うしのくび
ぼくたちは夏でも涼しい高原にやって来た。
景色は広々。目に優しい緑の上を、ジャージー牛たちがもすもす歩く。
ぼくとさゆちゃんは笑顔で空気を吸い込んだ。ちょっと牛のうんこ臭い。
だから話を変えて、昨日見た心霊動画の話をぼくは始めたんだ。
「よく動画とかでさ、人の背中に後ろに霊がチラッと見えるとか、あるじゃん?」
「あるある〜」
さゆちゃんは気分を変えようとしてか、話に乗ってくれた。
「あまりに嘘くさいよね〜。大体、あんなにはっきりカメラに映ってるのに、肉眼では見えないんだろうか」
「見える人にしか見えないんだよ、きっと」
「レイジは見える人?」
「見たことはないなぁ」
「見たいよね」
「うん見たい見たい」
そんな会話をしながら柵に近づくと、柔らかそうな茶色をした子牛がぼくたちを見つけて、さっくさっくと草を踏んで、こっちへやって来た。
「わーかわいい」
さゆちゃんがそれに夢中になる。
「かわいい! かわいい! かわいいねぇ!」
「さゆちゃんの方がかわいいよ」
ぼくは定番の褒め言葉を照れながら言った。
「もー! 子牛ちゃんのほうがかわいいってぇ〜」
そう言いながら、まんざらでもなさそうなさゆちゃん。かわいい。
かわいいさゆちゃんは保育園の先生だ。
いつも子供相手にそうしているんだろう。子牛をあやすように、『おお牧場はみどり』を楽しそうに歌い出した。
「あはっ! レイジ、見て見て!」
うん、めっちゃかわいかった。
さゆちゃんが歌の途中で「おー!」と言ってかわいく握った拳を上に上げるたび、子牛が首を傾げるんだ。
さゆちゃんは一番だけを繰り返し歌った。
さゆちゃんが「おー!」と言うたび、子牛が「それ何?」というふうに、首をひねる。
「あたしが何言ってるのか気になるのかな?」
さゆちゃんがめっちゃ楽しそう。
「お話できてるみたいで嬉しい〜」
遂にはさゆちゃん、「おー!」ばっかり言い出した。
子牛がそのたびに必ず小首を傾げるのが嬉しそう。
でも、ぼくは気づいてしまった。
さゆちゃんが「おー!」と言って右肩を上げるたび、下がったほうの左肩から透き通った少年みたいなものが、ひょっこりと顔を覗かせてたんだ。
子牛はたぶん、それを見てたんだ。
「おー!」
さゆちゃんが拳を高く上げる。
子牛が首をひねる。
子牛が見てる先に、白っぽい透明な少年が、さゆちゃんの肩からひょっこり覗く。
少年に手はなかった。
ぼくは柵の中に入って、ビデオカメラを構えた。
はしゃぐさゆちゃんを正面から撮った。
「今日は楽しかったねー」
ホテルの部屋で、まだはしゃいでるさゆちゃんに見えないように、ぼくは録画したものをチェックしていた。
確かに、映ってる。
めっちゃ笑顔のさゆちゃんの左肩から、さゆちゃんが「おー!」と言うたびに、どろっとした顔の少年が、にゅっと覗いてた。
子牛は間違いなくそれを不思議がって見てたんだ。
ユーチューブに投稿すればこれ、結構再生回数イケるかな……。
「うーん……」
ちょっと迷ったけど、ぼくはそれを削除した。
さゆちゃんが怖がらないようにね!