七話【決闘→落下点】
決闘。
それは、掛け値なしの根性試し。
一対一。魂の鍔迫り合い、とも言えるその戦いは、冒険者共が編み出した決め事をする時の伝統的な儀式。風潮であった。
世界樹を中心としたこの森羅万象の世界に穿つ一つの大国【レイディン王国】。
諸説あるが、決闘の発祥地はレイディン王国の王都、レイディアンだという噂がある。
「……決闘の規律は先程、レン様が告げた通りだ。罪人、準備は良いか?」
レンに審判をしろと命じられた兵士がそう告げた。
決闘規律。
・ただどちらかが戦闘不能になるまで戦う。
たった、それだけの縛り。
俺はその事を頭に止めて、決してゆえない自信を持った。勝機はない、されど勝てる気しかしない。
……何故だろうか、体が不思議と軽い。
でも、体が重い。
「─────」
矛盾。世界崩壊の警鐘が、己の体に宿るのを理解する。
先刻の仲裁者であり、今の敵はにやりとほくそ笑んだ。
斟酌はなく、本能のままに俺は睨み返した。
─────能動的に動く事をしらない。
少しばかり頭がくらくらと、酒が入った様に脚はおぼつく。
その最中、俺と剣士の間に立っていた兵士が掛け声を上げた。
つまり、始まりの合図。
「では……決闘、開始っ!」
刹那。大気が動いた。
◇◇◇
一瞬。まるで前方から竜巻が突き付けてゆくかのような錯覚を抱いた。
己と対峙していた筈の緑の剣士か魔術師か、その男の姿は視界から既に消えいる。……旋風眼前に。
「……ッ!!!!」
だが、それは間違いだった。
目の前に迫ってきていたのは旋風などではなく、ただの剣影。音速さえも凌駕するだろうその一撃に目がくらむ。
─────緑の剣士は、俺の懐へと入り込んでいた。
「終わり、かな?」
「ぐ、あっ⁉」
─────されど、それは酷く遅く見えた。
俺は必要最低限の動作を予想して、一歩後退。
それは見事に当たり、剣は俺の目の前を通過する。
「避けた⁉」
レンは驚愕しながらも、もう一撃をコチラへと与えてくる。だが、それさえも俺は避ける。
二撃。三撃。四撃。五撃。剣戟は聞こえない。
繰り出される全ての攻撃を避けて、避けて、回避する。
相手の動きがとても遅く、俺の目には映っていたのだ。
それには思わず、笑みが零れてくる。
─────悪心が芽生える。
『これが強者の快感か』
などと。そんな言葉が脳をよぎる。
「……⁉」
そして、崩壊。
己の一瞬だけよぎった思想を侮辱し、すぐさま捨て去る。
……今のアレは、一体なんなのか。思わず、吐き気が俺を襲う。俺は何を考えているんだと、己を疑った。
だが、今は─────。
この攻防を生き続ける。
「成程、多少はやるようですね。僕の兵士からあれだけ逃げのびただけあります。……ならば、その俊足。我が力で破壊するのみ!」
目の前の剣士は、そんな事を言いながらも背後へと飛び込んだ。
そして俺に向けて両腕を突き出して、レンは魔力を込めた言葉を語る。
「─────緑聖鎖─────ッ!」
レンは携えていた杖を抜き取り、その力を解放する。
一瞬にしてその剣士は、魔術師へと変貌した。
同時に俺の踏み込んでいた大地から緑色の靄がかかった鎖が飛翔し、俺の身体に絡みついてきた。
あからさまな拘束。……鎖との接触部分からはビリビリとした痛みを感じ取る。
「なんだ、こ、れ」
まるで生気が吸い取られていく様な感覚。
抗おうと、決して腐敗しない強固な鎖。
「おおおお、おおおおおお!! レン様の固有スキルだ!」
「……俺、今まで話に聞いてただけだったから。レン様があの力使ってるの始めて見たぜ……」
「まさにジャスティス! 神々しい、これでこそ我が主の力!」
「これこそ、主が”緑箔の王”と呼ばれる理由……」
そんな中、決闘の行方を見届ける観衆共はそんな歓声を急に巻き起こした。流れてゆく空気は、居心地が悪い。彼女を一瞥すると、ふと目があって……少々、気まずい。
ああ、クソみたいだ。
空気が不味い。
だが、されど。
「……ァ、はっ!!! ─────」
バリン。何かが割れる音がした。
自身の体に力を籠めるのに連動して啞然が蠕動する。
そりゃ、至極当然なのだろう。なにせいつの間にか、俺の体を縛っていた鎖はいともたやすく崩れ落ちていたのだから。
「噓、だ……ろう?」
男は目を丸くして、自信を破壊し無様をさらけ出す。
ただ呆然と彼は立ち尽くしていた。
それは俺も同じだが、圧倒的な力の差が芽生えたのは─────この瞬間だったのだろう。
「本当に、君は…………いいや、お前は、何者ッなんだぁ!!!!!!!! 僕の攻撃を避けやがって、それどころか……僕の鎖すらも凌駕する」
「─────」
「その力はなんなんだ。お前からは、常人じゃない魔力の量が感じ取れる。……まさか、僕の命を狙う”十二使役”の魔術師か?」
「……?」
何を言っているのか、理解が出来ない。
きっと負け犬の遠吠えに決まっている。
……だがそんなのは、どうでもいい。
もう俺の勝ちで決まりだろう。
それに、と……想起する。
この男は、一線を超えた。その罪、しっかりとケジメを付けてもらわなければならない。
だからと一歩、また踏み出した。
─────そ。
─────の。
─────時。
─────、。
─────俺。
─────は。
─────崩。
─────壊。
─────す。
─────る。
「あ、れ……?」
されど、俺がレンに近づこうと歩いても、歩いても、其処に到達する事はなく。なんでだろうか、そう疑念を感じると─────自分がまだ一歩も踏み出していない事に気が付いた。
……あ、れ?
俺の中で、何かが崩れた気がする。
既視感を再度。拍動が早く、速く、疾く、段々と指数関数的に加速した。
恐怖の輪廻。身に余る絶望。肉体的限界。
崩壊。
その全てを硬直した一秒の間に味わって、視界は今日の曇り空の様に。
真っ白に染まっていった。……瓦解する普遍。
気が付いた頃には、俺はその場に跪いていた。
「……え?」
唐突に襲う圧迫感に震える。
「……」
「な、なんだお前……急、に」
「うああ、なn」
「─────はは、ははは! お前の力がなんなのか知らないが、運が尽きたようだなッ!!! ははは、はははははははっ!!!!!」
まるで倒れる様に目の前が歪曲しながらも、更に目の前に立つ緑髪の男は─────その姿が濁っていった。
ナニガ、オキテイル。……のかも、分からない。
そんな事で止まっていると、ぷすり。
相手が恐る恐る、近付いてくる。
「はは……悪いが、僕の勝ちだろうな。この勝負、」
「─────ッ!!!!!」
胸が締め付けられ。
胃が痛いどころの話ではなく、……まるで煉獄。体が全て炎で焼け付けられた様な地獄を感じた。心臓を直接潰されるかの苦悶。
相手が、段々と勇気を保ち近付いてくる。
瞳を光らせて、激突するように闘争心をぶつけた。
ここには、『負ける』なんて予想を立てる人間など存在しない。
きっと俺も、コイツも、どちらも勝利を求めて戦っているのだ。
だからこそ、一途に抗う。
「……ああ、痛い。でも、それでも、お前に負ける程じゃあねぇよ!!!!!!」
「─────潔く負けろ。罪人風情が、!!!!」
二人の激唱を交錯する。
相手は剣など捨てて、拳で殴りこんでくる。
だからこそ、刹那。
……踏み込むッ!!
立ち上がり、腰を広げた。
嘆く暇もなく、貫く様に、槍の様に疾く駆け込んだ。
─────痛い、痛い、痛い痛いイタイいたい。
「─────ふぅ。緑聖鎖・死槍ー!!!!!」
「っっっっっ!!!!!!!!!!」
拳? ……コイツが、そんな正々堂々するワケがなかった。
敵の背後から追ってくる様に、緑色の鎖が追い越そうと伸びてゆく。
先刻に見た事のある攻撃。
されど予想外。認識を超えたその先の速度。
……大地から飛びのく鎖は、まるで槍だ。
先程と異なる一撃は、紫光を纏っていて不穏。
触れたらどうなるのか、考える余地もない。
「ッ死ねぇぇえええええ!」
「それぐらいじゃ、死なねぇぇえよ!」
吹っ切れた。
目の前の敵だけに焦点が収集し、右こぶしに力を込めて……殴る、その準備を完了する。邪魔な感情を駆除して、ただただ相手を見据える。
「「う、ぉおおおおおおお!!!」」
声が重なり、相貌を見て、それぞれで嗤う。
─────瞬刻。
決着が着いた。
◇◇◇
違う。決着が着く、その前に。
─────それぞれの拳が衝突する、その前に。
「待て、そこの愚民共」
冷酷非道な声が、ぴしりとその場に響いた。
虚空を突く様な一声に、場が凍結する。
氷結地獄さながらの一秒に、俺も、敵も、ぴたりと動きを静止させた。
「……」
「─────あんんた、は」
それは、双方の攻撃が届く寸前の事だった。
俺は声の聞こえた方向、声の主を探そうと一瞥を回す。
視線を泳がせて、散策して……。
見つける。
「魔女、……あんたが、何をしに来た」
「─────? 私が何をしたと言うても、貴様は腑抜けた事を吐くだろうよ。故に言い訳は不要。ソイツは私の児戯だ、寄越せ」
「……く」
「それに良かった。コイツが真に覚醒するまえで。……コイツが本気を出していたら、お前みたいな魔術師は一瞬で死んでいたぞ?」
「なっ、ば、ばかな……そんなの、有り得ない!」
俺の敵。レン・ケイロットはソイツに怯えながらも、そう言葉を発する。
その女は、まさにその声色通りの風貌だった。
レンの言った通り、”魔女”。その言葉が相応しいその真っ黒なドレスを纏い金髪金眼、この世すべてを憫笑する如くの表情。
「あんたは誰だ……っ!」
厳かに、俺はその人に対して叫ぶ。
それに反射するように……。
その女はコチラを見た。
「ご機嫌、最強の器。……でも今、君は最強のその力を使いこなせていない。それでは─────ああ」
「………………ぁ」
そんな言葉を紡がれてゆくと共に、俺の体が止まった。
そういうどころか、意識がふらと歪む。
……また、か? ……また、か。ただそう思う事しか出来なくて、その場で死んだ魚の様に倒れ込んだ。
ばたん、と倒れる。
……そして、意識が零落してゆく己に告げる様に、魔女は見た。
コツコツと、ブーツの音を酷く大きく立てて。
そして、俺の顔を、髪をむしり取る様に持ち上げた。
「ほら、まだ身体に馴染んでいないというのにも関わらず……その力を行使するから、こうなるんだ。因果応報とでも言おうか? ああ、それが貴様には似合っている」
「ぃ……」
「■■■■」
拒絶。それすらもなく、……俺の意識が沈んでゆく。
その女は何を見出し、何を詠唱したのか、それは朦朧した意識だったからか。聞き取れなかった。
顔を持ち上げられ、必然的に目と目が合う。
その黄金の瞳は、とても眩く……奥底にある”感情”が籠った鋭いモノ。
彼女は告げる。
「なぁ、”最強”の紛い者。貴様は理解していない。……其処に住んでいる化け物は、その程度の最強ではないはずだ」
次に。
「ふむ、まだ届いていないか。……良い、それでこそ児戯だ。……良い、貴様を更なる最強に育ててやる」
次に。
「───だな。だが──……ああ、それと。私の名前は────シーラ・クレリアル。……ただの────さ」
それが、意識の保っていた中での最後の音声だった。
……ああ。くそ、意識が漏れていく。
ーー。
ーー。
ーー。
……そうして、俺はその場で、力尽きた。