元事務職員、魔王と会う 1
松本五郎、異世界人だ。
前略。
黄金郷攻略から戻ったら、大変な日々が待っていた。
ギルドへの報告。ここまではまだ良かった。受付嬢に別室であれやこれやヒアリングを受けたが、アジトに戻って今後のやりたいことをまとめる余裕があった。
翌々日あたりからがヤバかった。
前代未聞の攻略達成で受付ではどうにも対応できないというので、ギルドマスターへ直接報告。
その話を聞いた周りの冒険者からはひたすら質問攻めに遭う。差し障りのない武勇伝を語っていなすが、そのひとつひとつに歓声が上がる。
まぁ俺も前の世界で超大口受注したスゴ腕営業に質問攻めしたことがあるから、正直文句は言えない。彼も辟易していただろうなぁ、すまない。
また、ギルドから能力測定を受けろと言われたので受けた。
これ自体は今後受注するクエストの内容を吟味する材料として有益なものだったし、アークとエルリィに関してはS級判定されてもおかしくない数値になっているとのことだったが、俺の魔力が測定不能になっていたことに関して中央から呼び出しがかかってしまった。あちゃー。
それから、辺境国王がお忍びでギルドに来て、黄金郷のことについてヒアリングされた。話のわかる人でよかったけど、国王なんて立場の人間にわざわざ来られても正直困る。
とはいえ、その後に礼がわりにと国王のポケットマネーで俺たちに奢ろうとして、アークの大食いとエルリィの大酒飲みに財布が残念なことになったのには同情するが。
取材も来た。沢山。沢山ってレベルじゃねぇなアレは。
ギルドマスターからは可能な範囲内で対応してくれと言われているので受けるだけ受ける。インタビューの内容は文章化して流布されるので、浮かれて本来話すべきではないことを話さないよう内容には気を配った。
事前にシナリオを作っておいて本当に良かった。
それだけならまだしも、グラビア撮らせてくれってのは勘弁してくれ。
ちなみに、この世界には写真は無いので写生になる。構図を決めて、写生のプロが特徴を捉えて速描する。清書は追って行うとのことだったが、モデルにとっては1カット概ね30分要する。
恥ずかしいったら恥ずかしいので丁重に断った。
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「ホント大変な日々だった」
「そうね・・・特に取材が押し掛ける頃にはエルリィはエルフの里に行っちゃったし、アンドリューは教会に召喚されて中央に行くことになったみたいだし・・・二人で全部対応は鬼畜の所業・・・」
パーティで借りている家という名のアジトに戻って一息つけたのは、辺境国ギルドに報告してから2週間後のことだった。
この世界のメディアなりは、アジトにまで押しかけたりはしない。その代わりにメディアには可能な限り協力すべしというのが冒険者ギルドのスタンスだ。
メディアとギルドの関係性はともかく、アジトに戻れば休めるというのは非常に助かる。
アークはアークで途中からゴブリンの里に戻ったが、同じように質問攻めに遭っていた。「それはそれで疲れたけど、ちょっと仕込みをしてきた」とのことだが、早々に戻ってきてくれて俺の対応を手伝ってくれたのが有り難かった。
「で、いつから行くことになるの?」
「大体2週間後。それまではグータラ過ごすよ流石に。ちょっと疲れた」
「了解、私も疲れたなー」
これは、俺の魔力測定のために中央、つまり聖王国に行くことについての話だ。
そういえば、この世界に来てからクエスト以外で旅に出ることはそうなかった。
旅というよりは遠征と言ったほうがいいのかな?ある地点まで馬車を走らせてもらい、業者の安全が確保できるところで下ろしてもらい、数日後に迎えにきてもらうというもの。そういう使い方がメインだった。
街から街への移動はともかく、国境を越える移動はこれが初めての経験だ。
今回の聖王国への移動にかかる諸費用は、すべて冒険者ギルドが負担する。その対象は高級な馬車や食事、飲み物、宿泊施設など多岐に渡る。
転移者である俺の感性で言えば、やっていることは「出張」だ。とはいえ、ファーストクラスの飛行機やタクシーで移動して、ホテルレストランで食事してエグゼクティブルームで寝るみたいな、どこぞのVIPだよといった感じだが。
勿論、前の世界では責任を負うのが嫌で管理職にはならず係長級に留めていたので、そんな特別な待遇は受けたことがない。まぁ食事に関しては役職者が美味しいものを奢ってくれたが。
衝動に任せて黄金郷に行き、踏破してしまった。その結果、この世界での自分の立ち位置も変わってしまったのだろう。そう思えてしまう厚遇だ。
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「しかし、俺がお前らのお付きとかどういう人選なんだよ」
そう、ギルドのベテラン冒険者はため息をつく。
今回乗る馬車は4人で乗るには少し広めで豪華な内装、飲み物が入った保冷箱があり、優秀なスプリングで揺れをほぼ感じさせない貸切用のものだった。
いわゆる高級なハイヤーのような立ち位置のもの。貴族や王族が使うような物で、ただの冒険者が使うことはまずない。それだけでなく、護衛も帯同している。
馬車の中には、今回中央ギルドに召喚される俺、それに付随するアーク、そして保護者役としてチュートリアルで監督役を務めてくれたこのベテラン冒険者の3人。
アンドリューは既に聖王国に着いている。
エルリィはまだエルフの里か?
順当に行けば俺とアークだけでこの馬車を使う筈だと思っていた。
「それはこちらのセリフです。せっかくのハネムーンだと思っていたんですけど」
「宿は全部別室だ。それで我慢しろ。まぁ俺とお前らは最早強さじゃ全く手も足もでないくらいにゃ差はついてるんだ。監視役だかお目付け役だか知らんが、お前らを御せるとは思ってねぇ。ま、とりあえず面倒な書類手続き関連は概ねやってやるよ」
俺がベテラン冒険者の同伴を受け入れたのは特にその点だった。
別に書類仕事が嫌なわけではないが、稼働が減らせるならそれに越したことはない。それに、彼はお目付け役とはいえ行動を過度に制限してくるような性格ではない。事なかれ主義であり、とはいえ実際に何かあった場合は全力で対応する。
普段から悪態をつくが、根は実直な人間であることは俺たちが良く知っている。有り体に言うと、不良社員の世話役をする上司として立ち回ってもらおうという打算があった。
それでも、折角の機会を二人で過ごしたかったなという思いは捨て切れないが。
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馬車の旅は想定以上に快適だった。
事前に果実水を多めに用意して欲しいとお願いしていたからか、保冷箱には瓶詰めの果実水が沢山用意されていた。この果実水がとても美味しくて嬉しくなった。さすが高級馬車のサービス。
退屈に感じるかと思ったが、そんなことはなかった。馬車を走らせる御者が退屈させないようにと絶妙なタイミングで話をしてくれるのだ。
話題の豊富さや、質問したときの回答の対応力の高さ、飽きさせない話術。恐らくそういう訓練を受けているのだろうが、俺にとっては苦手な分野のエキスパートの存在に感動すらした。
1日かけて移動して、チェックポイントの村の宿に泊まる。を3回繰り返したら聖王国に着く。
手配した宿は確かにそれぞれ個室で、アメニティ豊富かつベッドの質が非常によく、いたせり尽せりだった。
3日目。最後のチェックポイントの宿に向かっている途中、事件が起こった。
馬車の中で寝ていたアークが突如起きた。
「血の気配がする」
分かる言葉で意味の分からないことを言う。
ただ、何かこの先で危険なことが起こるか、もしくは既に起こったのであろうことはなんとなく分かる。
御者に警戒するよう声をかける。御者は馬に乗って四方を守る警備員に声をかける。何もなければよいと思っていたが、そうも行かなかった。
「・・・熊型の魔獣ですね、しかも複数いるようです」
望遠鏡を持つ御者が緊迫した声で報告する。
街と街を繋ぐ街道は石畳で整理されている。その目線の先に影があり、望遠鏡を貸してもらい覗いてみると、俺にとって因縁のあるデスベアーが5匹もいた。
しかも何かの肉塊を食べている。望遠鏡で見る限り、衣類や装飾品が散らばっている様子はないので人ではないのだろうが。
「異常事態だな。他の魔獣ならともかく、デスベアーが徒党を組むことはないとされている。これは中央ギルドに着いたら俺が報告しておこう。今この面子で対応できるのはお前らくらいしかいないが、行けるか?」
ギルドへの報告処理を駆って出てくれるベテラン冒険者。面倒臭そうにしていても、こういうところはきっちりしているから、やはり好感が持てる。
「無論」
「おっけー。御者さんはそのまま進んでもらって、警備員さんにはこのまま馬車の後ろに下がって他に何か起こらないか警戒してもらうよう伝えてください。範囲内に入ったら私たちで仕留めます」
以前は俺が殺されかけ、アークも討伐に手こずったデスベアー。俺は冒険者になる前に雪辱を果たしてトラウマを乗り越えた。考えてみればやはり因縁のある魔獣だ。
俺たちに気付いたようで、デスベアーは四つ足で猛烈な勢いで突進してきた。
「じゃ、行こうかゴロ」
「おっけー」
今回は俺とアークで瞬殺した。
A級冒険者も手こずるとされる強敵だが、今の俺たちには複数であろうと強敵ではない。しかも、雪辱を果たしたときに比べて更に容易に討伐できたという所感だった。
アークたちのように身体能力に関するステータスが上がったわけでもなく、魔力が向上したにしても魔法の威力は変わらないにもかかわらず。黄金郷を経て感性が研ぎ澄まされて、更に最適解を導きやすくなった感じがした。
「・・・とんでもねぇなお前ら」
馬車の中で密かに剣を手にして警戒していたベテラン冒険者だけでなく、御者や警備員たちも驚いていた。
血は更なる血を引き寄せる。ナイフを借りてデスベアーを簡易解体し、肉や素材を警備員たちに預けて運んでもらう。
血や残った素材は水魔法で洗浄し、石畳から離れたところで土魔法を使って覆い隠す。腐敗臭が発生せず、時を経て自然に分解されるように処置する。
これで安心だろう。
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デスベアーの素材は、三日目に滞在する宿がある街でギルド出張所に売却した。受付は危険度が高く珍しい魔獣であることと、それが複数討伐されていたことに驚愕していた。
ここのギルドは聖王国管轄で、ベテラン冒険者の報告内容が可及的速やかに中央本部へ報告されることとなった。
翌日に聖王国の中央冒険者ギルドに着いて、ベテラン冒険者はすぐにデスベアー討伐についてのヒアリングを受けていた。確かに面倒ごとを率先して処理してくれて本当にありがたい。
なので、俺は俺の本来の用件を済ませることにする。
測定器で測定できなかった魔力の、再測定。
魔法に関する現代の第一人者に来てもらうという話だったが、はてさて。
「なるほど、お前が絶滅危惧種のリーダーか」
パーティと思わしき4人組の1人が声をかけてくる。体格が良さそうなので戦士系の職業かな?
そもそも、いっぱしの大人が初対面の人間にお前呼ばわりするのってどうなの?という思いはあるが、それが彼らの流儀なのかもしれない。相容れない。
「黄金郷を踏破したパーティのリーダーがギルドに来るといったから見に来たが、全く強そうに見えないな。こんな奴に踏破されるなんて、存外黄金郷も大したことなかったんじゃないか?」
すごい。
テンプレかよって感じの難癖をつけてくる。いや、どこの誰か存じませんけど、そこまで言うなら俺らより先に黄金郷の件を解決したらよかったのに。やれるもんなら。
というより、こういう面倒な手合が中央のスタンダードだというなら、ある意味で辺境国のギルドはお行儀が良かったのかもしれない。こんな絡まれ方、そういえば初めてだった。
後に聞いたところ、彼らは荒野の葉という中央ギルドではトップクラスのパーティとのことだった。リーダーと思わしき男は挑発的な言葉を次々と投げつけてくるが、他の3人は諌めるどころか同調して見下すような視線を向けている。
正直ムカっときたが、こういうのは無視に限る。そして
「おい無視してんじゃねぇよ!」
といった感じで殴りかかってくるなら正当防衛発動。
悠長な速さでテレフォンパンチをしてくるので、見切るまでもなくよけて、鳩尾に拳を当ててワンインチパンチを繰り出す。
僅かに漏れる悲鳴に続いて吐瀉物を撒き散らし、気絶して倒れる。
いやマジで何故絡んできたのか、絡んで何をしようとしたのか、全くわからない。
残された3人は若干怖気付いたものの、やる気は見せている。アークは大したことのない手合いだと見做しているからか、何もしようとしていない。
「そこまでだ」
止めに入る声。
声の主は聖王国の冒険者ギルドマスター。今の俺より少し歳上といった外見の人間族で、俺にはない組織の長としての風格がある。
だが、俺はその横にいる人物の方に目が奪われていた。
「ギルマス、こいつがリーダーを」
「一部始終は見ていた。彼は正当防衛であり何ら責めるところはない。荒野の葉は最近は横柄な態度をする割に実績を上げていないので問題視していたが、のみならずこうして増長して明確な問題行動を起こすのであれば、パーティのランクを下げるのも視野に入れねばならんな」
そういうやりとりは当事者同士で仲良くやっていてくれ。
そんなことよりも、ギルドマスターの横にいる、女性っぽいがよくよく見ると優男な風体の青年・・・浅黒い肌で恐らくは魔人族なんだろう。を見ていると、俺の体の至る所が彼に警鐘を鳴らす感覚がある。
敵わないかもしれない相手。
それは、黄金郷で土地神と対峙したときの感覚によく似ていた。
「そうですね、そちらはそちらで裁量やギルド内の決まりに従って処理してもらうとして、初めまして松本五郎くん。私が君の魔力に関する測定を担当する『魔王』です。今後ともよろしくお願いしますね」
向けられた微笑みの奥に感じる底知れなさ。
ばかりか、俺はギルドに「ゴロー・マツモト」と登録されている筈なのに、敢えて松本五郎と魔王は呼んだ。
転生者。
転移者。
この世界の人間なんだろうが、彼は恐らく異世界転移や転生について知っている。
もしかすると、当事者か。
「今回の測定については魔王国の冒険者ギルドを通じて魔王様が直々に手を挙げてくださった」
「元々イレギュラー案件の対応が魔王の仕事ですが、ちょっと興味深く感じましたし、主要国サミットの開催も近いですし、手を挙げさせていただました。測定場所は手配していますので今からあなたには付いて来てくだかい。アークさんは申し訳ございませんが、ギルド内別室で待機していてください」
アークを見ると、特に魔王について驚いた様子もなく、俺にオッケーのサインを送る。
魔王に連れられて外に出る。
にっこり笑っているけど、やっぱり底が知れない。
警鐘が、全く鳴り止まない。
この測定。一筋縄ではいかない予感がした。
既作短編「辺境国国王の受難」で辺境国国王が受けた報告と乖離が生じていますが、ご容赦ください。
絶滅危惧種としては「黄金郷の調査はしたし、それなりに成果を得られたが、自分たちで解決した訳ではなく、なんか勝手に無くなった」という体です。
辺境国国王は、ヒアリングの際に黄金郷の核心を五郎たちが語っていないことを勘付いた上で、敢えて追求していません。知的好奇心より現場の判断を尊重・優先したことは変わっていません。
ある意味でギルドも同様ですが、実績を評価した上で人材を遊ばせないという意図を持っています。
ただ、どうしても誤魔化しきれずアンドリューのケースのようにごく僅かな者には真相の一部を開示することになりますが、それでも「五郎の元の世界の一部が土地ごと転移して、土地神が自衛のため呪いという形で守っていた」ということは完全に秘匿しています。
それは女神の存在を語らないことよりも優先されることで、女神もそれに同意しています。
話の組み立てで過去短編と設定が乖離するのは今後もあるかもしれません。




