八話【其の力、何者かI】
眼を開くと、其処はまた再び見知らぬ天井だった。
理解出来る情報は…………ただ一つ、ではない。
広がる視界には多々とある、新しい情報が存在した。
「こりゃ、……なんだ?」
その天井にはシャンデリアが飾られており、キラキラと星の様に輝いている。それにしても、気持ちが悪いぐらい……開放感があり、気持ちがいい。
「おい、なんだこりゃ」
右腕がずきずきと痛む。
放心させて、その後に筋力をきりと込めると─────右腕が痛みながらも、しっかりと動いた。そして、それを視界に入れた。
すると、痛みとは別に俺は苦悶を露わにする。
……ナンダ、コレハ。
其処にあったのは、包帯でぐると巻かれた自身の右腕だった。
驚く事しかない、何がどうしてこうなったのか。
それを思い出そうと、頭痛がする。
……確か、俺は暴君? いいや、俺はその場の空気に暴走してアイツと戦い、そして力を無理に使った挙句、気絶したんだったな。
今思えば、有り得ないほどの暴挙。
力を持てば、あれだけ強者を恨んでいた俺も……こうなる、のか。
くそ。俺はなんてヤツなんだ。
……正体不明の力に溺れ、最終的にはソレで己自身の身を滅ぼすと。自滅。よくあるおとぎ話だけの展開なんて思っていたが、どうやらそんな事もないらしい。
自虐しながら、そのベットに寝転がる。
「─────はぁ。……なんなんだよ、この力はさ」
包帯で巻かれている所為で、裸眼で収める事は出来ないが。
腕の感触的に、未だ腕輪があるのは確かな事だった。
あの戦いは絵空事ではなく、……そう。掛け値なしのぶつかり合いだっただろう。一歩間違えれば、殺し合いにすら発展していたかもしれない。
というか、既にそうなっていたかもしれない。
生きていただけ、奇跡と思おう。
─────って俺はなんで死のうと思ってこの大地に降り立ったのに、こんな事になっているのだろうか?
……この大地の所為なのだろうか。
それとも、俺がおかしいのか。
力を持った途端に……そんな事を思ってしまったのか? 俺は?
「まるで滑稽だな、ふっ」
「あ、あんたは⁉」
「ーー私なんかは、どうでもいい。ここは私の屋敷、それだけは教えてやろう。だが……それよりも先に、貴様が貴様自身を理解すべきだと思うがな」
……。
異空間とも言えるその空間では、あらゆる異点が漂っている。
ぼうとベットの横。其処に立っていたのは、薄れてきた気絶前に映った女の姿と合致している金髪金眼野郎だった。
曰く、魔女と。
その凛とした顔立ちからは、若さに混じった歴戦の感覚が直に伝わってゆく。
ああ、なるほど。……確かに、彼女はそれらしい。
「オレ、自身を理解する……です、か?」
「ふっ。ま、正確には……お前そのものと、お前の着用している腕輪に宿る力について理解すべき。というコトだな」
「……腕輪に宿る力」
「ああ、そうだ」
シーラ・クレリアルと名乗る彼女は、レイナの師であるそうだ。レイナのこのお屋敷の一室にいるとかなんとか。彼女は冷静に受け答えしたながらもベットで腰だけを起こした俺を見つめ続ける。
……居心地が良いとは、言えない。
「─────話はちょいと複雑だ。ゆっくりと聞け」
彼女はコチラへ近づくや否や、俺の寝る隣に木製の椅子を蹴飛ばし、そこに座り込んだ。上品要素の一欠けらもないその男勝りな横暴さにはちょいとびっくりする。
「……さて、と」
彼女は音もなく。
ただ何処からか紅茶らしき液体が入った優雅なティーカップを取り出して、ずずずと音を立てて一気飲み。
そして、そのガラス細工のティーカップを横暴魔女はぽいと投げ捨てる。
ぱりん。そんな音が鳴るだろうと思って見ていたが、ソレは落下と共に光の粒となって消失してしまった。
音もなく、崩れ落ちる。……魔術だろうか。
目に瞠るモノだったが、理論的な事は何一つとして分からない。
だからオレの意識は自然と、魔女の方へと向いたのだった。
◇◇◇
彼女は重い空気の中、独白に口を開いた。
「まず第一に。……単刀直入に言おう。貴様の持っている腕輪のその力は─────究めれば”最強”に昇華する代物だ。感謝しろ」
ただ、それだけの情報を。
何を言っているのだろうかとも、「はぁ?」とも捉えられる言葉の一撃。織りなされた情報には、困惑多々。
端的に表せば……頑張れば、強くなれる力、と言ったところだろうか。
「……でも、シーラ。その腕輪に宿る力は、貴方の言う通り強いのかもしれない。でも、─────それはオレの力じゃあない」
「……? ああ、そうだな。だが、そんなのは些細な問題だろう?」
「…………」
シーラの口から煙が溢れ出ていった。
また、彼女は何処から出してきた分からない『葉巻』を口に咥えていたのだ。……この人の雰囲気は、非常におかしい。
「私が今語ったのは、決して逸話でも、伝説でも、美談でも、絵空事でもない。……これが、紛れもない現実だ」
「─────は、はぁ……」
「そう。それで聞いておきたい事があった。その腕輪の詳細を伝えるのは、この質問に答えてもらってからにしよう」
そうして、彼女は先程までの情報は前座と言わんばかりに。
空気が変わる。どこか失った感情を補填するように、強く目を細めて若き魔術師は質問を飛躍させる。
「お前、その腕輪は何処で手に入れたんだ?」
なんて、質問を。
……ああ。そんな事、答えるのは簡単な事だった。
この大地、シャーレンズロードに行く為に乗った馬車の運転手から貰った。ただ、そう言えばいいだけだったのだから。
だけど、不思議と口は開かないで止まっている。
……オレの口は、果たしていつから俺の所有物ではなくなっていたのか。
違う。それは、きっと恐怖していたのだろう。
脳内では、恐怖の中踊り続ける競売にかけられた奴隷の様な光景が浮かんできていた。
そう、その時。
その質問を発した彼女の声色は、表情は……変化していたのだ。
紛れもない、殺意混じりの声色。
何かがおかしな事を言ったら「即殺す」とも言える様な一瞬。
……生存本能が、人間らしく答えるのを躊躇っていたのだ。
あからさまな生存願望に、俺は震える。
もしかして、オレは今、脅されているのか?
少し怖気づきながらも、俺はその質問に答える。
「……えーと。この大地、シャーレンズロードに行く為に乗った馬車の運転手から、それは貰いました」
その言葉に、彼女は神妙な顔つきで嘆く。
「ふむ? それはどういう事だ」
「……なんか去り際に、その運転手が死にたいなんて言ってた俺に冥途の土産だっつって、それをくれたんですよ。ただそれだけの事です」
「─────その男の名は?」
「名前……それは確か、クレエント。だった、はず」
─────あ、れ?
俺が男の名前を発した直後、景色は変わっていた。
先程の家の景色などはなく、上に広がるのは大きな曇り空。
不穏としか言いようのない、白いパレットだ。
そして、二秒後。
ガラスが割れた音が鼓膜を通って、俺は屋敷から直接吹き飛ばされていた事に気が付く。
「お、おい。まじか」
「ああ、マジだ。……そして腑抜けたお前に説教してやろう。……幸運な男よ」
「っっっつ⁉」
そのまま俺は地面に落下する。
外の庭? に出たようだ。辺りには様々な花が植えられた花壇があって、美麗な景色だった。
だが、それよりも。
今はちょっと、やばいかもしれない─────。
逃げよう。そう思ったが、腰が抜けていて動けない。
「教えてやる。お前にな。……お前が幸運で手に入れた力は、貴様にはあまりにも身に余る奇跡だ。事象にどれだけの影響を与えるのか、その尺度である事象評価の中で神と同意義である最高ランク。SSSランクのスキル……いいや、これはもはや、人間の力とは呼べないかもしれないな」
彼女は語り続ける。
己の右腕に付けられた腕輪について。
最強と告げられたその力は、果たして何者なのだろうか─────。
「お前の持つその力は、過去の魔王戦線にて使われた封印装置。曰く……偽典装填器と」
「ぎ、ぎてん……そうてん、き?」
「─────そして、相応しくない名としてもスキル名を上げるのならば”我が身に最凶”を宿すその力。『魔王憑依』」
……つまるところ、そういう事だった。
俺は彼女が告げた言葉でふと理解する。
そういう事だ。魔王。そんなものを身に宿す、なんてその力は……確かに、己の身に余るモノなのは明白であり、もう戻れないという恐怖感すらも覚えた。
俺は無力だ。
ここまで来たのに、まだ進めない。
偶然手に入れた力だというのにも。
感情だけに流されて、意味が分からないまま行使していた。
これじゃあ、邪知暴虐なる国王となんら変わりない。
強者の味を知ったのならば、彼らとは変わりない。
俺はオレを追放した冒険者共となんら変わりない。
「魔王に感謝するんだな、お前……。普通、その力を常人が行使するものなら、膨大な魔力によって焼け死ぬだろうよ。稀に、その魔力量に適応出来る体質の持ち主がいると……聞いていたが、まさか貴様がソレだとはな」
正体不明の魔女は続ける。
「……貴様の情報は、私のスキルと魔術で把握している。だからこそ、今ここで説教してやろう─────」
「─────今は強者成る者よ。弱者の心を思い出せ、お前は”弱者”が何かと知っている筈だとな」
金髪の若き魔術師はそう説いた。
それは俺に、じっくりと瞳を交えて。
静かに、俺は、そう、言われた、のだった。
どうやら、説教が始まったらしい……。