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帝国編5:同じ世界でも異世界

 俺は聖王国から帝国に活動拠点を移した冒険者パーティ「乱気流」所属の剣士だ。


 以前は「荒野の葉」のリーダーを務めていたが、パーティは瓦解、以前から懇意にしていた「乱気流」へと合流することになった。


 帝国での活動は順調だった。

 服装や食生活にさえ順応すれば、聖王国と遜色ない水準の好環境。帝国風の防具にも慣れ、パーティランクがBになる頃に帝国ギルドマスターに直々に指令を受けた。


「東北の村で怪しい集団を目撃したとの報告があった。村のギルドでは人的事由で対応が難しいため、君たちに応援を頼みたい」


 その依頼を快諾して、俺たちは東北の村に向かった。


 パーティリーダーであり幼馴染の槍使いは、基本的にお人好しだ。困っている人間を放ってはおけない。


 それが場合によっては悪癖たりうることを自覚していた。

 例えばスラムで腹を空かせている子供がいた場合、彼は迷いなくパンを渡す。

 なら、それを全てのスラムの子に施すのか。

 あくまでその施しは自己満足の一過性のものでしかないのか。

 パンを渡してその場の飢えは凌げはしても、周りから疎まれ冷遇されてしまうのではないか、迫害されてしまうのではないか。


 困っている人間を助けるには、覚悟がいる場合もある。だから、彼は自らの善良さにブレーキを意図的にかけている。俺はある意味、ブレーキ役になっている。


 だが、こういった類の依頼であれば、そういうことを気にしなくても良い。


 と思っていたが、話がキナ臭くなっていた。


 東北の村は畜産が盛んな村だ。

 広大な土地で伸び伸びと育った牛や鶏の肉質は非常に良質で、帝都でも評判が良い。

 また鶏の卵を生で食べられるように処置している珍しい地域でもある。生食できる状態を維持するのは非常に難しく、ここでは安価に食べられるが帝都では高級品に相当する。


 育てるには男手も女手も問わず、産業を司る様々な地主の元で働いている。

 そのうちのとある牧場の従業員が行方不明になる事件が起こっていた。これは俺たちがギルドマスターからの依頼を受けて村に向かうまでの間に起こった出来事らしく、魔獣の仕業なのか人の仕業なのかも全く判明しておらず、俺たちはギルドに到着して初めてそのことを知らされた。


 ギルドの情報開示に作為的なものを感じたが、当然、槍使いは人助けを優先させたいと言った。

 だが、俺はそれを却下。まず、そもそもの依頼をこなすことを優先させた。

 本来的な仕事を投げることは冒険者として御法度だし、ギルドから怪しい集団について分かっている話を聞いたところ、その従業員が行方不明になったことと関連していそうな所感を持ったからだ。


 恐らくギルドは二つの異変の関連性に気付いた上で、わざわざ帝都ギルドから俺たちを派遣させたのだろう。ギルド職員は、楽観的な3人はともかく、穿った見方をする俺なら気付く程度に会話の端々に匂わせるような表現を敢えてしているように見受けられた。


 人がいなくなった経緯を漁るより、組織を探る方が楽だ。少なくとも俺としては。その導線上に行方不明者の救助があるなら重畳。


 怪しい集団は兵の集まりのようなものだったらしい。ギルドが調査に難航しているとしている理由は、調査をはじめる前後に彼らの行方が途絶えたこと。既に別所に移動している可能性もあるが、その確証が得られていない。


 無い証拠を探すより、有る証拠を探す方が楽な理論だ。そういう意味では、帝国ギルドマスターが乱気流ひいては俺に依頼したのは正しい判断だ。荒野の葉は、その活動初期には諜報活動で実績を上げていた。貴族の不正を暴き、命を狙われたこともある。隠密活動はお手のものだ。


 さりげない聞き込みで情報を絞り込んでいくと、牧場のひとつが怪しい連中の潜伏先として候補に上がった。奇しくも行方不明者が従業員として働いている牧場。


「今からギルドから入手した屋敷の見取り図をもとに、内部事情を探りに牧場主の屋敷に潜入する。シロならともかく、クロと判明したらいったん戻って出方を考えるようにしたいと思う」


 夜の路地裏で俺がそう進言すると、リーダーも同意した。

 その瞬間、首筋がぞわりとした。

 殺気。

 お互いの背後に突如現れた影が、剣を振り下ろす。

 俺は槍使いを、槍使いは俺を守るように、お互いの獲物でお互いに振り下ろされた剣を受け止める。


「俺たちを探っていたのはお前らか」


 甘かったというか、相手が見積もりを超えていた。

 剣を受け止めた後、挟撃を避けるために横方向に間合いをとって影の主を見たが、2人のうち1人はかつて読んだ書籍で見覚えがある。


 聖王国騎士団の元副団長。実力は確かだったが素行不良で、一般市民を傷つけたため騎士団から放逐された男。不正に手を染めていたとも言われている。

 もう1人は知らないが、奴と同級と考えて良いだろう。


 今の俺と比べたら俺の方が格下だ。つまり、何とか逃げなければならない。


「まぁいいや、死ねよ」


「くっ」


 そうして逃げた先がここだ。

 観光地とはいえ規模が村なので、夜間に出歩く者は少ない。

 そんな中、灯りがついていて、それなりに人がいる場所があるとすれば、飲食店周辺だろう。

 人目があれば、逃げ切りやすいかもしれない。


 と思ったが、男たちはそんなことを意に介さず、しかも増援で10人ほどに増えている。往来で刃傷沙汰を起こしても処理は容易だと考えているのだろうか。もしくは処理するつもりが無いのか。

 俺たちの最良は冒険者ギルドで待機している他のメンバー2人と合流することだが、それは叶いそうにない。ギルドからここは相応に離れていて、敵の攻撃を避けつつ退却するための体力が持たない。


「観念して死ねや」


「やなこった」


 再度振り下ろされた剣を、同じく剣で何とか再度防ぐ。大きな鳴り響く金属音。

 この打ち合いでもわかる。やはり、立ち向かっても勝ち目はない。それなりに強い自負はあるが、奴らは完全に俺の格上だ。

 これからどう動くべきか、脳を総動員させるが、俺が槍使いのどちらかが逃げて、残された方が足止めをする以外に選択肢はない。ギルドにいる2人と合流して共闘。乱気流はチームワーク、連携に優れたパーティだ。足止めで1人減るが、合流したほうがまだ勝算はある。


 とすれば、俺が足止めだ。

 槍使いには孤児院を開くという夢がある。

 俺にはそういう夢はない。冒険者としての本分を忘れ、増長した性根を叩き直すところからがスタート地点。俺より圧倒的な強者に触れ、乱気流と共に行動することで、その指針が見えるかもしれない。そう思っていた。


 そういう意味では、槍使いの夢を守ることこそが俺の「意味」かもしれない。そう定めても良いと思った。


 決意とともに剣を握る力を強めた。

 その時。


「あー、あなた見覚えがありますね」


 修羅場に似つかわしくない女性の声。

 見ると、飲食店の灯りを背に2人の女性が立っていた。1人は長身糸目、もう1人は袖口の広い服を着た、まだ幼さの残る美少女。

 糸目の女性は直立不動だが、美少女のほうは不敵に笑いながら話を続ける。


「確か前宰相勢力の貴族の私兵長でしたか?こんなところで多勢に無勢で一体何をやっているんですかねぇ?」


「な、何故貴様がここにいる!?また俺たちの邪魔をしようというのか!?」


 もう1人の男は帝国の貴族の私兵長だったのか。

 成程、聖王国騎士団崩れと同格に思えたのも頷ける。


「何故って、まぁ()()です。なるほど、これ、ただの刃傷沙汰ではなさそうですね。さしずめ、宰相の隠し子あたりを担ぎ上げるため、辺境で地盤作りしているとかだったら面白いんですけど」


「な、何故それを!?」


「あははっ。私を狙った不届者の周辺は当時全て調査済みです。子に罪は無いですから敢えて見逃していましたが、そうですね・・・やはり私の弟妹がそうされたように、敵側でも血を担ぎ上げて勢力を得ようとする悪漢が居ないとも限りませんでしたね。大いに反省しなければなりません」


 みるみるうちに男たちの表情が憤怒に歪んでいく。図星だったのだろう。


「ハっ!小娘が笑わせる!前王の無念をここで晴らさせてもらおう!」


「王ですか。まったく、帝国においてあの男が部下に自身をそう呼ばせていたことも滑稽ですが、たかだか10人ですか?この程度の人数で私に楯突こうというのが見当違いですね」


「黙れ!皆の者、かかれ!!」


 聖王騎士団や貴族の私兵崩れを始めとした輩どもが、威勢よく一斉に少女に襲いかかる。

 糸目の女性は微動だにしない。


 少女は仕方なさそうに溜息をついた。

 そして、目にも止まらぬ速さで敵の関節を外したり、骨を折ったり、強烈なボディーブローを放ったり、とにもかくにも瞬く間に襲いかかってきた10人をあっさりと徒手空拳で戦闘不能に追い込んだ。


「どうですかね?小娘にあっさり手玉に取られた気分は?」


 唖然とした。

 幼さが残るものの凛とした雰囲気の美少女であるが、戦い方そのものは一切の容赦はしない。まるで圧倒的な暴力性を持った獣のようにも見えた。


 殺しはしないが、生かしもしない。

 そういった意志を感じる破壊だった。

 そして、少女は息を乱した様子がまるでない。

 元聖王騎士団であろうと、貴族の私兵長であろうと、他に何の肩書きを持っていた者であろうと、それらが全て雑兵であると言わんばかりに平等に瞬殺していた。


「揺さ振りのとおりなら、多分周辺に彼奴らのアジトがあるね。本当に元宰相の隠し子なのか、祭り上げられているとして自分の意思なのかそうでないかは分からないけど、コイツらがやられたと分かれば拠点を移すでしょうから、今夜中に叩かないといけないかな」


「同見解です」


 少女の言葉に、糸目の女性は簡潔ながらも初めて声を出した。

 そうだ、公的な場ではいつも上級兵具を纏っているからすぐに分からなかったが、彼女は皇帝の若き近衛兵長だ。


 とすると、この少女は。


「んっと、あなたたちは乱気流さんでしたっけ?確かパーティランクBを目前にした気鋭のパーティの」


 少女は俺たちを見て、どこのパーティのメンバーかを言い当てた。


 俺は見たことはなかったが、現皇帝は女性の身ながら史上最年少で即位し、圧倒的な武力と知力で帝国をまとめる稀代の英傑と聞く。

 政敵であり傀儡として祭り上げられた弟妹を保護し、帝王学を施した上で帝政に関わるかどうかの意思決定を尊重し、その人柄で市井に紛れた者はおらず帝政を支えているという。


 間違いなく彼女は皇帝だ。

 名乗ってはいないが、そう確信した。

 偶然にしても何故ここにいるのか謎ではあるが、槍使いも察したのだろう。俺も同じく既に跪いていた。


「そういえば、ギルドの依頼にこの周辺で怪しい集団がいるみたいだから、素性を調査してくれって依頼がありましたけど、受注したのは乱気流?」


「はっ、はい。恐れながらアジトらしき場所を突き止め、内実調査をするところまで進めていたところ、襲撃を受け今に至ります」


「成程ね。今の一連でもはや内実調査が不要ということは明白。アジト内の情報を開示できるような資料はありますか?」


 俺は跪きながら懐に仕舞っておいた屋敷の見取り図を取り出した。それを近衛兵長が受け取り、皇帝に渡す。

 皇帝は一読すると一気に険しい表情になった。殺気さえ感じるような。


「既にそこまで突き止めていたのですね。この情報が確かなものであれば、帝国にとって多大な功績となります。後始末は私たちで今夜中に終わらせますので、貴方たちは周辺住民と協力してここに倒れている輩を冒険者ギルドまで連行してください」


 見ると、倒れている10人の男たちは負傷箇所こそ異なるものの、いずれも肩、肘、膝の関節が外されている。抵抗はもとより、逃げることすら無理だろう。


「お、恐れながら、近衛兵長が随伴されているとはいえ2人だけでは御身が危ぶまれると具申します。せめて我らのいずれかの同行を」


 そう。

 俺たちはアジトであろう場所を突き止めたが、規模や抵抗勢力の構成員を把握しきれていない。

 皇帝が即位の際に大立ち回りを演じたことは聞いているし、ここめ10人を一瞬で戦闘不能にしたのを目の当たりにしているし、近衛兵長もいるとはいえ、さすがに2人では危険だと言わざるをえなかった。


「心配無用です。ちなみに2人ではなく3人です。その3人目は、元荒野の葉のリーダーであるあなたならその実力をよくよく理解していると思いますが」


 皇帝は飲食店の入り口のほうに向く。

 近衛兵長に気を取られていたが、彼女の後ろにいつの間にか彼はいた。


 増長した俺が現実を見る契機となり。

 スタンピードで尋常で無い方法で尋常で無い戦果を上げた、規格外の更に規格外。


 ゴロー・パインブック。

 それこそ、何故、こんなとこに。


「ということで、今から私たちはカチコミに行きますけど、付いてきていただけますよね?」


 彼がいるなら、俺が10人100人いようと意に介さないレベルの強力な戦力となる。

 規格外の更に規格外の彼は、皇帝の言葉に若干顔が引き攣りながらも頷いた。


・・

・・・


「場所的にはここから北ですね。ゴローさん、風魔法を使って3人を運ぶことってできますか?」


「まぁ体のどこかに掴まってもらえればあとは調節して行けなくは・・・えと、何で腕に抱きついているんですかねリャンさん」


「そうしたほうが固定しやすいでしょう?」


「では私も」


「シアさん!?」


「空中デートなんて初めてですね。とても楽しみです」


「私も実は楽しみです」


「あぁもうこいつら」


 皇帝。

 近衛兵長。

 そしてゴロー・パインブックは、空に飛んで見えなくなった。


 まぁ確かに文武で名を馳せている皇帝と、近衛兵長。それに加えてゴロー・パインブックまでいるのであれば、むしろ他の付き添いなぞ足手纏いでしかないだろう。


 であれば、今回も俺は俺のやれることをやるべきなのだと悟った。仲間と合流し、間違いなく今夜中に解決して戻ってくるだろうあの3人の、戦果の受け入れ準備。

 つまり、ギルドに経緯を報告して留置場の空きを確保をし、後始末のため牧場に乗り込みテロリストの構成員を捕える準備だ。大捕物になることは間違いないので、強さは問わないものの人材の確保が夜という時間帯で果たしてできるかどうか。


 それはそれとして。


 皇帝は本来的に雲の上の人でお目にかかる機会などまずないが、想像を遥かに超えて見目麗しい美少女だった。

 近衛兵長は市井の視察で帝都を兵団で練り歩くことがあり、目にする機会はあるが、ファンクラブができるほどの美女だ。


 ゴロー・パインブックは、移動のためとはいえそんな2人に両手を抱きつかれていた。正直、羨まけしからん。


 彼には以前無謀にも因縁をつけて絡んだ申し訳なさと、自分が道を正す切っ掛けとなった恩義を感じているが、この時ばかりはこう呟かざるをえなかった。


「爆発しろ」


 彼が既婚かつ新婚であることを知らない俺は、物語の主人公とはこういうものかと羨望しながら、彼らの姿が空の彼方に消えるのを見届けていた。

ギルドは情報を絞って乱気流に伝えています。

怪しい集団=テロリストは確定。

従業員が行方不明になった牧場の主も実質軟禁されているだろうと想定できていますが、武力的に東北ギルドに解決できるほどの人材がいないため帝都ギルドの中でも優秀な人材を使わせてもらわざるをえませんでした。

途中で情報が漏れてテロリストに対策されるのを防ぐため乱気流には「怪しい集団の調査」しか当初伝えていません。


東北ギルドに着いてから詳細の情報が開示されることになります。あたかも移動中に発覚したかのように。


意図的に情報を小出しにされることを察した荒野の葉の元リーダーは歯噛みしますが、開示された情報には乱気流リーダーが暴走しうる「人助け」が絡むため、情報漏洩のリスクから結果的に良かったと見做しています。


ギルドはそういった点も踏まえて情報操作しています。


とはいえ、乱気流は帝国ギルドでも指折りの実力者であり、テロリストがその彼らを圧倒する戦力だったのはギルドとしては想定外でした。


なお、皇帝は乱気流についてのカタログスペックを把握しています。さすがに直接会ったことはありませんが、お忍びで皇帝が市井に繰り出した際に、一方的に彼らの顔と名前を把握しました。

東北ギルドから帝国ギルドへの委託依頼も把握しています。ゴローに帯同する理由のひとつにもなっています。

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