追放されし天の竜王は黎明期をかく語りき
4話目です。
悪役令嬢の物語の舞台となった聖王国が興るまでの歴史を、一匹の竜が振り返ります。
お付き合いくださると幸いです。よろしくお願いいたします。
我は竜。
偉大なる竜。
神の産み落とした至高の存在であり、神に叛逆する権限を持つ刃である。
ムカつくことがあったので神に叛逆した結果、追放される羽目になった。
そりゃ「異世界転生させたい者を祝福するため血をわけろ」なんて言われたら悲しい。意味があるのかわからんが、仮にも親が子に要求することか。
我が偉大でもまだ子供だということは考慮してほしい。
だから、バカバカー!って感じでぐるぐるパンチして暴れるくらいは許してほしい。
かくして我は追放され堕天した。
堕天するにあたり霊威は減少したものの、我が威光はいささかも衰えぬ。
幸い、堕天した世界には我が住まうに相応しい活火山があったので、マグマに浸かりながら平穏な時を過ごしていた。善き湯だな。
問題が起こった。
我が威光の影響を受けた火山鳥が形態変化した。我が似姿に進化したそれは、後に「竜種」と呼ばれる災厄となった。
竜種にも様々あるが、多くは原生生物を捕食するだけでなく、畏怖をもって従わせるという下賤な行為を行った。
我はその行為を許さなかったが、だからといって何かをするわけではない。具体的な行動をしなくてもスタンスを示すのって大事。
人間種が3人、我のもとに訪れた。
脆弱な身では近づくことすら出来ぬであろう火山内に来たその3人は、我を竜種の親玉と見做し討伐するつもりだったようだ。だが、我を見た途端、竜種などとは比べものにならぬ超越した存在であると見抜いた。故、討伐しようとしたことを厚く謝罪し、竜種を倒すための力を授けてほしいと請い願った。
我はその願いを叶えた。
彼らは災厄となる竜種どもを討伐した。彼らは強力になった遺伝子のまま交配し、やがて「竜人族」と呼称するようになった。
原生生物に友好的な竜種は、我を真似、住処を作り、そこで平穏に生きるようになったと竜人族の若者が我に言った。
生物を喰らわずとも生きていけるようになったのであれば、それも生き方であろうよ。
それから長き時を経た。
竜人族は我を守神とする集落を築き、年に一度、我が住処に訪れては感謝の貢物と踊りを披露する文化的習慣を定着させた。
貢物はどうでもよいが、踊りは我の心を鼓舞するとともに鎮めるという極めて相反するもので、その見事さは心地良く感じた。
更に長き時を経て、
新たな問題が起こった。
この世界は多種多様な種族が混在しているが、うち魔人族が野心を持って世界に宣戦布告。それは竜人族も例外ではなく、竜人族と魔人族の対立が始まった。
我も巻き込まれた。
魔人族が我が住処に侵攻してきたのだ。
竜人族の神を駆逐するのだと。
我は激怒した。
侵攻してきた魔人族は一掃した。
どうやら魔人族は集落の中央に城を建造し、四天王と呼ばれる幹部に守らせ、更にその最奥に「魔王」と呼ばれる親玉がいるという。
我は魔人族を駆逐しながらその「魔王城」へ向かった。
魔王城は我にも破壊できぬ特殊な結界に守られており、巨大なこの姿のままだと魔王城の中に入ることは叶わぬ。
小型化し、領内に入るところからはじめなければならなかった。
故に脆弱ながら似姿を作りやすい人間種に変化する術法を作り、我自身に施した。重さの変化はあるものの、出力そのものは些かも変わらず。
魔王城を目指す過程で、一人の少年と出会った。
我がかつて力を与えた竜人族の直系であり、十分な力と、まだ若いながらも確かな闘志をその目に宿した、まさしく語り継がれる『勇者』である。
更に、一人の少女と出会った。
竜人族とは比較にならぬほどに脆弱な人間種。
しかし此奴は癒し手の力を持ち、脆弱な身なれど魔人族を看過できぬと、恐れず立ち上がり竜人族を補佐する、勇者には届かぬものの勇敢な心の持ち主である。
我は二人を従え、魔王領から魔王城に挑んだ。
そう、挑んだのだ。
魔王は強かった。
堕天してから最大の、いや、我がはじめて「挑むべき敵」と認識するに値するほどの強大な力を彼奴は持っていた。
我の火山岩をも融解する強力なブレスに耐え、
我の何物も切り裂く鋭き爪と切り結び、
我の産まれてから傷ついたことのない頑強なる皮膚に傷をつける。
人化の術法を使うことによる我のあらゆる力の低下はない。小型化したことで力の流れが圧縮され、体躯は小回りがきき、むしろ強くなっている筈であり、また堕天による弱体化はあれど世界を滅ぼすに十分な力を持っているのが我だ。
その我と、同等か、それ以上。
結論を言うと、竜人族の勇者と人間種の少女の助けがなければ敗北していたであろう。
魔王は倒れた。魔王は強かった。強かったのだ。
新たな問題が起こった。
魔王は死の間際、呪いを放った。
我はその呪いを受けてしまった。
人化の術法は解け、我が威光は邪光となり、ただ破壊を齎す獣となってしまったのだ。
三日三晩、我は暴れ回った。
暴れている自覚はあれど、それを制御する機構がない感覚。
竜人族の勇者も、人間種の少女も、我を殺すのではなく抑え込もうと尽力した。
のみならず、我に滅ぼされなかった竜種の生き残り、竜人族、人間種、更には今まで敵対していた筈の魔人族、果ては我が知らぬ様々な種族が総出となり、我を救うため尽力した。
「竜王様は世界を滅ぼさんとした魔王を成敗した、紛れもなく英雄であり救世主です!殺すことは罷りなりません!私が!私が竜王様を安寧の地にお送りしますから、どうか!竜王様のお力を全種族の総力を持って!一瞬だけでも押さえ込んでください!お願いします!皆様何卒!お願いします!!」
我を補佐した人間種の少女が悲壮な面持ちで強く嘆願する。
そうか、我は竜王と呼ばれていたのか。
悪くはない。
そして、脆弱な身なれど、偉大なる我を崇め、希望を見出し、臆さず異種族を纏め上げるその胆力。
予言しよう。間違いなくこの少女は人々から「聖王」と称され、いずれ平和な世界を築いていくであろう。
我の安堵と裏腹に、我の躰は破壊を尽くす。
その我を殺すのではなく、あくまで力を削ぐため、助けるため、地上の全種族が総力をもって我に挑む。
我は偉大なる存在であるが、地上の生物に感謝した。
やがて、
僅かに我の出力の落ちた瞬間を狙い、未来の聖王は幾重もの魔法陣を出現させ我を取り囲み、見事に呪いを解いた。
我はようやく破壊の化身から、ただの偉大なる竜に戻ることができた。
・
・・
・・・
「成程、ここは確かに安寧の地である」
とある座標の地中。
簡易ではあるものの神殿といって差し支えのない廟が用意されている。その厳かさ、神の被造物である我にとって心地よい場である。
「我はここで傷を癒しつつ眠りにつこう。お前はいずれ国を建てることになる。その行く末を、見守ろうぞ」
「竜王様・・・私は・・・」
「神の直系たる被造物であり、地上にて最も高貴な存在である我が、お前が『聖王』を名乗ることを許す。もっとも、お前が名乗らずともあらゆる者がそうお前を讃えるであろう」
「ありがとうございます・・・それでは封印措置を施します・・・」
「うむ、では息災でな」
聖王は封印の術法を辺りに施すと、その効果が十全に発揮される前に転移術を使いこの場から去った。
我は眠りについた。
微睡の中で世界の行く末を見守りつつ。
聖王は程なく聖王と呼ばれるようになり、やがて我が封印の地の近くに聖王国を築いた。
聖王の称号は種族を跨いだ絶対的平和の象徴として人々に認知され、しかして小さな争いは起こるものの、大きな戦争は起こることなく時が過ぎていった。
・・・争いが起こらない原因のひとつに魔獣という全種族共通の敵がいる。これは、少なくとも我や魔王の影響によるものではなく、その出自が完全に謎である。
懸念点ではあるが、そこは地上の生物がどうにかするしかない。我は本来表舞台に立つ筈のない、神の被造物である。故に、聖王がまとめあげた者たち、そしてその子孫に、行く末を託すのである。
・
・・
・・・
問題が起こった。大問題だ。
あれから何年経ったであろうか。
恐らく3000年あたりか。
その間、誰一人として入ることのなかった、封印されたこの領域に、何者かが侵入した。
当世の魔王か?いや、あれから魔王国は邪悪な魔王を出さないように、魔王という称号や地位は戒めとして残しつつも、法や制度を作り上げて平和な国となり、それを堅持している。我に何かをする理由は無い筈だ。
当世の聖王か?いや、あの娘の没後1000年はともかく、今や竜王伝説の詳細を記した形跡はなく、知る者もいない、口伝も事実と異なる点が散見される。竜王伝説そのものが廃れている筈だ。「聖なる王が悪しき魔王を滅し興った国」が聖王国なのだ。
そもそも、初代聖王の封印は秘匿に秘匿を重ねたもので、竜王廟と呼ばれるものを知っていたとしても、場所の特定はもとより、何かの偶然で辿り着くことすらできないものだ。もはや、あの聖王でさえも。
近づいてくる。
強大な力を感じる。
警戒しなければならない。
傷は完全に癒え、力も堕天した幼き頃と同等に溢れている。それでも警戒しなければならないと本能が訴えている。
もしかすると、これは我に呪いをかけるほど強大な力を持っていた魔王を遥かに超えて強大かもしれない。
眠りから醒めた我は、未だ視認できずとも近づいてくるその気配を睨みつける。
只人であればその威光だけで怯え、竦み、動けなくなる筈だ。が、意に介していないのか近づく速度は変わらぬ。
・・・来る!
『我が眠りを妨げるものは誰ぞ・・・』
久方ぶりに声を出す。
と、現れた存在に、我は呆気にとられた。
『・・・って、人間種の、女?』
見た目、人間種の若き女。
あの頃の聖王より大人びているものの、そう大差あるわけではない。着ている服は多少の装飾はあるものの、戦いに耐えうる装束ではない。まるで、日帰りで遠出するかのような、気軽さを感じる服装。
まさか長き時を経て聖王の強固な封印に僅かな綻びが生じ、不運にも迷い込んでしまっただけなのか?
我の察知した尋常でない力を感じさせる気配も、ただ我の感覚が鈍っていただけか?
しかし、その人間種の女は歓喜したような表情で、意気揚々と我を指差し、
「ガーランド領に封印されたというイケエデの裏ボスである伝説のインフィニティカイザードラゴン・・・魔力強化なしでのあなたの単独撃破をもって、私の鍛錬の総仕上げとさせていただきます!」
仰天の科白を放った。
イケエデ?裏ボス?なんぞそれ?
インフィニティなんとか?かっけーな。
我を何のバフも無しで倒す?しかも単独撃破??鍛錬の総仕上げ?
ということはこの子、明らかに我を狙って、この竜王廟に、意図的に侵入し、厳重な封印も破ったということか?
人間種の女が?
間違いなく人間種であるが、魔人族の頂点に位置した魔王より圧倒的に濃い闇の力を感じる。感じるが、それを使わないだと?使わずに、我を倒すと?
・・・本来ありえないが、ありえるぞと我が本能、我が細胞が全力で危機を訴えている。戦うなら手加減や舐めプの類は一切してはならないぞ、と。
もはや困惑しかなかった。
『えっ、魔王と死闘を繰り広げた我を、人間種風情が単独撃破を宣言って』
何それこわい。こわいよ。
とっ、とりあえず戦わないとヤバい、全力で。
今まで色々な問題が起こったけど、それらが全て些事と思えるレベルで大問題だよこれ!!
魔王とかそんなんじゃない。やっぱり間違いなく人間種だけど、もっと強くて、もっと得体の知れない何かだこの子。何なんだよホント!?やだああああ!!!!
あぁもうどうにでもなれ!!!!!!
行くぞ!!ぐおおおお!!!!!!
・
・・
・・・
「とまぁ、これが聖王国創世記と、ついでに我の顛末よ」
「ふえー、なるほどー」
結果。
我は負けたよ完膚なきまでに。
マジで何のバフ無しの素手の女の子相手になされるがまま。
小回りきかせるために人化の術法を使ってラウンド2やったけど、あんまり意味なかったかなー。少しは善戦できたけど、最初だけ。コテンパンにやられて終わったさ。
むしろ我は耐久力が高いから、バフなしだとノックアウトされるまで相応に時間がかかった。
わかる?負け確定だけど圧倒的な暴力に対してじわじわ削られていくだけでしかない恐怖。いっそのことバフかけてあっさり楽にしてほしかったわ。
「じゃあ、あの人は私と戦った後にハンデありで竜王様と戦ったんだねー。羨ま無茶するなぁ」
「オイオイオイちょっと不穏なことを言わなかったか娘よ?」
我と話す小娘も、聞けば奴と同等の強さを持つという。強さを探ると確かにそうだ。聖王と同じ力を秘めた逸材かと思いきや、これ力のベクトルが全然違う。
母よ、我は神への叛逆ができるくらいのスペックを持ってるんじゃなかったっけ?自信なくすなぁもう。ねぇ、我も鍛えれば強くなる余地あるの?
「なんにせよ、竜王廟の封印が解かれ、戦いで崩壊した以上、あそこからは離れなければならなかった。幸い、この領主邸は居て心地良い。若き領主を助けつつ、いましばし食客としてのんびり世話になるのも悪くない」
「そうですかー。私も、ずっとずっと竜王様にお会いしたかったです。から、好都合ですねー」
瞬間、小娘の雰囲気が変わった気がした。
「お前・・・」
「えっ?」
いや、気のせいだろう。小娘はいつもの小娘だ。
目覚めてからの我は少々ポンコツ化しているからな。呪いの傷は癒えきれていなかったのだろう。全盛期に戻ったのも気のせい。そうに違いない。うん。違いないのだ。
そうして、我は小娘と二人で、主の帰還を待つのであった。
なお、我が話した聖王国の創世については、当面二人の秘密とすることにした。
お読みいただきありがとうございました。
6/13 0時に次話を投稿いたします。
引き続きよろしくお願いいたします。