エルフ族のシーカー、里帰りをする
私はエルリィ。
エルフ族であり、元は流浪の冒険者だったが、今では絶滅危惧種のメンバーだ。
酒をこよなく愛しているが日常的に飲んでいるわけじゃない。オン・オフはちゃんと切り替えて、そのオフの時かつ飲んでも文句言われない状況を見計らって飲んでいる。そこは誤解なきよう。
さて、本来エルフは広大な森の中に集落をつくり、外界から遮断された生活をしている。寿命が他種族と比べて長いエルフだが、外の世界を知らずに生涯を終えるエルフが大半なんだ。
私は諸事情で里から飛び出した。
もう二度と帰る気はなかったが、これも諸事情により一度帰ることとした。
前述のとおり、エルフの里は基本的に広大な森の中にあり、私のいた集落も同様だ。
種族単位でエルフの発想は引きこもりなので、魔獣や迷い人が入ってこれないよう里の周囲には認識阻害の結界を張っている。その結界はエルフであれば誰でも入れるよう調整をしていて、私のような里から決別したような者でも入れる。
まぁ入ったとしても引きこもりで警戒心の強いエルフ族のことだ。結界を素通りしたらそれを感知し、刺客が即座にやって来る。
「こういうところは変わってないな」
問答無用で弓矢を放ってくるが、彼らは実戦の経験が極めて少ない。エルフは健脚かつ弓矢の扱いが得意とされる種族で、こと弓矢について日常的に訓練しているわけではなく素質のみで扱っている。
だから、矢を射るまでの動きが遅い。
引きをしっかりしていないから放たれた弓の動きも遅い。
いつまでも同じ位置にいる。
気配を消せていない。
実践経験がない、こうした不意打ちを想定していない人間ならば通用したかもしれないが、そこそこの腕のある冒険者であればそれなりに警戒しての対応は容易だ。
「なっ」
矢は私を素通りし地面に突き刺さる。ように刺客には見えただろう。残像だよ。
刺客は樹の枝に乗っかっていたが、その更に上の枝に移動して弓を刺客に向かって番える。
「こんなのを寄越されても正直困るんだけどね。このまま戦るんなら容赦はしないよ」
「ぐっ・・・」
矢を射たのは、まだ若いエルフの男だった。
力量差を理解したのか両手を挙げて降参のポーズを取る。まぁこうした外敵排除は下っ端の役目とはいえ、あまりにも杜撰すぎてため息が出る。
里の位置は把握しているし、若いエルフの男は早々に解放させた。
そもそも本来の目的はエルフの里ではない。保守が過ぎる集団と何か話をしても、私とはソリが合わずストレスを溜めるだけだ。憎んでさえいるというのに。
これ以上刺客が来ないものと見做して、森の中をゆっくり歩く。
位置的には里より少し離れたところ。こじんまりとした木の家がある。補修の跡はあるが古く、何もしなければ数年で朽ち果ててしまいそうな。
その家の横にある木の下に、私の育ての親が眠っている。
エルフの里では都合の悪いことはすべて黄金郷の呪いとされ、忌み嫌われていた。そういう風習があった。
私の育ての親は病にかかった。里はそれを黄金郷の呪いと見做して、追放まではされなかったものの里の僻地に隔離された。
本当にそれが呪いなのかは定かではない。栄えている街の医者を何らかの方法で連れてくれば、もしかしたら治る病気だったのかもしれない。
そう里の責任者たちに進言したが、外の文化を嫌う保守的な彼らはそれを拒み、封殺した。
そして、病に苦しんで育ての親は逝った。
元々保守的な考えを嫌っていたが、この出来事が決別への決定打となった。
私は育ての親を埋葬して里を飛び出した。もうこの里には居たくなかった。何がしたいということも無かったが、とりあえず息苦しさから解放されて自由に生きたいと思って。
「自由になりたいって思いの呪縛にかかっていたとは思うけど、とりあえず黄金郷の呪いはなくなったよ。だから、安心して眠ってくれ」
そう呟いた。
少なくとも、何かあったときに黄金郷の呪いだと言い訳して追いやるということは無くなるだろう。それだけでも私には十分過ぎる報酬だが、里を飛び出した先に気の置けない仲間と出会えたことは本当に僥倖だった。
育ての親への報告。
それが、私がここに戻った目的。
エルフの一生は長い。長いが、これは私の中で明確な印象深い出来事として記憶に残るだろう。
そして、その記憶を糧に明日から、いや今からも人生を続けていく。
そう、感慨に耽っていた。
「やはりお前か」
背後からの気配。
それを放置していたのは、それが誰なのか分かっていたからだ。
「エルフの王か」
私の育ての親を隔離する最終決定をした、私にとっては憎い男。だから、名前を知っていようと他人行儀に呼び返す。
彼自身は隔離に反対していたが、隔離派に押し切られて隔離の判断をしたという点では私にとって同罪だ。
「あの時、彼を隔離する主張をした者どもは失脚したよ。そこは安心していい」
「事後の対応としては上出来だ。だが、あの人が黄金郷の呪いを受けたと見做されて隔離されて、何の処置もできず死んだ事実は変わらない」
「そうだな」
だが、それを言うなら私も同罪だ。
本来私もエルフの里の管理責任者のひとりだった。あの人が隔離された際に役職を放り投げたが、結局それだけなので同罪だ。今考えればすぐにでも里を飛び出して治療方法を探すべきだったし、それは一生の後悔として私の心に棘を刺すのだろう。
「あぁ、そういえば黄金郷の呪いは全て消え去ったよ。これからはもう、黄金郷を言い訳には使えなくなる」
「知っている。だからこそお前の訪れは我々にとって福音だ」
「?」
「私の娘は知っているな?あの子はお前が去ってから明確に黄金郷の呪いに掛かった。その呪いが解けたことで、黄金郷の消失を確信した」
「そうだったのか」
「首長の肉親が呪いにかかったのだ。不可抗力にしても責任は取らねばならぬ。里の王は世襲制であるが、故に私は長の座を辞して娘とともにここで自主隔離した。徐々に衰弱していく娘を見るのは辛かったが、呪いが消えたときには神に感謝したよ」
黄金郷の呪いを解いた決定打は女神様だ。故に、神に感謝するのは正しい。
だが、エルフは神を崇めておらず、森の恵そのものに感謝して生きる種だ。神に感謝することはない。もしかしたら、本能的に黄金郷の呪いを解いたのが女神様であることを察したのかもしれないが。
私とて悪人ではないつもりなので、知人の肉親が助かったと聞いて嫌な顔をすることはない。だが、それはそれとして気になることがあった。
「福音とは?」
「お前は外の世界に居たのだろう?我々は永らく世界から隠遁する生活をしていたが、種族としての行き詰まりを強く感じている。お前にエルフ族と外の世界の橋渡しをお願いしたい」
「里の老人どもが納得すると思うか?」
「言っただろう。そういう輩は全て失脚した。もはや発言権などない。いま管理側にいるのは、新しい風を求める若者たちだ。是非話をしてもらいたい」
・
・・
・・・
私は里に招かれた。
エルフの現王に謁見するために。
里は確かに昔のような封建的で籠った空気のような雰囲気が感じられなかった。かといって活気があるわけではなく、よく言えば中庸、悪く言えば中途半端な印象を受けた。
エルフは森林に生まれ、森林とともに生き、森林の中で死ぬ種族だ。そのため、住居は景観を壊すようなものがなく、王の居る場も他より少し華美な程度の、王都の住居に比べれば簡素なものだ。
「よく来てくださいました、お久しぶりですエルリィお姉様」
驚いた。
当代のエルフ王は、先代エルフ王の娘。
記憶を辿れば彼女は今まだ30歳前後。寿命が長く、老化が遅く、子供がそうそう産まれないエルフの中では若く、何がどう間違って王の立場にあるのか想像すらできない。
そもそも、彼の言葉通りであれば、黄金郷の呪いに罹り衰弱していたとのことだったが。
「ええ、私は即位して一ヶ月も経っていません。有り体に申しますと、里にブチ切れてクーデターを起こして、結果、王となりました」
更に驚いた。
保守的であり封建的であり現状維持に労力を割くエルフ族において、まさか衝動に任せた上でのクーデターなんてものが起こるとは。
「あー・・・呪いが解けた途端にその反動みたいな感じで体力が戻ったばかりか、呪いに罹る前以上に健康体になってな。単純に戦う力なら里の中で一番強いよこの子は」
「お父様、いまの私は王です。エルフの中では若輩といえど、公的な場での子供扱いはいただけません」
「う、うん、失礼」
自らの父を立場で黙らせる。
拙いながらも権力者としての風格もある。
「さて、どう動くべきか悩んでおりましたが、お姉様がいらっしゃったことで方向性が定まりました。つきましては、外界についてお詳しいであろうお姉様にお願いがございます」
「は、はい。なんでしょうか?」
思わず敬語になる。
確かに拙いのだが、その権力者としての風格は私も敬語になってしまうものがあった。
最近の若い子って凄いな。
「外界とのパイプ役をお願いしたいのです。なんならエルフの里を国として世界的に承認してもらい、将来的には国と国との交流をしてエルフという種族を開かれたものにしたいと考えています」
あー。
なるほど。
多分私は本当は彼女がやりたかったことをやりたかったんだ。
けど、私は里そのものを捨てて飛び出して、その選択肢を排除した。もしかしたら私が里を変えることができたかもしれないのに。
彼女はそれをやろうとして、実行した。
実行した上で、結果も出した。
素直に尊敬する。凄いわ。若さの成せる業なのか?
「冒険者ギルドってのがあって、私はそこに所属している。世界中に支部があって、ここから一番近いのが聖王国。そこにはギルド本部があるから、そこ経由で色々聞いてみるよ」
「お願いしますね。ゆくゆくはその冒険者ギルドのエルフ国支部というのが作られるのも、今後の発展の通過点のひとつになりそうですね。楽しみです」
・
・・
・・・
何年ぶりかも忘れてしまう里帰りは、過去に踏ん切りをつけるためという後ろ暗い理由によるものだったが、意外にも未来志向で希望が見出せるものになった。
早駆けで聖王国に行き、冒険者ギルドで諸々確認する。エルフの里が建国をしたいこと、その窓口が私だということを伝えると、すぐさまギルドマスター案件になった。
それはそうだ。私も外の世界に出てエルフという種族を客観的に見て思ったが、集落単位での外部との交流実績のないエルフ族が「国」になろうとコンタクトを取ろうとしているのだ。大事件だし、かなり上位の意思決定が必要になる。
ギルドマスターはツテ介して聖王国の王に報告。私とギルドマスターは聖王城に召喚されて諸々ヒアリングを受け、後日行われる主要国サミットに諮ってエルフの里を国として承認する流れにすることになった。
私としてはエルフの里に行ったらすぐ辺境国に戻ってパーティメンバーと合流するつもりだったが、そうもいかなくなった。主要国サミットに合わせて、現エルフ王と他何人かを聖王国に連れて行くことになったからだ。
が、パーティメンバーとの合流だけを考えると結果的には良かった。アンドリューは教会関連で、ゴローとアークはゴローの魔力値測定のためにそれぞれ聖王国に滞在することになっていたと聞いたからだ。
大切な友人に会えること。
見捨ててしまった古巣に明るい未来が見えたこと。
その両方を喜びつつ、私はエルフの里に早駆けしていった。
エルリィはネガティブな理由で里を飛び出しましたが、元々「世界の知らないことを知りに行く」ことに強い関心があり、冒険者になったのもそれが目的です。
閉鎖的なエルフとしては異端な考えですが、里の管理者だった頃はそれを表に出すことはありませんでした。




