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第9話 櫻田一輝の彼女

 雲一つない澄み切った空の下、僕は駅前で一輝たちを待っていた。


 なんでも一輝が自慢の彼女に僕を紹介したいそうで、僕の予定がない今日がその日として選ばれた訳だ。

 普通に紹介するだけならば、学校の休み時間でも済む。しかし、態々休日を使ってまでこの時間を設けるということは、その後の親睦を深めることも考慮しているのだと思う。

 今後も関わることを考慮してのことだろう。


「早く着き過ぎたかもな……」


 こうやって誰かと待ち合わせまでして遊ぶのは久方ぶりな所為か、待ち合わせの時間よりも大分早く着いてしまった。待ち合わせの時間は11時だというのに、近くに設置されている時計は10時30分を指している。


 早く来たからといってする事もなく、道行く人を視界の端に収めながら、自然とスマホを弄ってしまう。9月下旬だからか、秋の涼しさも顔を見せ始め、周りの人々は少し前よりも幾分か厚着だった。


 勿論僕も、朝起きた時には少し肌寒さを感じ、今日は軽く羽織るものを持って行こうと思っていた。今日の服装は、ファッションセンスのある佳奈にもお墨付きをもらっているから大丈夫だろう。少し暗い印象を与えるかもしれないが、全体的に落ち着いた感じに纏まっている。


 外出用の服でしっかりと来ているなんて、僕も本当は楽しみにしていたのかもしれないな。


 僕が遊びに外へ出ることは、両親を失って以来滅多にないことだった。一輝と約束をした日からは既に約2週間も経っていて、まだまだ先のことだなんて思っていた事が懐かしい。


 あれからというものの、依然として僕の胸中には玄さんのあの言葉が渦巻いている。

 寝る時間の早めな佳奈とは朝くらいしかまともに会う事がなく、未だ佳奈の気持ちは確認できていなかった。その所為だろうか、もやもやした何かが心に引っかかっている気がする。


 いずれにせよ、この心配も早く払拭しないとな。


 この場で悩み続けるのは良くない。今日は終わった後にいつもより時間があるだろうから、帰ってから考えようと思った。久方ぶりの遊びなのだから楽しまなくては。






 しばらく考え事をしながらぼんやりと待っていると、遠目からでもよくわかる一輝が彼女であろう人物と歩いて来た。


 一輝の服装は派手なことはなく、男の僕から見てもかっこ良く、爽やかに決まっている。そういえば一輝は彼女を迎えに行ってから来るとか言ってたな、と今更ながらに思い出す。

 二人で歩いている姿は随分と仲睦まじく、その関係が順調であることを物語っていた。二人とも美男美女で、有り体に言えばお似合いのカップルである。


「よっ、早いな」

「ああ、楽しみで早くきすぎちゃったんだ」

「お、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」


 冗談らしくいうが、本音である。


「一輝はバッチリ決めてるね」

「あったりまえよ。彼女の前くらいカッコつけさせろ」


 軽口の応酬。

 一輝の彼女が目を丸くしているが、僕と一輝の関係は普段このくらい気楽な関係だ。最近は相談事ばかりで堅苦しくなっていたが、通常は楽しめるときはとことん楽しむスタンスである。


 それはそうと、このやり取りを楽しそうに見ている少女に目を向けた。

 身長は少し小柄で一輝の肩ほど。一輝の身長が約175センチメートル、僕はそれの5センチメートル低いため、僕から見ると顎くらいだろうか。


 太陽の光を浴びた、一輝よりも少し濃い茶色の髪が眩しくきらめいている。短めの髪と服装も相まってか、どこかスポーティな印象を受ける彼女は、学校では麗香さんと一緒に歩いているのをよく目にし、明るい様子からか人気も集めていた。


「よし、適当に紹介始めようか……と思ったんだが、実はもう一人来ることになったんだ」

「……ん?」


 聞いてないぞ、と言うよりも先に一輝はパチンと手を合わせて頭を下げた。


「すまん、俺が紹介するって言ったら、朱莉もどうせならってことで一人呼んだんだ」

「ああ、そういうことか。気にしなくていいよ」


 どうにも最近は変わった話が多すぎて、順応力が上がってきている気がする。遊びに行くメンバーが一人増えたくらいどうってことはなかった。


「さんきゅ。……もうすぐ来ると思うし、紹介はそれからにしよう」


 それから少しの間、一輝とたわいもない話をして待ち時間を過ごした。彼女は一輝がこんな風に談笑するのか、新鮮なのか楽しそうに聞いている。時に一輝を揶揄ったりと、二人の仲睦まじさが表れていた。

 そしてしばらくすると──


「……あ、きたきた!」


 一輝の彼女が視線を向ける先、一人の女の子がこちらに向かってきていた。

 そして、


「──麗香! こっちだよー!」


 その名前が聞こえるのと、僕がその姿を認識して目を見開くのはほぼ同時だった。

 まったく、最近の僕は運がいいみたいだ。






「んじゃ、全員揃ったし軽く紹介していこうか」


 無事合流を果たし、そう切り出したのは一輝である。一輝はこういう場を仕切る事に長けている。

 そしてその口ぶりからわかるように、やはり本題は紹介ではなく遊ぶことのようだ。まずは、と彼女の方に手を向け話し始めた。


「優、俺の彼女の望月朱莉(もちづきあかり)だ。今まで言えてなくて悪かった」

「望月朱莉です。よろしく!」


 もう一度頭を下げる一輝の横で、一歩踏み出して声を出した。

 活発さを感じさせる、元気な挨拶だ。きっと明るくてクラスでも中心にいるような子なんだろうという印象だった。そして事実、そうなのだろう。


 堂々と俺の彼女だ、なんて言える一輝には素直に感心してしまう。こうやって堂々としていられるとことこそ、一輝のいいところだ。モテると聞くのも頷ける。

 一輝の紹介の仕方の所為か、彼女も少し照れているように見えた。


「それで、こいつが俺の親友の榊原優だ。こんな感じだけど、ノリはいいし誰よりも優しいやつだよ」


 改めて親友と言われたことに心を打たれる。こんなにもはっきりと言われるとやはり嬉しいものだ。後半の言葉には、どんな感じのことを言っているのか問いただしたかったが、十中八九「その暗めな感じだよ」と言われるため、口をつぐんでおいた。


「どうも。よろしく」


 笑顔を忘れずに会釈程度に頭を下げる。「堅えなぁ……」と笑っている一輝には一言声をかけておくとしよう。


「仕方ないよ。僕は初対面だとこんな感じなんだ」

「そうだったな。まぁ、これからは軽くいこうぜ」


 一輝は苦笑して呆れているようだった。


 でもまあ、僕の反応もおかしいというわけではないのだ。

 なんといっても面子が濃い。学校の中で人気を集めている人物ばかりで、僕だけが浮いている状態だ。居心地悪いのも仕方のないことと言える。一輝と親友をやっている以上これは諦めることだから、と最近は慣れの境地に入っているが。


 そして、最後に来た人物の紹介に入る。

 望月さんの友達ということで一輝からバトンタッチし、一歩前にでてその彼女に手を向けた。


「それでこちら、多分知っていると思うけど私の大親友である七瀬麗香さんです!」


 僕の方に向けて紹介しているのは一輝はすでに知っていたからか。麗香さんも僕の方に向けて一礼した。


「榊原君、よろしくね」


 確かに知らないわけがないな、と。


 流石の順応力で僕とは二度目の自己紹介をこなし、その姿は正に清楚華憐で何の違和感も感じさせなかった。だからこそ、その何の違和感もない態度が、僕に向けて暗に初対面を装うことを強いているような気がした。今はまだ、黙っている時だ、と。


 そしてその雰囲気を察した僕としても麗香さんとは同じ意見である。まだ関係が落ち着いていない今、七瀬家で住んでいることを明かして騒ぎになってしまうことはあまり得策ではないだろう。故に僕が返せる言葉も麗香さんと同じ。


「よろしく、七瀬さん」


 そう穏便に返すほかない。

 目が合い、何とも言えないような微妙な雰囲気が二人の間には流れる。気まずいともとれる偶然の遭遇に、またしても頭を悩ませるのだ。


 最近悩みばっかりだな、と心の中でごちるも虚しく、こちらの二人の様子を気にすることなく「それじゃ行こうぜ」と声をかける一輝には助けられる思いだ。というか藁にも縋る思いで一輝に助けを求めたいくらいだが、それは諦めるしかないだろうか。


 久々の友人との遊び。ハプニングはあったものの楽しく過ごしたいものだ。一つ溜め息を吐いて、できる限り悩みを頭から排除する。

 すでに歩みを進める一輝において行かれないように、少し離れたその背を駆け足で追った。

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