一話【追放】
森羅万象、世の全てが『力』で掌握出来たあまりにも単純な時代。
弱肉強食、世界樹を中心とした球型世界の象徴ともなる言葉がソレであった。強き者は生を謳歌し、弱き者は屍に。
当たり前とも言えるその世界は、人類からすればあまりにも残酷。
「はっ。お前なんてよ、生きる価値がないから……消えちまえよ」
「ぐ、あっ⁉」
ーー痛い。
ーー酩酊する。
ーー今にも吐きそうだ。
「キャハハハハ!!!!」
「なんだこいつ。やっぱりただのガリじゃん、荷物持ちっつってもよー。いらねぇよなぁ、こんなの!!」
「そうそう、要らないねこんなゴミ!!」
ガヤガヤと騒音が立つ、酒場の一角。
俺は地面に這いつくばっていた。
日常茶飯事。己の弱さを理由に虐げられる日々。
今日も変わらず、俺は自身が所属するこのパーティー【月光】のリーダーであるフレンディに殴れ蹴られを繰り返されている。
俺は今まで弱いからと無理矢理パーティーに入れされられ、荷物持ちをやらされていた。
「ぐ、あっー・-」
また殴られる。
「お前ってさぁ、本当にダメだよな。荷物持ちですらちっともこなせなかったお前を、オレ達は可愛く遊んでやってるのによ? 良い鳴き声すらなしときた。こりゃあ、ねぇ⁉」
俺に罵倒を浴びせるのは、ただ一人ではない。
フレンディ以外にも、月光のパーティーメンバーの人間はずらずらと俺に対する侮蔑の言葉を羅列してゆく。
剣聖のセレッド。盾王のクラーダ。回復術士のシュレア。
爆弾矢使いゴロン。
様々な仲間達に浴びせられる地獄。
もう本当に生きる価値がないのでは、と錯覚するほどの羨望した呼吸。
一秒間先に生きようと抗うだけでも更に疲れて、もうダメだと心が囁く。
「お前さ、もうこのパーティーから抜けろよ。おせぇし、弱えぇし、それに……面白くもねぇし。ダメダメ尽くしのテメェをここまで匿っただけでも感謝しろよなぁ!!」
「……そ、それだけは!」
「あ? 指図するなよ、クズが!」
抵抗する。されど、それはほぼ無抵抗に等しかった。
俺が声を上げれば、再びフレンディは己の腹へと蹴りかかる。激痛だけが体を循環し、既に死んでいるのではとすら思う。
弱肉強食とはまさにこの事だ。
「な? お前もそう思うよな? クズ……あ。いいーや、ヒイラギ ノヤ君? キャハハハハ!!! やっぱりお前は変な名前だよなぁうん!」
最早、喉は潰れかかっていて言い返す言葉は通らない。
反撃……なぞ不可能であった。今はただ侮蔑の感情を目の前の愚民共に紡ぐ。言葉として現れなくても、それは視線として現れた。
苛立ちが勝ったのか、フレンディは再び俺の腹を蹴り、蹴り、蹴り─────殴り、ついには吐血する。
「あ」
体が冷たい。
まるで絶対零度の外気に晒されている気分だ。
崇敬など最も遠き感情だろう。今、この場には自分を侮辱するつまらない感情しか蔓延していない。
ヒイラギ・ノヤ。それが自分の名前であり、彼らにとっての児戯。
述懐はなく。
ただ怒りを奥底に秘めるのみ。
己の無力さには、心底腹が立つ。
正直な所、もう死んでしまいたい。幾度と積み重ねられてきた暴力と自虐の饗宴はもう飽きている。
だがそれは、相手も同じだったようだ。
歪んだ視界で顔を上げると、そこには一人の男の姿が映った。
先刻と変わらず不機嫌で、まるで世界その全てが憎いと宣言するかのような男に宿る眼光。金髪金眼に加えて、腰に携えるのは鮮血の聖剣と称される【鬼剣】。
彼の心の声をそのまま形に、体現する様に。
「決めた。お前は今まで荷物持ちとして使ってやったが、もういらん」
そして。
「消えろ。お前に生きる価値はない」
そう。淡々と冷酷に、このパーティーのリーダーであるフレンディは軽く断罪した。冤罪とでもいうのだろうか。いいや、違う。
これは単なる弱さへの罰なのだ。
視界が真っ黒になる様に痛感する。
だが、だが……まだ俺には、希望があった。
こんな荷物持ちで、弱い俺にも気を遣ってくれていた彼女─────薬師であるフリーダ。俺は羨望しながらも、彼女を見た。
「ふ、フリーダ。……コイツらに、なんか言ってくれ、よ」
掠れた声で、祈りを乞う。
まるで希望的観測ながらも、彼らの隣にしょぼんと座る彼女を見つめてそう言った。
今まで俺がどうにかなりそうだった時も、フリーダは声を掛けてくれたのだ。それだけじゃない、薬草もくれた、ベットで寝かしつけてくれた、相談を聞いてくれた。
俺にとって彼女は希望の星。だからきっと─────。
「はぁ⁉ なんでアタシを見つめるワケ⁉ この際だから言っておくけど、貴方みたいなクズでゴミでくだらない弱虫とかウンザリしてたんだけど。挙句の果てには、私にまた助けを求める? ねぇ、本当にウザいからこのパーティーから出て行ってよ」
されど。
彼女の口から溢れてきた言葉は、まるでこの世界を体現している様だった。虚ろにも、俺はこの現実を見る。
噓だ、ろう?
噓だ。噓だ。噓だ。噓だ。
有り得りない。今まで彼女も、心の中ではそんな事を思っていたのか?
結局、俺は邪魔者扱いなのか?
弱いからダメなのか?
されど。彼女はそれが現実だと語る様に、その場に倒れていた俺の顔面を蹴りつける。……感覚が麻痺しているのか、もう痛くなかった。
でも、そう噛み締めたとて到底理解不可能。納得できない理不尽な現実。
「だってよ、うぷぴぴ。可哀想だねぇ、ノヤ君。くはははははっ!!! 笑い者だねぇ、くはははははははあぃ!」
男の声が、薄れる意識の中で微かにきこえてくる。
パーティーからの追放。
それが決定したソノ瞬間は生きる心地がしなかった。
涙は出ただろうか。いいや、きっと出ていない。
溢れた感情は怒りか、それとも呆れか。
はたまた絶望か、希望か。
─────酩酊した己には、理解不能。
「が、あっ⁉」
「じゃあな、ゴミ。もう一生会うことはないだろうがな! ……退屈しのぎとしては良く出来た玩具だったな! アーハッハッハッハッ!!!!!!!!」
直後。
一歩前に出てきたフレンディに俺は側頭部を殴られ、俺の視界は暗転する。
湧いてきた感情は、果たして何色だったのだろう。
それは誰にも分からない。
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