九話【決断か】
「どういうコトか全くもって分からない。なんだよ、説教って」
「説教は説教だ。お前の様な愚者に正論をもって律す。正しき道へ案内する言霊とでも表そうか?」
「てんで意味が理解出来ない」
儀典装填器だとか。
魔王憑依だとか。
よく分からない事ばかりを、目の前の美女は口にする。
正直な話、人知を超えた話だ────自分にはついていける自信は無い。というか現に今、ついていけてない。
つまるところ、この人が言ってる事に信憑性があるのかどうかすら分からないのだ。
土を這いずり廻る虫の如く。
静寂と共に己の脚に力を込めて、立ち上がる。だが根本的な『こいつの言いたい事』は分かり切っていた。
ああ、確かにと頷く。
シーラ。彼女が言うてる事はその通りだ。
「む。どうした、その表情は……まさか、理解出来たか?」
「まぁ、そんな所ですかね。あんたがオレの右腕に宿る腕輪の力が何なのか、その説明をやっと理解した。これはまるで『呪い』だな」
「くっ、呪いか。言い得て妙だな」
「どうです、これなら説教なんてしなくとも……」
されど、説教は終了なんて事はありえない。神速の一瞬。彼女はそう嘲笑う様に、気が付く頃には眼前へと迫ってきていた。
美麗な金髪が大きく揺れ、傘を作る。
「っ⁉」
「私は魔女だからな。特別に、不得意な肉弾戦で戦ってやる。まぁそれでも、お前が私よりも近接戦闘の技術が上とは分からないがな!」
「────まじ、か」
呼吸さえ跨げない刹那。
大気は微動し、ただ鼓膜はドンと踏み切る音だけが鈍く到達する。彼女、シーラの瞳に映るのは……唯一、オレの間抜けな顔。
そして。
まずい。と直感的に体が飛びのいた。
俺の下腹部に飛んでくるであった魔女の拳を避ける様に華麗なバックステップを取る。
「ほう、反応は良いのか」
「おい。ちょっとま、て」
「なんだ?」
「説教って、これ……ほぼ暴力じゃないか⁉ というか、全然説教じゃないし」
自分の想像と乖離した現実に嘆息を漏らしつつ、眼下の彼女を睥睨。間抜けな自身の表情を引き締めた。
くそう。こんなハズじゃなかったのだが。
「せめて説教って言うならば、もうちょっと大人しくて────」
「じゃあ言おうか。これは説教なんかじゃない。お前の腕試しだ」
「なんだ、そりゃ⁉」
ふざけないでくれ。
オレはもう何度も戦いを過ぎてえているんだ。そんな苦労人へ更に戦いを強いるとか、無理強いにも程があるだろっ。
呼吸するだけでも喉が、肺が、刺された様に痛む。
そんな錯覚を得つつ、目の前の圧倒的強者と対峙する。
そんなのは、あまりにも無謀だ。
「っっくそっ!!!」
「おらっ!」
彼女は拳を空振りするも、その勢いを乗せたまま左脚を浮遊させオレの顔面目掛けて回し蹴りを仕掛ける。それはまるで星の軌跡。流れるように一瞬、あまりにも疾い速度で駆け抜けるソレは流れ星と言わざるを得ないだろう。
急いで両腕を自身の顔の前に持ち出し、クロスする。
反撃なんて考えるな。まずは耐える事だけを考えろ。
そう心に暗唱すると共に、歯を食いしばる────!!!!
『ガッ』
激しくも遅く、鈍く重い音が響いた。
両腕にはあまりにも大きな衝撃が走り、理解に苦しむ。
まるで鉄の塊で殴られたも同然の一撃。
人間の平均的な力なんて軽く凌駕するであろうその力に苦悶の表情を表に出すも、オレはその場で耐えきった。立ったまま両腕を振り下ろす。
今更、響く激痛になんて気にはしない。
「ぐ、あ……」
「ほう。これも耐える、と」
あまりの激震に吐血を覚える。
そして不意に訪れる静寂に、自然と二人とも距離を取る。
結果的にこの手は正解だった。
なにせこれ以上の追撃をオレが食らっていたら、完璧に朽ち果てていたのだろうから。
荒れた息を整える努力をしながら、相対する魔女の姿を一瞥する。
「はぁ……ぁ……、随分と乱暴、だな? あんたってオレが思っていたよりも脳筋な人間っぽい」
「へへ、悪いか? 生憎、子供の頃から私はそういう人間でね。……強い人間を見ると戦いを仕掛けたくなるんだ」
「は、はぁ?」
「ここまで言っても分からないのか? お前は自分が思っているよりも随分と強いんだよ。なにせ二撃しか与えてないとはいえ、私……魔女なのに筋肉しか使わない。で有名な『剛絶』の魔女シーラ・クレリアルの攻撃を耐えたんだからな」
「ん? なんかそれ、おかしくないか。さっきあんたは言っていただろう。不得意な肉弾戦で戦ってやるって」
浮かんできた自分の疑問をぶつける。
それに対し、苦笑しつつもシーラは答えた。
「ああ、不得意な肉弾戦と言ったな。アレは嘘だ」
「えぇ⁉」
なんか随分と強いなと思ったら……なんだよ。
肉弾戦が不得意というのは、噓だったらしい。それは裏を返せば、普通に肉弾戦が得意という可能性も有り得なくはない。
いや、絶対そうだ。
なにせ二つ名が『剛絶』なんだ。
絶対剛力に決まってる。
これなら滅茶苦茶あり得る話だろう?
「簡単に言えば、お前という存在がどれほど強いのか気になったのと……ある事情でな。お前のその力を利用したいんだ。だからその代わり、お前を最強に育ててやる……みたいな事を思っていたのだが、どうだ?」
「交渉、ですか?」
「まぁな。でもそんな堅苦しいもんではない、ただの取引だ」
そして唐突になされる交渉案。
どうやら彼女には彼女なりの考えがあったらしい。
オレは利用されるようだが……。
その代わりに、最強に育ててくれるっと。
もしソレが本当なら、たったちょこっと手伝うだけで力が手に入るんだ? 凄い良い案だと思うんだけれど。いや、まぁそんな安易に力を欲するのは良くないかもしれないけどさ。
良い案じゃないか?
────数秒の思考の後に、死にゆくために来たオレはこの案を受けたところでも、断ったところでも行き当たりばったりなんだから。
どうせなら最強になった方が良いだろうという答えに至った。
つまるところ。
「その案、……乗った!」
オレはその案を受け入れるのだった。
「へぇ、ノヤもシーラさんの弟子になるってことですか?」
「うわっ、びっくりした。……いやまぁ、そうだな。そういう事になる」
唐突に背後から声をかけてきたのは、レイナだった。
おお、びっくりして心臓が止まるかと思ったぞ。
いや冗談抜きで。
いやマジでさ。
「強い人との稽古ていうのは、いつでもタメになるものです。……貴方と一緒に稽古するのが、今から楽しみです」
「お、おお。あ、でも出来るだけお手柔らかに頼むからな?」
「見当しときます」
屈託のない笑顔で笑う、俺と同じシーラの弟子は少々恐ろしい。
ま、そうは言っても……本音を言えば、俺もレイナと稽古をするってのは少々楽しみな気もしなくもない。
脳裏にふと浮かんだ過去の仲間は遮断し、出来るだけ今の純潔に浸る。
「はぁ、首の皮一枚繋がった……てところだけど。ないよりは、マシだよな」
そう思いつつ、曇天な空を見上げて俺は溜息を漏らした。