元事務職員、黄金郷に挑む 5
結論を言うと、黄金郷の呪いとは転移した無数の人間を守るためのものだった。
いわゆるコールドスリープのようなもので、人の体と魂を土地と同化させ、何よりも強固な「呪い」というコーティングをすることによって、2000年の長き時を経ているにもかかわらず土地や命の時を止めて守っていた。
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「えっ、どういう状況なのこれ?」
聞き慣れた声。
呪いの少女と交戦しつつ目をやると、そこにはアークがいた。剣を構えながらも、何がどうなっているのか分からない様子。
マズい。非常にマズい。
黄金郷にとって、アークは紛れもない外敵。呪いの少女の矛先が俺からアークに変わる可能性が高い。
そうなると、女神でさえ無力化された呪いの攻撃に、アークが対抗しきれないかもしれない。
と。
それまで動かなかった女神が動いた。
手のひらをアークに向けた瞬間、体が光になり、アークに吸い込まれていく。
同化?
侵食?
アークの状態の判断に迷っていると、アークはロングソードを構えて呪いの少女との間合いを詰め、腹から真一文字に横薙ぎにする。
まさしく一閃。
その攻撃が決定的だったのか、呪いの少女は恐らく無力化した。アークはその様を確認するとすぐに俺に顔を向けた。
「時間を稼いでくださってありがとうございました。アークさんには事情や経緯を共有して一時的に体の主導権を渡していただきました。とりあえずこれで土地神がこれ以上攻撃してくることはありません」
どうやらアークの意識は女神のようだった。
アークに憑依したのはアークを守るためというのとあったが、それ以上に彼女が女神の器となるポテンシャルを持っていて制限された女神の力を増幅させることができるためということだった。
「・・・土地神とは?」
「その名のとおり土地を司る向かう側の神ですが、人々の体と魂を大地と同化させ時を止め、自身は呪いとなることで大規模転移したこの土地にいた人々を守っていた。そういう存在です」
「つまり、この呪いを浄化してしまうと」
「封じられた万単位の人々は目覚め、定形外の転移による過負荷と2000年の時の負荷を受けてまず間違いなく全員死亡し、彼女が今まで守っていたものがすべてご破産となります。呪いの影響でこの世界が被害を被ったことに管理者として思うところがなくはないですが、彼女は彼女なりに土地神として土地を守ろうとしただけです。彼女には私から事情をお話しして、丸く収まるよう交渉します」
ふう。
考えなければならないことはあるが、とりあえず一段落としていいのか。
女神と土地神との交渉はすんなり終わった。
本来呪いは浄化して無力化しなければならないが、それをしてしまうと黄金郷に同化した数々の命に悪影響が出てしまうため、とりあえずは継続。
しかし女神は黄金郷を元の世界に返すことを約束した。大規模転移のため時間を要すが、1日もあれば転移のためのエネルギーを貯めることができるとのこと。
元の世界に帰った時点で土地神は呪いを解き、それで一件落着となるとのことだった。
土地神の少女は、黄金郷の排除機構と戦っていたアンドリューとエルリィをこの場に招き寄せた。女神もアークから離れて再度実体化し、2柱は神とは思えないほどに丁重な謝罪を俺たちにしてくれた。
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土地の大規模転移の力が貯まるまでの間、金色に輝く以外は懐かしいこの土地を、俺たちは散策というか観光していた。
呪いは継続しているが、少なくとも俺たち4人に牙を向くことはない。土地神のアバターも同行し、俺がいた世界の、元の職場を含む色々なところを案内した。
この世界には東京タワーや高層ビルのような巨大建造物は存在しない。アスファルトの地面や移動に使う車両など驚く部分は他にもあるが、巨大建造物の見た目のインパクトが印象的なようだった。
「ところで五郎、お前が望むなら一緒に我々の世界に帰ることも可能だが、どうする?その場合、この世界の女神には私から伝えるが」
土地神からの提案に、俺は秒で丁重にお断りした。不意に訪れた観光の機会に懐かしさはあったが、もう俺はこの世界の住人だし、ここで生きていきたいと思っている。
転移に際して女神から役目をもらったこともあるが、それ以上に俺にはこの世界でやりたいことがある。
土地神は見た目相応の少女っぽく悲しそうな表情をしたが、俺の意向はちゃんと汲んでくれたようだった。
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約1日が経過して、俺たちは東京タワー地下駐車場に戻ってきた。
女神からはとてつもない魔力を感じる。時間をかけて練り上げたその魔力の総量は想像を絶していて、神の力の強大さと、世界間の規模で土地を転移させることの重大さをまざまざと感じさせられた。
転移そのものは一瞬だった。
心の中で元の世界への別れを告げ、もうそこには黄金郷はなく、広大な地平が広がっていた。
貯めていた魔力を使い果たし、ひと息ついた女神は俺たちに向き合う。女神らしく慈愛に満ちた笑顔を向けて。
「では私は天界へと戻ります。数千年に一度あたり、こうした特大な異常事態がない限りは下天することはありませんので、あなた方と会うことはもうないでしょう」
何かのフラグのように聞こえなくもないが、そもそも会うことがないだろうと思っていた中での再会に思うところが無い訳ではない。
まぁ、うん、望外の機会だったよ。色々と。
「とりあえず、転移前の約束は何かしらの形で果たすつもりです。それが成ったときにでも、こっそり下天して成果を見てください」
「そうですね、ありがとうございます。ですが、まずはあなたが良い人生を送ってくださるのが私にとっての何よりです。黄金郷について冒険者ギルドにどう伝えるかはご判断にお任せしますが、黄金郷由来の呪いで取り返しのつくものは可能な限り私が解消させておきますので、今後の心配はしなくて大丈夫ですよ」
「わかりました」
「では五郎、アーク、アンドリュー、エルリィ、この度は世界の危機を救ってくださりありがとうございました。このご恩、功績は忘れません。それでは・・・」
女神は光に包まれて消えた。
振り返ると、黄金郷に行かなければならないと直感したのは、やはり俺が転移前の世界出身だったことと無関係ではないんだろう。
結果、仲間との確かな絆を確信することができたし、前の世界を振り返る機会を得られたし、今の世界で生きていく決意を更に固める機会にもなった。
会社の俺のアカウントがまだ生きていたことに驚いたが、元の世界に戻ったらじきに消されるのだろう。元の世界の友人知人、手塩にかけて育て上げた優秀な後輩が健やかに生きてくれることを願いながら、俺はこの世界で生きていこうと思うのだった。
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「この世界の女神様、異世界の神様、ゴローの元の世界の土地が転移して戻った。これ誰かに説明するとして大変なことにならないかな?」
ギルドにどう収束報告をするか悩んでいると、アンドリューがそうこぼした。
「教会では神様の存在は認めていても偶像化するために明確な人物像が描写されていないし、そもそも誰かが会ったという記録は無いんだ。人物像を固定化させるのは危険だよ。それに、ゴローが転移者だってことと、黄金郷がゴローの元の世界のものだって説明をしたら、ゴローにあらぬ疑いをかけられかねないよ」
それは俺も懸念していた。
事態をありのまま報告すると、色々な意味で面倒臭くなる。俺も変に探られると気分がよいものではないし。
「言っても理解してもらえない、むしろ責められる可能性があるなら、もう黙っちゃってもいいんじゃないかな」
「私も賛成だな。黄金郷の脅威は今後発生しないという事実だけ報告で良いだろう」
そういう方針だと俺も助かる。
もしかすると老後あたりにでもポロっと漏らしてしまうかもしれないが、それはその時をで良いだろう。案外、老人の戯言で終わるかもしれないし。
黄金郷の脅威は取り除けた。
だが調査して原因を特定できたわけではないので「成功した」とは言い切れない。
むしろ「失敗した」と認識するくらいがちょうどいいかとしれない。世間はそう思わないだろうが。
「しかし、途中で何度かアンドリューに洗浄魔法をかけてもらったが、大変なことが続いて汗をたくさんかいてしまったな。確かこの先に良質の泉があるから、先行して水浴びしてきてもいいかな?」
エルリィがそう聞いてきたので了解する。黄金郷に関する話はこれで終わりで良いだろう。
しかし、元の世界を見ている最中に銭湯があったな。とはいえ、その時は呪いの影響で入れない状態ではあったし、他の施設に向かう途中だったのでスルーしていたが、
「風呂入りたいなぁ」
そう、誰にも聞こえないように呟いた。




