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三話【其の力、顕現し】

 ーーー喉が渇いた。

 じりじりと己の体内水分を貪る陽光には嫌気がさす。疲労で脚は痛く、それどころか震えている。


「あー、熱い……ちくしょう」


 腕をだらんとだらけさせて、喉からは同様に渇いた声が出る。

 ……あれから荒野を歩き、果たしてどれだけの時間が経過した事だろうか。それは数えていないのだから、もう考えたとしてもうやむやになる事だ。

 結果は見えている。


 だから、無我夢中にも俺は歩き続いた。


 生憎、無心に歩き続ける事は過去の職業柄慣れている。……荷物持ちなんていう、不遇とも言えるジャンルの冒険者だが。


「熱い……」


 それにしても、ここは果てしない荒野だ。

 木々なんてそこらに一本生えるいたら奇跡とも言えるであろう事象だ。半日ぐらい歩いていると、段々疲労にも慣れてきていて。

 ……ただ無言で俺は歩き続けた。


 そういえば、とあの時の運転手に投げ渡された銀の腕輪を見る。

 変わらず陽光を反射させ、かなりの重量感を己に見せつけるその鉄器。赤色の石が一個埋め込まれているが、それがなんなのかは想像もつかない。


 それに、特に使う理由もわからない─────。


 そんな困惑の森に迷い込んでも、風は駆け抜ける。

 ただ俺は歩き続けた。


 ◇◇◇


 そういえば、夜になってしまった。

 疲れ果てながらも視線を上げると、空には未だ綺麗な夜空があって。星は蘭々と輝いている。

 流石は夜だ。

 狼の断末魔か雄叫びか、そのどちらかが不定期に鳴り響く。


 不穏。としか言いようのないその雰囲気は実に奇妙だ。


「んあ……」


 そうしてふと欠伸をした瞬間だった。この大地に衝撃が走って……視界全体が揺らぐ。衝撃が走る。

 ─────おおっと、と態勢を崩した俺だったが静止する事もなくそのままその場で転げてしまった。何故か。それは単純明快であり、衝撃が持続したからであった。


「え、あ?」


 状況は流転。流転。流転。繰り返してと変わってゆく惨状。これが呪いの大地だと宣言するように、叫ぶように─────酷く滑稽に俺はその場に倒れた。

 慌てて体を起こす。されど、振動は止まらない。


 大地は振動し続けている。

 静止など知らないのかと怒りながらも、俺は辺りを見渡した。そこにあったのはただ一つの点。いいや、一つとして有り得てはいけない異常が一つだけあったのだろう。


 俺は目を丸くする勢いで、ソレを凝視する。

 凝視した後に気が付く。


「ありゃ……点じゃない。生き物……っぽいな」


 あれは点ではない。遠く離れた所に位置する生き物だ。しかも大きく一つの点に見えたが、一つではなく。極小の二つだった。

 不規則に動くその点は、生物だと言っている様で不思議にならない。


 だけど同時に唾をのむ。きっと自分は焦ったのだろう。

 なにせ、その点はコチラへと迫ってきていたのだから─────。


「お、おい⁉ なんだそりゃ、ちょっっっと待てーーーっ!!!!」


 思わず腰を抜かしながらも、滑稽にも俺は走り始める。だが疲労した脚は言う事を聞かない。走ろうにも動かない、加速しない。

 だから、迫りくる点と衝突するのは必然的な出来事。


 闖入者(ちんにゅうしゃ)は音速にも満たない速度だったが、既に疲れ切った己の脚に追いつくにはあまりにも十分な速度であった。


 されど、そうと理解しても。

 走る。走る。走る。走る。

 されど、追いつかれる。


 ここは、呪われた大地シャーレンズロード。

 魔王の発生地として以外で、魔力濃度が非常に高い事で有名であり、その魔力を吸ってここらで群生している魔物は大きく育つ。

 故に、そんな魔物に襲われたらひとたまりもなかった。


 そんなのは俺も知っていて、だからふと絶望する。

 無感動に迫りくる死。先刻まではいつ死んでいもいいなどとは思っていたものの、いざ来るとなると少し恐怖が勝る。


 ─────されど。


「そ、そこの冒険者らしき人、助けてくださひぅぃぃ~~~!?!?!」

 それは俺の命を狩ろうとする化け物の様な雄叫びではなく。健気に生きようとする少女の叫び声だった。


 不意に背後へと振り返ると、そこにはあまりにも熱そうなゴスロリを着た黒髪の少女がコチラへと迫ってきていて。

 恐怖。─────なんだ、こいつは。

 唐突なその助けを乞う姿に畏怖すらも覚える。……お嬢様の様な美しいそのお姿には、服従したいと誰もが思うだろう。


 そして更に同時に彼女の背後に迫りくる大きな影へと、自然と目が行った。


殲龍種(ぐりゅうしゅ)が襲ってきてるんですのーーーっ!!!!」

「ちょ、ま、……てっ!」

「待てないですぅ!!!」


 通り過ぎてゆく恐怖心。

 自身の声色には焦燥が混じっているはずなのだが、彼女の声を聞くとまるで彼女にソレが吸収されていっている様な感覚。

 簒奪者(さんだつしゃ)さながらのその一声。


 脳内は情報過多と処理しきれず、オーバーヒート。エラー、エラーと熱を吐く。


 ─────て。

 待て。そんな事はどうでもいい。

 今はただ、逃げる事に専念しなければ。

 ─────と、考えてふと疑問。……この地平線しかない荒野の中で、どう逃げれば良いと言うのか?


 答えはきっと「諦めろ」の一途。

 だが、だとしても……諦めるワケにはいかなかった。静かに見据えるその先の先。……何もない。

 現実は非情であり、理不尽だ。

 だが、だが、そんなのはとっくのとうに理解していた筈である。


「ァ……」


 だからこそ、冷静に一拍置いて空気を吸い込んだ。己の髪はゆらゆらと揺れてゆく、夜風の仕業。純然たる彼女の双眸(そうぼう)を窺う。

 どうせ、助けたとてどうする? ……というか、今の俺に事象評価Aランクと称される最強の龍種を相手になんか出来るモノか。


 迷いがあった。

 なにせ、己はこれから死のうとする身だ。

 死に急いでいる身だ。

 それが人助けなんて、笑い者だろう?


 ……葛藤と言えば、酷く。くだらない葛藤が己の中で芽生えた。


 それも利己的な話だ。

 己が助けたとて、どうなる。なんて純粋なんて遠くかけ離れた……あらゆる感情が交錯した疑問。その瞬間と共に。

 封印していた筈の今までの愚直がふと零れる。


 ─────何故俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ?


 そんな絶望の断末魔。

 過去。ただでさえ強さという存在に恵まれず、ただ弱くこの世を謳歌していただけで無理矢理パーティーに入れされられた。そして荷物持ちなんてやらされて、給料も未払いばかりでいつも腹が減っていて、そして挙句の果てには─────。

 弱すぎると追放した。


 その中で、俺の何がいけなかったのだろうか?

 なんとなく、察する。ああ、そうなのだろう。俺は弱すぎるのだろう。弱すぎるから、こんな理不尽程度に勝てないのだろう。


 だから、その理不尽から逃げる為に─────死のうとしているのだろう?

 心臓の鼓動が早く、拍動が摩耗する。


 彼女がコチラへと後三歩の所まで踏み込んできた。

「た、助けてくれるんですかぁ⁉」


 彼女の言葉には答えなかった。わざとではない、単に自分がその質問に答える程の余裕がなかった。それだけの話である。……されど、ここでノーを言うワケもなかった。


 己は本当に心底弱い。

 正直なところ、これは賭けだった。

 何が起こるのか分からない尽くしであり、これはただの紛い物で贋作だとしても納得出来る事だったから。


 しかし、迷っている暇なぞなく。腕を一瞥する事すらなく、ローブにしまっていた銀の腕輪を俺は右腕にはめ込んだ。


 少女は俺を通過して、その場で倒れ込む。

 だが、─────そんなのは関心さえもくれず。俺はただ、彼女を追ってきていた、命を狩ろうとする魔物を見つめる。。


「死んだら悪い。これは賭けだからな」

「……え?」

 漠然と彼女が呟く。でもそんなのは、本当にどうでもよかった。


 俺はただ、死という恐怖感など凌駕して一歩前に踏み出した。龍種と対峙して、同時に右腕を天へと突き出す。今ここで覚えてる事を口にする。

 あの運転手が言っていた。だから今ここでソレを詠唱す。

 生きる導になるかもしれないと。

 守るものがあるとしたら使えと。



 森羅万象、世の理を凌駕して。

 乖離した常識に生きる非常識。

 其れ即ち、地獄の鎖を腐食と進ませるもの。

 魔を体現し、魔を扱いし、魔そのものと成る。

 契約は今ここに()った。

 行使せよ、我が力。

 人の身をもって真価を魅せよ。



 生きている価値を見いだそうと、ただ俺は最後の希望に手を出した。


「─────顕現せし(インペリアル)魔王の力よ(エクゾ・マギア)!」


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