スタンピード 2 〜ゴブリン族の魔法使い、戦慄しつつも覚悟を決める〜
「そういう経緯です。私とゴロー・パインブックは共にこのスタンピードを備えていました。主な戦力である聖王国の準備が整うであろう間に、第一波殲滅をまずは試みます」
無茶苦茶だ。
俺は魔王様から何をやるのか聞いている。
はっきり言って無謀でしかない。
いや、魔王様ならどうにかしてくれるかもしれないと思っていたが、目の前の光景は俺のそんな楽観視を見事に破壊してくれた。
集団戦で敵の動きを鈍化させるために誰かが先陣を切ることはままある。
だが単体の危険度のクラスはともかくとして、魔獣のあの数は尋常ではない。魔王領から聖王国に繋がる街道をまるで津波のように埋め尽くして地平の彼方から襲いかかってくる数多の魔獣の群れ。万という単位ではきかないかもしれない。
俺たちが冒険者として生涯を通して倒すであろう魔獣の数を、圧倒的に上回っている。
魔王様は戦友と二人だけで足止めをするという。
だか、どんなに人智を超えた魔王様であろうと、魔王様が認める傑物であろうと、あんなのに対抗できるわけが
「魔王!」
「来たか松本。さて先陣は」
「まずこのまま俺が切る!」
尋常でない光景を見た。
マツモトと呼ばれた絶滅危惧種のリーダーは遠方から猛スピードで駆けつけ、魔王様と一言二言交わすと、止まる事なく天高くに飛び上がる。
跳躍ではない。飛行していた。
それが低位風魔法の連続使用による実質的な飛行であると後で聞いたが、そんなこと常識的な魔力量だと確実に実現不可能な神業だ。
「あぁ、なるほど」
魔王様は彼が何をやろうとしているのか納得したかのように頷くが、俺には何をしようとしているのか皆目見当がつかない。
彼はスタンピードより少し手前の上空で止まる。
「取りこぼしの処理は任せた!」
「任された」
遠くから風魔法で届く声。
二人のその阿吽の会話。
と、彼の周囲に夥しい数の石や土壌が瞬間、出現する。いわゆる低位土魔法のストーンバレットの類だが、やはりその量は尋常でない。およそ小さな町の面積分はある。
そして、俺には彼がやろうとしていることが理解できた。荒唐無稽だ。荒唐無稽にも程がある。
超超高度からの物質落下。落下の勢いがついた物質は、拳大の石であっても魔獣の皮膚を軽々しく貫通するだろう。土壌であれば圧死は必然。
礫と土壌の面積は広大、密度もあり、回避は容易ではない。
落下が、はじまる。
まず第一波の先頭部分のほぼ全ての魔獣が猛スピードで落下する石礫や土壌の餌食となった。
予め斥候役を担ってくれることになったエルフの鷹の目での確認によると、息のある魔獣もいるがごく少数。しかも機動力はおろか戦闘能力もごっそり削られていて、俺でも倒せそうな様子だった。
それだけではない。
先ほどの攻撃を第一層とするなら、第十層まで石礫と土壌の広大な絨毯を既に作っていた。
まるで子供が画用紙にスタンプを押していくかのように、それぞれの層の石礫と土壌がスタンピードの魔獣をそれぞれ蹂躙していく。使っているのは低位魔法だが、これほどの現象を起こすのに一体何十、何百人分の高位魔法使いの魔力を使えばよいのか、まったく想像だにできない。
「いったん下がれ松本!後衛は彼にエリクサーの用意を!彼が回復するまでの間は私が時間を稼ぐ!」
と、魔王様が翔ける。まるで一筋の光のように。普段の穏やかな雰囲気が一転。身体中に殺気を巡らせ、炎を纏ったかのような熱を帯びて飛び出す。
取りこぼした魔獣の中には戦闘能力を失っていない者もいるが、鎧袖一触、剣閃とその余波で100頭単位の魔獣を切り捨てる。
全種族の中で最高峰の戦力を持つ魔王という存在。単独にして師団を制圧する圧倒的な力が、遺憾なく発揮されるとこうなるという好例。やはり、俺たちとは格が数段階違う。
瞬く間に1000もの魔獣を倒したという報告が入る。斥候のエルフたちは状況を正確に伝えてくれる。だからこそ、この常識の埒外でしかない戦果に戦々恐々としていた。
ややもすると、この化け物二人だけでスタンピードという危機を脱してしまえるのではないかと思ってしまうほど。
「ぐぉっ」
とはいえ、全力での戦闘を続けた影響か、流石の魔王様も不意の攻撃を受ける。
「全力で飛べ!」
その声に呼応して魔王様が飛ぶ。
単純な脚力による跳躍だろう。しかしその高さは先ほどの絶滅危惧種のリーダーかくや。その下を、これも尋常でない数の火球が魔物の群れに放たれ、包む。俺を含む火の魔法使いで構成された一個師団が一斉に放ったとして、ここまでの規模の攻撃が果たして出来るものなのか。
「ついでだ。受け取れ」
魔王様も呼応して魔法を編む。
俺の得意とする属性は火。魔王様も同じく火魔法を使おうとしているが、位が桁違いだ。
書物でしか見たことのない、存在だけは知られている最上位魔法にして浪漫。
太陽の表面で起こる爆発減少をもとにした、伝説の魔法。
「太陽爆発」
嘘だろ。
書物でしか知らない伝説級の魔法を魔王様が放つ。それ自体は良い。
問題はその威力。
超高熱で魔獣の群れは焼け焦げを通り越して消滅。余波でさえ魔獣たちに熱風によるダメージを与える始末。
絶滅危惧種のリーダーは圧倒的な物量で下位魔法を効果的なものにしているが、これは正真正銘質が段違い。
結局は、範囲攻撃で取りこぼした敵を見事に消滅させる。見事なコンビネーションだった。
二人とも俺が人生を賭けて魔法のみを研鑽し尽くしたとしても決して到達できない、超越者の域。
魔王様ならまだわかる。魔王様だから、で全て納得できる。魔王とはそういう説得力を無条件で出せる役職だ。
だが、絶滅危惧種のリーダーは本当にわからない。人間族の魔法使いは、極めに極めるとこうも逸脱するのか。それとも彼も突然変異の一種なのか。
分かることは、二人とも超越者であるという簡単な事実だけ。理解は全く及ばない。
スタンピード以上に戦慄したが、そうも言っていられない。
そろそろ俺も役目を果たさなければならない。はっきり言って力不足にも程があるが、ほんの少しでも助けになれるなら僥倖。
キャリアや報酬、また自身の成長のためにと受けた依頼が、まさか聖王国ひいては世界そのものの行く末を左右するものになるとは。
とりあえず考えるのはやめだ。これから俺は俺のパーティメンバーと一緒に魔王軍に合流して、聖王騎士団と戦線を組む。あとは、やれることをやるだけだ。
ゴブリンメイジの意地。
魔王領冒険者ギルド筆頭の矜持。
見せてやる。




