閑話:皇帝、懐古する
私は世間的には皇帝と呼ばれています。
聖王国に匹敵する大国である「帝国」の最高権力者です。14歳で即位し、今に至っています。サミットに参加する主要国首脳の中では最も若いですが、それなりに長く在位しています。
即位したての頃は本当に大変でした。
いえ、大変という次元ではありません。
父の突然の訃報。
悲しみに暮れる間もなく帝位継承権第一位だった私が皇帝に即位。
それを良く思わない、もしくは好機と見た権力者たちの暗殺行為。
私よりも小さい弟妹たちはそれぞれ権力者たちの傀儡にされ、会うことすら容易ではなくなる。
その頃の何もわからない私が生き延びられたのは、父を慕う部下の方々の献身の賜物でした。
守られるだけで統治する力は不十分。
必死に執政すべく奮闘しても時間も力も足りない。そんな私にとっての僥倖は、即位から数ヶ月後に聖王国で行われる主要国サミットでした。
帝国は世界の主要国のため、最高責任者となった私は出席のため聖王国に行かなければなりませんでした。
今回ばかりは代理を、という声もありましたが、議会はそれを棄却しました。
私にとっては、暗殺の機会がなくなるわけではありませんが、それでも帝国から離れることで幾分かは安全が確保しやすくなるので、気がとても楽になりました。
主要国サミットというくらいです。
出席者は全員が国家首脳。父は政治の場では厳格で威圧感のある人でしたが、全員がそういう人。巨大な円卓の重厚さにも圧迫され、従者がいるにもかかわらず、世界から孤立してしまったかのような寂しさと怖さを感じていました。
まずは議長である聖王様から、父への黙祷が告げられました。黙祷が終わると、議題に入る前に聖王様が私のほうに向きました。
「まずは前皇帝の突然の崩御、心よりお悔やみ申し上げる。現皇帝には先代の偉業を引き継ぎ、帝国の益々の発展をされるものと期待し、お祈り申し上げる」
他人行儀で、事前に用意された文章をそのまま読むかのような言葉。
父と聖王様は懇意にしていらして、もっと小さかった頃に聖王様に抱っこしていただいたことをよく覚えている。
あの頃とは、まるで別人のようでした。
父が死んで。
皇帝に即位して。
暗殺者に狙われる日々を過ごして。
かつて優しくしてくれた人に突き放される。
私は悲しくて泣きたくなってきた。
が、
「皆様方、ここからは少しだけ私個人の思いとして話をさせていただきたい」
聖王様は続ける。
「年端も行かない君が皇帝になってしまった。それは帝国内の事情であり、事実だ。変えようがない。帝国内で君が権力者と戦おうとも、外交上悔しいが私たちは誰も手出しができない。だが、大切な友人である先帝の忘れ形見である君を、私は大切に思っている。それだけは、それだけは忘れないでほしい」
その言葉に。
私は泣きました。父が死んだ時も茫然自失として泣けず、眠ることさえ恐怖して追い詰められて蓋をしていた感情を、撒き散らすように。ここが世界の首脳が集まる厳粛な場であることを忘れて。
議会開始直後、議会は満場一致で当日の進行を中止とすることとなり、そして皆が私が泣くのを止めませんでした。
私が落ち着いた後、本来は会議が終わってから行われる懇親会が前倒しで行われました。それは、父の生前について語り合い、また私を慰めて激励する会となりました。
今思えば、皇帝に即位してからようやく年齢相応の自分に戻れた時でした。
懇親会がオフレコの場であるからというのもあるのでしょう。聖王様は昔のように、友人の娘として優しく接してくださいました。
初めてお会いする各国首脳の方々も、先ほどの聖王様のように直接的な手助けはできないが幸せになれるよう願っていると、優しい言葉をかけてくださいました。
私の知らないお父様の話を色々と教えてくださいました。議会の場では政敵であった方々も、父がどれだけ民のことを思って政治をしてきたかを酒気混じりで熱く話してくださいました。
それが、私にはとても嬉しくて。
その夜、皇帝に即位して以来、私は初めてゆっくりと寝ることができました。
夢の中で父に会った気がします。内容は覚えていませんが、寝起きには一抹の寂しさと、父に負けない皇帝になるという決意を抱きました。
それから、一日遅れで改めて開始された議会に国の代表として参加して、帰国してから私の皇帝としての戦いが始まるのでした。
・
・・
・・・
「どういう状況でしょうかこれ」
5度目の主要国サミットの出席後、懇親会の一角に、よく分からない組み合わせの面子がいました。
ええ、敢えて面子なんて言葉を使います。
まず魔王領の魔王様。私のサミット初回参加の懇親会で「私のことは兄と慕ってもらっても構いませんからね。国内のゴタゴタならともかく、超国家的事態の際にはすぐかけつけます」と仰った後に「お姉ちゃん・・・」と言ってしまって場を騒然とさせたのは良い思い出です。今はそれなりの年齢の筈ですが、あの細さと美貌は私よりも女性らしいです。
次に、その側近さん。いえ、魔王様との正式な婚約が発表されたので魔王夫人と申し上げたほうが適切ですね。おめでとうございます。お兄様をよろしくお願いしますね。
それから、以前のサミットで国として認められたエルフ国の女王様。エルフだからか私よりは歳上ですが、若くして国の代表に即位したということでシンパシーを感じ仲良くなりました。
その健脚でフラッと帝国に遊びにきてはスイーツを一緒に楽しんでいます。立場的にそんなフラッと来ていいのかな?頻度が頻度だからか警備兵とも仲良くなっていますし・・・
あとマザーさん。女神教の古株で、大司教様ですら頭が上がらないと聞いています。確かに今回のサミットでは女神教の信徒の一部が邪神を祭るようになって事件を起こしたということで、その一連を説明するため議会に参列いただきましたので、ここにいて不自然ではないですが。
極め付けはアインスさん。
邪神事件の最大の証言者にして、女神様の分霊。女神の実在は教会により秘匿されて不明とされていましたが、議事録に残さないことを条件にご自身の素性を明らかにしました。
聖王様と魔王様は事前に知っていたからか非常に苦い顔をされていましたが、知らない他の首脳たちは私も含めて騒然。彼女の存在をこの場のみで限定的にでも明らかにしたことは、ある意味ではかつての超スタンピード以上の衝撃でした。
魔王様。
魔王夫人。
エルフ女王。
マザーさん。
アインスさん。
で、何故かその中心にいる、アークさん。
「えと、やはり状況が見えないのですが」
そう私が問いかける相手は、アークさんの夫であるゴロー・パインブックさん。
私はパインブック夫妻とは面識がありますが、旦那さんとは以前帝国の恥部を排する際にご助力いただきました。聖王様や魔王様とも懇意にして、社会的な立場も高いですが、あくまで平民。今回の主要国サミットには参加しておらず、本来この場にいる筈がないのです。うん、なんでここにいるん?
「あー、うん。ちょっと事情があって今回に限り潜り込んで良いということになりまして」
潜り込んで。いいの?
えっと、不穏な言葉で返されましたが、その先に続く言葉を待ちます。嫌な予感しかしませんが。
「聖王国王太子の婚約破棄事件ってご存知ですかね?あの一件で聖王がアークに借りを作っちゃって、その借りを返すってのが、今回の懇親会に潜り込んでいいってことなんですよ」
「懇親会に?サミットではなく懇親会だけ?一体何が目的で?」
「えー・・・あの集まりって、スイーツ友の会って言うんですよ。ついこの間に発足したばかりの。で、この懇親会が世界各国の料理を出しているって魔王とエルフ女王から聞いて、アークが視察がてら行きたがってまして」
「まさかのスイーツ目的」
「まぁ料理全般に興味を持ってますけどね。で、と思ったらマザーさんとアインスもいたので急遽スイーツの会が開催、アドバイザーの俺は皇帝さんを同じくアドバイザーとしてスカウトするように言われて、こうしてお話させていただいている次第でしてね」
「アドバイザー」
「陛下は執務の傍ら様々な国のスイーツを食べているそうで」
何故知ってるし。
あ、エルフ女王ですね漏らしたの。
えっ?魔王様と魔王夫人も何となく勘づいてたと?ここで大体甘いものを率先して食べてるし、こういう場で初めて出る世界各地のスイーツを率先して美味しそうに食べてるの見てる?
「ところで、俺が異世界人ってことご存知ですか?」
いえ、知りません。
というか、えっ、何なの異世界って?
「俺も前の世界では料理を趣味にしてて、覚えている限りスイーツの再現をする立場でアドバイザーやってるんですよ。陛下の世界のスイーツの知識と、俺の前の世界のスイーツの知識で新しいものが生まれるかもと思うと、面白いと思いません?」
・
・・
・・・
今回も主要国サミットは議題が多く大変でしたが、最後の最後で私がアークさん主催のスイーツ友の会のアドバイザーに就任するという面白ハプニングが発生しました。
えっ、なんでサミットで認められた形になってるんです?パインブック商会がサミットで実質公認になったのは分かりますけど、ちょっとオフレコの場だからって皆様方そんな盛大に拍手しないで。恥ずい。
サミットはサミットで世界にとって必要なことですがあくまで前座、本命は各国首脳の方々の息抜きの場である懇親会だからって、これどう考えても悪ノリしてますよね?
後々大事になっても私は知りませんよ?
パインブック商会の影響力って凄いんですからね?辺境国王を問い糺してまで軌道修正させたの忘れたんですか?影響力を抑えてなお、他国である帝国内でも市場でかなり台頭している最大級の新興勢力なんですよ?
そんなこと知ってるか。
諦めよう。
とはいえ。
異世界ってのがまだよく分かっていませんが、異なる文化の交流になるという点では確かに面白そうです。
まぁ何と申しましょうか。
魔王国の重鎮。
エルフ国の重鎮。
女神教の大重鎮および女神様そのもの。
世界を席巻しかねない大企業の社長。
様々な勢力のトップがいる中に、それに私が加わることで、この会がある意味で世界最大規模の権力と戦力の集まりになってしまいました。まぁ戦力面では魔王様とアークさんとゴローさんがいるって時点で今更ですけど。え?私もカウントしていいんですか?
執務のストレス解消で世界各国のスイーツを食べるようになりましたが、そんな経験がまさかこんなところで役立つとは。いや、役立ってしまうとは。人生ってホントわかりませんね。
お父さん。
私は私なりに皇帝として頑張っています。
だから、心配しないでください。
前途多難なところは色々ありますけど、ちゃんと帝国を盛り立てて私自身もちゃんと幸せになりますね。
首脳1「ん?あそこにいらっしゃるのアーク社長じゃないか?」
首脳2「ですねぇ。なんか壇上に登ろうとしていますけど、また何かやらかすんでしょうかね」
アーク「懇親会にお集まりの皆様、魔王夫妻とエルフ女王とマザー、アインスさんで構成されるスイーツ友の会に、この度皇帝がアドバイザーとして就任いただくことになりました!」
一同「よくわからんが、おー!!」
アーク「皇帝には世界の甘味に関する豊富な知識で我々の会を盛り立てていただますが、つきましては各国首脳の方々も周辺諸国など珍しい甘味の情報がございましたから是非我々に共有をお願いします!」
一同「よくわからんが、パチパチパチパチー」
聖王「やらかしおった」
皇帝「なんぞこれ」
ゴロー「あはは・・・」
辺境国王「胃が痛い」
後にスイーツの会は商会の子会社に形態を変え、その業務内容が甘味業界ばかりか甘味に関するあらゆる流通に革命を起こした。
世界のあらゆる甘味の情報がそこに集約され、その知見は後に書籍「世界の甘味大全」の出版という形で世界中に認知。知られざる甘味や新しく生み出される甘味情報刷新が年に一度行われて、累計販売部数は世界人口を超えるロングベストセラーとなった。一世帯に一冊。
年に一度聖王国で行われる世界の甘味展はそこらのイベントを遥かに上回る興行収益を叩き出し規模が拡大。各国に専門店ができるなど商会を支える柱の1つとなる。




