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オーク族の僧侶、古巣に戻る

 僕はアンドリュー。


 オーク族であり、教会の僧侶であり、絶滅危惧種(レッドリスト)のメンバーでもある。



 まず教会について説明しなければならない。


 この世界は女神が創ったという伝説がある。

 伝説の詳細は割愛するが、かつてその女神の使徒である巫女を教祖として造られたのが、女神教。


 今では世界最大規模の宗教であり、各地に教会があり、信徒の数も膨大。各種ギルドや各国への影響も大きく、未開の種族を除けば認知率だけなら100%に近いと見做されている。


 この世界には少なからず種族差別が存在するが、女神教は種族を限定することなく信徒を迎え入れている。だから、オーク族も希望する者は入信し、適性があれば僧侶となることができる。


 女神教の教条は「隣人を愛し、無理することなく隣人と助け合いましょう」という、かなりライトなもの。

 人生を縛り付けるような厳しい戒律があるわけではなく、気弱な自分でも何かできることがあるかもと思い入信した。


 どうやら僕には適性があった。

 僧侶職としての訓練を受け、教会付きの僧侶となるか冒険者として冒険者のサポートをしつつ世界に貢献するかの選択で、僕は後者を選択した。

 僕を育んでくれた世界に、何か恩返しがしたかったから。


 それから紆余曲折を経て、ゴローと出会い、アークと出会い、エルリィと出会い、彼らとパーティを組むことになった。


 そして、世界に重篤な呪いを振り撒く黄金郷を踏破した。黄金郷の対処は女神教の悲願のひとつであったため、その状況のヒアリングのため中央教会に召喚を受けた。


・・

・・・


 前置きが長くなったが、僕はいま辺境国から聖王国にある中央教会に来ている。

 戻った、という方が正しいか。元々僕はここで僧侶としての訓練を受けていた。


 エントランスで出迎えてくれたのは人間族で初老の女性。司祭であり中央教会でも発言力があり、僕の師匠でもある。


「久しぶりですね。よく戻りましたアンドリュー」


 厳しくも優しさに満ち溢れた、僕にとって第二の母と言うべき存在。昔と変わらない柔和な笑顔に、古巣へと戻ってきたんだという実感が沸いてくる。


 実際に、彼女は周囲から「マザー」と呼ばれている。そう呼ばれる古株であり、自ら望んで女神教に人生を捧げている。


 マザーとともに礼拝堂にて祈りを捧げたあと、集会室に行く。

 そこには大司祭をはじめとし、各国の教会の重鎮が卓に並んで座っていた。

 その最下座に僕が座る。


・・

・・・


「では、どうあっても黄金郷の詳細について話すことはできないと」


 何人もの司祭が強い圧をもって詰問する。

 が、僕の答えるスタンスは、黄金郷の根幹に関することは全て回答拒否を貫くことだった。


 中には声を荒らげる司祭もいた。このままエスカレートしたら暴言に発展してしまうかもさしれないと思える勢いだったが、そうなることを拒否するかのように深呼吸して心を落ち着かせている。


「どうしても話せない、ということで良いのかな?」


 大司教の最初の発言。

 威圧感こそ無いものの、これが最後の問いかけであると感じさせた。


「最も親しい友人であるリーダーの意向です。僕は、彼を守り、尊重したいと思っています。その結果、再三の回答で申し訳ありませんが、お話することはできません」


「君が中央教会に働きかけて、基礎的な呪いを中和するアンチカースローブを特注で作ったことはここにいる全員が知っている。特に、君を一番詰めていた司祭はあらゆるコネを使い手配に全力を尽くした、いわば恩人と言って差し支えない者だ。その恩人を前にしても、そう言うのだな」


 ため息をつきながら大司教様はそう告げる。


 意外だった。

 彼らは情報を出し渋っていることに憤慨しているのではない。

 正しく解決に貢献した当事者であるのに、真相を報せようとしない僕の姿勢に憤慨していたのだ。


 事実、あのローブがなければ僕たちの誰もが黄金郷に入ることすらできなかったろう。それは、異世界人であるゴローも同様に。

 その下準備をしてくれた彼らの功績は確かに大きい。感謝してもしきれない。

 が、それでも本当に肝要なことを伝えることはできない。


 だから、切り札を出すことにした。


「女神様は今も僕らの営みを見守ってくれています。功も罪も平等に」


「唐突に我らの教義を語って、どういうことだ?」


「僕は教義の話をしているわけではありません。事実を語っています。有り体に言うと、黄金郷の呪いを消し去ったのは下天した女神様で、僕はその御姿を見ております」


 シン・・・と集会室が静まり返った。


 女神様の実在を明らかにする。これが僕の切り札だ。黄金郷の呪いを消し去ることに最大級の説得力を持ち、ある意味で事実なのだから。

 だが、女神教における女神はあくまで偶像だ。実在が明らかにされたものではない。あくまで初代教祖の奇跡を下地にして、実在が証明されたわけではない女神を崇めている宗教なのだ。


 女神様の実在を明らかにすることによって、教義や信仰の在り方が根底から変わってしまうかもしれない。女神教の在り方を頑なに守るのであれば、女神様の実在を主張し言い訳に利用している背信者と見做されるかもしれない。

 それらを危惧していたからこそ、なるべくなら言いたくない切り札としていたが、そうも言っていられない。


「女神様は実在する、と?」


 断言した僕に、大司教は動揺しながら問いかける。声が震えている。恐らく僕と同じことを危惧しているのだろう。


「僕らの営みを見守ってくださる女神様が黄金郷に手をつけられなかったのは、女神様が黄金郷の存在を認知できなかったからです。我々が黄金郷の謎を解くことで女神様は黄金郷の存在を認知することができ、我々の前に下天して黄金郷の呪いを消し去ったのです」


 肝要な部分は言及を避けつつ説明する。とはいえ、順序や過程は異なっていても、確かに女神様が黄金郷に纏わる諸問題を解決したことは事実。だから自信を持って答えられる。


「もっと言ってしまうと、黄金郷の詳細をお伝えしないのはリーダーだけでなく女神様のご意向でもあります。女神様の御姿を拝見し、その絶大な御力を目の当たりにしたことも重大事件ですが、それを明かしてなお黄金郷の謎については秘匿をしなければならないほど世界の根幹を揺るがすもので、その謎を知った私は内容を漏らさないため女神様より発言の制限措置を受けています」


 信徒の中でも特に信仰の篤い司祭様たちに対して、酷なことを言っている自覚はある。

 偶像に過ぎないが、もし信仰対象にお会いできるならお会いしたいと思うのが人情。

 それを果たしたのは教会の中でも上級にあたる者ではなく、いち僧侶に過ぎない若輩者だ。しかも、僕の説明には言外に「女神様にお会いしただけでなく話もした」という意味合いも含めている。僕が彼らの立場なら嫉妬する。


「そうか、女神様がそう仰ったのか」


 大司教様は俯いて大きなため息をつく。

 感極まっているのか、憤慨しているのか、泣いている司祭もいる。

 マザーは目を瞑って微動だにしない。

 暫くの沈黙ののち、大司祭様が改めて口を開く。


「お集まりの方々、アンドリュー君は十分な説明責任を果たしてくれた。これ以上を求めるべきではないと思うが、いかがか?」


 大司教様の問いかけに、周囲は沈黙を以て肯定とする。僕に詰問していた司祭様たちも同様だった。


「女神様が実在されるというのは他言無用とする。我々の教義の根幹を揺るがしかねない事実故にな。だが、女神様が我らを見守ってくれているということは大きな財産として我らの胸に秘めて、これからの人生を送っていくこととしたいと思うが、いかがか?」


 これも沈黙を以て肯定とした。


「アンドリュー君は女神教の悲願であった黄金郷踏破の功績を讃え、準司祭級へと昇格するものとする。配属先は引き続き辺境国となるが、教会の運営管理はしてもらいつつも基本的には今まで通りの活動をしてもらって構わない。いかがかな?」


「はい、ご理解とご配慮、任命をいただき賜りありがとうございます。女神教の一員として、これからも尚一層の精進を続けていきます」





 集会室をいち早く退室した僕は、緊張感から解放されて大きくため息をついた。


「お疲れ様でしたアンドリュー。堂々とした立派な立ち振る舞いでしたよ」


 その横にはマザーが付いてくださっている。

 彼女も色々な意味で気が気ではなかったのか、今までにない安堵の表情をしている。


「終わりましたか?マザー」


 と、目の前に女性が立っていた。

 修道服を身に纏っているから信徒であり、新人のシスターのように見える。が、シスターベールを被ってはいるものの、僕は彼女の顔を見て唖然としていた。

 つい先日邂逅したその面影、忘れようにも忘れられるものではない。


「はい、終わりました。貴女の想定どおりアンドリューは女神様の実在を明らかにして、かつ黄金郷の謎を明らかにしないまま上層部を納得させました」


「彼らは権力者でもありますが敬虔な信徒です。善良さを捨てて自身の権力を堅持するなんて愚行は犯しません」


「仰る通りでした。そして、アンドリューは今回の功績で準司祭級に昇格。辺境国着任を拝受したため、私も辺境国へ行くことになります」


「では、私がマザーの部下として同じくアンドリューの下に付き、辺境国に行くことは問題ありませんね」


「ええ、そこは私の権限で問題ないようにしておきます」


「助かります、マザー」


「信仰対象にマザーなどと言われることは非常に恐れ多いのですがね」


 会話の内容。

 思ったとおり、彼女は女神様だった。


 黄金郷でお会いしたときに比べて幾分幼い感じだが、聞くと今回は本体が下天したものではなく、分霊。そして、分霊は元々の出力が本体より落ちるため、本体より幼く見えてしまっているとのこと。

 身体能力なども常人の常識レベルまで落としているという。それでも、冒険者ランクに換算すればB級上位ではあるとのことだが。


 曰く、神は世界で起こる大まかな出来事を俯瞰して世界の管理を行い、人の手に余る事態のみ介入を行なっている。

 本来は黄金郷も介入の対象となるべきだったが、俯瞰の弊害だったのか、黄金郷の存在を認知できなかった。

 その再発防止策として、自らの分身を世界各地に配属させ、俯瞰して見るだけでなく分身を通して世界のあらゆる出来事を把握するようにしたという。


 その第一号が、彼女。

 名を「アインス」という。後にゴローにそのことを伝えたら「まさか次はツヴァイ、ドライとか続けるんじゃないだろうな」と呆れた顔をしていたが。どうやら元の世界の数の数え方らしいが。


「私が女神の分霊であることは、あなたと私の協力者であるマザーしか知りません。あなたは黄金郷の当事者として、彼女は信仰の篤さと善良さが女神教の中でも類を見ないものという点で、私の素性を明らかにした上で信頼に値するものと判断しました」


 マザーはそうだろうが、僕は女神教というよりは女神教の教義に共感しているだけだ。極端な話、人の役に立てるのであれば女神教でなくてもいいが、女神教に居ることこそが一番人の役に立てるというのが僕にとっての現状だ。

 ということも、恐らくアインスは見抜いているのだろう。


 何にせよ、僕はマザーとともに女神のお付きとなった。はっきり言って、女神教の準司祭になるより圧倒的に荷が重い。

 名目上は準司祭級の僕のお目付役にマザーと、その下にアインスが付くという形になるが、実態がそんなことにならないことは容易に想像がつく。


 とはいえ、これも在り方のひとつとしてはアリなんだろうと納得すると、アインスは途端に真剣な表情になる。


「さて、早速というには都合が良すぎる気がしますが、近々黄金郷級の脅威が出現します。黄金郷は徐々に呪いを世界中に撒き散らすものでしたが、この脅威は能動的かつ局所的に甚大な被害をもたらし、放置するとあっという間に世界に伝播するという点で、短期的な危険度は黄金郷より上です」


 聞き捨てならない事を、矢継ぎ早に告げる。

 これは単なる会話ではなく、言ってしまえば預言や神託の類だ。


 神の言葉を聞いてはならないというのは女神教では数少ない禁忌とされている行為。何故なら女神は降臨しないし、言葉を授けることなど無いからだ。神の声を聞いたということは神を騙る行為。さっきまで僕が危惧していたのもそこだ。

 が、他ならぬ女神がそう言っているのだ。女神教教会内であっさりと教義の禁忌に触れてしまった僕とマザーは、それが仕方がないことだと認識しつつも顔を青くした。


「脅威が出現したら、聖王国は聖王国で対処をしようとすると思います。ですが、率直に言って戦力差は絶大です。私も戦える力はありますが相応に出力が落ちていますので、教会からも戦力を出す必要があります。その下準備と打ち合わせをこの3人で、四番通りの絶品チーズケーキがあるというカフェで行いましょう。さ、お二人とも早急に平服に着替えてくださいハリーハリー」


 ツッコミを入れたいが、立場的にも本題的にも無理な気がしたので、ツッコミは諦めてすごすごと更衣室へと移動した。


 うーん、ケーキならアークもエルリィも喜ぶだろうけど、一番喜ぶのはゴローだろうな。結構な甘党だし。

 美味しかったらゴローにも教えてやろうか。彼らも聖王国にいるみたいだし。


 マザーと、あっさりと世俗に染まりそうな女神様・・・の分霊であるアインスを連れて、僕たちは教会を出て街中へと向かっていった。

アハトはアインスの後継端末です。

ナンバリングが多いものになるほど、元となっている女神の性格から離れたものになっていきます。

得意とするものは素体によって個体差があります。

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