帝国編1:元事務職員、帝国へ
俺はゴロー・パインブック。
異世界転移者だ。
あくまで異邦人ではあるが、恐らく元の世界に帰ることはないし、この世界で生涯を終えたいと思う。
俺はいま帝国に来ている。
元の世界の創作物では帝国は圧政を敷いて民を苦しめ他国への侵攻を良しとする悪いイメージで描かれることが多いように思えたが、ここはそんなことはない。
賑わいや街の規模は聖王国首都と大差なく、圧政により何かが制限されているという雰囲気は全く感じられない。
人々の装いは元の世界のアジア諸国を彷彿とするオリエンタルな要素が盛り込まれており、そのくらいしか聖王都との差分を見出せない。
俺は冒険者を引退する予定だ。
今は非常に微妙な立場で、本来は冒険者を引退したいが諸事情からできず、商業ギルドと冒険者ギルドに同時に所属しているという形になっている。
ここへは商人の立場で来ている。だが、冒険者ギルドから「帝国に来た際には必ず皇帝に謁見するように」と厳命されているため、帝国城へと赴いていた。
城門前に来ると、門番が強い目付きを向ける。一応事前に宿で身綺麗に整えたとはいえ、聖王国などの西国由来の装い。明らかに自分達と文化的なカラーが違う人間に対して警戒するのは当然だ。
冒険者ギルドから渡された書状を門番に渡す。
「事前にアポ取りさせていただいていました、ゴロー・パインブックと申します。畏れ多くも皇帝陛下に御目通りいただきたく、参上した次第でございます」
「ゴロー・・・貴殿がか。うむ、確かに。城内より案内人を手配するので、そちらの椅子に座ってしばしお待ちいただきたい」
城内へは問題なく入れそうだった。
しばらくすると、着物を着て口元を半透明の布で巻いた糸目の女官が来て城内を先導してくれた。
皇帝とはスタンピード終息後に一度会って以来だ。前の世界にいたときの職場の後輩に酷似した容姿に驚いたが、それ以上の他意はない。
妻のアークは女性として皇帝を警戒しているようだ。うーん、そういう気はないんだがと言っても納得は難しいだろうな。後輩は年の離れた妹のようなものだったんだが。
そんなことを考えながら、皇帝の間に到着した。警備兵が立ち並ぶ先に玉座があり、そこに皇帝が座っている。
聖王国にいたときは西側の格好に合わせていたのだろう、今は中国然とした漢服のような華美な衣装を纏い、簾のついた冠をかぶっており、整った容姿も手伝ってアンタッチャブルな威厳を感じさせる装いだ。
あいつも会社で偉くなって管理職になったらあんな威厳のある感じになるんだろうか。想像したら微笑ましくあるが、このような場で不用意に表情を変えるのは望ましくない。
事前に説明を受けたように片膝をつき、胸元で右手で拳を握り、それを左手でかぶせる。目上の者に対しての儀礼の厳格さは例え外部の者であっても例外なく要求されるという国家性があるので、それに倣う。
「表を上げよ」
皇帝の声に呼応して、傅いていた首を上げる。皇帝の目付きは心無い為政者のように冷たいものだったが、そもそも一国の主が一介の商人や冒険者と本来同等である筈もない。
「此度は辺境国よりの来訪、ご苦労であった。聞けば冒険者稼業から退くこととなり、今回は商事のために参ったとのこと。商業、冒険者いずれのギルドにも下命した故、必要があらば使うといい」
「はっ、有難き幸せ」
案内をした女官からは、皇帝との謁見は帝国で行動するための便宜を図る儀礼的なものだという説明を受けていた。
会話をするのではなく、一方的に下知するだけのもの。元々異論はないが、実際にちゃんと便宜を図った内容なので非常に有難い。行動が狭められたどころか、確かにむしろ広がったくらいだ。
謁見の儀を終えて退出し、皇帝の城から宿に戻ると、そこには帝国の普段着を纏った皇帝がロビーで待っていた。
横には先ほど案内をしてくれていた口元を隠した女官が、皇帝と同じく普段着で控えていた。お目付け役か、ボディーガードか、恐らくその両方だろう。
「折角来ていただいたのに、アレで済ますのはさすがにどうかと思いまして」
さっきのアンタッチャブルな威厳はどこへやら。まるで町娘のような屈託のない笑みを向けてくる。
「いや、それはまぁそうなの?ですけど、ここにいらして執務はよろしいんですか?」
「帝政改革をして稼働を分散させるようにしていますので、私が数日不在なくらいなら問題がないように余裕を持たせてます。魔王領も政治改革をやっている最中ですけど、帝国をロールモデルにしようとしているみたいです。ご存知ですか?」
ご存知なかったです。
そっか、魔王領は改革の最中なのか。大変だなぁ魔王。
あれよこれよと、お忍びとはいえ皇帝の言に逆らうなんてことは出来ず、3〜4日はボディーガード役の女官とともに皇帝と行動を共にすることになった。
だが、良いんだろうか。俺が帝国に来たのは物見遊山ではなくあくまでビジネス目的。
しかも、帝都そのものに用件があるのではなく、東北の山脈が目的地。冒険者ギルドによると魔獣の目撃が多数ある危険な地であるとともに、俺はその山に住むとされる「竜種」に商談をするために来たのだ。
その危険性を伝えたが、皇帝は「へ〜、そうなんですね」で一蹴し、女官は頷くだけで何の意見も言わなかった。
仕方がないので明日から行く予定だったが取りやめようとしたところ、皇帝は「大丈夫ですよ!」とこれも一蹴し、女官はなおも頷きつつ何の意見も言わなかった。
ソロで集中できるかと思いきや、そんなことがなくなってしまい前途多難な予感がしてきた。




