で煙を拡散させて視界を確保。伏兵の気配もなさそうですし、残るは倉庫の向こうにある1つの気配。
「助けにきたよ、行方不明になっている牧場の従業員クン」




