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元事務職員、魔王と会う 2

「黄金郷は私も解決させようとしましたが、無理でした。踏破は()()()()()()()()()でした。解決してくれて感謝していますよ」


 浅黒い肌をした美しい青年・・・魔王は俺と歩きながらそう言う。


 中央冒険者ギルドに赴き、待っていたのが彼だった。どのような形で魔力を測るのか内心楽しみにしていたが、まさかこんな大物が出てくるとは思わなかった。


 世界の切り札。

 スタンドアローンでパーティランクに換算して最高のAとなる業績の数々を叩き出している、例外中の例外。

 世界で知らない者はいない頂点。

 全生物の頂点と名高い竜種すら上回るとされる存在。

 人の数だけ異名が存在するとも言われるが、そこに共通するのは魔王という存在が規格外だということ。


 アークやエルリィの言う「覇気」というもの、今ならわかる気がする。彼は間違いなく強い。伝聞の遥か上。間違いなく俺が出会った中でも飛び抜けている。横並びに歩く今も、全身から警鐘が鳴り止まない。


「この世界の人間で女神を動かすことはこの私を含めて不可能なことでした。この世界の人間は、いかなる手段を用いても女神に黄金郷のことは伝えられない、という強力な補正があったからです」


「補正?」


「ですが、元々この世界の住人という扱いとなる転生者では無理でも、あちらの世界からの移住者と判定される転移者ならその補正を無視することができる。つまり、君がいなければ黄金郷は未来永劫解決しなかったでしょうね」


 向かっている先は聖王国所有の舞踏会場。未曾有の危機が訪れた際の対策本部や避難場所として用いられ、竜種の攻撃にも耐えうる強固さを持つという。


 それよりも、魔王が「この世界」「あちらの世界」「転生者」「転移者」という単語を使っていたことのほうが気になった。

 いや、気になったどころではない。

 明らかに彼は異世界のことを知っている。

 この会話も、彼にとっては世間話なのか、何か探りを入れようとしているのか。それはともかく、俺にとってはその無視できない一言一句に警戒していた。


「不思議に思っているのも仕方ないというか、当然のことです。私については恐らく君が想定しているいくらかのパターンのどれかが正解になっているだろうし、その話もしなければなりませんが、要件はそれではありませんからね」


 舞踏会場に辿り着く。

 本来はここで豪華絢爛な社交界が催されるのだろうが、そういう予定が無いであろう今はそんな雰囲気はなく、魔王の声ががらんどうの大きな部屋に反響する。


「中央冒険者ギルドからの私への委託内容は、君の魔力が測定不能と判定された理由を、私の裁量で解明するというもの。で、何故私なのか?それは私の戦力が冒険者ランクに換算するとS級上位、つまり世界最高峰であるからです」


 魔王は自然体のままだが、明らかに雰囲気が変わる。殺気でも敵意でもないが、俺に攻撃しようという意図が明確に見える雰囲気。


 フっと魔王が笑む。

 始まる。


「依頼を受けて良かったよ。ということで試験開始だ。全力で来い。異世界転生者のチーターの力、見せてやろう」


「!」


 口調が変わった以上に、更に聞き捨てならないその言葉。

 その真意を問う前にノータイムで魔法が飛んでくる。これは呪いを纏った土地神と同じベクトルの力、闇魔法か。ゴルフボール程度の大きさのものが数十個、豪速球で襲いかかる。


 発動前後の魔王に全く隙はない。

 足場を崩されることを警戒してか、いつの間にか床ではなく自らが作って僅かに浮かせた闇属性の板の上に立っている。これだと土魔法を使っても意味がない。

 風魔法で姿勢を崩す余裕などなく、攻撃の隙を全く作れない。ので、まずは魔王に隙を見せないよう迎撃しなければならない。同様にゴルフボール大の火球を数十個作り、各個迎撃のため放つ。


「なるほど、貫通スキルか」


 闇球と火球が激突する前に魔王が呟く。その言葉を実証するかのように、火球は闇球を消し飛ばし、魔王に向かって飛んでいく。


 貫通スキル付与のため障壁などの防御は意味を成さない。

 かつ、回避するには間に合わない。


 魔王はどう対応したか。

 火球を全て受けた。受けきった。

 皮膚の焼ける臭いがして、実際服も焼けているが、ダメージ自体は全く受けていないように見える。


「まず、俺は自動回復スキルを持っている。故にこのような中途半端な攻撃ならば受けてから即座に回復、で実質的に無効化する。まぁ、当たったら痛いがな」


 平然とする魔王。

 彼は俺にピンとくるよう、敢えて言葉を選んでいる。それは分かった。

 それとは別に、俺の魔力が測定されなかった理由を確信した。予想はついていたことだが、俺の魔力が急成長して測定範囲を大きく逸脱したから、測定できなかったのだ。


 緊張感の中、火球を作ったときの感覚。

 まるで無意識にピアノでサスティンペダルを踏んで端から端までアルペジオを弾いたときのような、弾いたところが和音が残響するかのように火球が発生した。

 今までは連続で放つにしてもひとつひとつ丁寧に、かつ最速で魔力を練り上げていた。それをする必要がなくなったかのような。意識しなくとも意味のある音を出せるようになったかのような。


 初級魔法しか使えない縛りは変わらない。

 が、運用方法が劇的に変わる。


「じゃあ、中途半端でなければいいんだろ!」


 吼えた。

 自分でも柄ではないと思う。

 だが、感情の昂りを抑えられなかった。


 貫通。

 魔力の大幅増加。

 それによって可能となった魔力の運用方法の刷新。


 魔王は「中途半端」と敢えて挑発するような言葉を使い、そうしてパワーアップした俺の力を全て受け止めると宣言したのだ。だから俺に分かるように「自動回復スキル」を持っていることを明かしたのだ。


 全力で来い?

 やってやるよ。


 地水火風、その初級魔法をこれでもかと繰り出す。

 一人オーケストラの全弾発射。

 辺り一面を全て覆い隠すかのような勢いで放ったそれは、そのひとつひとつが魔王を害するために放ったもの。隙を突くとか効果的な攻撃を当たるなど全く考えない。ただ圧倒的な物量に任せた、勢いのみの攻撃。


「うむ、及第点だな」


 魔王の対処法は単純。だが「成程」と思うものの、実行するには常軌を逸したものだった。

 貫通付与されるとはいえ、あくまでひとつひとつの威力はそこまでではない初級魔法を右手、左手、右足、左足それぞれにわざと被弾させ、瞬時に自動回復スキルで回復して同じように更に被弾する。

 それを高速で行う。


 痛みを恐れない対処方法。

 敵の攻撃を回避する、そもそも攻撃させないことを戦術としている俺にはできない芸当。


 魔力を使い果たす勢いで魔法を使ったので、追撃はできない。魔王は俺の疲労が回復する前に俺の魔法をすべて力づくで消し尽くした。


 勝負としては、俺の完敗だ。


 それにしても、無茶苦茶だ。

 が、その無茶苦茶具合は遠い昔に見覚えがある。

 疲労困憊だったが、確信をもってその見覚えが間違いないものだと言える。


「基本的に被弾上等とはいえ、ここまでダメージを受けたことも珍しい。君も想定していただろうが、測定器で君の魔力を測れなかった理由はもはや明白だな。ギルドには俺から報告しておこう」


「それはそれで有難いですがね・・・有村先輩」


「おっと、流石に聡いね。俺のことが分かったのか」


「アンタしかいねーよ・・・普段の物腰は柔らかいのにいざというときはかっこつけのクセに熱血漢で・・・無茶なことを他人にも自分にも押し付けるような奴は・・・」


 反則だろ、と思った。

 黄金郷の出来事で前の世界とは一応の区切りをつけたつもりだった。

 が、こうも俺にしかわからないヒントを出して、前の世界の残り香を感じさせる存在と出会すことになるとは思いもしない。


 有村先輩。

 中学の頃の先輩で、いわゆる学校の人気者だったが、交通事故で死んだ人だ。

 学年、性格、生活スタイル、ありとあらゆるものに接点がない筈だが、何故かよく絡まれた。とかく面倒臭いと思っていたが、それを俺は嫌だとは思っていなかった。

 ある種のカリスマ。物語の主人公はこういう人間を指すのだろう。


「死んで転生した先がこの世界でな。魔人族の侯爵家に産まれたよ。前世の記憶があったから色々調べる方ができた。この世界の成り立ちや元の世界との関連性、それを知る過程で女神の存在や黄金郷の真相の一部に辿り着いたが、俺は既にこの世界の人間だったから黄金郷の問題を解決させることはできなかったんだ。解決してくれて、改めて感謝するよ」


「有村先輩・・・」


「そうだな。が、転移者であるお前は松本五郎で、俺にとっては可愛い弟分だが、あくまで転生者である俺のことは引き続き魔王と呼んでほしい。まぁ魔王とは力づくで手に入れた称号でしかないが」


 俺は俺で元の世界との折り合いをつけたが、有村先輩・・・いや、魔王は魔王で折り合いをつけていたのだろう。

 黄金郷は自分達を守るためこの世界の人間を拒否する呪いをかけていた。

 俺は元の世界の人間認定されたが、あくまでこの世界の人間である魔王は拒否される側だったのだろう。恐らく、黄金郷が東京都港区であることも勘付いていたのだろうとすると、それが決定的な決別の理由となったのかもしれない。


・・

・・・


「ふむ、一部の者には転移者であることを明かしているのか」


「妻にそういうのを秘密にしていることが、そもそも不自然ではないですか?」


「む、確かにだが、なるほどそうか、君たちはそういう仲なのか」


 ギルドに戻り、まず客間にいるアークに顛末を伝えた後の魔王との会話がこれだ。他国の要職者に対しても全く物怖じしないアークの姿勢には恐れ入るものがある。


「あぁ、言われてみれば確かにそれはそうだな。実は面白いことに、ここにいる私、松本、アーク嬢は総合的な実力が拮抗していて、かつ三すくみになっている」


「三すくみ?」


「松本は単発の火力由来で私の自動回復を突破できない、私はアーク嬢の早さと火力に自動回復が追いつかない、アーク嬢は松本の目の良さとノータイムの攻撃に太刀打ちできない、という感じだ。松本は俺に脅威を感じたろ?俺はアーク嬢に脅威を感じたよ」


 世界最高戦力である魔王に同格扱いされたのも驚きだが、魔王はアークと交戦していないのにアークの実力を見抜いていたことにも驚いた。


「あぁ、この世界は基本的にギルドの測定器での測定結果を強さの指標としているが、俺のスキル『測定眼』を使えばより詳細なステータスを閲覧することができる。『自動回復』と併せて俺の最も強力なチートスキルだ」


「ってことは、わざわざ試験と称して俺と模擬戦しなくても」


「単純に測定器に出なかった理由だけなら探れたな。が、お前は実践形式で理解すべきだと思ったし、何より俺が戦いたかったのでな。可愛い弟分の成長を見たかった我儘、許されたい」


 魔王は不敵に笑う。笑い方にかつての面影が見えなくもないが、強者の余裕と、組織の長を務めていた威厳を感じさせる。

 確かに、彼は俺のことを弟分と呼ぶが、あくまで有村先輩ではなく魔王なのだ。そう強く意識させられた。


「さて、松本。俺はこれからギルドに報告、その後は主要国サミットの出席準備をするので忙しくなるが、何点か伝えておくことがある」


 あくまで俺とは友人として接していた魔王だったが、口調はそのままでも真剣な為政者の面持ちになる。


 魔王から伝えたいことは


・無数に存在する世界はそれぞれ独立している筈だが、どういうわけか前の世界とこの世界は奇妙な関係性があるように思える。もしかしたら前の世界由来の脅威が今後も発生するかもしれないし、既に発生しているかもしれない。


・それとは別に、魔獣の動きが活発になっている印象がある。直近で何かしらの脅威が起こり得るかもしれない。


 の2点だった。

 前者はともかく、後者は聖王国への道のりでも感じていたことだったので、遭遇した魔獣種についてこちらからも共有した。


「あぁ、それも異変の補強として認識している。いまのところは警戒やら注意報を出すくらいが関の山だが、警報、避難勧告を出す可能性も視野に入れるべきだな。聖王に進言し、部下にも注意喚起しておこう」


「そうしてもらえると助かる」


「まぁ、本来はそんなことが無いように動くのが魔王軍であり聖王騎士団であり、各国の治安維持組織だ。ギルドにも補佐をお願いしたいところだが、少なくともギルドの要件を終えた君たちには羽をのばして折角の聖王国を物見遊山するといい。何なら飲食店のオススメリストを部下に手配させよう」


 そう言って魔王は去っていった。


・・

・・・


「そういえば、アークは魔王を見て何か脅威的なものを感じたりしたの?」


 ふと気になって聞いてみた。


「ううん全然。ゴロは?」


「黄金郷の土地神レベルで勝てない予感がしたよ」


「三すくみの話は本当みたいね。ただ、私はゴロに脅威を感じていないんだけど、たぶんそれって敵じゃなくて・・・」


「?」


「・・・お、夫だって意識が強いからだと思います・・・」


 自分でそう言う伏線を張っておきながら、いざ言うと照れるところがかわいい。


 えと、俺たちは翌日、中央教会で入籍手続きをする予定だ。

 「何もこんなついでみたいにやらなくても」と別件で中央教会にいたアンドリューに呆れられたが、中央教会で入籍手続きをするのはアークの夢のひとつだったらしいからな。理由は知らんけど。


 まぁ式は辺境国に帰ってからやるつもりだ。ちなみに、入籍にあたって俺の姓を正式に「パインブック」に変更した。たぶん、次に魔王に会ったときに突っ込まれるんだろうな。


 と、俺たちは部屋に戻って観光・・・とはいかないまでも、付近を散策してのんびり過ごす用意をするのであった。


・・

・・・


「ぐっ・・・」


 五郎と別れた後しばらく経って、ギルドの誰もいない部屋に入った魔王は苦しそうに膝を付いた。


「魔王様」


 その瞬間、魔王の影から黒いローブを羽織った女性が現れ、魔王に飲み物の入った瓶を渡す。

 魔力を回復させるマジックポーション、その中でも特に純度の高いもの。

 それを一気飲みした魔王は一息つく。


「ありがとう。それにしても、さすがは松本だよ。もう少しで自動回復を上回れてしまうところだった。あくまで試験という体裁に救われたが、生死を賭けた戦いとなれば戦略で圧倒されていただろう。私も鍛錬せねばならんな」


「確かに驚異的でした。が、魔王様は影に潜む私に危害が及ばないよう戦っておられたご様子。全力で戦ったとは言い難いものと思います」


「残念だけどその上で、だよ。物量じゃなくて最低限の力で最大の効果を出すのが松本の昔からの戦術だからね。しかし、ギルドにバカ正直な報告をしたら、黄金郷を踏破した以上に私と同級の戦力を持つことの方が問題視されそうだ。幸い、ステータス的には超優秀な冒険者と見られる程度で、魔王級と捉えられることはない。報告はある程度誤魔化すよ」


「承知しました」


 快諾すると分かっていても、実際に快諾されると安心する。物分かりの良い部下を持ったものだと安心して緊張感の糸が切れた魔王は、ローブの女性に倒れ込む。


「ということですまない、30分ほど寝たいので介護をお願いしたい」


「承知しました。ごゆっくりお休みください」


 ローブの女性はそう応え、魔王を自らの影の中に沈める。



 ・・・彼女には懸念があった。


 会話にも出た魔獣の活性化。

 五郎とアークが遭遇したというデスベアーの群れ。

 たった1体で集落に甚大な被害をもたらし、A級冒険者が複数人がかりでようやく倒せる存在の、その群体。


 報告では、五郎とアークはそれをものともせず倒した。

 それはいい。別段、彼らの力の矛先が魔王領に向けられるわけではないからだ。友軍になりえても脅威にはなりえない。我々が善良である限り、敵にはならない。それはいい。


 デスベアーは群れない。

 その筈が、群れていたのだ。

 五郎とアークが退けた群体は、もし他の商団なり冒険者パーティなりが出会していたらなす術もなく全滅していただろう。魔王軍四天王直下の師団、もしくは聖王国騎士団の師団が対処に当たる案件だ。


 残念なことに、彼女の懸念は当たっている。

 そして、聖王国を舞台にして、歴史的に見て最大級の脅威が巻き起ころうとしていた。

 五郎は異世界転移者で、元の世界で死にましたが転生ではなく、元の肉体が若返った上で世界を転移しました。


 対して異世界転生者は元の世界で死んで、魂がこの世界に迷い込んで別の世界の人間として生まれ、生き、その過程で場合によっては元の世界のことを思い出すことがあります。


 つまり、転移者はあくまで余所者判定であり、転生者はその世界の者判定となります。


 双方レアケースですが、異世界転移者のほうが更にレアケースとなります。

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